一方その頃:妹達の小さな成長
短めになりました。
「我等が王は?」
「自室にお戻りになられました。何やら資料の準備などをしたいと」
「一言くれれば、俺等も手伝うんだがなぁ」
「私達は私達で任された事があるでしょう。しっかりと、そちらをこなして応えるべきですよ」
「意外だな……シーキーなら同意してくると思ったのに」
「我が主のご厚意を無駄にすることなどしません。それよりも手が止まってますよ、ルアール」
「おっと、わりぃ」
シーキーに注意をされたルアールが手を動かせば、二人の周りには次々を料理が出来上がり、それらは食事に来たダンジョンの者達が自分の分をよそい席を埋めていく。
今日はビュッフェ形式の為、料理を担当する二人は大量の料理を用意していた。
「傷みが見られる食材はどれぐらいですか?」
「んー、まぁ腐りきってないのはもうちょい。畑が大分向こうで消化をしてくれているみたいだな」
「ビュッフェスタイルでしたっけ?」
「バイキングって言い方もあるらしいが、要は貴族のパーティー用っぽいな」
「そういうには些か作法が簡略化されていますね」
「雑って素直に言えよ」
「家族が楽しい様子は好きなので、多少の雑さは問題ありませんから」
シーキーの様子を見ながら料理を作っていたルアールは、落ち着きと柔らかさが両立する雰囲気に少しだけ驚いていた。
コア君達との一件でシーキーはそれなりに考え込むと思っていたのだが、その様子は見られない……己達の王が何か言葉をくれたのだろうとルアールは予想する。
「しかし、腐らせて肥料にするにはもったいないからと消化しているが……今の状況でこの食事形式は反感を持たれそうだな」
「食糧難とは言え腐らせた事が露見するほうが問題でしょう。畑様のお考えは正しいかと」
「変に病が蔓延しても困るしな。だけどそれを理解してくれるかどうか」
「我が主からのご許可は降りています。今朝方に面会を所望してきた客人が何かしらの動きを見せているので、おそらくは我が主との間で交渉事があったのでしょう」
「連絡は一応きてる。その前後で国境前に集まってきている人間共にも動きがあったし」
最後の料理となる練り揚げ団子を大皿に盛り付けた二人は、自分達の分を小皿に分け、その場に椅子を用意して食事を始める。
ビュッフェ形式はダンジョン勢にとって好評なようで、二人が情報交換をしながら食事をしている間にも大皿は空いていった。
「追加を作ったほうがいいか?」
「あまり食材を消費するのは好ましくないでしょう。足りないようであれば、ダンジョンの中の魔物を狩ってこさせればいいですよ」
「魔物も食料だと思うが……」
「避難民が踏み入れない下層で狩れば問題ないでしょう。下層の領域に居る魔物は、国民や避難民にとって食料とは認識されないはずです」
「狩れなきゃ無いと同じか」
「今はダンジョン攻略をしている暇などないでしょうからね」
「したとしても死ぬだけだろうな。今のダンジョン内は、食料も兼ねて我等が王が魔物を大量配置している。あの数を即座に用意するのだから、我等が王は素晴らしい」
ルアールの言う通り、ダンジョンの一部は改装を加えられ、ただただ広大な範囲に暴力的なまでの数の魔物が配置されている。
攻略者からすれば異常発生に該当する'モンスターハウス'と呼ばれる現象が、五層分連続して続いている状態。その疑似モンスターハウスは、蠱毒の様な状況にならないように常峰が管理をし、畑達が炊き出しをする際などの食料として活用されていた。
「そういや、シーキーはこの通達を読んだか?」
そう言ってルアールが取り出した紙に目を通したシーキーは、口の中を飲み込むと小さく頷く。
書かれていた内容は、戦力として魔物は利用しないという方針の通達。
「先程目を通しました。戦力が十分だという判断……ではなく、おそらくは混乱防止でしょう」
「俺も同意見だ。魔物を使った所で、味方と敵の判断は俺等しかつかないだろうからな。変に混乱させるよりは、利用しない方が良いと判断したんだろう」
「これはダンジョン同士の争奪戦ではありませんからね。それでも我が主の手を一つ潰されているのは気に入りません」
「その分、私達が動けばいいだけ。烏合と比べて、兄様や私、愚弟愚妹が劣る事はないです」
