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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
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一日目、友の決断

「なるほどねぇ~。これは引き止められねぇなぁ、まこっちゃん」


「あれじゃ、げんじぃは残れねぇわな」


柱の影に隠れ寄りかかる二人は、先の広場で楽しそうに話す友人の声に困ったような嬉しそうな表情を浮かべる。

そして広場では、夜空の下で長野が何か面白い話をしようと一生懸命に身振り手振りを交え、藤井と話していた。


「でな? そこで永禮のヤツがさ――」


「ふふっ」


隣で聞く藤井の表情は柔らかく、時折言葉を返し、相槌と共に楽しそうな笑みを浮かべている。

完全に出来上がっている二人の空間。

初々しさと慈愛に満ちた空気。


会議前、常峰から滞在か帰還かを決めろと言われた後の事だ。岸と佐藤は滞在を前提とした予定を立てようとした。

だが、いつもならのってくるはずの長野は、どこか言いづらそうな表情のまま頷くばかり。


「「……」」


悪いと思いつつ覗き見をすれば、長い付き合いの二人は長野の様子から察しが付いた。


「それでよ、えっと……あー、なんつうかな」


「大丈夫ですよ。まだ時間はありますから」


アハハ。と苦笑いする長野の反応は、それはそれで藤井を笑みにするもの……しかし、当人達以外――親友とも呼べる二人には違う感情が湧き上がってくる。


「会議が終わって二人で抜けていくと思えばよぉ、なんかウブウブしくイチャイチャしやがってるけどよぉ」


「分かるぜ、俺はその感情を永禮にも抱いている」


「…………あぁぁじれってぇ! 一発バチンとぶっこんでいかがわしい空気にしてきてやるぜ!」


佐藤の言葉を受け流し、自分のことは棚に上げ、やる気に満ちた目で鼻息荒く一歩を踏み出そうとした岸だったが、襟ぐりを後ろから引っ張られてカエルが潰れた様な声を漏らしながら柱の影へと引きずり込まれる。


