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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
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会議前

市羽の見舞いに行ってから三日後、彩も市羽も二代目から完治の診断を貰って無事退院した。

その間にも日に日に増えていく小さな問題の報告や、会議で使う資料などの確認をしたりと、徐々に俺の時間は削られていった。


分かってはいたが、リュシオン国避難民の受け入れをログストア国避難民は快く思わない者も少なくなく、まぁ人の口に戸は立てられないと言えばいいか……ショトルが寄生しているかもと言う案件は、流れ流れてリュシオン国民は疫病を運んできたなどと広まっている。

それに対しては隔離施設の説明などを噂として流布して、個々の判断に任せている状態。


正直、七十五日も持たない噂話に本腰で構っている暇がない。アーコミアとの開戦は刻一刻と迫り、その前にも各国の代表相手に会議もある。

とりあえずそこで各国民の壁を一時的にも取っ払ってからじゃないと、他の国民性のいざこざの収束にも手がつけられん。


「人が集まれば、大なり小なりの問題が起きるとは思っていたが……噂の広まり方が的確というか、嫌な所を突いてくる。それに魔族関連での問題が少なすぎるのも気になるな」


ここは中立国。加えて現在のレストゥフルの人口は、半数以上が魔族だ。グラフを作れば、その他の所に人間が含まれるぐらいには多種混合の国。

それなのに問題を起こすのは避難民同士ばかり……。


「アーコミアの手が入っている可能性があるか」


俺の準備を遅らせる為に、アーコミア側の何者かがゆっくりと次第に大きくなる波紋を広げている様な意図がある気がする。

単純に俺の考えすぎならいいんだが、もし本当にそうならばかなり厄介だな。


噂が確信めいて広がっているということは、それだけ信用のある出処だろう。しかし噂話……誰が誰から聞いたを辿っても、意図的ならばシラを切られて終わりだ。

確認のしようが無い。


「カマを掛けようにも情報が足りないし、それの解決に時間を取られる事こそがアーコミアの狙いだろうな」


だからこそ、ながらで対応しなきゃならないな。無対応で放置は愚の骨頂だが、それだけに時間を取られるわけにもいかない。

しかし放置しすぎると、国民と上層部の危機意識にある差が大きな溝になる。国民の為の王なんていう立派な者にはなれないが、国民を考えない王になるわけにはいかない。


あぁ……幾つも手を用意して、それを上手く使って問題を起こしてくるなんて、下手な力任せより何倍も厄介だな。


「何よりも俺の睡眠時間を削りやがって」


皆に助けられてるからやれてるものの、流石の俺もイライラしてくるぞコノヤロウ。

思考が散らばるこっちの身にもなれよ!


「……あ、なってるからできる嫌がらせか」


城の大広間。クラスの全員が座れる分の椅子を用意した円卓の一箇所に座り、独り言を漏らしながら愚痴をたれていると、閉じていた扉が開かれて先導していたセバリアスから次々とクラスメイト達が雑談を交わしながら入ってきた。


個々で軽く挨拶をすると、クラスメイト達は適当に空いている場所に座り、セバリアスと一番最後に入ってきたラフィが飲み物やら何やらと用意を始める。

そして一通りの準備が終わった所で、俺が口を開く。


「こうして集まるのは久しいな。まずは、色々とあったようだが息災で何より」


好き好きに話していたにも関わらず不思議を俺の声は通り、全員の視線が集まった。

最後にこうして集まったのは……佐々木と十島が殴り合いした時以来か。うん、久々な気がする。


「今日呼んだのは皆に決めて欲しい事があるからだ」


その一言で全員は薄々と察したのだろう。既に決まっているものや、悩む様子を見せる者に分かれた。


「現時刻を持って、現在の組分けは解体。これより三日後、全員に変更のない決定をしてもらう。内容は察している通り元の世界に帰るか、この世界に残るかだ。新道、市羽」


二人の名前を呼べば、それぞれが立ち上がって小さく頷く。


「この二人には先んじて決めてもらった。新道は帰還組、市羽は滞在組だ。そして東郷先生、先生にはこの場で決めて欲しいのですが……決まっていますか?」


「私は帰ります」


立ち上がった東郷先生は、迷いなく優しい笑みを浮かべて答えた。


個人的にはコニュア皇女の事でもう少し悩むかと思ったが、どうやら気にはかけていても揺らぐ事は無かったようだ。個々の表情を見るに、もう決めている者の方が多いみたいだが……まぁ、仲間内と話し合う時間ぐらいはあっていいだろう。


