三つ角のガゴウ
短めです。すみません。
体を伸ばせばバキバキと音が鳴る。その音が体内で響きながら駆け巡れば、まだ安定していなかった意識がハッキリとしてくる。
ベッドから少し離れた場所にある机の上には、昨日睡魔と戦いながらまとめた資料。そして新しく積み上げられた報告書の山。
「皆に任せてサインするだけの生活って何時頃くるんだよ……」
まだ、どこを任せればいいかなどが分かっていない間は、かなり先の話になりそうだ。なんて漏れた呟きに心の中で答えながら報告書を魔力で引き寄せ、もはや個人的には見慣れた報告書が空中に並んでいく風景を見ていると、気になる報告書があった。
リュシオン国よりだいぶ離れた海で行動停止と負傷しているオズミアルを確認。と書かれた一枚と、魔王ガゴウ・シュゴウを捕縛したという一枚。
他には国内状況やリュシオン避難民の検査状況の報告に、例のテトリアさんの治療終了と市羽と彩が一度目を覚ました報告などなど。
「テトリアさんも気にはなるが、最悪報告書経由で知れればいいし、彩達の様子を見に行くついでにでも足を運べればいいだろう。問題はこの魔王ガゴウだな」
地震の頻度というか、震度が弱くなっていたのは離れていたからで、現在は行動していない。負傷の理由はガゴウらしいが、何故魔王ガゴウが俺達に協力する。
いや、そもそも捕縛って……俺が引きこもって寝潰れた間に何があった……。
報告書の製作者はレーヴィか。今レーヴィは――自分の管理階層で寝てるな。エマスは起きて朝から避難民の対応に動いてくれているし、ジーズィは屋根の上? 反応的には日向ぼっこしながら寝ているのか。
「となれば、セバリアスかルアールに聞くか」
「セバ爺は会食の献立をラフィや畑と練っていますよ。シーキーはアラクネの元に。おはよう御座います我等が王、魔王ガゴウの件は口頭報告がいいかと思い参りました」
「おはようルアール。そういう事なら早速だが頼めるか?」
セバリアスの様にスッと深くお辞儀をしながら現れたルアールは、俺の言葉に応えて魔王ガゴウの詳細を話していく。
一通り話を聞き、幾つかの質問をしていけば、ある程度の事情が見えてくる。
つまりなんだ、佐々木達と戦ってガゴウに何かしらの変化があったのか? 何やら対談をするつもりもあるみたいだし、これはガゴウを味方にできるチャンスと捉えていいだろうか……。
「ルアール、ガゴウはすぐに話せる状態なのか?」
「生命活動に支障が出ない程度にはレーヴィが治療したようで、後は我等が王の対応待ちをさせています。我が王のご都合さえよろしければすぐにでも」
「準備を頼む。ガゴウの準備が終わり次第、少し話しておきたい」
「かしこまりました。すぐにでも」
一礼をして部屋を出ていくルアールを見送り、対談の準備が終わるまでに俺も着替えなどを済ませていく。
そして五分程すれば準備を終えたとルアールが戻り、一緒に準備された個室へと移動する。
「テメェが頭か。ハッ! メニアルと殺り合ってた野郎とは別人か?ってぐれぇ威圧感の欠片もねぇな。ニセモンか?」
「落ち着けルアール」
一瞥しただけで俺の評価を終えたガゴウの首を飛ばそうとしたルアールを止める。
ルアールの様子が少しおかしいのをなんとなく察して言葉を用意してなければ、危うくルアールがガゴウを殺していたな。
こんな挨拶代わり程度の煽りにルアールが乗りかかるなんて珍しい気もするが、今はガゴウを優先しよう。
「どの時の戦いの事を言っているかは知らないが、戦うのにも準備が必要な質なんでね」
「狡い野郎だ」
「それを正面から抜けてくるもんで、メニアルにもヒヤヒヤさせられたよ」
「なるほどなぁ……アーコミアと似た類だとは思っちゃ居たが、イラつく野郎だ」
「高評価を得たと受け取らせて貰おう。そして、俺もなんとなく魔王ガゴウがどういう類か見えてきた。私情でオズミアルと戦ったな?」
「だったらどうするんだ?」
「こちらとしては何の問題もない。むしろオズミアルとガゴウが負傷したという結果は、俺達にとってプラスな状況だ。礼にその足を治そう、そして俺に協力をしてくれるというのなら腕も治す」
「ハッハッハッ! メニアルの次は俺ってか?」
「アーコミアの所に戻るとしても難しいだろう? 個人的には悪くない提案だと思うがね」
