寝起きの白湯は腹痛に優しい。
「おはよう御座います。我が主」
「……おはよう、シーキー……うん、おはよう」
目が覚めた。まっっったく寝入った瞬間の記憶がないのに目が覚めた。物音のおかげでなんか目が覚めた。
体を起こして時計を見れば既に十時。
「シーキー、俺はどれぐらい寝てた?」
「十二時間程」
「なるほど」
戻ってきて資料見てたら落ちたか。んで誰かがベッドに運んでくれたと……。
「部屋に居るってことは、起こしに来てくれたのか?」
「いいえ。昨晩、我が主がおやすみになってから行われた会議のまとめをお持ちしに来ただけですので、おやすみになっても構いませんよ。ご希望があれば起こしに参ります」
「俺が寝た後に会議?」
まだ半分ぐらいしか覚醒していない頭で考えるが、そんな予定があった記憶はない。
はて?と首を傾げながらシーキーが差し出した資料を受け取り目を通すと、確かにコア君がセバリアス達を集めて話し合いを行っていたようだ。
「朝の飲み物は何になさいますか? それと、朝食はいかがなさいますか?」
「あー、できれば白湯を頼みたい。飯は今はいい」
「かしこまりました。すぐに持ちしてまいります」
シーキーが白湯を用意してくれている間に、俺は軽く会議の内容に目を通していく。
コア君なりに歴代達とセバリアス達に蟠りを感じたようで、今後を考えてそれの解消をしたかったらしいな。
流石というべきか、俺よりも皆の事をよく知っているし、よく気付く。なんとなく蟠りはあるだろうと思っていたが、俺じゃあ対処するにも時間が掛かっただろう。
ある程度のきっかけを作り終えた後は、現状の整理をしてくれたのか。
ダンジョンとしての管理方針を決めてから、次の受け入れが行われた場合の人員配置の案まで出してくれている。
助かりすぎて二度寝に赴きたいわ。
「おまたせしました。白湯をお持ちいたしました」
「ありがとう」
ほっ……。
なんとも言えない心地よさ。
シーキーから白湯を受け取り、ゆっくりと喉を潤していく。
じわ~っと内側から温かさが広がって、心身共に落ち着きを保ちつつしっかりと目覚めた。
「二代目や三代目とは仲良くできそうか?」
「……」
なんとなく口にすると、シーキーは口を閉ざしたまま頭だけを俺に差し出す。
撫でろと……。
流石にいきなりで無神経過ぎたかな?と思いつつ、撫でるというよりは頭の上にそっと手を置く様な形でシーキーの要望に答える。すると、シーキーは小さな声で俺に問いかけた。
「初代様にお気を使わせてしまいました。家族であれば……と思う反面、仲良くしなければ、許さなければならないのか? とも考えてしまっています。我が主は、どの答えを選ぶ私をお求めになりますか?」
朝から重い。朝食すら入れたくない胃には辛いぞ、シーキー。
どう答えるかなぁ……手をどければ答えなきゃならんだろうから、手をどけるにどけない。
はぁ……俺の発言が答えになりそうだし、一択しか用意していない答えを他人に任せるなんて、俺にはできないな。
女の子の頭に手を置くという行為も俺は辛い。しかし問いに回答を用意するのも中々に重い。でも、いつまでも回答保留は無理か。
「好きな方を選べばいい。正直に言って、無理して仲良くなる必要もないし、許す必要も無いと俺は考える。時間が解決してくれる事も確かにあるが、時間が過ぎるからこそ深まる傷もあるもんだ。
許せないのなら許さなくていい。個々の感性を俺が決めたくはない……色々と試して、落ち着いた結果がシーキーの選んだもので、俺が求めるものとしていい」
頭から手をどけて、歯の浮く様な言葉を並べた割には……逃げたな俺。我ながらそう思うわ。
だけど、残念ながら俺にカッコいい台詞は無理だ。実際問題俺にとってはどっちでもいいしな。
どちらとも長い付き合いになるかもしれないが、そこの関係をいちいち無理させて取り持つよりは、合わないなら合わないなりに俺が合わせた方が楽なんだ。
「私に一任すると仰るのですね」
