落ち着けば
かなり短めになったかもしれません。
場所は変わりダンジョンの下層。石造りの個室。灰色で飾り気のない天井を見上げて、俺はハッと気付いて声を漏らした。
「あ~……そういう事かぁ。モールさんは反応を見るに半分程度だろうけど、コニュア皇女とコルガさんは完全にグルか」
それに、コニュア皇女は半数以上の国民を切り捨てた。
俺が以前に見た資料では、大国リュシオンの人口は三百万前後。今回の避難民は百二万とちょっと……避難時に散らばったとは言え、半数以上を失っている事には違いない。
「中立国にギルドを建設するというのは、ギルド側にとっても損が大きい話ではない。自分で言うのもなんだが、レストゥフル国にはそれだけの価値があるだろう」
コニュア皇女がモールさんに話を持ちかけるとすれば……ギルド建設において、モールさんが考える条件に対して俺の首を縦に降らせる方法。
交渉を有利に進められる様なきっかけを作るから。とでも持ちかけた。
そのきっかけはコルガさん。
コニュア皇女の目的は、中立国が融通を利かして避難民を受け入れる姿勢を取らせる事。コルガさん的には、テトリアさんが助かる方面で話が進めば御の字。
テトリアさんの価値と、現在の状況を把握した上でコニュア皇女が動いたか。
「落ち着いて考えれば分かりやすいわ。まぁ、それでも、モールさんの空気の作り方や表情から汲み取らせない腕前は、経験値の差を見せつけられたな」
もちろんコニュア皇女からも学ぶ事は多そうだ。伊達に長生きしていないし、聖女様聖女様と言わなくなって国の事を考え始めたコニュア皇女は、色んな意味で手強いだろう。
「そんで? 常峰はコニュア皇女に一杯食わされたって言いに来たのか?」
「そんな所だ。安藤の顔を見てたら色々と気付いたよ。本気でコルガさんがテトリアさんを助けたいなら、国民を犠牲にしてでもテトリアさんを助けてくれと求めるもんだなって」
「そのコルガさんって人は、テトリアさんって人がどうなっても良かったって事か」
「いや……多分、相方の死を受け入れる心構えができてるタイプの人間だ。死に直面した数や死線を潜った数が違うんだろうな。死にたくない、死なせたくないじゃなくて、死に様を看取る覚悟ができてるんだろう」
「わかんねぇ。そういう関係なら、死にたくねぇし、死なせたくねぇだろ普通」
「どちらが正しいというのは無いだろうが、そういうのもあると知っておけばいいさ」
爺と婆さんがこんな事を言っていたな。
共に死ねねぇなら、最後の生き様と死に様は自分が看取ってあげたい……そんな事を。
俺は、両手と胸の前で交差させる拘束具に身を包んだ安藤の前で、体を伸ばしながらさっきの会議の反省会を開いていた。
目の前に座る安藤は、特に嫌な顔もせずに俺の話を聞いてくれている。
「寝起きは本当にグダるな」
「いかんね。頭が全然回ってないんだなって、改めて思い知らされたわ」
魔力でストロー付きのカップを安藤の口元へ運べば、カラカラと笑いながら安藤も喉を潤す。そして続けられる雑談。
余所行きの為に着飾っている俺と、拘束具の安藤が向かい合い、何気ない雑談をしている様子は異質かもしれない。しかし当人達は気にしない。こんなゆるい空気の中で、こんな話題を振ったとしても。
「レゴリア王から会議参加の返事が届いた。数日後にはレストゥフル国で三大国のお偉いさんを含めた会議が開かれる。そこで、お前達の処遇を決める」
「そうか。さすがのお前でも難しいだろうけどさ、モクナさんだけはなんとかならねぇかな」
「本当に難しい事を言う。それにもう俺の中でどうするかは、安藤の答えが予想外でない限りは決まってるんだ……安藤、元の世界に帰る気はあるか?」
「無い」
即答した安藤に、俺は小さなため息が漏れる。
ここで帰る選択肢もあった。そうしてくれれば、別の道もあった。そこからモクナさんを救う方法も。
しかし、安藤は即答した。予想通りに。
「予想通りだ。俺と安藤の仲で、俺からできる最大限の慈悲だ。先に教えておく……安藤 駆、モクナ・レーニュ、二人共斬首だ」
「決定事項なのか?」
「あぁ。俺が覆させない」
俺は席から立ち上がり、部屋を出ていく。
