粗だらけの裏切り
ハルベリア王達には手紙を送った。一番遅れるであろうレゴリア王でも、二、三日の間には返事が来るだろう。
「時間調整は返事が来てからじゃないと出来ないし、とりあえずこの件に関しては一旦放置だな」
小さくこぼした俺は視線を机から外して上げる。すると上げた先には、レゴリア王への手紙を書くにあたって協力してくれた二人が立っている。
「二人のおかげでレゴリア王からは良い返事が貰えると思う。ありがとう。それと、ケノン、ニャニャム、改めておかえり」
「我が王の為ならば! むしろ、精霊の追跡、報告後に即帰還できず申し訳ありませんでした!」
「にゃ、にゃい! 戻りました!」
「精霊の件は報告してくれたし問題ない。おかげで大方の検討はつけられた」
ルアールに引っ付いてギナビアから来ていた精霊の調査の結果、粗方予想はできたし、その件については少しすれば答えが向こうから来るだろう。
その時に詳細を聞けばいい。
「ニャニャムも、市羽達の面倒を任せっぱなしで悪かったな。大変だっただろう」
「にゃ……その、癖が強い方々でした。主に二名程」
「すまん」
俺に気を使ってか数秒選んで出た言葉よりも、その引き攣った笑みが本来伝えたい事を物語っている。
それに対して俺は謝罪の言葉しか返せなかった。
「とりあえず今は二人とも自由にしてくれていい。ゆっくりと疲れを癒やしてくれ。ケノンはシェイドに帰還を伝えてくるといい、ついでにシェイドにもそろそろ休むように伝えてくれるか? おそらくエルフ達の手伝いをしていると思うから」
「私に加え、兄にまで気を使っていただきありがとうございます。お言葉に甘え、英気を養わせてもらいます!」
そう言うケノンの目は、何故かギラギラとしているが……よく分からないので深くは触れないでおこう。ストレスやら、疲れの発散法は個人個人で違うからな。
勢いよく深々と礼をしたケノンを見送っていると、残ったニャニャムは少しモジモジと何か言いたげな様子。
「どうしたニャニャム」
「あの、噂と言いますか……他の皆から聞いたのですが、先代達の皆様がおられるとかにゃんとか……」
そういやニャニャムは三代目の時にダンジョン側に来たんだったか。何か思う所があるのかもしれないな。
「初代から三代目まで居るぞ。初代はフラフラとダンジョン内を回ってて、二代目は治療施設に居る。三代目はゴブ君とスケルトンと一緒に外回りしてるな」
「にゃ! ありがとうございます! 皆さんにご挨拶してまいります!」
ケノンと同じ様に勢いよく頭を下げて出ていくニャニャムを見ながら、俺は少し驚いた。会いたくないとばかり思っていたが、居場所を聞いて嬉しそうに出ていくとは……。
まぁ、当時何があったのか詳しい事は知らないし、その時に全員がどう感じていたかは分からない。三代目に関してダンジョンは嫌悪が強い印象はあるが、そうでない者も少なからず居るのだろうな。
「さてと、俺も出るかな」
適当に上を羽織り、俺は俺で見舞い品としてレパパを籠に入れ、治療施設で安静指示を受けているジレルの元へと足を運ぶ。
俺が見舞いに来た所で喜びは間違いなく無いだろう。それに、出向いて話す内容はメニアルの裏切り疑惑について……刺されても文句言えねぇなぁ俺。
扉を抜けて一歩一歩と歩むごとに気分は億劫になっていく。先程食堂で会えなかったダンジョンの皆が、俺を見つけると嬉しそうに深々と頭を下げてきてくれるのが、俺の億劫さの歩みを遅くしてくれているのが救い。
そんな感じで治療施設の様子を見ながら歩いていると、通路の長椅子に一人腰掛けている佐々木の姿があった。
「あ? なんだ、王様か」
「今日まで安静だと聞いたが、一人で何してるんだ?」
「もう完治してるってのに安静も糞もねぇよ。それに、今は病室に入れねぇんだ」
クイクイッと指し示してる病室の扉には、佐々木と田中のネームプレートが下げられている。二代目か誰かが気を利かせて同室にしたんだとは思うが、嫌だったのかね。
「田中と部屋が嫌なら、別室用意しようか?」
「別に僚太と一緒なのは構わねぇだけどな……」
どこか歯切れの悪い佐々木の言葉を待っていると、病室内から田中のモノではない高めの声が聞こえた。