不意にやられた事で変に喉を痛めてしまった岸は、文句の一つでも言ってやろうと振り向けば――


「随分と威勢がいいねぇ~」


「ぁ、えっと……だ、大丈夫?」


私の目を見てもう一度言ってみろ。と言わんばかりに冷めた目をしている古河と、その隣ではオロオロと慌てながら岸に治療魔法を使い始める橋倉の姿。


「ぁッス……」


二人の登場で明らかに困惑し始める岸。そんな岸が引きずり込まれた隣の柱の影では、佐藤が必死に笑いを堪えて肩を震わせる。

佐藤のその様子から、二人が自分の言葉を聞いている事を知っていた。と察した岸が恨みを込めて視線を送る……だが、その視界には別の者が入り込んでくる。


「永禮、まこっちゃん……それに古河と橋倉も、何してんの……」


広場には長野と藤井以外はおらず、それ程騒がしい場所でもない。当然騒々しさに気付いた長野は、何事かと様子を見に来た。

そして来てみれば、おおよその流れを察した長野は、呆れと憐れみを含んだ視線を岸へと向けた。


「一発ぶっこんでいかがわしい空気にしてやろうとしてました」


「とりあえず一発ぶん殴りたくなったわ」


「手は出すなよ! 俺が出そうとしたのは口だぞ! 手を出すなら藤井に出せ!」


「なっ!? お、お、そぉんなことが出来るわけ!」


ギャーギャーワーワーと言っていれば、当然藤井も様子が気になり様子を見に来る。

そして聞こえてくる会話に出てきたのは自分の名前。


「あの、私は何かされるんですか?」


「野郎共が藍ちゃんの果実を揉みしだきたいって相談してたんだよ」


「ひゃっ!?」


藤井の問いに答えたのは、この場に追加された声。

その声の主は雫が落ちる様な音と共に藤井の後ろに現れ、すっ……とたんぽぽを掴む様に優しく藤井の胸を揉み、藤井からは驚きの声が上がった。

対する声の主は、小さく吐息を漏らし始めた藤井を気にせずひとしきり揉むと、満足したように離れて指を鳴らす。


「はーい、私が満足したから戻るわよ」


「ちょ、おい! 漆!」


「なんで俺まで!」


「うるさいから口も塞いで持ってきて」


漆が指を鳴らすと現れた真っ赤なワルキューレに拘束され、口を塞がれる岸と佐藤。


「どうぞこちらへ」


古河と橋倉は、同じくどこからともなく現れたニルニーアがエスコートをする。


「んぐぐぐ~~~!!」


「そうよ。差別よ」


扱いの違いを視線とうめき声で訴える佐藤に、当たり前でしょ?と悪びれる様子もなく漆は二人を残して離れていく。

まるで嵐の様な漆の登場と退場に、残された長野と藤井は何かを言う暇もない。


そして改めて二人は視線を交わし……互いに色々と察し、思い出し、見られたバレたと理解して顔を赤らめ目を逸らす。


「と、とりあえず、移動しようか」


「は、はい」


少しギクシャクとしながらも、二人は漆達が向かったほうとは逆へと歩き出した。


---


場所は変わり連行された岸と佐藤は屋外にある長椅子に投げ置かれ、古河と佐藤はニルニーアのエスコートによって既に紅茶が用意されている同じく屋外のテーブルと椅子へ案内される。


「俺達の扱い雑じゃね?」


「まさか差別ってハッキリ言い切られるとは思わなかった」


投げられた衝撃で地味に痛む身体を擦りながら漆達が居る場所へ近寄れば、漆はチラッと視線を二人に向け、表情の明るくなった橋倉を一瞬だけ見るとつまらなそうに指を鳴らす。

すると、追加で二人分の真っ赤な椅子が現れた。


「汚したら血を煮えたぎらせるから」


「クールでいいから優しい表現にしてほしいわ」


「彩も異性に気遣いをするのだね」


「ふふっ、ニルが居る余裕かしらね」


岸と佐藤の分の飲み物を用意したニルニーアに話しかけられると、先程までの表情はどこへやら……ニッコニコの漆が答え、ニルニーアの頬を優しく撫でる。


問答無用で展開される二人の空間に、四人はなんとも言えない表情を浮かべつつ、話を切り替えるために先程の二人を話題に出していく。


「そういえばさぁ~、長野君と藤井さんってそういう関係なのぉ?」


「んー……微妙。げんじぃはなんつーか、惚れかかってる? 気にかけてる感じっちゃ感じなんだよなぁ」


「やっぱまこっちゃんもそう思った? でもあの様子だと、げんじぃが惚れるのも時間の問題じゃね?」


「ふーん。でもさぁ、二人に接点ってそんなにあったっけ? 元の世界じゃそんなんでもなかったよねぇ」


チミチミと紅茶を飲む橋倉も含めた四人は、古河が口にした疑問に首を傾げて頭を悩ませる。

しかし岸達が気付いたのも先程のことで、いつからだと考えると答えは出てこない。


そんな四人の疑問に答えたのはニルニーアとイチャついていた漆。


「三大国が落とされた時よ。その後から藍ちゃんが……えーっと、ほら、アレを気に入ったのよ。今一番藍ちゃんが安心するのがアレの側。惚れたとかじゃなくて藍ちゃんにはアレが必要なの。

まぁ、あの様子だと惚れ始めてもいるだろうし、そうなるのも時間の問題だったかな」


「アレって……」


「漆さんはどうして知ってるのかなぁ? 'だった'ってことは、藤井さんから聞いてた感じ?」


親友をアレ呼ばわりされた岸達をよそに、続けて古河から投げかけられた問いに、漆は古河の瞳を見つめながら、少しだけ面白いモノを見るように答える。


「女の子のことなら様子を見てたら分かるわ。アレと話してる時の藍ちゃんって、私には見せない表情するんだもん。藍ちゃんに限った話じゃないけど……まったく、胸が妬けて焼けちゃいそう」