「なら、東郷先生と新道は帰還組。市羽は滞在組のリーダーとして考えさせてもらう。話し合うのも結構だが、最終的には自分の意思で決定をするように。三日後の決定後、組分けの変更はしない。それを元に今後の作戦を決めるからそのつもりで」


「今後の作戦というと?」


俺の言葉に江口が手を上げて質問をしてきた。

立っていた三人に視線を送って座る様に伝えつつ、俺は江口の質問に答える。


「三日後から帰還組は一部例外を除き、以前岸達が持ち帰った過去の資料をまとめて帰還方法を確実なモノにしてもらう。少し前に俺達にスキルを与えた存在と話す機会があって構想を伝えた所、魔方陣の構築と移動の際の軸や空間が安定すれば可能だという事が分かった。

爺……過去にこの世界に来た者達が既に俺達の元の世界の座標は見つけている。後は魔方陣の構築と、それに伴う空間の安定を検証する必要があるから、それをやってもらう事になるだろう。もちろん、こっちの世界の有識者に協力を仰いでサポートに付いてもらうから安心してくれ」


「なるほど……それなら、滞在組はどうするんだい?」


「滞在組はアーコミアとの開戦まで戦闘訓練をしてもらう。指導者にはセバリアス、ラフィ、ルアール、エマス、レーヴィをメインに戦闘に長けた者達をサポートとして付ける。ひと月無い程度だが、次の戦いまでに出来る限りの力を身に着けてもらう事になる。

当然厳しい指導があるかもしれないが、嫌になったら何時でも言ってくれ。言い方はあれだが、その時は戦力には加えない」


「冷たい言い方だね」


「やる気だけではどうしようも無いが、やる気が無いのならどうにもならん。強いて言えば、嫌になったのなら遠慮せずに早い段階で言ってくれる事が一番の貢献になると思って欲しい。不安にならなくていい、戦線に立たない事を責めたりはしないし、俺が責めさせない。

残る意思と戦う意思は別物だ。皆、そこは履き違えないように頼む」


視線だけは俺に向けられ、静まり返った室内。色々と考えているのだろうと思い、俺も口を開かずに待っていると、静寂を破ったのは柿島。


「常峰君――いえ、王に問います。安藤君の処遇は? どれほどの罰を与えるつもりですか?」


その事を今ここで話す気は無かったのだが、柿島の問いかけで気付いて居なかったクラスメイト達まで俺の答えを待ち始めた。

決断を迫っている身として曖昧にするわけにもいかないか。一応その質問が来る可能性を考えていて良かった。


「斬首だ」


「「なっ!?」」「ちょ、王様!」「……」


「おい、テメェ……それは本気で言ってんのか?」


「変更はない。通達が遅れた事は謝罪しよう。今から数時間後、各国代表の準備が終わり次第会議を開く。そこで、安藤 駆とモクナ・レーニュの公開処刑を行う」


それぞれが反応を見せる中、明らかに怒りを宿した目を向けてきた佐々木の問いに答えれば、次の瞬間には少し押されたかと思うと、佐々木が俺の胸ぐらを持ち上げていた。


事前にセバリアス達には、何があっても俺からの指示があるまで行動を起こすなと言っておいてある。俺は捉えられずともセバリアス達が対処をしてしまうからな。

にしても、佐々木は随分と早く動くな。全く見えなかったぞ。燃えないように配慮をしてくれてはいるみたいだが、胸ぐらを掴んでいる手は揺らぎ、熱はしっかりと伝わってきている。


「テメェは安藤の親友じゃねぇのか」


「俺はそう思っている」


「だったら!」


「だが俺は王でもある。今回の安藤の裏切りをモクナさんに全て着せたところで、今度はその処刑を止めに安藤はもう一度裏切るだろう。

それに大衆への言い訳を用意できるか? 安藤は同郷なので助けます。その安藤が惚れているのでモクナさんも軽罰で済ませます。なんて、誰が納得する。それで解放されたとして、二人が表立ってまともな生活を送れると思うのか?」


