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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
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美味しい紅茶と不味い紅茶

短めかもしれません。

「はぁ……良い子は寝る時間だ」


そうはぼやくも、まだ七時か八時か……。

ジレルとの面会後、気分転換に城のバルコニーへ足を運んだ。そこで時折様子を見に来るセバリアスが淹れてくれた紅茶を堪能しつつ、溜まりに溜まっていく報告書を消化していた。

そして気が付けば空は暗く、テーブルには追加の報告書と共にセバリアスが持ってきたランプが柔らかく光を発してる。


「タイムリミットへ向かう一日は短く感じるな」


「こんばんわ」


「ん? こ、こんばんわ」


背もたれに身を預けて夜空を見上げていると、扉を使って移動してきたのか、フラセオがバルコニーの出入り口に立っており挨拶をされた。


フラセオが俺に会いに来るのは珍しい……というより、ダンジョンに来てから初めてだ。基本的にフラセオは極寒エリア最終のダンジョン十層に住んでおり、ダンジョンの皆が利用する食堂で時たま見かけて会釈をする程度の関わり合い。

本人も理解というか、そういう生活のしてきたのか、食堂で関わり合う以外は友好関係を積極的に作ろうとしない。


種族が種族なだけに公にするわけにもいかず、個人的には嬉しいのだが……おそらく一番仲が良いと言えるのは、フラセオ希望の環境に適応できている魔物達だろうと思うぐらいには、外との関わり合いも薄い事を保護している身として少し気になっていた。

そんなフラセオがわざわざ俺に会いに来るなんて、何かあったんだろうか。


「……懐かしい」


近付いてきたフラセオは、スッと俺の頬に手を伸ばしたかと思うと、首筋に顔を近付けて匂いを嗅いできた。


「あの……ちょっと、え? 臭います?」


スンスンと嗅がれる音を耳に、自分自身でもスンスンとニオイを嗅いでみるが……全く分からん。風呂から上がって汗をかく様な事はしてないし、強いて言えば治療施設のニオイと血のニオイが残っているかもしれんが俺の鼻では嗅ぎ分けられないな。


そもそも懐かしいってなんだろうか。


「……眠くなる魔力の方、皆はとても辛いと泣いています。どうぞ、安らかな眠りを皆に」


「皆? フラウエースのことか? あの場に居た……?」


「……とても薄い。でも、確かに皆の魔力の匂い。辛いですね、とてもとても悲しいんですね」


どう考えても俺へ語りかけているとは思えない言葉。

無表情のまま涙を流しながら俺の頬をなでるフラセオには、おそらくだが俺以外の何かを感じ取れている。


あの戦いの最中でフラウエースがダンジョン領域内に居たとして、俺はそれに気付けただろうか? いや、難しい。フラウエースの気配は独特な所があるが、それ以上に希薄なモノだ。

こうして考えながら探す分には問題ないけど、戦いの最中で色々と考えつつとなれば、まだ俺には難しいな。


「眠くなる魔力の方とお話していると、眠くなりました……おやすみなさい」


「え、あぁ、おやすみなさい」


そう言ってフラセオは、冷たい風が吹き荒れる扉の先へと消えていった。再度一人となった俺は、さっきのフラセオの言葉の事を考える。


一番新しい報告書の中に、東郷先生とコニュア皇女からのモノがある。そこには、オズミアルとの戦いをまとめた内容と、オズミアルが動き出した理由にフラウエースが深く関わっているとの事。


嘗てオズミアルが慕った'氷帝'はフラウエースであり、リュシオン国には'永久氷塊'というフラウエースが残した氷塊が置いてあるらしい。

しかし、ポルセレル・L・レベハントにより残っていたフラウエースは捕らえられ、アーコミアへと横流しした。それにオズミアルが気付き、怒り狂っているのだろう……というのがコニュア皇女の見解だ。


「氷帝がフラウエース。そのフラウエースはオズミアルと関わりが深く、アーコミアはフラウエースを餌にオズミアルを釣りだした」


つまり、アーコミアの手札にはフラウエースがある。

リュシオン国をアーコミアとガゴウで襲ったタイミングで、おそらくポルセレルとアーコミアの取引は行われたんだろう。ついでにギナビア国で起こったナールズ将軍の一件に関わっていたフラセオ……アーコミアはどうしてもフラウエースが欲しかった。


「オズミアルを釣り出す為に必要だったフラウエース……アーコミアにとっての利用価値はそれだけか?」


それだけなら数は必要ない様に思える。

予定を繰り上げてアーコミアが動き出したとなると、フラウエースは魔神復活という目標の為の絶対条件ではない。更におそらくフラセオである必要は無く、フラウエースという種族であればよかった。

