風呂~眠~
ギャップ萌えは難しいですね。
湯に溶け抜けていく倦怠感。
同時に満たす脱力感。
骨身に染みる温かさは…実に至福。
「上がったら二度寝も良いかもしれないな」
寝起きの俺は、ダンジョンの各階層に作った大浴場で、寝汗を流していた。
ダンジョンで初の就寝は、ベッドも素晴らしいモノだったが、俺自身の疲れもあり熟睡だった。
一度途中で目を覚ましたが、誰も止める事なく二度寝に赴き…気がつけば翌日の昼。扉越しに聞こえる聞き慣れない声が目覚ましとなった。
俺が起きた事を察した様子だったドラゴン執事は、食事にするか風呂にするかと聞いてきたので風呂を選択したんだが…。
ドラゴン執事の手元には紙束が握られ、聞けば…皆からの要望と言う。
言ったからには、俺も目を通しておかねば。とドラゴン執事から受け取り内容を確認すると、'本来の姿でも風呂に入りたい!'と言う可愛らしい文字で書かれた要望を見つけて、大浴場を作ってまずは俺がお試しで入っている現状。
「我ながら、良きかな」
最初、大浴場を作る時にドラゴン執事のサイズを頭に浮かべたのだが、全体像を俺は見ていないことに気付き、とりあえずとして一番上の階の大浴場を銭湯サイズに。そこから、プラス二回りと目安を付けて下に行くに連れ大きくして作った。
んで、俺は二階の中ぐらいの湯に浸かり、下の階の浴場にはドラゴン執事にお試ししてもらっている。
ドラゴン執事は、このダンジョンに居る全員の事は理解している様だし、何か問題があれば伝えてくるだろうと勝手に思っての采配だ。
しかしあれだな。こうやって温泉もどきに入っていると、昔は爺が良く俺を連れて行った事を思い出す。
「あ"~…」
爺は熱い湯が好みだった事を思い出して、少し湯の温度を上げてみると…不思議と声が漏れてしまった。
昔はジジ臭えとか言った記憶もあるが…爺、これは仕方ないな。若くても声が漏れるわ。
骨に湯が染み、いらん考えが頭から抜けて、懐かしい記憶達が顔を出す。
昔は俺は熱い湯はあんまり好きではなかった。むしろ水風呂で二時間ぐらい潰すのが普通な程、しかしなんだ…今となってはコレの良さも分かるというものだ。
水風呂は気が締まり、目がカッ!とするが、程よく熱い湯は気が緩み、溜まった疲れが溶けていく。
子供の頃は元気が不思議なぐらい有り余ってるもんなぁ…。
ふと、頭の中にはチーアの駆け回る姿が浮かび、苦笑い…のはずが顔が綻んでしまっている。
俺も子供の頃は駆け回る事も多かったもんなぁ。爺がよく連れてきてた彩も一緒になって…………あ?
「やべぇ…そういや、彩も一緒のクラスだった…」
緩んでいた気が急に引き締まり、親戚の姿が浮かび上がった。
漆 彩。爺の孫で、昔はよく一緒に遊んだが、中学の二年ぐらいから連絡すら取らなくなった親戚。
最後に会ったのは…確か、爺の葬式か。
高校で久々に見て、あんま関わってほしく無さそうだったから気にしたことも無かったが…そういや今年は同じクラスだったな…。
あー、いや、確かスキルを並木に見てもらってた時に、彩のスキルも確認したっけか。随分と彩が好みそうな、よからん事をしでかしそうなとか思った気もするわ。
「一応、法を敷いたとは言え…何かと強引な所もあるからな。生徒に手を出してなきゃいいが」
浮かぶのは、中学の頃に後輩に告白してドン引きされたと泣きじゃくっていた彩の姿。
あの時は変に敵意を向けられて困ったが、聞けば相手は女子だった。まぁ…普通に驚きもしたけど、正直別に俺は違うだけで、当人の感性に口を出せるほど立派じゃなく、上手く慰めとかできなかったな。
翌日には、ケロッとしていつも通りだったし、そんなもんなんか。と俺も気にはしなかったが…好きな男のタイプを俺に聞いてきた時には頭を悩ませた。
うん、懐かしい。
惚れた腫れたのなんだかんだは、いまいち俺には分からんもんだ。