「あぁ。嫌いなら嫌いと突きつけて付き合っていけばいい。案外そっちの方が気楽で、一風変わった関係で落ち着いたりするんじゃないか?」
「とても難しく思います」
「なんなら落ち着くまでは休暇を取ってもいいぞ」
「お断りします」
「これを即答で返せるんだから、大したもんだよ」
俺なら悩みに悩んで休むぞ。とは流石に言えないな。
しかしまぁ、さっきよりシーキーの表情は明るい。あながち間違った答えってわけでもなさそうだ。
「我儘にお付き合い頂きありがとうございました。私はアラクネの元へ戻ります」
「俺の我儘に付き合わせてるからな。今みたいなのでいいなら、いつでもとは言わないが気軽に聞けばいいさ」
「はい。またご相談するかもしれません……その時はよろしくおねがいします。話は変わりますが、我が主がドラゴニクス親子に頼んでいたレストゥフル国兵の正装の件ですが、細かな採寸が必要であればするとして、数の用意は終わりましたがいかがなさいますか?」
正装は正装でも兵の正装ってわけではないんだが……。ダンジョン勢用って考えると、その認識でも間違いないのかもしれない。
「セバリアスに渡して、各自で一度は袖を通しててくれ。問題がなければ保管は各自でもまとめてでもそっちで決めていい。着て欲しい時はこっちから連絡をするから、それまでの着用は自由で構わない」
「では、その様に」
部屋を出ていくシーキーの背を眺めながら、残っていた白湯をゆっくりと一気に飲み干し、魔力を使いながらコップをテーブルに置いて資料もベッドの上に並べていく。
さっきまで流し見していたモノを、今度は細部まで目を通し、ベッドから動かずに魔力で次へ次へと資料を取ってめくってまとめてと繰り返せば、ベッドの上に紙束が積み上げられて……掃除苦手かよ俺。
まぁいいや。後で適当に置き場は考えるとして、噂を使ったプロパガンダも始めてくれてるか。
メニアルの裏切りの噂を少しずつこっちから流布していき、同時に詳しい状況の調査と、メニアルが裏切ったとしても俺の意思が変わる様子はなく、メニアル当人への制裁は考えている――っぽい事を適当に流してくれているな。
後は勝手に尾ひれが付いて広まるだろう。ある程度の噂が広がった所で、今後の方針を俺が発表すればいい。
完全に不安や疑心が抜ける事はないだろうが、国に足を留めさせるぐらいに効果が出てくれれば、権威と好意、約束の継続という一貫性を表に出して納得させる事もできるだろう。
「まだ少し時間が掛かるし、避難民側の中にも多少の協力者が欲しい所か……。手伝ってくれそうな人物をピックアップして、頼みにいくかな」
そして現在コア君達が危険視しているのは、神の城に現れた小さな山――推定、アーコミアが間接的に所持しているダンジョン。
確かにそれなら多種多様な魔物にも理由は着けられるし、アーコミアが魔物を捨て駒の様に使えた理由も納得できる。それにダンジョンマスターとして隷属化したフラウエースを利用していると考えれば……アーコミアがフラウエースを求めてた理由付けもできるか。
「絶滅危惧なり希少なりを高価値にして、大事に保護しようとしてしまうのは人間ならではの考えなのかね。フラウエースを道具をしてみれば確かに使ってもおかしくない手だが、完全に使い捨てレベルで酷使しそうなもんだが」
絶滅するぐらいなら、その前に有効的に使ってやろう精神か? アーコミア。
別の資料を魔力で空中に貼り付ける様に固定して見ていけば、確かにコア君達がまとめていた様に種族問わずの行方不明数がべらぼうに多い。
戦場でも死体数が合わずに行方不明扱いもかなりあるし、これらをアーコミアが持ち帰ってたとしたら……まぁ、フラウエースの特性を利用すると考えれば、ダンジョンの魔力ストックも十二分に足りる数。
「何年前から動き出したかはしらんが、今ここで確認できていない者達もと考えれば相当なもんだ。最悪フラウエースを確保できなければショトルで代用でもする気だったのだろうか」
