二日目前半、男子会
打ち合う金属の音が幾度と重なり、気合いの入った声が響き渡るのは、城の付近にある広場。
三人で囲み攻めるものの、対する一人はそれを槍一本で冷静に捌いていく。
そんな'園芸師'四人の姿を、皆傘はパラソルの下で眺めていた。
注意を惹くように声を出し剣を振るう秋末に合わせ、黒い夜叉の面をの篠崎が十島の影から現れる。しかし、その時には十島の振るう鎗の穂先は水面を撫でる様に篠崎の首に向け滑り、石打と呼ばれる部分は秋末の脇腹へと吸い込まれていく。
だが、どちらの攻撃も当たる事無い。
十島のその対処が分かっていたか、篠崎と同じ様に秋末の影から現れた湯方が石打に近い鎗の柄を小突けば、穂先は地面を削り、石打が届く前には秋末が懐へとたどり着く。
――取った。
そう秋末が思ったのも束の間。十島は鎗を手の内で滑らせ、穂先の付け根を握り直し、懐に入ってきた秋末の更に内側へと身を捻り込む。そして逆袈裟の要領で穂先を走らせ、石打は後ろに居るであろう篠崎へ。
そのまま二人を狙うのかと思われたが、柄の位置を絶妙にズラし湯方の短剣を受け止める。加えて流れる様に石打を篠崎の襟首に滑り込ませたかと思うと、体を回転させて湯方と秋末を巻き込む様に篠崎を吹き飛ばした。
「あらあら、まぁまぁ」
一旦距離を取り直した四人の稽古は、更に激しさを増していく。
眺めている皆傘は皆傘で、それでも変わらずふふふっと微笑みながら見ている。
数十分後――魔法が使われ始め、篠崎が夜叉の面を赤くした所で、皆傘が一度だけ軽く手を叩く。すると、四人の動きがピタリと止まった。
「うふふ。キングさんのお家なの忘れてましたね?」
皆傘に言われ、四人はハッとする。
そして周囲を確認してみれば、数秒前に十島が穿った大穴が修復を終え、一帯に戦闘の痕跡は無い。しかし皆傘が止めなければ更に激しさを増し、被害は無くともかなりの迷惑になったのは確かだ。
「申し訳ありません。お嬢様」
「ふふっ。いいのよ、晃司が楽しそうで私も嬉しいもの。でもコレ以上は止めておきましょうね。それに時間も時間ですし、お昼にしましょう」
即座に皆傘の元へと移動し深々と頭を下げた十島だったが、皆傘の言葉で視線を上げてテーブルの上を確認した。
すると、そこには見慣れぬバスケットがあった。
「これは……?」
「あらあら、晃司も気付かなかったの? 皆が戯れてる時に、セバリアスさんが届けてくれたんですよ」
「あぁ、王様の所の執事ですか。そういう事でしたら、すぐにお飲み物のご用意をしてまいります」
「うふふ。お願いするわね」
一礼をした十島は、飲み物を用意しにいく前に三人の元へと戻る。
十島が皆傘の元へ行くと同時に糸が切れた様にうつ伏せや仰向けで倒れた三人は、十島が戻ってきた事で立ち上がろうとするが、それを十島は止めて口を開く。
「付き合ってくれて助かった。お嬢様は昼食を取られるようだが、お前達はどうする? 必要なら飲み物も持ってくるが」
「飯はすぐに入らないけど、水は欲しい」
「湯方と同じで」「炭酸飲みてぇ」
「炭酸は無い。秋末には果実水でも持ってこよう」
おぉ~神よぉ~。とおちゃらけた様に言う三人に苦笑いを返した十島は、再度皆傘に一礼をしてから飲み物を用意しに行った。
残された三人は、十島を見送ると全員が仰向けになり空を見る。
大国が落とされて、世界は混乱の真っ只中だと思えない程に良い青空。暑すぎず寒すぎず、疲れた体を撫でる風は非常に心地がいい。
そんな中で、ふと湯方が呟く。
「そういえばさぁ、十島とお嬢様からは前もって戻らないって言われたけど、二人はどうするの?」
「あぁ~……まだちゃんと決めて無いが、多分俺は残る。戻っても特にやりたい事もないし、こっちでお嬢様の執事しながら探すのもありかなって」
「ノブは残る派かぁ。俺も特にやりたい事とか無いんだけど、ノブとは逆に帰って探そうかなぁ~とか思ってる。そういう慈はどうなのさ」
「えー、俺かぁ」
篠崎は残るかも。秋末は帰るかもと答えられ、自分はどうなのかと問われた湯方は頭を悩ませる。
実は湯方自身は'かも'すら決まっておらず、なんとなく二人の答えを聞いて決めてしまおうと考えていた。
しかし二人から出た答えは別々。結局は自分で考えて決めなければいけない。
「俺ねぇ……」
声を出してみるものの、言葉が先に出てくることもない。
湯方にとっては、帰るも残るも正直に言ってどっちでもいいのだ。
元の世界で家族は健全。別に家に問題があるわけでもなく、勉強などの面倒はあれど大きな苦労をしてきたわけでもない。
ただ十島と篠崎と秋末と居れば楽しい。だから、二人が残るのなら残って、二人が帰るのであれば帰ろうとしか考えていなかった。