現在分かってるフラウエースは全部で四。フラセオを抜いた三人のフラウエースはアーコミアの手の内。


フラウエースならではの利用価値……。多少のリスクを覚悟してまで数を揃えてできる事……。


「ダメだ。浮かばん。種族の性質として通常時の生命維持が困難になった時は氷塊に変わり、周囲の冷気と魔力を吸収するぐらいだが……それが何なのか」


どれだけ頭をひねっても納得の行く答えが出てこない。

フラセオの言葉では辛く悲しい状況ではあるんだろうけど、それだけじゃ全く分からないな。


「フラセオには悪いがフラウエースの事は後回しだな。一応助けられそうなら助けるって事で、今は他の事を考えなければ」


まずはメニアルの事だ。


計画書を読み、ラプトとジレルの話を聞いた結果、メニアルの目的は端的に言ってしまえば'魔族と他種族の共存'だ。

皆と手を取り合い、仲良しこよしで生きていく。メニアルの両親の代から掲げているモノで、それをメニアルが引き継ぎ、今回の裏切りはその計画の一環。


魔族を従え、魔族を守り、魔族を守る人間を探して手を組む。

だが魔族の認識は、上に立つものは強くなければならないという意識が強く、他の魔族にも王であると認めさせる必要がある。

そこに、当初はダンジョンマスターの見定めでしかなかったのだが、異界の者である俺という存在が現れ、俺はメニアルに協力を提示した……この時、メニアルは俺に白羽の矢を立てたようだ。


この計画でメニアルは俺に勝ってはならない。

己は俺と対等であり続け、更には人間に魔族は下と思わせず、常敗でありながらも魔王という畏怖の対象であり続けてこそメニアルの求めた理想を形にできる。そうメニアルは考え、計画したようだ。


「そしてこの計画の終わりは、メニアルを俺が殺す事で引き継ぎを終えて完全にメニアルの役目は終了する」


メニアルはジレルのみを襲い、裏切った。アラクネの店に落ちた瀕死のジレルは、そこそこの人が見ている。

ラプトもわざわざ見せつける為にジレルを背負って治療施設へと駆け込んだ。避難民達の間で噂は広がり、様々な憶測が飛び交っているようだが……魔族達の間ではメニアルが即座に駆けつけなかった事に疑問の声が上がっているだけらしい。


だが、時間が経てばメニアルが不在な事は知られていくだろう。そしてジレルの負傷と絡めて疑念が浮かび、魔族の中からもメニアルの裏切りを声にする可能性が徐々にではあるが上がるだろう。


「加えて俺がアーコミアと結んだのは、互いの休戦のみでそれ以外の行動を制限できていない」


メニアルは好きに行動ができる。つまり、時間が経たずともメニアルがどこかで人間を襲って見逃し、逃げ延びた人間が行き着く先は……。


「完全にメニアルの掌だな」


メニアルの裏切りは遅かれ早かれ噂として広まるだろう。しかしメニアルが裏切ろうとも俺が王である限り、魔族が国民である限り、俺の裁量で魔族の立ち位置は決まる。


前回のメニアルとの戦い後に宣言した以上、俺は中立国の国民を見捨てる気はない。短期間の付き合いの癖に、よくまぁ俺の事を分かってるな。

裏切りの真相を俺に気付かせ、ジレルとラプトを使って教えれば、大体はメニアルの計画通りの流れになる……いや、俺ならその選択をする事が俺の為になると考える。実に協力的な裏切り。


タイミングもやらしいもんで。

国民の魔族は俺を王だと認めている。その他の者達も俺とメニアルの戦いを見て、それなりに強者側だと認識しているだろう。更に俺には帰還という目標があり、俺の自らの意思で王の座を降りないタイミング。俺が託される事から逃げられないタイミング。


「諦めて託されろってか。荷が重いって……はぁぁ……」


見極めがメニアルの中で終わった時点で俺を逃がす気はなかったんだろうが、あまりにも思い切りが良すぎるぞ。

計画書を思い返しても、かなり綿密に練られて何通りも予想されていた。予定よりはアーコミアの動きが早かったようだが、オズミアルの動きを察した時点で予定を調整してメニアルは俺と戦った。

あの戦いは、メニアルからの最終試験でもあったわけだ。


もっと勢いとか、その時の思いつきで行動していると思ったんだがな。


「ジレルとラプトの忠誠心も凄いもんだ」


計画を聞いた後に二人の願いを聞いてみたが、メニアルの願いが成就する事のみ。だと言うだけだった。

俺がメニアルを殺すことこそ望むと。だがまぁ、ジレルが俺を嫌うわけだ……いや、俺達異界の者って言ったほうが正しいかな? 口にはしないがラプトも俺達を嫌っているだろう。


