会議は終わり
短めかもしれません。
「あ”ぁ~~~~~~~~」
会議室ではない別室の椅子に凭れ掛かり出た声は、我ながらどこから出ているのか不思議になる声。
「我等が王よ、レゴリア王とグレイ様が面会を求められておりますが」
「さっきの事だろうさ。通してくれ」
俺がそう言うとセバリアスは、外で待機させていたであろう二人を室内へと招き入れた。
「会議ご苦労だった」
「お互いに」
別に疲れているのは俺だけではない。五回の休憩を挟みつつ行われた会議が終わった時、出席していた者は当然の事、護衛をしていた者達も例外なく疲れの表情が隠しきれていなかった。
レゴリア王に言葉を返しながら空いている向かいの席に向けて手で促せば、レゴリア王は軽く手を上げて座る。
だが、グレイさんは俺の横に立って深々と頭を下げてきた。
「ヴァロアを……部下達を救ってくれて感謝する」
「気にしなくていいですよ。俺としても、皆さんにアピールとアーコミアに対して牽制も出来たでしょうから」
「やはり魔王か」
「確証は得られていないのでなんとも。俺は遭遇したことありませんが、もしかしたら突発的に発生したただの集団暴走かもしれませんからね。
向こうがしてきたからコチラも……ではなく、ひと月という時間はこっちの準備期間でもあるので、くだらない釣り餌に手を出す気はありませんよ」
下げられた頭を上げてもらい、レゴリア王の隣の席に座る様に促すと、グレイさんは今度は頭を下げるなんて事はせず席についた。
まぁ、グレイさんにはそう言ったものの、ヴァロアが魔物の群れに襲われたのは十中八九アーコミア側が動いた結果だとは思う。
しかし何か考えがあって動いた様にも思えない。
魔神の存在は詳細こそ分からないがアーコミアの目標を達成する手順の一つ。手を出してくれば神の城を潰すとは宣言しているし、アレが無くなって一番困るのはアーコミアのはずだ。
ヴァロアに特別な何か……いや、だったら大国を落とすより先にヴァロアを潰しに行くか。
他に想定されるのは、ギナビア国でやること・手に入れる予定だったものがヴァロアへ流れたとかだが、今回で目的を達成できたとは思えない。
もしそうであれば、グレイさんなりレゴリア王なりがレストゥフル国内に運んでくるだろう。そうすれば今回の様なやり方はアーコミアも取っては来ないはず。
んー……'はず'でしか予想できないのは辛いな。しかしまぁ、そこはコチラ側の領域だという線引は出来ている。次があれば、それで終わりだな。
「ヴァロアの件は、後で俺の方からも形で礼をしよう。それより眠王、今回の会議はどこまで目論見通りに進んだよ」
「それはありがたく受け取っておきます。目論見なんて言える程ではないですが、まぁ……大国とモールさんの協力もあって連合軍の結成は滞りなくできましたし、最終決定権を御三方に持って頂けました。
おまけとして、突然の急事への対処力を見せられた事、後は皆さんの対応力が見れたことを含めれば五分って所ですかね」
「あれだけ長引かせておいて五分か」
「アハハ……返すお言葉もありません」
途中からレゴリア王の発言が少なくなっていたのは気付いていたが、レゴリア王には意図的に少し会議を長引かせたのがバレていたか。
わざと集中力を切らせて、ストレスが貯まってくればボロがでるかと思っていたが、我慢強かったというか、今回公開会議にしたのが仇になったというか……俺が思っていた以上に邪魔な発言や煽りも無く真剣な話し合いが行われていた。
そのおかげもあって、当初予定していた事よりも決められた事は多いが、内通者の炙り出しやアーコミア側の動きを引き出すのには失敗した。
それでも新道と市羽が一人内通者を特定してくれていたから、収穫があったと言えばあったか。
「割って入ってわりぃが今の言い方、眠王は今回の会議の流れを調整してたってぇのかい?」
「調整というよりは、個人的な狙いが含まれてたって所だろ? どうやら失敗に終わったようだがなぁ」
「眠王の狙いとやらを聞いても?」
「お二人にぐらいならお伝えしても問題ないでしょう」
眉間にシワを寄せているグレイさんと、カラカラと高笑いをしているレゴリア王に、会議の目的の大まかな説明をすれば反応はそれぞれ。
グレイさんは関心したように頷いてくれているが、レゴリア王は呆れた様な笑みを浮かべて最後まで聞き口を開く。
「欲張るのは結構だが急ぎすぎたな。全部得るには、少々興味と警戒心を煽りすぎだ。異界の者にとってどうかは知らねぇが、公開会議というのは面白かった。だが、俺達にとっては初めての試みでしかない。様子見もすりゃ、その方法での利点と欠点を探そうともする。
加えて会議の内容が内容だ。あそこで馬鹿する奴が潜ってんなら、お前等を喚ぶ前に俺等が首を刎ねてるよ」
「ごもっとも。もう少し手順と準備をしておくべきだったと学びました」
深々とレゴリア王に頭を下げて見せていると、次はグレイさんから言葉が飛んでくる。