「ぬかせ人間。そう思ってんなら、ちったぁそのつもりで言えよ」
笑いながらも威圧感が増した魔王ガゴウの言葉は、明確ではなくともそれは俺の勧誘に対する答えだった。
まぁ、拒否されたからと言ってどうという事はない。言葉を交わした瞬間に俺から勧誘の意思は消えている。魔王ガゴウ――彼はきっと終始強者なのだろう。メニアルとは違った道でそこに至り続け、俺のように周囲の環境に合わせて道を作る事はしない。
尊敬するよガゴウ・シュゴウ。その直感も、判断力も、実力も……何より清々しい程に自分を中心とした意思を感じると、気持ちよさすら感じる。
僅かな時間でこう思えたってことは、おそらく俺とは合わないだろうな。仮に無理して勧誘したとしても、事は上手く運ばないだろう。良い関係は築けても、決して協力関係であり続けはしないタイプだ。
「それでどうする。俺はテメェの勧誘を拒否したぞ? 俺を殺すか?」
「ルアール、とりあえず腕の治療をしてやってくれ。足は帰りにでも」
「かしこまりました」
「いいのか? テメェを殺すかもしれねぇぞ」
「俺は自分以上にルアール達の強さを信じている。だから殺れるものなら殺ってみてくれ、その代わり……オズミアルの事を教えろ。魔王ガゴウ」
今の俺でもこれぐらいは出来るぞ。と部屋を魔力で満たせば、ガゴウは鼻で笑い飛ばしながらルアールの治療を受ける。
「メニアルがテメェに目をかけた理由が少しだけ理解できた。テメェも、俺とは違う場所に勝利がある。アーコミアとも違う。かといってメニアルともちげぇ。ただ勝ちを諦めたりはしねぇなテメェ」
「俺には俺の勝利がある。他者とそれが違うのは当然だろ」
「未だにくだらねぇとは思うが、最近になってそういう事を理解してやろうと思い始めた所だ」
「そんな頭を使われると、更に厄介になる気がするから程々で」
治療が終わり視線をルアールへ移せば、一度だけ軽く頷いてすぐに飲み物の用意などを始め、ガゴウはガゴウで生えた腕の感覚を何度か確かめると満足そうに俺の対面に戻ってくる。
「茶か……。酒はねぇのか?」
「悪いルアール、中満からいい感じのを貰ってきてもらえるか?」
「一番つえぇのでいいぞ」
「鬼殺しでも貰ってきますよ」
表情こそ出さないものの、明らかに蟀谷辺りに青筋が浮かんでいるルアールだが、笑顔を保ったまま部屋を出ていく。
俺とガゴウの二人になった所で別段攻撃をしてくる様子はない。
「何が知りてぇ」
「オズミアルの攻撃手段から何から全て」
「いいねぇ~。類から受けりゃテメェは嫌いだが、目の奥、心の底、隠しきれてねぇ何かに固執してる様は嫌いじゃねぇ。続きは酒が来てからだ。そしたらテメェが聞け、それに俺が答える」
「途中で飽きないでくれよ? 呆れるほど質問するから」
「酒がある間は気前良く答えてやる」
そういう事なら。とルアールが戻るまでの間、頭の中で質問する事をまとめていく。そうしていると、目を閉じて待っていたガゴウが口を開いた。
「メニアルがテメェの事を夜継と言っていたが、テメェからまだ名乗りを聞いてねぇ」
「あぁ、それは失礼した。俺は常峰 夜継、中立国レストゥフルの王で、こっちの世界の人間は俺の事を眠王と呼ぶよ」
「そうか。人の王よ、俺はガゴウ・シュゴウ。昔は三つ角のガゴウと呼ばれていた」
その内の一本を佐々木達が折ったのか。この性格と、この名乗り方……相当腹に据えかねているな。佐々木は角一本で精一杯とか言っていたが、ガゴウからすればその思われ方は許し難いだろう。
オズミアルとやりあって、わざわざ伝えに来たことを考えると……私情はこの辺りかもな。
わざわざ触れる気はないが、後で佐々木達に一言は伝えておくか。
そうこうしていると酒樽を三つほど担いだルアールが戻り、俺の質問タイムが始まった。
「早速問一、魔王オズミアルは殺せるか?」
「殺せる。ヤツが長寿な理由は――」
――。
浴びる様に酒樽を空にしては、ルアールに追加を持ってこさせて質問を続け、気が付けば部屋に転がる酒樽の数は数えるのが億劫になるほどになり、時間は軽く三時間が過ぎようとしていた。
満足げに持ち帰り用の酒樽を担いだガゴウが、俺の喚び出した扉をくぐる様子を見送れば、次はルアールと部屋に二人。
