会議の裏で
短めです。
「そういえば、安藤の様子はどうだったんだい?」
「元気そうではあったわね。でも、蝉の抜け殻の様に覇気が無かったわ。ああいうのを牙の抜かれた獣とでも言うのかしら」
「それはなんとも……」
苦笑いを浮かべる新道と、特に気にした様子もなく隣を歩く市羽の二人は、軽い雑談を交わしながら目的の病室前に着いた。
扉に下がっているネームプレートには、ジグリ・バニアンツの名前。しかし、名前を確認した新道がノックをするが返事が返ってくる様子はなく静かだ。
「逃げられたかな?」
「ただの居留守よ」
返事の有無など関係なく市羽は扉を開けて中に入っていく。続けて新道も入れば、部屋の奥にあるベッドの上では、窓から外に映し出されている会議の様子を見ていたであろう困り顔のジグリが二人を見ている。
「異界ではノックの用途が違うのか?」
「大して変わらないのではないかしら?」
「だったらなんで勇者様の二人は俺の病室に居るのかね」
「貴方に用事があるからよ」
「それを察して会いたくないから、俺は居留守を使ったんだけどなぁ」
漏らした大きなため息は諦めか。ジグリはベッドから出て二人分の飲み物を用意し始めた。
市羽と新道はそれを手伝いながらジグリの様子を確認する。
上半身に巻かれた包帯。それに加えて、包帯の隙間から見える傷は昨日今日のものではなく、既に古傷となっているモノも多い。
「治癒魔法は受けなかったんですか?」
「最低限は受けたよ。包帯は肩が外れてたから巻いてるだけだ」
新道の質問にジグリは答えるが、巻かれている位置や滲んでいる血を見るに、何度か傷口が開いた様子。
だが新道は頷いて納得して見せつつ、手早くジグリの分も追加して三人分の飲み物の用意を終える。そうしていれば、市羽は市羽でどこからか持ってきたのか分からないお菓子の用意を終えていた。
「用意がいいねぇ……そんな長居するつもりなのか」
「どうなるかは貴方次第ね」
「勇者新道も……同じ意見っと」
今から聞かれる事の予想でもついているのだろう。
ジグリは両手を上げ、降参の意思を示してベッドへと戻っていく。そして新道や市羽よりも先に、二人が来た目的を口にした。
「ゼス団長の不在にログストア城が襲われたのは偶然じゃないぞ。もちろん、俺が遠征の名簿から抜けたのもな」
「あら、素直ね」
「勇者様二人に問い詰められりゃ、しらを切りきる自信がなくてね。素直に話した方が少しでも温情を貰えて首は繋がるかと思ってだ」
そう言うジグリの視線は、再開した会議の映像へと移される。
休憩を挟んだ会議では、次々と出ていくる意見が飛び交い白熱し始めている事が分かる。脱線しないようにと常峰やモールなどが時折修正を挟むが、それでもやはり会議は長引きそうだ。
「単刀直入に聞くわ。貴方、敵かしら?」
「さぁ、どうだろうか。ゼス団長に憧れたのも事実、だがアーコミアに情報を流していたのも事実。どっちだと割り切れずに、結局ハルベリア王を守ってこの有様だ」
また傷口が開いたのか、ヘラヘラとするジグリの包帯には新しい赤いシミが広がり始めた。
「その事をハルベリア王やマーニャさんは」
それに気付いた新道は、念の為にと覚えておいた簡単な治癒魔法を使いながら問うが、思うように傷が塞がない。
「やめておけ勇者新道。魔力の無駄だぜ。呪いは治癒魔法じゃどうにもできない……それよりも話の続きだ。バレてないのならハルベリア王も知らない。姉貴は……こういう事に気付くほど出来た頭はしてないさ」
治癒魔法を使えば使うほど逆に傷が広がっていく事に気付いた新道は、すぐに魔法の発動を止めた。代わりに様子を見ていた市羽が包帯に触れると、いつの間にか包帯は細切れにされて複数の傷口が露わになる。
数秒傷口を観察した市羽は、ゆっくりと一つ一つ指でなぞりながら口を開く。
「魔族に与していた理由は何かしら」
「――ッ。よくある話だ……騎士団に入る前、俺と姉貴は戦争孤児でな。魔族に媚び売って生き延びてた時期がある」
「騎士団――ましてや部隊長や副隊長の経歴としては、あまり表に出せないわね」
「ッテェ……そのとおりだ。知られれば騎士団には居られねぇが、今や騎士団は姉貴の生きがいでもある」
「お姉さんの為に自分が犠牲になんて殊勝なことね」
「そんなんじゃない。だけどまぁ、俺にしては上手くやれてた方じゃねぇかな。もう潮時みたいだけど――イッ、ッテッ」
「さてどうかしら? それを決めるのも貴方次第になりそうよ」
全ての傷口をなぞり確認を終えた市羽が指を鳴らせば、全ての傷口に魔法陣が浮かび上がり、数十秒後には完全に傷口は塞がっていた。
「なっ!?」
「私は貴方を助けたわ。そして私は貴方の秘密も知った」
完全に傷が癒えた事に驚いているジグリに、いつもと変わらない様子の市羽は言う。その言葉を受けたジグリは、顔を引き攣らせて市羽を見た。
「俺にどうしろと」