相手が男だろうが女だろうが、好きならそうなんだろうし、意味が違えど惚れた事実はそうなんだろう。
違う!と言われても…その違いを力説できるほど俺も経験が豊富じゃないからなぁ。
「んな事を言ってたら、彩の方が苦笑いしてたな」
実に、懐かしい。
なんで仲良くできていたのか俺でも不思議だが、仲が良かったのは事実。だからこそ分かる…アイツ、意外と短気なんだよな。特に男が相手だとより気が短くなる傾向がある。
それは別に気にしなくてもいいが、問題は俺が居なくなってしまったことで安藤や新道が無理をしかねない事だ。
自分で言うのもなんだが、安藤とは仲がいい。仲がいいし、安藤は友達思いの人間だ。加えて新道は責任感が強い人間。
そこに生徒思いの東郷先生が足されて…安藤と新道、東郷先生が無理に何かをしようとした場合、もちろん他のクラスメイトにもその影響は出てくる。
表立って動くとなれば、それなりに皆の行動に制限も掛かり始める。
それを好まない連中だって少なくない。
岸達は間違いなく何か適当に理由を付けて、そのグループから外れかねんし、今回で力を使ってみた安賀多達も何かしたいことができている可能性もある。
他の生徒達だって、自分のスキルを知り始めているのも確かだ。
魔法なんて夢の様な手段が転がっている中で、いつまでも全員がまとまっては無理に近いだろう。
いくら東郷先生と新道が先頭に立ったとしてもだ。
皆、人形じゃなく、自分で考えて思ってやってみたいことが出てきてしまう。
それでも少しの間は大丈夫だろうが…一つでもきっかけが出てしまうと、反動ですぐに離散する可能性が高い。
そして…そのきっかけとなるのが彩になる可能性が高すぎる。
新道が先頭に立った時点で、彩は反発の意思を示しかねない。小さなきっかけだが、広がれば一瞬だ。
彩に賛同する生徒が一人でも出れば、不満ある人間は芋づる式だぞ…。
「安賀多か市羽辺りが相手をしてくれている事を祈るしかねぇな」
言い方はあれだが、彩は女子に弱い。可愛かったり、綺麗であれば尚更弱い。
だが、彩の押しに負けるようじゃダメだ。そうとなれば、あの二人が相手をしてくれているとありがたい。
「まぁどちらにしろ、いつまでも続けるのは難しいか。」
目的は立て、個人個人で考えて好きな組も用意した。
どこが自分にとってやりやすいか、ひとまずここで様子見、どうであれ取っ掛かりは作ってある。
こんな事態になった以上、皆が慣れるまでの半年なんてのはもう無理だろう。ログストア国に不信感を抱いた生徒も少なくないだろうし…。
今から戻ったとしても、良くて、ログストア側が立てた一月の計画が済むまでか。
魔神を倒すとか、帰還法の有無の確立とか、全てが終わる最後まで俺が指揮を取る…なんてのは、考えてなかったが、前倒しになってしまったのは癪に障るな。
しかし暴走を抑え、そうなる前に好き勝手させて尚、ある程度の制限を設けておくと考えるなら前倒しは仕方ないか。
「ちょっと急ぎでコンタクトを取らんとなぁ」
まだいきなり外に出すには、知識が足りず見極めができないし、技術が足りずに犬死にまでしかねない。
勝手して死ぬとか俺の知ったこっちゃないが…ここまで考えて何もせずに死なれちゃ寝覚めが悪い。
俺の力不足なら、そうである事実を受けた上で、結果があったほうがまだ俺が楽だ。
だから俺も好き勝手するのは、もう少しおあずけだな。
ある程度考えがまとまった所で風呂から上がろうと立ち上がると、何故か先に風呂場の入り口が開いた音がする
おかしいな。表には調整中と看板を置いたはずなんだが…。
そう思っているうちに、開いた入り口から人影が現れ、俺の方へと近付いてくる。
仮に間違えて入ってきたのがメイド組の誰かだったら申し訳ない。声を掛けて、ちょっと外で待っていてもらおうと声を出そうとすると、先に向こうから声が掛かった。