俺達が現れなければ、メニアルの計画が動く事はなかった。仮に動いたとしても、もっと長い時間を掛ける事になっていた可能性が高い。

この世界で魔族と人間の溝は深い。だが、異界の者にはそれが分かった所で元の世界で培われた倫理観がある。悪だの正義だの以前に、魔族だから人間だからの差を主体に置いて考える事は……まぁまぁの確率でしないだろう。

加えて人間側は異界の者を特別視する。異界の者は、メニアルの計画にうってつけな人材だ。


俺達が来なければ……俺がダンジョンに飛ばされなければ、ジレルとラプトはまだメニアルと共に居れたのだろうか。


「心は常に共に。なんて言うんだろうな。もし俺がメニアルの様な行動をした時、セバリアス達ならば、全てが終わった後に自ら死ぬ事を選びそうだと考えるのは、流石に自意識過剰かねぇ」


大きく息を吐いて、少し冷めた紅茶を飲んで思考をちょっとだけ止める。


うまい。


「そういえばラプトの紅茶も中々だったな」


ふと浮かんだのは、ジレルの病室で飲んだラプトの淹れた紅茶。


「メニアル・グラディアロード……かなり助けられたな。メニアルが居なければ、中立国は国として形を成していなかったかもしれない。今の状況の半分はメニアルのおかげで、もう半分はクラスメイト達が頑張ってくれたおかげだ」


だったら俺がする事は分かりやすいもんだろう。

その思い切りの良さと、行動力、そして自身の命まで賭けたメニアルに敬意を持って応えないとな。できる限り、俺なりに。


「そうと決まれば、今度の会議でもシャキッとしないとな」


椅子から立ち上がり、体を伸ばして気合を入れ直した俺は、扉を自室へと繋ぎ移動する。


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同時刻、拠点としていた場所から神の城へと移る為に準備をしていたアーコミア・リジェスタル。その彼が居る部屋の一箇所の空間が裂かれ、そこからメニアル・グラディアロードが現れる。


「なんじゃ、まだココにおったか。引っ越しならば我も手を貸してやろうか?」


「大丈夫ですよ。最終確認をしていただけですからねぇ……それより、貴女は何故こちらに? 神の城を適当に散策すると言っていた気がしますが」


「見終わり暇を持て余してな。お主の魔力を辿ってここに来たまで」


「それはそれは無駄足を踏ませてしまいましたね。確認も終わりましたし、紅茶でも淹れましょうか」


アーコミアがそう言いながら空を撫でれば、空中に浮いたカップに紅茶が注がれていく。その光景を横目に、メニアルは適当な椅子に腰を掛けた。


「それよりも驚きました。まさか貴女が私に協力するとは」


「驚くこともなかろう。夜継では、我の期待に応えられぬと思い見限ったまでじゃ。しかし少しばかり我は夜継に手を貸しすぎた故な、自身の分ぐらい自身で拭う」


「貴女の期待ですか。一体、彼に何を期待したのか聞いても?」


「くだらぬ事よ。我を越える逸材であれとな……血ばかりが疼き、その実は期待外れも良い所であった」


「ですが公開戦闘では負けていたように思えますが」


「頭は良く回る割に、その目は節穴であったか」


瞬間、部屋の窓ガラスが全て砕け散る。同時に浮いていたカップなども砕け、室内は圧が掛かった様に空気が重くなっていく。


「孤高の魔王に失礼でしたね。その殺気は収めて頂けると嬉しい……せっかくの準備が無駄になってしまうので」


その空間であっても表情を変えずに告げるアーコミアに、メニアルは鋭くも興味を失った様な視線を向けて立ち上がり、砕けたカップの破片を拾い上げる。

そして零れずに僅かに残っていた紅茶を口にし、持っていた破片を更に粉々にしながら告げた。


「これほどまでに不味いモノを我に出そうとするとは……不快じゃ。我に出す茶であるならば、少しは淹れ方を学べ」


不快なメニアルの心境を表している様に、背後の空間はバキバキと音を立てて砕け落ち、アーコミアの返答を聞かぬままメニアルは空間の奥へと消えていった。

残されたアーコミアは、数分前に比べて大分荒れた室内を見渡して呆れたような溜め息を漏らす。そこで首筋を流れた冷や汗に気付き、拭き取りながらもう一度小さな溜め息を漏らし呟く。


「孤高の魔王メニアル・グラディアロード……ガゴウ・シュゴウといい、その力は恐ろしく、何を考えてるか分かりかねますね」


風通しが良くなった部屋で呟いたアーコミアが指を鳴らすと――アーコミアと共に、周囲一帯がぽっかりと抉られた様に消えた。

遅れてしまいすみません。

本当、最近時間が上手く作れず……。あまり遅れないようにがんばります。



ブクマありがとうございます!

どうぞ今後もお付き合い頂けると、とても嬉しいです!

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