「だからって殺すのはちげぇだろ! それでもテメェなら!!」


嬉しいね。俺なら何とか出来ると佐々木も思ってくれるなんて。

本当は気の済むまで、納得がいくまで言い合うのもいいと俺は思う。しかし、佐々木には悪いがそんな時間は無い。


さて、ならどうしたものか。と悩んでいると、俺がどうにかする前に別の声が佐々木を制した。


「時間の無駄よ、佐々木君」


「あぁ? しゃしゃるんじゃぇよ市羽」


「しゃしゃっているのは貴方よ。常峰君ならと思うのなら、その手を離したらどうかしら?」


「斬首なんて決定が納得できるわけねぇだろ!」


「一番納得できないはずの常峰君がしているの。それに、困惑はしているようだけど、反対しているのは貴方だけよ」


市羽の言葉で皆の顔を流す様に見た佐々木は、ギリッと俺に聞こえるほ程に歯を食いしばったかと思うと、乱暴に掴んでいた俺の胸ぐらを離して東郷先生へと視線を向ける。


「東郷先生も納得してんのかよ」


「私も佐々木と同じ様に、その決定に納得はしていません。もっと他の方法があるんじゃないかと考えました……でも、私には思いつきませんでした。だから私は常峰君を信じる事にしました。佐々木と同じ様に、常峰君ならと」


「……気に食わねぇ。気に食わねぇが、今は引いてやる。後で、それでも納得できなかったら殴らせろ」


「殴られるのは嫌だけど、まぁその時は甘んじで受け入れよう。次に俺が道を間違えないように、遠慮なくぶん殴ってくれ」


「チッ」


ひとまず今は堪えてくれるらしく目の前に居た佐々木が燃えたと思えば、最初に座って居た席に火柱が上がり治まると、机の上に足を組んだ佐々木が続けろと言わんばかりに俺を睨んでいる。


流石にチンタラしてまた佐々木に胸ぐらを掴まれたくはないので、俺も少し乱れた服を整えてから座り直し話を続けた。


「さて、そういう事だが柿島は何か言いたい事があるか?」


「いいえ。私はただ、王の決定を聞いただけですから」


意味ありげに笑みを浮かべて答えた柿島。

何を思ったかまでは分からないが、困惑や怒りは一切無い様に感じるな。どうやら俺はしっかり柿島の質問には答えられたようだ。


「皆もそれぞれ思う所はあるだろうが、今は自分の事を優先してくれ。組分け後の予定は、三日後に全員の決定を聞き次第、改めてしようと思う。後は……」


「我が王、そろそろ」


他に今伝えておきたい事を考えていると、俺の隣に移動したセバリアスが小声で時間が来た事を伝えてくれた。

おそらく各国代表の準備はまだだろうけど、会議前に少しレゴリア王に呼ばれている。

セバリアスの言うそろそろは、レゴリア王の準備が終わった頃なのだろう。


「悪い、思ったより早く時間が来た。とりあえず皆には三日間で帰るのか、残るのかの決定をして欲しいというだけだ。一応男女別で大部屋の用意もしてるから、適当に使ってくれ。