「お背中をお流し致しましょう」
「安心したような、ガッカリしたような…ちょっとそういう展開に憧れがあったと自覚したわ」
「?」
湯気も関係なく見える距離に立つのは、歳の割?には引き締まった身体をしているドラゴン執事。
相手が分かった瞬間、ちょっとガッカリした自分に俺は頭を抱えた。
「なんでもない。背中は自分でやったからいい。もう上がろうと思っていた所だ」
「なんと…我が王の背も流せぬとは、このセバリアス・ドラゴニクス…不徳の致すところ」
「いや、そんな仰々しくせんでくれ。
それよりも、風呂はどうだった?」
「とても心地よいものでしたッ!」
「そうか。堪能できたのなら何よりだ」
非常に悔しそうなドラゴン執事をスルーして脱衣所へと足を運ぶ。
というか、ドラゴン執事の名前を今、初めて知った。他のメイドや執事の名前も知らんな俺。
……。今後世話になるんだ、こっちもこっちで親睦を深めないとな。
脱衣所へ踏み入れる前に足を止め、言葉を探す。
「あー…セバリアス、俺は皆の顔をしっかり覚えていないから、できればこの後お願いをする前に親睦会を開きたいんだが頼めるか?」
「!、もちろんで御座います!」
「着替えたら、新しくでかい食堂みたいな場所を作るから、そこに集まるように頼んだ」
「仰せのままに!では、準備がありますので、お先に失礼致します。準備ができ次第お呼び致しますので、お部屋でお待ち下さい」
「分かった」
深々と頭を下げたセバリアスは、先に脱衣所へ向かい一瞬で燕尾服を纏って出ていった。
セバリアスの早着替えに驚きつつも俺も身体を拭き、新しく用意した服を着ていく。
どういう服がいいのか分からず、適当にダンジョン君に任せたが…思ったより動きやすい服で良かった。
着替えている間に、さっきセバリアスに言ったように食堂の空間も作った。
寝床一階のその下にだだっ広く空間を設け、適当にズラッと椅子とテーブル。奥には厨房。本当に、THE・食堂をイメージした。
ダンジョンと言う割には、ただの居住区になってきているが…まぁいいだろう。その内ダンジョンっぽくするさ。
その前に、全員の顔と名前を一致させたりしておきたい。
「はぁ、どうせ敬称を付けて呼ぼうものなら、全力で止めてくるんだろうな」
昨日寝る前の脳に響いた声を思い出して、セバリアスは呼び捨てで呼んだ。
個人的には、親しくもない相手を口に出して呼び捨てにするのは気が引けるのだが…今回の場合は仕方ないか。
顔を顰められようものなら、呼び捨てをやめりゃいい。
生きがいと言われているのであれば、それぐらいは取るに足らんものだ。
「目的が目的…長い付き合いになる可能性の方が高い。気にしなくても、気がつきゃ親しくなってるだろう」
口に出すことで自分に言い聞かせ、頭の中ではログストアに居るクラスメイト達にどうやって連絡を取るかをまとめていく。
方法としては、このダンジョンの場所を明確にして俺が向かう。
これが一番だろうが、この世界の地理に疎くて迷う可能性もある。
次に可能だと考えている手は、ダンジョンの誰かに行ってもらう。
この方法に問題があるとすれば、セバリアスを含め、ダンジョンに仕えている者達は外へ出れるのか?という心配がある。
本来であれば、俺は出れない存在。そのダンジョンに仕えている者達が出れない可能性は大いにある。
まぁ、相談して決めればいいか。
少しドタドタと騒がしくなった音を耳に、俺は着替えを済ませ自室へと戻り、皆の要望が書かれた紙を確認してセバリアスを待つことにした。
セバリアスは、予定ではギャップ萌え爺を目指します。頑張ります。頑張ってセバリアス。
ブクマ、ありがとうございます!
評価も頂けて、嬉しく…そして感想もありがとうございます!
色々と数字が増え、ちょっと小躍りしました。