シーキーの言葉に返したのは、いつの間にか自分用の一皿を手に座るっていたレーヴィ。ルアールは勿論、シーキーもレーヴィの存在には気付いていたため、会話に入ってきた事に驚く事はなく、そのまま続けていく。
「それでも手が足りなくなるのは事実でしょう? 我が主は、私達が不眠不休で動く事をお望みではない」
「融通はある程度図ってくれると思うけどな。そういやエマスは?」
シーキーに苦笑いを返すルアールは、話を切り替える為にエマスの状況をレーヴィに聞く。するとレーヴィはレーヴィで残っていた肉を一飲みにすると、呆れたように答えた。
「愚弟は急造した避難施設に泊まり込むそうです。モールという人間が奴隷を連れて愚弟の手伝いをさせているようですし、何やら愚弟は奴隷達に人気な様子で滞在を断れなかったと予想します」
「あいつらしいな。ジーズィは?」
「城の屋根の上で寝ています。そこが落ち着くんだとか……理解できませんね」
「向こうからしたら、水の底が落ち着くって方が理解できないだろうな。まぁまぁ弟も妹達も変わらずで兄ちゃん嬉しいよ」
「……。兄様のそういう所は好みません。失せて欲しいとすら思う時が多々あります」
「酷い。そう思わないかシーキー」
「兄弟姉妹の事情を私に振らないでください。我が主の道に支障が無いのであれば、険悪であろうとなかろうと興味はありません」
おぉぅ、こっちも辛辣だ。と口にしようとした瞬間、三人は――食堂に居た戦闘に長けている者達はピクリと反応を見せて立ち上がった。
「これは……リュシオンの方角からですね。皆は行動をする必要はありません、私達で対処をするのでそのまま食事を続けなさい」
「シーキーもゆっくりしとけ。レーヴィ、ジーズィが気付いて対応に向かったが、話し合いが可能だった場合はジーズィじゃ難しい。頼めるか?」
「おまかせを。シーキーと兄様は、もしもの備えて我等が王のお側に」
そう言うと、水が染み込む様に地面に溶けて消えていくレーヴィを二人が見送る。
対応する三人の様子に、立ち上がった者達は何事も無かったかのように食事へと戻り、事態がこじれた場合を考え、常峰の事はシーキーに任せてルアールも食堂を後にした。
---
--
場所は変わり、中立国レストゥフル領地よりも離れ、急造された隔離施設よりも更にリュシオン国へと寄った位置。そこに、突然竜巻と水柱が立ち上がり、レストゥフルを目指していた二名とその二名が担ぐ一名の移動を止めた。
「愚妹、見覚えは?」
「鬼の魔王。一度交戦した」
竜巻と水柱の中から現れたジーズィとレーヴィに驚く二名を他所に、その視線は瀕死の鬼の魔族へと向けられた。
右腕と左足が消失し、残っている左腕も本来曲がらない方向へと曲がり、力なく垂れ下がっているのが二人には見て取れる。
「赤ぁ! コイツ等はまさかよぉ!」「間違いねぇ青! ビシビシ伝わる力、コイツ等ならガゴウの兄貴を助けられる!」
勝手に盛り上がる赤鬼と青鬼の言葉に、ジーズィは首を傾げ、レーヴィの視線は鋭くなっていく。
言葉と状況から察すると、魔王ガゴウを担ぐ青鬼と赤鬼は、瀕死のガゴウを助けてくれと求める為にレストゥフルを目指していたのだろう。
しかし、瀕死の者は魔王。そして現在魔王はジーズィとレーヴィの主である常峰の敵である。勝手に盛り上がり、まるで自分達が助けてくれると思っている赤鬼と青鬼に、レーヴィは不快感をいだき始めた。
「情けねぇ声出してんじゃねぇ」
そんな対極な雰囲気を裂く様に、衰えぬ覇気ある声が響く。その声の主は瀕死でありながらも捕食者の眼光でジーズィとレーヴィを捉え、自嘲混じりの笑みを浮かべて続ける。
「片方は俺を知ってるな。テメェの所の頭に伝えろ、オズミアルは数日動けねぇ」
「魔王ガゴウ・シュゴウ、一人でオズミアルを相手にしたのですか?」
ガゴウの言葉に返すのはレーヴィ。ガゴウは視線をレーヴィに向け、数秒観察すると赤鬼に命令をして何かをレーヴィに投げ渡させた。
「俺も見ての有様だがな……まぁ、テメェ等が喜ぶ状況にはなったわけだ。どうするかはテメェ等で決めりゃいい、俺はテメェ等の忘れもんを届けに来ただけだからなぁ。帰るぞ、野郎ども」
「あ、兄貴ぃ……」「コイツ等に治療を」
「うるせぇよ。手足の一、二本が吹き飛んだ程度で喚くな」