最後に、少なからずこの決定は皆にとって一つのターニングポイントだ。悔いのないように」


それでは解散。とだけ伝えて俺とせバリアスは大広間を出てレゴリア王が待つ部屋へと移動する。



「よろしかったのですか? あまり皆様とお話ができませんでしたが。必要ならばギナビアの王の方を待たせるべきかと」


少しだけ休憩をしたいが為に徒歩で移動していると、一歩後ろをついてきていたセバリアスがそんな事を言う。

実際話したい事は沢山ある。だが、その話には世間話や他愛もないやり取りも含まれてしまっているからな……それをやると俺の気が緩んでしまうんだ。


「構わない。決めて欲しい事は伝えたし、俺が余計な事を言って考えが変わるよりはいいさ」


「我が王がそう仰るのなら」


「ありがとう、扉を繋ぐからここまででいい。セバリアスは安藤の準備を頼む」


「かしこまりました。お気をつけて」


何か言いたそうなセバリアスの足を止め、深々と一礼をするセバリアスにもう一度小さく礼の言葉を言ってから、繋げた扉を開けてセバリアスと別れる。

そして扉を抜けた先には、レゴリア王ともう一人、ハルベリア王が座っていた。


「久しく。此度は多大な迷惑を掛けたな、改めて礼を言うよ。常峰君」


「顔に疲れが出てるぞ。まぁ座れや眠王」


「アハハ、お二人のご無事な姿が見れてホッとしただけですよ」


既に用意されていた茶菓子を摘むレゴリア王とハルベリア王。

レゴリア王に言われ、少し顔を触りながら空いている椅子に座れば、バサッと目の前に紙束が投げ込まれた。


「これは?」


「眠王が飼ってる狂犬に脅されてなぁ。ギナビア国からレストゥフル国へ、ペニュサ・パラダの軍事依頼書と、ペニュサの経歴だ」


「狂犬って」


レゴリア王の言葉に苦笑いをしながら書類に目を通せば、確かにレストゥフル国のペニュサ・パラダをギナビア国軍へ貸し出して欲しいという旨が書かれた依頼書だ。

そして次の紙には、ペニュサさんが軍に在籍してからの経歴がビッシリとまとめられている。


「軍に在籍する前の経歴がありませんね」


「必要だったか?」


「ペニュサさんを引き取るとなると、色々と別件まで絡みそうだと思ったのですが?」


「別件など知らん。何かあるなら、勝手にしろ」


「……なるほど、俺の勘違いだったようです。それにしても、ハルベリア王の前で話して良かったんですか?」


暗に触れるなと言うのなら、わざわざ触れる必要はないな。勝手にしろと許可も貰ったし、そっちは追々でいいだろう。


「どうせ知れることだ」


「今しがたレゴリアから聞いたが、勇者市羽は絶対的な自信がある故か危ない橋を渡る」


「当人には危ないなんて認識は無いですよ。絶対的な自信こそが絶対的な裏付けで、市羽にとってペニュサさんの引き抜きは予定した瞬間に準備まで終わり結果が決まった案件でしょう」


「なるほど。実に優秀な人材だ」


「優秀過ぎると、色々と見透かされて大変ですけどね」


俺の言葉を聞いて王の二人は同情したような表情を向けてくる。そして二人とも俺の肩をポンポンと優しく叩いてくれた。


「そういやぁ、リュシオンの姫にも一杯食わされた様だな」


「レゴリア王は情報が早いですね」


「ハルベリアから聞いただけだ」


「あれだけ噂が広まっていれば、おおよその見当は付くものだ」


「初めてのログストア国で会った時、皇帝代理ではなく皇女としてあの場にいた事をもう少し頭に置いておくべきだったと思いましたよ」


「ハッハッハッ!! まぁ、あの肝の座り方だけみりゃ、眠王より恐ろしいわな」


高らかに笑うレゴリア王にハルベリア王も賛同したように頷いてから口を開く。


「しかしそのコニュア皇女すら君の元へ集おうとしているともなれば、やはり君を危険視せざるを得ない」


「俺個人で評価してもらえれば、割と人畜無害なはずなんですけどね」


「残念だったな。周りを利用しすぎて、もう眠王という存在の評価には周りの存在が付き纏うだろうよ」


わざとらしく参ったのポーズで応えると、レゴリア王は鼻で笑った後にカップに入っていた紅茶を一気に飲み干し、カチャリとわざとらしく音を立てて置いた。

瞬間、レゴリア王の雰囲気が先程の様な軽いモノではなく重苦しいモノへと変わり、同時にハルベリア王の雰囲気も王のモノへと変わる。


「それじゃあ眠王、リュシオン国は何を代償にレストゥフル国の庇護を得た。ログストア国、リュシオン国と避難民を受け入れたという事は、当然ギナビア国民の受け入れも許可はしてくれるよな?」


話があると言われた時から予想していたが、やっぱりこの話題は振られるよな。

それに、レゴリア王は避難民という言葉を使わずギナビア国民と言ってきた……あくまで助けを求めるのではなく、協力をしてやるという姿勢か。


さてはてどうしたものかね。

入国自体は拒否するものではない。どの国の者であろうと、別に国境を越えてくる事ぐらい問題を起こさないのであれば好きにすればいい。

だが、現在ログストア国とリュシオン国の者達は避難民としてレストゥフル国の庇護下。そこにギナビア国だけは庇護ではなく、レストゥフル国に協力しに来た……なんて事になれば、三大国の間で小さな差ができるだろう。


先を見据えての発言力をレゴリア王は見据えてるな。今の状況を利用して、他の大国とのマージンを取りに。その他にも何か考えてそうだが、まぁ分からん。


どちらにせよ、これに二つ返事で答える事はできないな。

ハルベリア王も俺の言葉を待っているようだし、はぁ……胃が痛い。

今日は、何故かものすごく眠い一日でした。




ブクマありがとうございます!

どうぞ、これからもよろしくおねがいします!!

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