答え終えると一人一人、岸と佐藤もしっかりと視線を送り、自分には関係のない事だと鼻を鳴らして笑い飛ばす。


漆なりの割り切りライン。

こちらの世界では常峰に配慮こそすれ、自重などする気のない漆だが、彼女なりの線引は存在する。


去る者は負わない。受け入れられないのであれば強要はしない。何より、どれだけ好みであろうとも想い人が居るのならば、できたのならば自分は割り込まない。


それがかつて自分の我儘を押し付けてしまい、最も触れていたかった相手に罵倒を浴びせられ泣かれた漆なりの決め事。

相手を、自分を守るための防衛術。

結局は関係の崩壊を恐れる自分の弱さなのかもしれない。


頭の中でそんな考えが駆け巡った漆は、大きく吐いた息と共に思考を流して立ち上がる。


「私は行くわ。椅子とかは、そのまましてくれてたらこっちで回収するから気にしないで」


岸達から返事を聞く前に離れていく漆。その後を優雅に一礼したニルニーアが着いていく。


「彩? 随分と不安定な感情を巡らせているよ。貴女と私は一心同体だ……そんなに不安にならなくていいんですよ?」


城内へと入り、特に行き先もなく幾分か歩いていると、ニルニーアが後ろからそっと漆を抱きしめて落ち着かせるように、ゆったりとした声で囁く。

そんなニルニーアの行為に漆は小さな笑みを浮かべながら、後ろから伸びて前で絡む手を包み横にあるニルニーアの顔を見てゆっくりと顔を近づけ――寸の所で止まった。


「部屋に戻ってからしましょう。魅せつけるのも悪くないけど、今は他に意識を向けたくないから」


「……そうだね。うん、そうしよう」


一瞬きょとんとしたニルニーアだったが、すぐに納得して頷き、いつの間にか出来ていた血溜まりに二人とも沈み消えていく。


二人が見えなくなり数秒後、完全に血溜まりが消えた頃、歩いていれば先にあったはずの曲がり角の所には、サンドイッチが詰め込まれたバスケットを持つ中満の姿があった。


「あー、完全に僕が邪魔した感じだ」


独り言を漏らす中満。

彼は畑から渡された夜食を常峰へと届ける途中だったのだが、行く先に聞こえた声で思わず足を止めてしまった。

そうしてしまえば、必然的に漆達のやり取りを盗み聞きする形になってしまい、最後に漆が口にした言葉もしっかりと聞こえ、申し訳無さで表情が引き攣る。


「あ、サンドイッチだ。貰っていい?」


「へ? あ、あぁ、うん。いいと思うけど」


「ありがと。小腹空いてたんだよねー」


音もなく、気が付けばバスケットの蓋を開けて中を覗いていた城ヶ崎に驚きながら返事をする中満だが、城ヶ崎は許可をもらうとすぐにサンドイッチを一つ手に取り、曲がり角から顔を覗かせて漆が居た場所に視線を送る。


様々な感情を含んだ複雑な目。そこから心境を察しようとは、中満は思わない。


「なんかさー……王様が居てくれてるから、こうして皆集まったりできてるけど、もし王様が王様しなかったらすぐに皆バラバラになってたよね」


「どうだろう。でも、王様は王様をしたくなかったと思うけど」


「アハハ、確かに」


一つ食べ終え、それでも少し物足りなさそうな城ヶ崎に軽くバスケットを差し出せば、城ヶ崎はそこからもう一つだけ手に取り二人で廊下を歩き移動しながら会話をする。


別に仲が良いわけでもないが、邪険にする気もない中満の後を着いてく城ヶ崎は、二個目のサンドイッチを食べ終えると同時にふと聞いてみた。


「中満君はどうするの? 元の世界に帰る感じ?」


「僕は帰るよ。色々元の世界でしたいことができたし……そういう城ヶ崎さんは? どうするつもりなの? 漆さんは残るみたいだし残るの?」


「そっか。私はねー……」


中満は漆と城ヶ崎の仲が良く、決まって無くても残るんじゃない?と軽く答えてくるものだと思っていた。

しかし、そんな中満の予想とは裏腹に城ヶ崎は言葉を濁す。


対する城ヶ崎も内心困惑していた。

どちらかと決めているわけではないが、漆が残るのなら自分も残ろうかなぁと軽く考えていたはずで、中満に質問した時点で聞かれればそう答えるだろうと思っていた。

だけど言葉が詰まってしまった。


そして気付く。自分は帰りたいのだと。


「あのさ、多分私帰りたいわ。逃げたいんだと思う。こっちに来てからもなんとなく彩と一緒に居て、これからもそれでいいかなーとか思ってたんだけど……市羽さんが死にかけて、幾ら名前を呼んでも彩が起きなかった時、めっちゃ怖かったんだよね。

もっと気楽にっていうかさ、事故とかじゃない限り死ぬとかあんま考えないじゃん。でも、あの市羽さんですら簡単に死んじゃうかもしれないとか思うと、逃げたいんだなって」


城ヶ崎自身、自分でも驚くほどに言葉が出てきた。

もしかしたら誰かに聞いて欲しかったんだろう。大切な友人である彩以外の誰かに。自分は、周りに人間程決断力もなければ、強くもないということを。


その思いが込められた言葉を聞いた中満は、面倒臭いと正直な気持ちが口から出そうになるのを抑える。

何を思っているかは大体分かるが、中満からしてみれば関わり合いたくないとすら思う所……しかし誰かに話を投げようにもここには自分しかいないと諦め、少しオブラートに包みながら素直に考えを口にした。


「別に逃げていいんじゃないかな。それのどこが悪いのか分からないし、そもそもこっちに来ちゃったのも事故みたいなもんでしょ?