「裏切り者が居なければそれで良し、居た場合を考慮しての炙り出しをしたのは分かったが……今回の様なやり方を続けるのは勧めんな。会議前に行った処刑、あの罪人は眠王の友だっただろう。続ければ、眠王は信用するべき相手を失うぞ」
「もう一度はしません……というよりできませんね。流石に何度もやりたいと思う体力はありませんし、もう一度した所で結果は変わらないでしょう。むしろ、ただただアーコミアに情報を流すだけ。
公開処刑も、ただ今後を考えての抑制狙いでしかありませんから。ご心配ありがとございます」
もうクラスメイトには処刑のカラクリはバレているだろう。
市羽や新道が気付かないとは思えないし、並木は間違いなく気付く。セバリアスにこれでもかと目眩ましを仕込ませた所で、並木のスキルを誤魔化せるとは思っていない。
それに次に似たような事を試せば、それだけバレる可能性は出てくる。公開偽造処刑にしろ、長時間会議にしろ、俺の目的のためにと行うことはない。
次の準備をする時間も今は無いしな。
「それで、眠王の予定では次はどう動く」
「え? あぁ……そうですね……。終わり際にお伝えした通り後で書面でもお伝えしますが、この後はただただ準備期間です。
武具の調達は俺がします。調整などは各国の技師の方々にご協力してもらう事になるでしょう。連合軍の編成ですが、ギナビア国のヴァジア元帥、リュシオン国のガレオ聖騎士団長、ログストア国のゼス騎士団長を軸として大部隊を三つ。そこからの小隊編成に関しては各大隊長と大国の御三方にお任せしようと思っています」
「そうなると連合軍とは名ばかりか。自国の部隊を離れる事はないだろう」
「いえ、臨時ではありますが聖騎士団も騎士団も、ギナビアの軍も解体してから五日間で連合軍として再編成していただきたいと考えています。
それに志願者も集う予定なので、レゴリア王の考えている通りにはならないかと」
「ギルドへの配慮か」
「というよりは、冒険者や荒くれ者、戦闘志願者が暴走しない為ですかね。実際問題で戦力はあればあるだけ困りませんし、指揮系統は統一していた方が問題が起きた場合の対処が楽だと考えています。
ただ、連合軍に席を置いた方々には相応の支給品なども用意したいので、また皆さんの力を借りる事になるかと」
「ギナビア国は構わねぇ。詳細は後日だ。ログストアやリュシオンも反対はしないだろう。時に眠王、アーコミアとの戦争、被害と勝率はどの程度と予想する」
これまたレゴリア王は、随分と難しい問いをしてくるなぁ。
勝敗を決めるのは大国領地の奪還とアーコミアの生死。アーコミアに組みする魔族の生死。勝利と呼べる条件が複数ある以上、何をもって勝利としての勝率を口にするか。
加えて被害予想か……。
正直に言えば、そんなものは考えたくない。
ヴァロアの一件ですら被害は出ているだろう。そろそろ東郷先生から、ある程度まとめられた報告が上がってくるはずだ。
それを含めて予想して考えるとなれば……うん、これはレゴリア王が納得するような答えは出せないな。
「何を勝利とするかによりますが、勝率を上げるのは俺達の役目です。その高い勝率の道を辿りながら被害を抑えるのは、貴方達の役目かと。
言ってしまえば全てが捨て駒になるかもしません。その逆に何一つ失う事無く無駄死になど無く勝利を収められるかもしれません。どうなるかは……予想せずに、どの様な結果になっても受け入れる事にします」
「とぼけるな。ここには俺とグレイとお前しかいねぇ。俺はお前の見ている勝利の話を聞いている」
……。それを聞いてどうするってのかね。
っていうか、そこまでズバッと切り込んでくるなんて、本当にメンタル強すぎだろ。これがこの世界の王だというのなら、いつかは見習わないといけないのかねぇ。
遠慮など皆無で切り込んでくるレゴリア王に、思わず大きなため息が漏れてしまった俺は、答えるべきかどうするべきか天井を見上げながら考える。
そして、誤魔化した所で引いたりもしないだろう……と諦め、俺の勝利である'クラスメイトの帰還'を前提として答えた。
「俺の勝利を持って帰ってきた皆がどう思うかは知りませんが……どんな被害を被ろうとも、勝率だけは百から揺らがせません」
「大した覚悟だ」
「俺は皆に'覚悟を決めろ'と言わなければならないのでね。積み上げられる屍を踏む事に戸惑ってられないんですよ」
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東郷先生がヴァロアでの治療を終えて戻ってきた報告を受けた常峰は、レゴリアとグレイに軽く礼の言葉を残して、セバリアスと共に部屋を出ていった。
残された二人は、少し姿勢を崩してテーブルの上にある菓子などをつまみながら常峰の事を考える。
「眠王の自信は見習うべき所かねぇ」
「どこに見習う自信があったよ。ありゃ腹くくってるだけだ。グレイ、貴様がギルドの者共を仲間と言い、それを守る事を念頭に置くように、アイツにとっては異界の者を第一として腹をくくった。
