対話
座る俺の対面に一つのテーブルを挟んで座る福神 幸子さん。
テーブルの上にウィニさんが色々と用意をしていく間、俺たちの間に会話はない。福神さんに至っては、用意を終える前に茶菓子を食べ、ウィニさんに色々と言っている。
服装こそ神聖感があるだけで、一見すれば普通の女性。だが空気はそれほど優しいものではない。
俺が座っているこの範囲以外は真っ暗に染まり、そんななかでも空気が澄みきり過ぎていて逆に喉に刺さる様な……冷たいのか温かいのか、上手く表現ができない威圧感と雰囲気がある。
福神 幸子――先代の'聖女'であり、リュシオン国を建国した人物。
俺等と同じ異界の者。勇者の縁者の嫁さんでありコニュア皇女の母親。さらには爺とも関わりを持ち、俺達にスキルを授けた存在。
なんだこの人。肩書モリモリだな。
しかし確実にキーマンだよなぁ……。それに、シューヌさんに会えるかと聞いた時、福神さんの方から接触してくると言っていた。つまり、福神さんの方にも俺に接触する理由があるということ。
さて、福神さんの目的はなんだろうか。
「まずはコニュアの事でお礼を言わせてください。あの子を救ってくれてありがとう」
「いいえ。成り行きと言えば成り行きでしたし、正直に言ってしまえば親の都合に付き合わされている子供ってのが哀れに見えただけかもしれません。いや、爺達の目論見に巻き込まれた人として同情をしただけかもしれません。礼を言われる程ではないですよ」
現にコニュア皇女の延命魔法は解除できていない。
シューヌさんとコニュア皇女の意思が関わってくる問題で、もう俺の手を離れている事情だ。それで礼を言われても、恩を売るにも売れやしない。
「あの子はきっと救われています。本当は東郷さんにもお礼を言いたいのですが、こうして会えるのは貴方だけなのです。よろしければ、ありがとうと伝えてください」
「……それは伝えておきましょう。俺よりもよっぽどその言葉を貰うに値する人ですから。ただ、俺にしか会えないというのは」
「その事をお話するのならば、先にお伝えしておくことがあります」
「何でしょう」
「常峰 夜継さんのスキルは光貴さんの手により神の力の一端を有しています」
唖然とした。何を言っているのか、というより爺はなんてことをしてくれたのか。
頭の中で爺の胸ぐらを掴んで前後にシェイクする妄想をしていると、福神さんはそのまま言葉を続けていく。
「その影響として、貴方はスキルを覚えられないはずです。この世界で言われる'魔法'というものを、魔力が覚えないはずです」
心当たりしかない。
コア君は言っていた……一切の適正がない俺は魔法が使えないだろうと。
「代わりに少しばかり恩恵もあります。神の力が記憶する戦闘技能を扱えているのではないでしょうか」
「あぁ……戦闘能力の向上で、なんか妙に武器類の扱いまでできたのはそういう……じゃあ、スキルが発動しないと武器が上手く扱えないのも」
「あ、それは関係ありません。貴方のセンスと才能の問題です」
「さいですか」
俺の戦闘センスが皆無なのは多少ショックだったけど、まぁ納得はできた。逆にそんな俺がメニアルとタイマン張れた理由はそういう所もあるのか。
身体能力などの向上の他に、言うなれば武器適正みたいなのにも大きな補正が入ってたと。
そうなってくると、チーアやターニア、コア君とかも言っていたっけか。俺の魔力が不思議だの珍しいだの。神の力とやらが影響していると考えていいだろう。
「神の力での影響はそのぐらいです。貴方はスキルを覚える事はできず、代わりに魔力が記憶している戦闘経験の恩恵を得ています」
「まぁ、爺のせいと爺のおかげには変わりありませんので」
「あまり光貴さんを責めないでください。半端な私では、全ての力を身に宿す事ができず、偶然か必然か、神から奪えた力の一端の適正は貴方にあったのです」