「決めるのは貴方よ。ハルベリア王につくか、アーコミアにつくか……それとも私につくか」
「魔族もログストア国も裏切れってか?」
「あら、少し認識違いがあるわね。別に私の敵は魔族でもログストア国でもないわよ? 眠王の敵が私の敵。そこに種族も国も関係ないわ」
告げる市羽の目に嘘はない。
返答を間違えれば死を映し出しているような瞳に気圧されて視線を反らした先には、呆れたような苦笑いを浮かべている新道が居る。
なんだか一気に疲れてしまったジグリは、もうどうにでもなれと投げやり気味に浮かんだ答えを口にした。
「眠王につく……ってので俺の首は繋がるかね?」
その答えを聞いた市羽は、スッと目を細めて妖艶な笑みを浮かべ答える。
「百点よ」
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一通りの事情聴取を終えた新道と市羽は病室をあとに、場所を城のテラスへと移り、用意してもらった常峰 光貴の資料に目を通しつつ会議の様子を眺めていた。
「それにしても、もう少しやり方というか、別の言い方もあったんじゃないかい?」
「何の事かしら」
「ジグリさんの事だよ。あんな脅すような」
「心外ね。別に脅してはいないわ。それでもというのなら、止めに入らなかった新道君も同罪よ?」
読んでいた日記を閉じた市羽は、悪びれた様子など一切なく紅茶で喉を潤す。
「俺は残らないからね。あまり口を出して、後々常峰が困るのは避けようと思ってさ」
「私も後々を考えてのことよ。貴方達が帰った後、外部の個人的な協力者は必要だもの」
「物は言いようだね。ジグリさんが協力者にならなければ、殺すつもりだったくせに」
「そんな物騒な事はしないわ。それこそ彼に怒られてしまいそう……ただ、裏切り者の報告ぐらいはしたかもしれないわね」
ふふふっ。と笑う市羽を見る新道の脳裏には、色々な意味で苦労している常峰の未来がぼんやりと浮かんで消えていく。
心の中で労いの言葉を常峰に送った新道は、話を切り替えて先程聞いたジグリの話を持ち出した。
「話は変わるけど、ジグリさんの話には驚かされたね」
「そうね、こちらの動きが筒抜けだったのは、ジグリさんとモクナさんの密告があったからでしょうね。それに魔王アーコミアが独自で異界への転移方法を確立している話……どこまで信じるべきかしら」
「多分ジグリさんやモクナさん以外にも協力者はいるだろうけど、全員を洗い出すのは時間が足りない。
転移方法の件も、嘘の情報をジグリさんには流していた可能性も高い。それでも無視できない内容ではある……難しい所だ」
「焦る必要はないわ。仮にそれが本当だったとしても、魔王アーコミアがすぐに転移しないのはできないから。確立をしただけで、準備が足りないのでしょう?」
「神の城が鍵か……常峰はどう考えているんだろうね」
「さぁ? どうであれ私達のやる事に変わりはないわよ。彼が示す幾多の道を私達が選べばいい」
二人の視線の先では、二度目の休憩に入り、おしぼりで目元を覆う常峰の姿が映し出されていた。
それから少しすると、常峰の横に立ったセバリアスが何かを耳打ちし、おしぼりを取った常峰は少し驚いた表情を浮かべている。
同じタイミングでレゴリア王とクランマスターのグレイにも部下が何かを報告し始めた。
「あら、勝手に動いたのがバレたかしら」
「どうやら別件みたいだよ」
セバリアスから渡された紙に目を通した常峰は、その紙に何か書き込むとセバリアスへ返す。そして受け取ったセバリアスは一礼をすると、次の瞬間にはその場から消え――新道と市羽の前に姿を現した。
「お寛ぎのところ大変申し訳ありませんが、お二人には大至急ヴァロアへ赴いていただきます」
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時を同じくしてギナビア領土最前基地小国ヴァロアは、大量の魔物の群れに襲われていた。
「編成一、ニは前衛に! 後衛編成は護衛に専念! 非戦闘員は後退の手伝いを! レストゥフルまで逃げ延びる事を第一に考えなさい!」
「アンシェ! 退路が塞がれた!」
「くッ……敵が多すぎます」
大地の爪痕のクランマスターであるグレイが不在の間、代理として全権を預かっているアンシェの表情には疲労が嫌でも出てきていた。
突如として現れた大量の魔物。
発見後早急に編成を組み対応をしたものの、ギナビア国からの避難民を含めた非戦闘員も多く、圧倒的な物量の前にできる事は限られている。
できるだけ被害を抑え、最新の報告の中でレストゥフルが受け入れを許可した事を思い出して撤退戦へと切り替えたのだが……。
「東が抜かれた!」「編成ニ、被害が甚大だ」「負傷者を下げろ!邪魔だ!」
混乱がさらなる混乱を招き、既に戦線を維持する事すら困難な状況。
何よりも帝国軍とギルド員達での連携が取れていない。