少しだけ察した俺は、悪いと思いながらもダンジョン機能を使って室内の状況を探ると……田中ともう一人、九嶋の反応がある。
「九嶋が見舞いが来てたのか」
「あんまり覗いてやらねぇでくれや」
「佐々木が気を使って外に居るって事は……そういう事なのか」
「まぁ、僚太から話は聞いてた。見舞いに来たから茶化してたんだが、アイツ等のテンション上げるだけ上げるに終わった」
「……おつかれ」
そっと隣に腰を下ろして、持っていた籠からレパパを一つ差し出すと、佐々木は鼻で軽く笑った後に受け取り、一瞬でレパパを丸焼きにして齧り付く。
「そういや、市羽も魔王に負けたって?」
「そういう風に言っていいのか悩む所ではあるが、重症は負ったな」
「つえぇな。魔王ってのは……俺と佐々木も二人がかりで角一本が精一杯だった」
そう言う佐々木の表情はどこか清々しそうで、落ち込んでいる様子は一切ない。むしろ満足気な雰囲気もある。
「報告ではガゴウと戦ったんだったな。佐々木達の性格だと、もっと悔しそうにすると思ってたが……」
「うるせぇ、悔しいに決まってるだろ。本気でやって負けた。だけどまぁ、なんでかねぇ……不思議と悪い気はしてねぇ」
「本当に不思議だな。そういうのもあるんだろうと理解はするが、俺自身はさっぱりだ」
「勝った後も負けた後もどっちに転がっても見透かした態度だから分からねぇんだよ。俺は負けたくねぇ、負けりゃ悔しい、理屈で語るテメェじゃ体感する日はこねぇと断言してやる」
「アハハ、返す言葉もないわ」
「……そういう所だ。テメェのやってる事も、テメェの頑張りもちったぁ分かってるつもりだが、やっぱテメェは気に食わねぇな」
食べ終わり、芯だけになったレパパを燃やす佐々木を見ていると、時たま行き交っていた足音の中で二つの足音が近くで止まる。
そっちの方へ視線をずらせば、見舞い品を持った安賀多と中野が不思議そうな顔で立っていた。
「珍しい組み合わせだねぇ。アンタら、二人でつるむ程に仲良かったかい?」
「俺は中に入れねぇから外に居るだけだ……そういや王様は、なんでここにいるんだ? 俺等の見舞いってわけじゃねぇだろ」
一切の迷いも無く、自分達の見舞いの可能性を切り捨てた佐々木。
そこまで俺は薄情な人間に見えてんのかしら。
「この先に用事でな。道中で佐々木が居たから、少し話してただけだ」
「そうかい? 中は……もう少し二人きりにさせてやろうかね。佐々木の時間潰しはアタシと理沙が付き合うから、王様は行きな。忙しんだろう?」
「いやいや気にしなくていいぞ。佐々木も、男の俺の方が話しやすい事もあるだろう」
「行きたくねぇのか知らねぇが俺をダシにすんじゃねぇよ。さっさといけ」
「両手に華の方が好みか……」
「ぶっ飛ばすぞ」
炭になったレパパの芯が握り込まれた燃える拳に脅されるがまま、俺はそそくさとその場を後にし、重ための足を動かしてジレルの病室へと向かう。
メニアルの裏切りの真偽がどうであれ、このタイミングでの発覚は偶然じゃないだろう。何よりメニアルが現在ダンジョン領域内に居ないのが問題であり、この流れをメニアル自身が予想している可能性が高い。
ジレルが重症を負い、ラプトからの密告。メニアルが気付かないわけがなく、弁解する気がない様な状況は、裏切りを確信させていく。
だが、それとは別に俺とメニアルの間には'盟約の書'で結んだ盟約がある。以前の戦いの時に、俺からメニアルへの盟約は破棄したが、メニアルから俺への盟約は残したまま。
'常峰 夜継の宣言同じく、ダンジョンの者には手を出さず、我は協力を惜しまぬ。我が盟約を破る、又死し朽ち果てた時、我…メニアル・グラディアロードの持ちうる全てを常峰 夜継にくれてやろう'
そういう盟約があるはずなのに、破られた気配はない。破られれば保管しているセバリアスが気付かないわけがない。
しかしなぁ……メニアルが言うには、逐一決めなければ個人の認識の差で揚げ足取りができるレベルで穴だらけ。この盟約に、裏切りはしない。なんて誓いはない。
裏切る事すら俺への協力の形になるとすれば……メニアルの真意を汲み取らんと不鮮明な部分が多いな。