「爺が俺に封じた力って、まさか大昔に神が使ったというスキル封じですか」
「シューヌから聞いていましたか。そうです、光貴さん達が魔神から奪った力です」
予想でしかなかったが、どうやら正解だったらしい。
外部からのスキル干渉を拒絶する俺のスキル。言い換えれば、俺個人に向けてだけはスキルを封じているとも言えなくもない。
それに、外から受けないならば内から漏れない事だってあるのだろう。金庫としては、俺は中々の性能を誇っているな。
「東郷先生への礼の件と俺の件は分かりました。コニュア皇女についてはなんとも言いませんが、俺の件に関して福神さんが気にする必要はありません。次は、その魔神について少し教えて下さい。
初代勇者と初代魔王、あと先代の神が混ざっったモノだという話ですが、それを封じたのも福神さん達ですね?」
俺が話を切り替えた事で少し困惑している福神さん。だけど、あまり自分のせいだと気負う必要はないんですよ。
福神さんは爺がどうしようもなく、苦肉の策として福神さんが耐えきれない過剰分の負荷を俺に封じたと思っているだろうが、おそらくは違う。
きっとそれを知った時、実行しているときは爺はほくそ笑んでいただろう。
封じた神の力は、爺なりの謝罪と詫び、プラスアルファとして俺を少しでも守るため。後は頼んだ、上手く使えよ? という爺からの贈り物だ。
だからこそ勝手にッ!と声を多少荒げてでも頭をシェイクしてやりたい気分だが、その気持ちを福神さんにぶつけるわけにもいかない。受け取って欲しいモノは受け取りきったはず……だったらこの話は終わりだ。
「ま、魔神は貴方が有する知識に間違いはありません。初代勇者に討伐されたと思われた魔王が神界へと逃げ延び、そこで先代の神を取り込みました。それに気付いた初代勇者が、神を取り込んだ魔王を更に取り込み、己を封印するという形で対処しました」
「だが、魔神は復活した」
「はい……。そこで、私の夫――二代目勇者が魔神を倒そうと立ち上がりましたが、その戦いは長引き、私が召喚されました……しかし、世界は荒れており、種族戦争までもが勃発していたのです」
裏で魔神が暗躍していただろうな。
種族別で発破をかけ、大規模な戦争を引き起こした。戦力の統一なんてされないほうが色々と仕込むには楽だ。自分達で精一杯な時、思惑通りに裏で動く魔神の動きを察知するのは難しい。
「その場しのぎとして魔神を一時的に封印し、その間十年以上の歳月を掛けて、私と二代目勇者が戦力の統一に明け暮れている頃に三度目の召喚が行われ、袋津さん達が喚ばれたのです」
「計算が合わない。爺はどのタイミングでこっちに来たんですか? それに、袋津さん達を召喚したのは誰ですか」
「光貴さんは転生者という扱いです。前世で死に、こちらに魂を引っ張られた存在なので、云わば自然の摂理に近く何時頃来たのかは分かりません。そして光貴さんが手を加える前まで召喚魔法は……膨大な生贄さえあれば連続召喚が可能だったのです」
膨大なね……。詳細を聞くのは、やめておこう。福神さんの表情でドン引きする数なのは予想できる。
五桁か、はたまた六桁か。最悪それ以上か。とりあえずそれだけの犠牲を払えば、俺達は簡単に喚べたわけだ。
「魔神の目的はなんなんですか? ダンジョンマスターにまで接触していたようですが、目的が見えてこないんですよ」
「世界の破壊です」
「シンプルに敵ですね」
実にシンプル。和解の方向性も考えたが、できる可能性は極端に低いな。
「初代勇者、二代目、そして召喚魔法に手を加えたり、神の力を奪ったりの偉業を成し遂げた福神さん達ですら倒せなかった魔神を倒せるんですか?」
「方法はあります。そのために初代勇者は魔王を取り込み、今も戦っているんです。内で神を倒し続け、外で魔神を倒せれば」
希望的すぎる。