互いに合わせようとしている帝国軍とギルド員だが、日頃から連携などしているわけがなく、逆にその動きづらさが新たな混乱に変わり被害が広がってしまっている。
「クロース、マスターからの連絡は」
「取れてねぇよっと!」
「'逆巻く風よ ―風刃―' 撤退もままならないなんて」
クロースの槍がアンシェの背後の魔物を貫き、アンシェの魔法がクロースへ飛び掛かろうとしていた魔物を切り裂く。
他にも前線している者がいようとも、やはり数に押し切られ被害が広がっていくばかり。
このままではただ被害を広げるだけだと確信したアンシェは決断する。
「クロース、退路を無理やり作れますか?」
「あぁ!? どんだけ死人出るか分からねぇぞ!」
「出来ないわけじゃなくて良かったです。どれだけ被害を出しても構いません、このまま撤退を開始してください」
「アンシェ……お前、死ぬつもりか」
「全責任は私にありますからね」
クロースはアンシェの考えを察した。
最悪の全滅よりも、最低な切り捨てを選び、少しでも多くの者を生き延びれる可能性のある選択をした事を。
そしてその結果をグレイに背負わせるつもりも無い事を。
「……あばよ」
「えぇ、お先に」
残る魔力を使い、せめて少しでもと考えるアンシェが集中し、その隣でクロースが指示を出す。
「全員に告げる! 今から退路を作る! 全員死に物狂いでにげ「その必要はないわ、逆に動いたら死ぬわよ」――ぁ」
クロースの言葉を別の声が遮った瞬間、一帯を埋め尽くす殺気に、敵味方関係なくその場の全ての思考が飲まれた。
集中していたはずのアンシェも例外なくその空気によって強制的に魔法を乱される。
何が起こったのか理解するのは次の瞬きの後。
崩れ落ちる魔物達の中に立つ、神聖さすら感じる白いローブを纏った二人。そのローブの背には、レストゥフルの刺繍。
「全員に告げるわ。焦らず、静かに、伏せなさい」
命令にも似た言葉に誰も逆らう事はない。スッと耳に入ってきた言葉に焦っていたはずの気持ちは水を打ったように静まり、ただただ聞こえた言葉に従って伏せた。
そして一人の背に輝いていた七本の剣が光となり駆け回り、鈴のような音が聞こえた時には、一帯の魔物は息絶え、瞬く暇などなく、状況は終わった。
「逃げたわね」
「俺達と入れ替わりでね。これは、そっちの動きは分かってるぞっていう牽制かな?」
「嫌がらせも怠らないなんて、精が出るわね」
「手を出してこない約束はどうしたんだろうか」
「魔王アーコミアは手を出してきていないわ。その部下もね」
「誰かが姿を見てたりは……なさそうだね」
誇ることも驕ることも無く、ただただ当たり前の様に魔物の群れをこともなげに処理した新道と市羽の二人は、転移の光と共に消え、入れ替わる様に同じ白いローブを纏った東郷 百菜が別のローブを纏った者と共に現れる。
「怪我をした皆さんはこちらへ」
死を覚悟したはずの状況は、新道達が現れてからものの数分で収束したのだった。
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「おやおや、パティ・ニカではないですか。もう戻ってきたんですかぁ? その様子、またお友達を無駄にしましたねぇ」
神の城の一角で人間の死体と魔物の死骸を縫い合わせていたフェグテノは、涙目でむくーっと膨れて部屋に入ってきたパティ・ニカに気付き、その様子を見てケラケラと笑いながら言う。
すると、笑われたパティ・ニカは袖から虫の魔物を大量に呼び出し、一緒になってフェグテノへと突進していく。
「わわわ、それで寄ってこないでくださいよ! 返り血で服が汚れて、ああああっ!!」
服が虫の魔物の返り血で汚れるのが嫌なフェグテノは、追い回される形で部屋の中をパティ・ニカと一緒になって駆け回る。
「賑やかですね」
そんな中で一言と共にパンッ!と一度音が鳴るとパティ・ニカとフェグテノの足は止まり、いつの間にか部屋に入ってきていたアーコミアの前に傅いた。
「パティ・ニカ、遊びに行ったようだけど、楽しかったかい?」
「あぅ」「お友達がぁ」
「勇者が出てきたようだね。流石にあの二人はパティ・ニカだけだと荷が重い。遊びに行くのは構わないが、次からは私に一言欲しいな」
「ぅん、いってきますする」「いってきますしてからいく」
「ありがとう。フェグテノも、分かったかな?」
「アーコミア様を怒らせたくはないのでねぇ、その時はちゃんと一言をお伝えしてから行きますよ!」
くるくると回った後に深々と頭を下げるフェグテノに、アーコミアも満足したような笑みを浮かべ頷いて部屋を出ていく。
そして残された三人は、シーッと口元に指を当てながら静かに追いかけっこを再開した。
謎の腹痛。
なんか駆け足で場面変えすぎてすみません。
ブクマ。ご感想ありがとうございます。
これからもお付き合い頂ければ嬉しいです!