「うだっても仕方ない。一発ぐらいは覚悟して、予想を詰めてなきゃな」
ジレルの名札が下がった病室の扉をノックすると、部屋の中からラプトの声が返ってくる。俺が来た事を告げれば、向こうから扉が開いた。
「お待ちしておりました。常峰様」
「遅くなってすまない。ジレルの様子は?」
「危ない状況ではありましたが、処置が早く現在は命に別状はありません」
「それは良かった。例の件で話がしたいのだが、大丈夫か?」
「どうぞお入りください」
この場で、できれば後日に……と先送りの言葉を期待したが、最後の期待もサラッと打ち砕かれて俺は奥へと案内される。
奥では上半身を起こして本を読んでいるジレルがおり、俺が入ってきた事に気付くとやっとか…と呆れた様に息を吐いて本を閉じた。
「遅かったな、眠王。アーコミア如きに遅れを取ったようだが……変わらずなのが残念だ」
「重症を負ったと聞いた時は驚いたが、そっちも変わらず元気そうで良かったよ。話を聞きたいんだが、いいか?」
「変に気を使うな、気色悪い。それ以外に貴様は俺に用事など無いだろう」
そう言ったジレルは、本を置いた机に乗っていた紙束を俺に差し出す。
「メニアル様は裏切った。俺はメニアル様に襲われ重症を負った。事実だ」
受け取った紙束に目を通せば、襲われた前後のジレルの行動をまとめた報告書。
そこには確かに魔族達の護衛をしていたジレルがメニアル呼ばれて向かった所、襲われてアラクネの店に落下。その後に来店していた客が応急処置をしてくれた旨が書かれている。
しかし、この報告書はまだ完成していない。
「メニアルに呼ばれた後、会ったらすぐに襲われたのか?」
「報告書通りだ」
「間髪入れずに、無抵抗のまま襲われたと」
「メニアル様の実力を理解している貴様なら分かるだろう。メニアル様がその気になれば、俺に反撃する暇などない」
ジレルが俺を信用していない――というわけではないか。このまま続けても、話は堂々巡りで進まないな。
ラプトの方を見てみるが、ジレルと俺の分の飲み物を用意していて、話に入ってくる気はないみたいだし……はぁ、病み上がり相手にこんな話を続けるのは気が進まない。
気は進まないが、メニアルの意思に加え、メニアルを慕うジレルとラプトが腹をくくってる以上、俺はそれを受け止めた上で答えを出さねばならん。
俺も腹をくくり、小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「襲った相手を様付けとは、随分と良い心がけだな」
「……貴様、何が言いたい」
「今回の作戦、メニアルの望みと思惑を全て教えてくれ」
「元よりアーコミアに加担していた。それだけだ。俺も貴様もメニアルに騙され、それに気付かなかった愚か者だ。自分の愚かさを認めたくないのは分かるが、貴様も受け止めろ」
「無理して様付けを止めなくていいぞジレル。表向きがそうならばそれでいい。騙された俺は愚か者だ……だから真実を教えてくれ」
「真実は語っている。貴様はただ否定をしたいだけだろう」
互いに視線は外さない。ジレルもジレルで譲る気など無いのだろう。
本当にただメニアルが裏切っていただけならそれでいいんだがな……俺が愚か者というだけで終わるのならそれでいい。
だから続けようかジレル。
「そうだな。できればメニアルの裏切りは否定をしたいところだ。だから答えてくれ、何故ジレルだけが襲われた」
「それは盟約が残っていたからじゃないか? メニアルの考えなど俺が分かるわけが――「なぜラプトは襲われなかった」……」
ジレルの言葉を遮った俺は、ジレルとラプトの様子を少しだけ見て間を渡し、二人から反論がない事を確認してから続ける。
「盟約があったのならば、何故ジレルだけだったんだ? ラプトが残れば何かしらの報告が俺へと来ると予想できない程に愚か者なメニアルではないだろう。ジレルが生き残る可能性だって高くなるのは分かりきっていた事だろう。孤高の魔王は、そんな事も考えられず、こんな粗だらけの裏切りをする馬鹿だったか?」
「貴様ッ!!」
「それにだ」
声を荒げたジレルに被せて俺は続ける。