そんな湯方の考えを察してか、湯方が答える前に秋末が口を開く。
「お嬢様に相談してみれば?」
「んー、そうしてみるかぁ」
結局自分では決まりそうもない。そう思った湯方は、少し疲れが抜けた体を起こして皆傘の元へと歩いてい行く。
すると、湯方が近付いてきた事を感じたのか、目を閉じて静かに風を感じていた皆傘の目が開かれ、優しい声が響く。
「あらあら、どうしました?」
「お嬢様に聞きたいんだけど、俺は残るべきかな? 帰るべきかな?」
そう湯方が問いかけた瞬間、皆傘はきょとんとした表情で答えた。
「うふふ。不思議な問いかけですね。私は、湯方君は帰ると思っていましたよ?」
「え? そうなの?」
「ふふっ。湯方君だけではなく、晃司以外の皆は帰るとばかり。先日のログストアでの戦いの時、戦う事がとても辛そうでしたから」
皆傘の言葉で脳裏を過るのは、攻めて来る魔族や魔物。それから逃げる人々。そして目の前で助けられずに死んでいく人。
助けるために敵を殺した時の感触は、今での嫌に覚えている。いや……皆傘のスキルがあったからこそ、嫌だと思うだけで済んでいたのかも知れない。
そんな考えがチラチラと浮かび始め、湯方は苦い表情へと変わっていく。
「あらあら……そうですねぇ、私が言えるのは残りたいと強く願わないのであれば、帰った方がいいと思いますよ? 帰れる場所も迎えてくれる人も居るんですから」
「なんか、言葉に重みがあるね」
「ふふふ、少しカッコをつけようとしてみただけですよぉ。もしまだ悩むのなら、キングさんにも聞いてみては?」
「もし相談したら、王様はなんて返してくるとお嬢様は思う?」
「そうですねぇ……ふふっ、帰れ。でしょうか」
「まぁ、王様はその為に頑張ってるしね」
常峰が頑張っているのは周知の事実。もし自分が常峰の立場だったらと考えると、嫌すぎて湯方は悪寒すら覚える。
きっと今も何かをしている常峰に相談すれば、片手間でも自分がそれなりに納得できる答えをくれるだろう。
「それは最終手段にしとく。もう少し考えてみるよ」
ポリポリと頭を掻いて離れていく湯方の背を見る皆傘の目には、僅かばかり羨望が表に出てきていた。そしてその事に気付くのは、全員分の飲み物を台車に乗せ戻ってきた十島。
「お嬢様? 何かございましたか?」
「いいえ、何もありませんでしたよぉ」
「……お嬢様がそう仰るのなら」
十島からすれば何かあったのは明白なのだが、十島は深く聞こうとはしない。皆傘が言いたく無いのであれば、それでいいのだ。
その程度で二人の関係が揺らぐ事はない。
しかしこのままでは、せっかくの昼食なのに少し空気が重い。と考えた十島は、先程食堂で声を掛けられた事を話題に出した。
「何やら今晩、男子は男子で女子は女子で集まるようですが、お嬢様はどうされるのですか?」
「あらあら、そういえば私も今朝方に武宮さんから誘われましたねぇ。女子会をするのだとか、なんとか」
「あぁ、多分それです。岸が『男子会で重要な話がある!』とか言っていましたから」
「まぁまぁ、それなら晃司は男子会に出席してらっしゃい」
「お嬢様は女子会にご出席を?」
「うふふ、せっかくお誘いを頂いたもの。晃司も楽しんでおいで」
「わかりました。ぜひ、お嬢様もお楽しみください」
皆傘の前に紅茶を置いた十島は、そう言いながら軽く頭を下げて三人分の飲み物を持ち離れていく。
冷えた飲み物を持っていけば、未だに起き上がっていなかった秋末や篠崎がバッ!と起き上がり、湯方と共に受け取った飲み物を一気に飲み干している。
三人の様子に呆れ顔の十島。その光景を眺めながら皆傘は、バスケットから一つサンドイッチを取り出し齧った。
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そして夜。
十島が伝えられた通り、常峰が用意した男子用の大部屋で男子会が開かれた……のだが、大きな円形のテーブルの一角で肘を付き、絡めた指で顔半分を隠し、何やら神妙な空気を醸し出す岸。その隣で、同じ様に真剣な顔をする佐藤と長野。
その他、集まっていたクラスメイトは、半数以上が複雑そうな目をしている。佐々木に至っては、何やら青筋が浮いている。
「揃ったか……」
いまいち状況を把握できない十島が椅子に座れば、どうやら十島が最後だったようで、神妙な顔の岸が口を開く。
室内を見渡すと、新道と常峰、それにどこかには居るらしい安藤の姿はない。
岸の話では大事な話があるようだが、安藤は事情があれど常峰と新道の両者が居ないことを十島は不思議に思い、隣に座る秋末に聞いてみる事にした。
「この微妙な空気はどうした」
「すぐに分かると思うけど、晃司はアレ何だと思う」