そこに自信なんてありゃしねぇだろうし、俺やハルベリアを含めてアイツの目には周囲の者に敵の可能性がチラついている」
「そこは話を聞いていれば分かる。例え裏切り者が居ないとしても、眠王はその可能性を捨てないだろう。
だがレゴリア王も見ただろう? 屍を積み上げる事を迷わず、その上に立つ事の覚悟をしている。自分ならばそれでも自分を保っていられるという目……あれは自信のほか無い。
その決断と決意、あの若さでやすやすと下せるものでもなかろうよ」
「確かにグレイの言う通りではあるか。だがなぁ……アイツが見据えている先は、想像以上に厄介だろうな。
今でこそ魔族ではなくアーコミアを敵として認定させきれているが、その敵が居なくなった後どうなるか想像するに容易い。この中立国レストゥフルという国は、立ち回りを間違えれば第二の敵になるだろう。そう……眠王は優しすぎるが、それ以上に割り切りが良すぎる。
敵になる事を回避こそしようとするだろうが、できないのであれば間違いなく敵になる道を選ぶ。異界の者の価値観では、この世界は生きづれぇだろうな」
中立国レストゥフル。
多種族の滞在が当然と認識されている国。その様に常峰が宣言し、現にレゴリアが知るだけでも魔族、エルフ、獣人、ドワーフ、魔物寄りのセイレーンなどの種までもが国民である。
レストゥフル国に滞在しているヒューシからの報告を聞いた時は、虚偽ではないと分かっていても疑いたくなった。しかし訪れてみれば、国としての問題点は多く見られるものの、種族間での大きな問題は今の所見られていない。
良いことである。
そう思うレゴリアは、常峰のやり方を批判などする気はない。それで国としての形を保っている現状、それを続けようとする思想、そしてその国の王が常峰 夜継という男。
むしろレゴリアはレストゥフル国に、眠王に高評価を与えたい程だ。
「アイツの中では、魔王アーコミアとの戦争に置いて負けはないのだろう。当たり前のようにそれより先を見据えて動いている……だが、人間と魔族の溝はそれ程浅いものではない。
異界の者――常峰 夜継という男が眠王としてレストゥフル国に君臨しているから誰も口を出せぬだけでしかない。魔王に対し、異界の者はコチラの切り札。今だけの平和をアイツはどう考えているのか」
「先を見据えているのはレゴリア王も同じではないか。俺としちゃぁ、レゴリア王がそこまで眠王を気にかけている事に驚きだ」
「次代へ繋ぐのは俺達だ。次代を作るのはアイツ等だ。この一戦、世界が変わろうとしていることに違いはない。ただ見守るというには、俺は背負っているモノが大きすぎる。気にも掛けるさ。
まぁ、後は個人的な理由でしかねぇよ」
「ほぅ……その個人的理由とは?」
「俺には嫁もガキも居ねぇからな。色々背負ってやろうって覚悟しているガキに、情が沸いちまっている」
その言葉にグレイは目を丸くさせたかと思うと、豪快に笑い声を上げた。隣ではレゴリアが鬱陶しそうな表情こそするが、言えば笑うだろうと思っていた為に別に咎めようという気はない。
「まさかレゴリア王の口から、その様な言葉を聞く日がこようとはな!!」
「気は済んだか? だったら動け、ギルドをまとめて来い。その先は他人事でも、目の前の一戦はテメェの足で歩かせろ」
そう言い残し、残っていた飲み物を一気に飲んだレゴリアは席を立って部屋から出ていく。それでもグレイはクククッと笑みを堪えながら部屋を出ていき、レゴリアとは別の方向へと足を進めていく。
歩くグレイの脳裏に浮かぶのは、ヴァロアに残してきた家族とも呼べる部下達。
それは、全てを投げ売ってでもグレイの守りたいモノ。
「多くの家族を眠王には守ってもらった。その恩義は、必ず返そう……眠王」
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レゴリアとグレイがそんな話をしているとはつゆ知らず、東郷先生からの報告を聞いて自室に戻ってきた常峰は頭を抱えていた。
「なーんも頭が働かん」
東郷先生からの報告書以外にも積まれている紙の山。それらを横目に見て、上から一枚取って目を通せば、避難民から集められている嘆願書。
無理難題が書かれていたりもすれば、なぜ嘆願書として提出されているのかも分からない内容もしばしば。
「今日は疲れた。もう、寝よう」
考えなければいけないこともあるのだが、疲労度がカンストしている今の常峰にとって浮かんでくる答えは'勝手にしてくれ。しらねぇよ'ばかり。
それではいけないと分かっていても、己の脳の限界を察した常峰は、全てを一旦見なかったことにしてそっと布団へと潜り……次の瞬間には寝息のみが室内に聞こえていた。
ギリギリですみません。
ブクマ・評価ありがとうございます。
どうそこれからもお付き合い頂ければ、とても嬉しいです!