「この'盟約の書'は実に便利だが、その詳細を知っていれば俺もこんな抜け穴だらけで盟約を結びはしなかった。メニアルの盟約には確かに'ダンジョンの者には手を出さない'と誓っていたが、前回の戦いの前にメニアルは、俺をダンジョンそのものだと言い切り、俺に危害を加える分には盟約に触れないと言っていた。
現に、メニアル側は破棄していないにも関わらず、抵触はしなかったな」
「だったらなんだ」
「ならば何故、メニアルはジレルを襲った時にダンジョンに居た畑や並木、中満や柿島を襲わなかった。メニアルの言い分ならば、異界の者は俺と同郷であり仲間ではあるが、ダンジョンの者ではない」
「それは貴様の理屈だろう?」
「揚げ足取りは人間の得意分野だからな。だが、メニアルはそれをよく知っている。そんなメニアルが気付かないわけがなく、異界の者という脅威である畑達を襲わない理由がメニアルはないはずだ」
「そいつ等を襲えば早々に貴様にバレるだろ? 遅らせたかっただけじゃないのか」
「そこで最初に戻ろう。だったら何故ラプトは襲われていない? そこを気にするならば、ラプトに意識が向かないわけがないだろう。最低でも側近であるジレルとラプトの口は封じるべきだ……そうは思わないか? ジレル」
俺とメニアルの付き合いは長くない。だが、短い付き合いでもメニアルがそんなミスをするとは思えない。俺よりも付き合いが長い二人ならよく分かっているはずだ。
仮に最初から裏切り、今までの発言や行動がアーコミアの指示だったとしても、アーコミアがそんな所を見落とすわけがない。
まるで俺に気付けと言わんばかりの粗。
そこまでアーコミアの予定ならば大したものだが、俺を愚か者に仕立てるだけしか意味がない。そして、そうする事に意味がないのをアーコミアは分かっているはずだ。
異界の者は三十一人。眠王は俺だが、中立国の王が俺である必要はなく、俺を引きずり降ろした所で俺が動けなくなる事はない。
アーコミアの目的と、アーコミアが持つ俺の評価を基準に考えれば、これはアーコミアが仕組んだ事じゃないことぐらいすぐに分かる。
「メニアルの考えを教えてくれ。その上で、俺にジレルとラプトの気持ちを教えてくれ」
だからこそ俺は思う。
これはメニアルが俺は気付くと前提にした行動であり、ジレルとラプトから全てを聞けと伝えていると。
我の願いを聞け。と俺に残したメッセージだと。
「はぁ……やはり貴様は嫌いだ。メニアル様の期待に応えきれる貴様が、心底憎たらしく思う」
「同時にメニアル様の判断は正しく、貴方で良かったと思います」
ジレルとラプトの言葉に、俺は少しだけ安堵を含んだ息を吐く。
最初の一つ目だけで話が進みそうで良かった。まだしらを切るのなら俺は次の粗を指摘して、俺がただの裏切りだと納得するまで続けなきゃならん所だった。
「メニアルの判断を愚かなものに俺もしたくはない。メニアルには助けられているからな、その分ぐらいは返したいんだ。だから愚か者の俺に教えてくれジレル、メニアルの考えを」
「ふん、試した仕返しのつもりか? 貴様が愚かならば、メニアル様も貴様を選びはしなかった」
ジレルはラプトが用意した紅茶を一気に飲み干して俺を見て言う。
「考えがあるならば止めないが、そうでないのなら己を下げるな眠王。貴様が下がれば、メニアル様が下がり名に傷がつく。それは許さん」
「それは失礼した」
数秒俺とジレルは視線を交わし、フッと笑ったジレルは机の引き出しから別の紙束を俺に手渡した。
「メニアル様の計画を、俺とラプトがまとめた物だ。その後の判断は眠王がするといい」
不思議と本来よりも重みを感じる紙束を、俺はラプトが用意してくれた紅茶を口にしながら一枚一枚目を通していく。
ジレルとラプトがメニアルから聞き、その内容を細かく丁寧にまとめられた計画書は、何度も練り直された後があり、この計画はメニアルが俺に接触した事で動き出したようだ。
新年早々、喉をやられました。
ブクマ・評価ありがとうございます!
是非、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!