そう言って秋末が指差したのは、テーブルのど真ん中に丁寧に置かれているモノ。
「……なんで机のど真ん中にアレが置いてある」
「アレが大事な話らしいよ」
「大事な話? アレがか? どうみてもアレ、女性用下「そのとぉぉぉぉぉり!!!」――あ?」
遮られた事よりも、突然力強く机を叩き、大声を出した岸に十島は眉間にシワが寄る。
しかしそんな事を気にした様子もなく、岸が手を挙げれば長野が指を鳴らし、いつもより小さめのサイズで現れた半透明の蟹こと蟹座がプレートを掲げた。
そこには'第一回男子会会議'と決して綺麗とは言えない字でデカデカと書かれている。
「それでは会議を始める! 皆も気付いていると思うが、テーブル中央に置かれたその一品……それは、この佐藤が拾ったものだ。今回はその持ち主が誰かを探していきたいと思う! まずは、その一品の呼称を決めたいと思うが……パンツ、おパンツ、パンティー、おパンティー、何がいいだろうか」
至って真剣に、真っ直ぐな瞳で全員に問いかける岸。
隣では佐藤が見つけてしまったんだ……と重々しく息を吐き、反対側では長野が目元隠し天を仰ぎながら、本気で悩んでいる様子。
「なんだこれ……」
率直な感想が十島の口から漏れた。
誰かに説明を求めようと部屋を見渡せば、秋末を含めた数名は苦笑いを浮かべるか笑いを堪えるか、湯方や田中は爆笑している。
その中で真っ先に声を上げたのは、十島が入ってきた時から青筋を浮かべていた佐々木だ。
「テメェ、重要な話があるからぜってぇに来いとか抜かしてて、んだこの茶番は? その下着が誰のか知りてぇなら勝手に聞いてこい! それで終いだろ!」
あまりにも真剣に伝えてくるものだから、佐々木は何か問題が起きたのかと思い男子会へ参加した。しかしいざ来てみれば、テーブル中央には黒の透けたレース下着。
その時点で薄々それに関する事なのでは?と脳裏をよぎったものの、もしかしたら……を考えて残っていた。
だが残念ながら、腹立つことに予想通り。
呆れきった佐々木は、言いたいことを言い終えて大部屋を出ていこうとする。だが、そんな佐々木の耳に岸の言葉が届く。
「ふん。これだからおこちゃまは」
「あ?」
佐々木の足が止まった。止めて、振り向いてしまった。
「いいかね佐々木。君の今言った台詞は、あまりにも無責任だ。仮に女子たちに、このおパンツ様だーれの!! って聞いたとしよう。
たちまち我々は変態扱いだ」
「なに当然な事言ってんだテメェ。たちまちどころか、既にだろ」
「はぁぁぁぁ。分かっていないな。我々が変態呼ばわりされるだけならばいいだろう。甘んじてその業を背負うのも吝かではない。
それで、このおパンツ様の持ち主が救われるならなぁ!」
「マジで何言ってんだ?」
「大人の色気、これほどセクスィーな黒のスケスケおパンツ様。おそらく持ち主の勝負下着の一つだろう。見せたい相手は限られ、その他には所持している事すら隠したい一品の可能性が高い。
しかし、我々が全員に聞き回る様な事をしてみろ……名乗り出れると思うか! 否! 断じて否!! 佐々木とて、帰りの会で自分のパンツが掲げられながら このパンツ落ちてたけど誰の―? なんてやられて名乗り出れるのか! 無理だろ!
いいか佐々木……ここは紳士として、そっと、こっそりと、誰にも悟られる事なく持ち主の元へ届ける事こそが、持ち主のためでも、おパンツ様のためでもあると知れ!! この戯けが!!」
「お、おう……? テメェの言い分も一理ある……?」
凄まじい剣幕で捲し立てられた佐々木は、もはやどう反応していいか分からないといった表情で肯定の意思を示しつつ、何事も無かったようにそっと部屋から出ていこうとすが――
「どこへ行く佐々木。会議は始まったばかりだぞ」
呼び止められ、心底嫌そうな顔で振り返り、爆笑している田中に視線を送ると、諦めろという意味も含んでいるのだろう……ぽんぽん。と隣の席を叩いている。
田中からの援護も望めないと分かり、眉間を指でほぐし、大きなため息を漏らした佐々木は、静かに田中の横に腰を下ろし目を閉じた。
皆が察する。
この茶番を手っ取り早くどうにかするのは、さっさと会議を終わらす事だと。
「議長、呼称の話でしたが、現状は議長の口にした'おパンツ様'でいいのではないかな?」
そして最初に動いたのは、スッと手を挙げ、クイッと眼鏡も上げて真剣な表情へと変わった江口だった――。
本当は女子会の方も書いて一つだったのですが、時間ギリギリになってしまったので次回の頭にでも持ってきます。
後、ちょっと体調が芳しくないので、もしかしたら少し日数が空くかもしれません。
ブクマありがとうございます!
これからもお付き合いいただけると嬉しいです。