岸達の話では、ポルセレルがショトルの本体を所持していた。と言っていた。つまりショトルを他者が使う事が可能であるか、ショトルが寄生する事でショトルの力を扱う事ができるか。
魔王ショトル……爺達の研究の副産物。それに改良を加えたモノ。支配するかされるかは、個人差もあるんだろうな。
それに寄生されていた場合、気付かない可能性も高い。いつぞやかのエマスが連れてきた獣人達は、知らぬ内に寄生されていて、感覚の鋭い獣人だから俺等の魔力に怯えた気配に気付いたと考えても間違いではないだろう。
「今の所はリュシオンの避難民を受け入れてはないが、これは受け入れていいものか。受け入れるにしても、並木やラフィ達の手伝いは必須だな」
色々と頭の中で並行して考えをまとめていると、部屋の扉がノックされた。
「ラプトです。少し眠王にお頼みしたい事が」
「開いてるから入ってきてくれて」
俺の視界を埋め尽くしている紙をどければ、部屋に入ってきたラプトが頭を下げていた。
「俺に頼み事ってなんだ?」
「はい。眠王に面会したいと言っている人間がおりまして」
「俺に面会? 誰か聞いてもいいのか?」
「当人は'モール・アバルコ'と名乗っていました。ジレルの応急処置をしてくれた人間で、できれば頼みは聞いてあげたいと思うのですが」
モール・アバルコか。以前にエマスがそんな名前を口にしていた気がするな。記憶が正しければ、確か奴隷商の人だった気がするが……俺に面会とは、何が目的だ?
「話の内容は聞いているのか?」
「詳しくは。ただ、以前にウォレとキョウと名乗る奴隷が世話になり、その件での礼をと」
あぁ、やっぱりエマスの報告で聞いてた奴隷商か。グレイさんに頼んでいたギルド建設の話は、まだ進展がないしな。この辺りで別からアプローチできるように顔を覚えてもらっておくのも手か。
「ここは流石に散らかりすぎてるから、城付近に奴隷の引き渡しをした時に使った建物がある。ラフィは……少し忙しいだろうからリピアに連絡を付けておく。あまり中を詮索させたくはないから、ひと目が多くて申し訳ないがアラクネの店でリピアと合流してくれ」
「わかりました」
「あっち行きこっち行きさせて悪いな。リピアに引き継いだら、ジレルの所に戻っていいぞ」
「そうですね。そうさせてもらいます」
部屋から出ていくラプトを見送り、俺も散らかした分を机にまとめ、人に会える様な寝間着ではないので着替えを始める。
うだうだもたもたとしながらも、特に問題もなく正装に着替えを終え、その間にリピアさんとも連絡を終え。
俺は、以前ペニュサさんと奴隷の受け渡しを行った美術館みたいな会議室前へ移動した。
「お待ちしておりました常峰様。中でモール様がお待ちです」
「病み上がりなのに案内をありがとうございました」
「まだ私に対しての敬語が抜けませんね」
「アハハ、癖だから二人の時は勘弁してくれ。人前では気をつけてるから心配いらないさ」
顔色は悪くなさそうなリピアさんと軽い会話をしつつ、その流れでモール・アバルコについて少しだけ話を聞くことにした。
「二分ぐらいで簡単にモールさんの事を教えてもらえますか?」
「そうですね……商人であれば顔は知らずとも名前は聞く人物です。なにせ、ギルド組合連合の商業部門を牛耳ってるのは彼ですから」
「二分もいらずに頭がいてぇ」
ログストアのお墨付きで国境を渡れるから、ただの奴隷商ではないと思っていたが……そうかぁ、商業ギルドのトップだったとは。
胃が痛くなってきた。帰りたい。寝たい。
「ですので、あまりおまたせするのも」
「……いってきやぁす」
大きく深呼吸をして腹をくくり、リピアさんに見送られながら会議室の扉を開けた。すると中では、人当たりの良さそうな笑みを浮かべる男が、接客に当たっていたダンジョンの者から用意されていた紅茶やお菓子の説明を受けている所だった。
「おまたせしてすみません。中立国レストゥフル国王 常峰 夜継です。皆からは眠王などと呼ばれております。紅茶やお菓子は口に合いましたか?」