勝手に話を進めていく三名に、ジーズィは興味なさげに周囲の様子を探り始め、レーヴィはどんどん不愉快になっていく。
一応受け取ったモノを確認すれば、随分と懐かしい気配がする氷の塊――氷帝が残した永久氷塊である事が分かる。
「魔王ガゴウ、問いです。何故オズミアルと交戦をしたのですか?」
ふと脳裏を過ぎった疑問をレーヴィは投げかける。それに対し、ガゴウはくだらねぇと笑い、ハッキリと答えた。
「テメェにゃ関係ねぇ。俺の誇りに傷を付けた望と僚太って人間に、その価値を教えてやっただけだ」
その名前に該当する人物をレーヴィは知っている。そしてよくよく見れば、ガゴウの角が一本折れている事に気付く。理由を聞けば鼻で笑い飛ばしたくもなったが、なるばかりでレーヴィは何故かそれはできなかった。
数回の会話と、その雰囲気から大体の事を察したレーヴィは心底呆れたように息を漏らし、完全に興味を失ってぼーっとしているジーズィに言った。
「愚妹、この三名を生きたまま我等が王の御前に並べなさい」
「いいの?」
「個人的にはくだらないと思いますが、我等が王にご判断を仰ぎます。その行動、もしかしたら我等が王がお喜びになるやも知れません」
「ハッ、いいのかよ? もしかしたらそのままテメェ等の頭を狩るかもしれねぇぞ」
「言葉を慎みなさい。例え万全であったとしても、私達を出し抜けるなどと笑い話にもならない事を考えないように」
ガゴウに言葉を返しながらレーヴィが指を鳴らせば、頭上から水が降り注いだかと思うと、服などが濡れた様子はなく、負傷していたガゴウは傷が完全に癒えていた。
「亡くなった手足に関しては、我等が王にご判断を仰ぎます。我等が王が判断なされば、愚弟がその程度は治すでしょう。精々、我等が王に粗相の無いようにする事ですね」
鋭い視線をガゴウから赤鬼、青鬼へと流したレーヴィは、そのまま水に飲まれて消えていく。
残されたジーズィはジーズィで、んー……と数秒悩んだ様子を見せたかと思うと、巨鳥へと姿を変えて、三名の鬼を器用に背中へと放り投げるとレストゥフルへ目指して飛び立った。
水に飲み込まれたレーヴィは一足先にダンジョンへと戻ってきていた。
何に感化をされたのか、機嫌が悪く考える気にすらならなかったか。はたまたその両方か……自分でもなんでガゴウに対してあんな判断を下したのか分からず、気晴らしに風呂にでも入ろうと足を動かす。
「まーだ初代様達が試した事でヒネてるのか?」
「兄様……ガゴウと二名の鬼を愚妹が連れてきます。後は任せました」
廊下の先に立っていたルアールの言葉に、レーヴィは何か言い返そうと思ったのだが言葉が出ず、後ほどしようと思っていた報告を先に済ませる事で逃れようとする。
「お前もエマスも真っ直ぐだからな。今回の判断は正しい、きっと我等が王もお褒めになる」
しかし、すれ違いざまに少し乱暴に頭を撫でられレーヴィの足は止まった。
「正しいか正しくないかを決めるのは兄様ではありません」
「だけど正しいと思ってやったと我等が王に伝えるのは俺達だ。あまり、自分の考えや判断を否定してやるな。それこそ、我等が王はお求めにならない」
ルアールに言われ、レーヴィは視線を鋭くさせて頭にある手を払う。そして小さく笑みを浮かべ――
「兄様に言われたくはありませんよ」
視線こそ鋭かったが、その声は柔らかい。だがルアールにはしっかりと刺さる言葉を放ち、先程よりは軽い足取りでレーヴィは風呂場へと足を進め見えなくなった。
一人になったルアールは、エマスといいレーヴィといい、以前よりも自分に反論や反発する様子が見え始めている事に嬉しさ半分、悲しさ半分を感じる。
「ジーズィも最近は少し考える様になってきたし、兄ちゃんは嬉しいよまったく……」
一番成長しないのは自分だな。と零れそうになった言葉を飲み込んだルアールは、ジーズィが連れてくるであろうガゴウ達を、誰にも気付かれない様にダンジョン内へ連れてくる準備をする為にその場を後にした。
時間がなく、バタバタと書きましたが遅くなりました。すみません。
文才も欲しいですが、上手く時間を作る能力も欲しくなってきているこの頃です。
ブクマありがとうございます!
これからも、どうぞよろしくおねがいします!