そろそろ安藤達の昼食の時間だ。その時間は同じ拘束具をしているモクナさんと時間をあわせており、拘束具も外す様に指示してある。そこを邪魔する気はない。
だが当然監視はあるし、絶対に逃亡を許す気はない。
「モクナさんにも伝えておいていいぞ」
安藤の返事は聞かず部屋の扉を閉め、同時に大きなため息が盛れた。
もっといい方法があるのかもしれないが、俺なりのやり方でしか二人に応えてやれない。条件下とは言え特別な力があり、それなりの地位があっても色々なモノが邪魔をする。
それを無視すれば寝覚めが悪い。だからアレもコレもと……もどかしい。
ダンジョンの下層から上空の城へと移動し、玉座に腰を掛けてため息を何度か漏らしていると、不機嫌そうな武宮が部屋から出てきた。
そういえば武宮に聞いておきたい事があったな。
「あ、王様じゃん」
「武宮、少し聞きたい事があるんだがいいか?」
「いいよー。もうなんでも聞いちゃってー。正輝はエルフの人達に質問されてデレデレしてるから、なんでも聞いちゃって―」
「お、おう…」
武宮のご機嫌斜めな理由はわかった。
報告書によれば、江口はエルフの方々と共に色々と実験に勤しんでるらしい。武宮はそれが気に食わないんだろう。
そっちの事情はそっちでなんとかしてもらうとして……。
「精霊の涙を使った俺の武器の進捗と、設計図があればある程度の武器は作れるか?」
「アレば出来るとは思うよ。私一人じゃなくて師匠も手伝ってくれるだろうし……何? なんか希望する武器があるのかな?」
「俺の武器には希望はないが、作ってもらいたい武器がある。かなり大型の物も」
「大きいのかぁ……人が足りなくなりそうだね」
「それは問題ないと思う。今から人は嫌というほど増えるからな」
一応武宮も状況は理解しているようで、俺の言葉を聞いてあー…と声を漏らした。そして武宮は少し待つように俺に言い、自室へ戻ったかと思うと、持ってきた瓶を俺に手渡してきた。
「これは?」
「王様の武器。王様の戦いを何回か見てたけど、素材も多分コレが一番良いって」
「出来てたのか。もし武器を指定したらどうしたんだ?」
「別に? その子は応えてくれると思うよ」
武宮の言うその子は、おそらく瓶の中の粉のことだとは思う。瓶の半分ぐらいまである砂なのか粉なのか分からないコレが、俺の武器らしい。
精霊の涙はどこにいったんだろうか。
「一応説明するけど、精霊の涙を粉末にして、王様が用意した特殊な鉱石も粉末にしてコーティングしてあるんだよ。王様は魔力で戦う事が多いみたいだから、それを魔力で操る感じの武器」
「なるほど……」
瓶の蓋を開けて逆さまにすれば、中に入っていた粉がこぼれ落ちてくる。それを魔力で受け止めると、ピリッとした感覚が走った。それを受け入れれば、確かになんか馴染む感じはする。
袖の中に魔力でしまえば、形状が形状なだけに場所も取らない。
「うんうん、王様の魔力にちゃんと反応しているみたいで良かった。その子をどうやって使って戦うかは王様次第。私は、一番その子が望む形にはした」
「ありがとう。実践で使ってないから分からんが、多分かなり俺向きだ」
会話をしながら色々と試してみたが、手袋のように手を包めば防具にもなるし、剣の様な形を望めばそれに応えて形を作ってくれる。
普段は服の上に薄く纏わせておけば、不意の攻撃にもある程度は対応できそうだ。
「それで? 予め聞いておきたいんだけど、大型の武器って何作らせるつもりなの?」
「設計図は今用意している最中だが、弩砲ってかバリスタ? ああいう大きいヤツだ」
「バリスタ、バリスタ……あぁ、うん。やっぱり数が欲しいなら人手が足りないのと、素材はどうするの?」
「ダンジョンの機能で必要な分は用意する」
「そっか、王様はそれができるんだね。ズルいねぇ~」
ケラケラと笑う武宮。どうやら機嫌は少し良くなったようだ……と思っていると、正面の扉が開き江口が入ってきた。
「恵美、ここに居たんだね。ご飯に行かないかい?」
「いくぅ~!」
「常峰はどうする?」
「俺は遠慮しとくよ」
俺の返事を聞いた江口はそっか。と食堂へと向かい、武宮は先程までの機嫌の悪さはどこへやら……元気に手を振りながら江口の後をついていく。