まぁ、僕にでもでもだってって言うより、漆さん本人に言えばいいじゃん。僕は期待に添える様な答えは出せないよ」


「彩に幻滅されちゃいそう」


「気にしすぎじゃない? 別に漆さんの理想の人を目指してるわけじゃないんでしょ? 漆さんを信頼してるなら話せばいいんじゃないかな。クラスメイトでしかなくて、赤の他人寄りな僕に言うよりは、それらしい言葉をくれると思うけど」


「中満君ってそんな感じなんだね。知らなかったよ」


「どんな感じだと思ってたのか知らないけど、こんな感じだよ。僕で手伝えそうな事があれば手伝うけど、それは手伝えないから自分達で解決した方がいいよ」


そろそろ面倒さが限界になってきた中満は、はい。ともう一つだけサンドイッチを手渡して、手を振りながら少し遠回りになる道へと入っていく。

一瞬中満に着いていこうとした城ヶ崎ではあったが、ピタッと足を止めて手を振り返し、サンドイッチを頬張る。


「彩の理想の人か……。まぁ、私には無理だね。ありがと、中満君……少し勇気が出てきたかな」


中満が歩いていった道に背を向け踏み出せば、先程よりは幾分も足が軽いことに気付き、その事に笑みが溢れた城ヶ崎は、先程来た廊下を戻っていく。


どう伝えようか、いやまずはじめの言葉は。そんな事を柄にもないと分かりつつも考えて歩いていると、城ヶ崎は漆の居るであろう漆の部屋の前へと着いていた。

室内からの音はない。もし居なかったらどうしようか……出直すべきか。

一瞬過ぎった考えを城ヶ崎は振り払う。


「コレからは逃げちゃダメだよね」


その言葉を呟くと共に、なんとなく気合を入れるためにスキルを使って服装を制服に着替えた城ヶ崎は、大きく深呼吸をして扉を叩く。

すると返事が返ってくるのではなく、扉は漆の手によって開けられた。


一瞬目を見開いた漆は数秒城ヶ崎と見つめ合うと、少しだけ、ほんの少しだけ城ヶ崎にはバレないように寂しそうな表情を浮かべる。

その表情はすぐに隠され、漆は城ヶ崎を室内へと招いた。


「入りなよ、月衣。全部聞くから」


「うん。ありがとう、彩」


部屋に入ればニルニーアはおらず、先を歩いていた深紅のドレスを纏う漆だけが月の光に照らされる。

思わずその姿に城ヶ崎が見惚れていると、漆は窓際に用意されていた椅子に腰掛け、向かい側に城ヶ崎が座るのを静かに待っていた。


少し慌てて城ヶ崎が座れば、漆が先に口を開く。


「私に遠慮しないで話して」


その言葉に小さく頷き、城ヶ崎はしっかりと漆を見て伝える。


「あのね彩、私は帰りたい――」


こちらに来てから思っていたこと、それが変わってしまったこと、それ以上に今自分が思っているとこ。

先程中満に漏らしてしまった言葉よりも多く、隠す事無く弱音も本音も全てを城ヶ崎は漆に伝えた。


全てを話す城ヶ崎。それを止める事無く聞く漆。


不安も恐怖もひっくるめて吐き出した城ヶ崎は、いつの間にか泣いていた。その涙をそっと漆は指で拭い、今度は漆がぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

最愛の友人に全てを伝えるために。


そして二人の話が終わった頃には、窓からは陽の光が涙の跡を残しながらも笑顔を浮かべる二人を照らしていた。

遅くなり過ぎてすみません。曜日感覚がズレていました。

次からはここまで遅くならないように気をつけます




ブクマ・評価ありがとうございます!

これからもお付き合い頂けると、嬉しいです!

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