「ちょこちょことセバリアス達から聞いていたが、ガゴウの話を聞けば随分とオズミアルの印象が変わった。昔を知っているルアール的にはどうだ?」
「俺の知るオズミアルは、魔物に階級をつけるのであれば下級の魔物だったはずです。現状に至らず話を聞けば、ありえないと鼻で笑っていたでしょう」
「正面からやり合うとなれば、中々どうして笑えないぐらいにはキツイ相手だ。自身のプライドがあって話に尾ひれ付けまくってくれてるならいいが、ガゴウはそういうタイプでも無いだろうな」
「嘘だった場合、あの魔族の誇りは無いに等しい。プライドも関係なく嘘を平然と行える魔族が、オズミアルと一対一はしないでしょう」
ルアールの言う通りだ。
オズミアルの話を聞けば嘘であってほしいと願うが、それとタイマン張る魔王ガゴウ……過大評価しても問題ないだろうな。
「オズミアルを殺れるか? ルアール」
「お望みとあらば。今すぐにガゴウの首も取って見せましょう」
「ガゴウは止めておけ。今回はお互いに見逃しあったんだ、敵同士であることが、おそらく俺とガゴウの良い関係の距離だろう」
アーコミアの様に根回しなどしない。ガゴウは、正面から堂々と俺を殺しに来るだろう。それが可能であり、だからこそ脅威ではある……が、故に対策もしやすい。
怠らなければ常時危険視するほどの敵ではない。そんなガゴウを利用しようとする輩が現れなければな。
「ふぅ……とりあえずの方針としては戦力の底上げだな。ルアール、後でちょっと鍛えて欲しい連中の名前をリストにしておくから、セバリアスと相談して鍛えてもらっていいか?」
「期限は停戦終了まででよろしいですか?」
「……いや、なるべく早く仕上げてくれ」
「かしこまりました」
最悪の場合は一斉攻略だが、出来ることなら一つずつ攻略していきたいものだな。
そのためにも、次は市羽の様子でも見に行くか。
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常峰が用意した扉を抜ければ、別室で待機していた赤鬼と青鬼が駆け寄ってきた。その二人に土産品の酒樽は任せ、もう一度抜けてきた扉を開けると、その先はレーヴィ達と接触した場所へと繋がっていた。
「どうせなら現地まで送れ」
悪態はつくものの、ガゴウの表情と足取りは軽く、脳裏には宿敵と認めた相手が評価した人間の姿が浮かぶ。
勧誘こそされたが、その言葉は酒飲みの場で交わされる戯言の様で、常峰はガゴウに敵であることを求めた。味方でもなく、一時的な共闘関係でもなく、ただただ敵だと常峰は認めていた。
ガゴウは言葉で、空気でそれを感じ、少しだけ常峰 夜継という人間に興味が湧いている。
「兄貴、これからどうするんですかい!?」「どこまででもついてきやすぜ! ガゴウの兄貴!」
「そうじゃ、これより貴様は如何に動く。我も気になるところだ」
声が聞こえた瞬間に治療された腕をガゴウが振るえば、その場から即座に移動したメニアルを追いかける様に出てきた空間に罅が入っていく。
その罅はメニアルに触れる寸前で止まり、逆再生を始めた様に数秒後には何も残されてはいない。しかし、メニアルだけは少し驚いた表情でガゴウを見た。
「眠王にはつかねぇ。だが、アーコミアに手を貸してやるのもヤメだ」
「第三勢力として声を上げるか」
「来るものは殺す。ただ、少しばかり気に食わねぇ奴等の行く末を見てみたくなった」
「戦いの中心に立とうとする貴様から、そんな言葉が出てくるとは……夜継に感化されおったか」
「ほざけ。テメェと一緒にするんじゃねぇよ」
「何が違うのか聞きたいのぉ」
メニアルの言葉を鼻で笑い飛ばしたガゴウは、それに答えずに赤鬼と青鬼を引き連れその場から離れていく。
自分で考えろ。
言葉にこそされなかったが、ガゴウの背中は確かにそう物語っていた。
何やら自分の知らぬ間に、予想していなかった方向で変化を見せていくガゴウにメニアルは、少しばかり寂しさを覚えると同時にそれを越えるほどの嬉しさを感じ、小さく笑みを浮かべながら裂いた空間の中へと消えていった。
見知らぬ所のトラブルで生まれる残業に弄ばれています。
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