自分から声を掛けたとはいえ、台風――とまではいかないが、ちょっと強めの旋風が通り過ぎた様な気分だ。
まぁ、悪い気分ではない。こんな状況でも変わらないクラスメイト達は、俺が頑張れる理由の一つだ。
きっと武宮も江口も、安藤の事を聞きたい気持ちはあっただろうに。その事には一切触れてこないのはありがたい。
「レゴリア王が到着する前に、他の準備も色々と進めていかないとな」
部屋に戻れば新しい報告書が溜まっているだろう。
今の不安要素は、やはりメニアルとオズミアル。
時折起こっている地震は遠くなっているのは、一体どういう事なのか。オズミアルが陸から離れているのであればいいのだが、そうでないなら嫌な考えが頭をよぎる。
それにメニアルだ。
裏切った目的が分かったと言っても、裏切った事に変わりはなく今は敵。負けるつもりで戦ってたメニアルだけど、それでもその強さを俺は良く知っている。本当の意味で本気のメニアルを止められるのは……どれだけの被害がでることやら。
俺が下手に動けばアーコミアとの停戦が破棄と取られかねない。
その線引を見極めつつ、耐えながら、守りながら、次の開戦の瞬間に備えて準備を進めていかなければならない。
「嫌になる。もっと気楽に旅でもしたいな。目的地も決めずに寝過ごして、その先で面白いもん見つけて、ぼちぼちとさ」
「いいですわねぇ~。私も好きよ、そういうの」
「ターニア」
何気なく呟いた独り言に答えてきた相手は、いつの間にか俺の周りをふわふわと漂っていた。しかし、よくよく見れば、どこか疲れた雰囲気がある。
「話は聞いている。チーアの件、世話になったな」
「それはいいわ。それよりも、私は貴方の所の子供達に追い回されて疲れてるわ」
「子供たち?」
「えーっと、シェイドとケノン? たしかそんな名乗りをしているでしょ? あの子達が、すごいい笑顔で見つけては追いかけてくるの」
「ストレス発散に使われてるな」
「困るわねぇ」
疲れ切った様子でそんな事を言いつつも、ターニアの表情は嬉しそうな表情をしている。ふよふよと漂い、俺用に置いてあった角砂糖をつまんではンフフとご機嫌に。
「それで、ターニアはここに逃げてきたのか?」
「え? あー、んーと、違うわ。ウィニ・チャーチルが貴方を呼んでいるわ」
「ウィニさんが?」
ターニアがフルネームでウィニさんの名前を呼んだ事に驚いていると、ターニアは俺の目の前にふわりと着地し、パンッ!と両手を叩く。
瞬間――俺の周りは玉座を残して真っ暗な空間に変わった。
俺に干渉したというよりは、俺を残して周囲に干渉したようで、玉座と足元だけは城のまま。
「繋げたわ。さぁ、面白いモノを見せて頂戴」
そう言い残して消えたターニアと入れ替わる様に、真っ暗な空間に浮かび上がった扉からウィニさんが姿を表した。
そして深く頭を下げて口を開く。
「ご無沙汰しております。常峰様」
「お久しぶりです。ウィニさんも大変だったようで、重症だと聞いていましたが……」
「ご心配には及びません。それよりも常峰様、大変遅くなり申し訳ありませんでした」
俺の知ってるウィニさんとは違う雰囲気を纏っている。何か緊張しているようで、どこか空気が涼しい。
その理由はすぐに分かった。
ウィニさんの背後に降ってきた小さな雫の様な光。それは徐々に人の形に変わり始め、数十秒後――同じ人間、同郷、それらがなんとなく分かる雰囲気と共に、神聖さというものを初めて俺は目にし体感する。
「神の御前です」
記憶にある雰囲気だが、しかし今度はしっかりと顔まで見える。
黒い髪に、黒い瞳。色があるのか分からないが、真っ白な服に身を包んだ人物に心当たりはある。
神の御前なんて言葉を聞けば尚更間違うことはないだろう。
まさかこのタイミングで接触してくるとは……。もう少し後になると思っていたんだがな。
「はじめましてでいいですかね? 常峰 夜継さん」
「はじめましてが妥当でしょう。福神 幸子さん」
時間が上手く作れず、短めになってしまったり遅れてしまったり、すいません。
ブクマありがとうございます!
これからもお付き合い頂けると、とても嬉しく思います!!