爺達が出来なかったこと。そして、召喚に手を加え、俺等に託すまで神の城で封印をするしか方法が無いと踏んだ相手だ。
……いや、違うな。そもそも爺や袋津さん達の願いは召喚での犠牲者を生まない様にして欲しい。そうだったはずだ。それは召喚魔法という術を潰せばいい。
チーアやコニュア皇女という、帰還方法の模索に絞って動いていた爺達ができなかった尻拭いを俺がした上でそうすればいい。
爺は俺がそうした上で帰る選択肢を用意していた。
魔神を討伐してくれなんて、袋津さん達や爺は俺に託そうとしていない。
「魔神の復活を阻止するだけではダメですか」
「神の城がチーアから離れた今、復活の阻止は難しいでしょう」
「復活を先延ばしにはできそうですね」
「それは……」
なるほど。この人は、帰還を選ばなかった人か。
それに、母親か……。俺達よりも長く生き、この世界で縁を多く持ち、そして元の世界を捨てた。
どうして二代目勇者や福神さんが爺達に協力的だったのか謎だったが、娘を思った行動に加えて、この人達はこの世界が好きなんだな。
託す先の無い思いを、便乗するという形でしか繋げなかった。
「正直に答えてください。魔神の討伐は、爺や袋津さん達が俺に託した事ではありませんね」
「……参りました。光貴さんが、やー坊ならと言うはずですね。そうです、魔神を倒して欲しいというのは、私と夫――二代目勇者のアルベルト・ギナビアの願いです」
「ハッキリ言える事があるとすれば、それを願うのであれば爺達を止めていた方が可能性は高かったでしょう。あまりにも身勝手で浅はかにも思えます。
歴代の異界の者の中に、俺等よりも戦闘面においても、知能面においても上の人達は居たはずです。だけど、爺達の仕込みがあり、世界は変わるばかりで魔神を放置する結果となった……それは理解した上で言っていると受け取っていいですね?」
「娘の未来を願い、世界の未来を天秤にかけて、どちらも取ろうとした強欲な人間です。きっと私は神なんかには向かず、アルベルトも勇者の器ではなかったのでしょうね。それでもと、愚かにも私達は託します。どうか、世界を救ってください」
深々と頭を下げる福神さん。正直、どちらも願ったからと言ってそのやり方は、頭がイッちまってるんじゃなか? とも思う。託す事をではなく、コニュア皇女を何千年も生かし続ける事でその願いを叶えられているのか、世界の為だと口にするはずなのにやっていることは綱渡りにも程がある。
俺は石橋があるなら叩いた上で、コンクリで固めて後は他人に任せ渡らずに寝る。綱渡りなんてしたくない。
怖いし、度胸もない。
だけど最近綱渡りばかりだな。
どちらもと願うから……か。はぁ、繋がりを多く持ちすぎたのは俺も同じだな。結局、俺も福神さんや二代目勇者と変わらない。
これから逃げても、安眠はできそうにないな。
「残念ながら、任せてください!やります! なんて度胸ある言葉は言えません。ですが、やれるだけはやってみます。この世界が無くなると、クラスメイトから総スカンくらいそうなので……それに、色々と福神さんの他にも俺達に賭けてる者達も居るようですし」
脳裏をよぎるセバリアス達。そしてメニアルや、この世界で関わった人物達。
プレッシャーで吐きそうだ。だけど、神輿として担がれた以上、俺は降りる事はできない。神輿を下ろすのは何時だって担いでる側の意思だ。
「ありがとう、ございますっ」
目元が潤んでいる様な震える声で言わないでくれ。隣ではウィニさんが慈愛に満ちた笑みを福神さんに向けているし……。
括った腹の絞りが強すぎて、色々口から漏れる。
そこから数分、福神さんが落ち着くのを待っていると、憑き物が落ちた様な雰囲気と表情で顔を上げた。
「お見苦しい所をお見せしました」
「いいえ、気にしなくていいですよ。その代わり、もし帰還方法をちゃんと確立出来た場合は、戻る奴等の事をよろしくおねがいします」