「おぉ、こちらこそ連絡も無しに突然お伺いしてすみませんでした。アバルコ商会の会長を務めさせていただいているモール・アバルコと申します。紅茶やお菓子も大変美味で、以前エマス様にはご迷惑もおかけしてしまって、いやはや本来ならばもっと早くにお伺いしなければと思っていたんです。様々な事、眠王にはなんとお礼を言ったらいいでしょうか」
「お礼なんて。うちの者達は皆優秀で、私がこうして居られるのも皆のおかげですよ」
「ご謙遜を。その皆さんが優秀なのは眠王が居てこそですよ」
軽く握手と共に交わされる言葉。どうやらお互い、最初のやりとりは似たようなモンを好むらしい。
それにしても表情や喋り方が完成されている。腹を探るにしても、どれが本心か拾いづらいタイプの人間だな。
「まだ聞きたい事があれば、どうぞ聞いてください」
「いえいえ、眠王にお時間を取らせるのも悪いでしょうし、先にお話をしましょう。質問などは、後で機会を頂ければ」
「ははは、昼食には腕を振るわせるので是非。その時にでも話せる様に料理人に話を通しておきます」
「それは楽しみですね!」
モールさんの対面に腰を下ろしながら、接客をしてた者に視線を送って退室してもらう。そうすれば、この場には俺とモールさんの二人だけ。
さぁ、モールさんはどう出てくるかな。
「まずは、ウォレやキョウの件のお礼を。あの時は本当に助かりました。私ではどうすることもできず……あのままでは私の信用に関わっておりました」
「相手が大国でも手を拱いている魔王ショトルともなれば、私共でも力になれるか怪しい所でした。多少でもエマスがお力になれたようで良かったです」
「エマス様は見事な手際でしたよ。的確に原因を突き止め、対処法を用意していただきましたから。それに、ギナビア国やリュシオン国でショトルやオズミアルを相手にしても、中立国の皆様は引けを取らなかったとか」
「さっきも言ったように、皆優秀なんですよ」
情報が早いな。
おそらく、ギナビアは市羽、リュシオンは岸達の事だろう。どこから掴んできたのかは知らないが、その情報網は欲しくなっちまう。
「眠王の魔王メニアルとの戦いも拝見させていただきました。あまりご自身の過小評価は控えた方がよろしいと思いますよ? 私からしてしまえば、もはやただの嫌味にも聞こえてきます」
「これは失礼しました。ここだけの話、私自身が戦うためには条件と準備が必要で、どうしても他の者達と優劣をつけるなら劣ってしまうのです」
「ほぉ、条件ですか……興味深いお話ですね。よかったんですか? そんな事を私に漏らして」
「内容までは流石に。これぐらいであれば知れた所で大した問題にもなりませんし、これからお世話になる可能性も高いので、信頼の証としてもう少しお教えしましょうか?」
「なるほど、それはそれで楽しみが一つ増えますね」
んー、相手にしづらい。簡単に釣れる様子もないし、今は俺の品定めをしてる最中だろう。
取り込むのは難しいとしても、敵にだけは回さないようにしないと。
そんな事を考えながらモールさんの様子を見ていると、わざとらしく思い出したようにモールさんは口を開いた。
「そうだ、楽しみといえば一つお聞きしたいことが」
「なんでしょう?」
「魔王メニアルの事で。眠王は、裏切った魔王メニアルをどうするおつもりですか」
裏切りを確信している様な口ぶり。いや、モールさんは確信しているのだろう。
情報収集能力の高さに顔が引きつりそうになる。
さて、どう答えたものかな。
答える前に、どこでその情報を仕入れたか探ろうと口を開きかけた瞬間、会議室にノックの音が響き、扉の方へ顔を向ければコニュア皇女が立っていた。
「お話の最中に失礼いたします。眠王様、モール会長、少し彼の話を聞いてあげてはくれませんか?」
頭が回らない。もう、1月が終わる……。早いですね。
バタバタしていたらあっという間でした。
ブクマありがとうございます。
どうぞこれからも、お付き合い頂けると嬉しいです!!