「はい、任せてください。それと、これは別のお願いなのですが――」
そこからは何故か取引が始まった。
内容を聞けば俺に選択肢はなく、幾つかの条件と約束を決めてれば、どうやら福神さんに時間が来たようだ。
「本来ならばこんな急ぎで話をする事でもないのに、私に余裕がなくすみません」
「いえいえ、急ぎだからこそ俺の方も好条件で話を進められたと思うので」
「私が召喚された時、貴方が共に召喚されていたら違った未来があったかもしれませんね」
「さぁどうでしょう……俺はただ恵まれている。そう感じれる程には、皆が協力してくれているだけですよ。その別のお願いっていうのも、結局は俺一人ではどうにもできませんから」
「貴方を嫌いになる人も、貴方に集う人も、そういう所に惹かれ分かれるんでしょうね」
「どうでしょう。人間の好き嫌いなんて、判断素材が多すぎてなんともいえませんよ」
「当時の私にとっては、きっと警戒する相手で苦手な相手でした。それでも頼った人でしょう……今はとても好意的に思います。貴方にならコニュアを任せられます」
何いってんだこの親バカは……節穴すぎるぞ。とは流石に言えず、言葉は飲み込んで愛想笑いを浮かべる。
「それも本人次第でしょう。親が口出しできるのは、本人が相手を決めてからですよ」
別に親が見合い話を持ってくる事だってあるから、一概にとは言えないけどな。
しかし回避の言葉でも並べとかないと、変に行動力がある分、何をしてくるか分かったもんじゃない。
「確かに、そこもコニュアに任せましょう。では、そろそろ……色々とお願いします」
「お互いに」
その言葉を最後に、ウィニさんが深く一礼をしてから手を叩くと、次の瞬間には城に戻ってきていた。というよりは、あの空間が消えたのだろう。
ウィニさんの姿も、福神さんの姿もない。
「中々に面白かったわ~! アレが今の神なのねぇ」
「ターニアは知らなかったのか?」
「変わったことだけは知ってますわ。でも、見たのは初めて」
ふよっと姿を現したターニアは、俺の周りをふよふよと漂っていたかと思うと、何かを感知したようで何も言わずにどこかへ消えた。
そして入れ替わる様に城の扉が開き、ケノンが顔を見せる。
「我等が王! あの不届き者がご迷惑をおかけしませんでしたか!」
「俺は大丈夫だ。今は、第三空中都市を目指して移動しているみたいだぞ。追いかけるのはいいが、程々にして休むようにな」
「お心遣いありがとうございます。あの不届き者を締め上げたら、ゆっくりと休ませていただきます!」
扉をゆっくりと閉めるケノンを見送りながら、俺は新道の場所を探る。
福神さんとの取引、流石に新道に手伝ってもらわないと厳しい。
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「光貴さん、貴方の縁者は確かに私達の願いも聞いてくれました」
暗い空間が白く染まり始めている中、ウィニを送り出し一人となった福神は呟く。
かつて常峰 光貴に相談した時は断られたが、判断をするのは本人次第だ。と言われた事を、福神は今も忘れていない。
更には、夜継本人が同じ様な事を口にしたのだ。笑みが浮かばずにいられるだろうか……。
「ならば、お主は一時退場しておれ。どうせ死ねぬ身であろうて」
突然聞こえた声。同時に背中に何かが触れたと分かった瞬間、体から何かが抜かれて意識が遠のいていく。
「あ……なた……」
「暫し借りる。なに、そう遠くない内にまた顔を合わせよう」
福神の意識が落ちる前に見たのは、魔方陣が書かれた紙を持ち、静かに閉じていく空間の先に佇むメニアル・グラディアロードの姿だった。
寒かったり暑かったり気候の方も忙しいですね。
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