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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
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紙の山に囲まれて

沈んでいたはずの意識が急激に引き上げられた様に目が覚めた。


「お目覚めですか? 我が王よ」


「セバリアスか……どれぐらい寝てた」


「二日ほど」


セバリアスの言葉に俺は頭を抱えながら体を起こす。

戻ってきてからセバリアスに幾つか頼み事をして一眠りのはずだったんだが、まさか二日も寝てしまうとは……。

本音を言えばもっと寝たいところをグッと堪えて部屋の中を見渡せば、壁一面に加えて天井からも吊り下げられている大量の紙。足の踏み場は……ギリギリ最低限確保されているが、床も紙束が積み上げられている。


「全部報告書か」


「報告書に加えて申請や要望書も受け取っております。私共である程度はまとめておりますが、ご判断を仰がねばならぬものも多く……申し訳ございません」


「いや、見えてる分を確認する限りよくまとめてくれた。助かる。むしろ、寝すぎて悪かった」


寝起きはゆっくり寝たいが、セバリアスの淹れてくれるコーヒーを堪能する楽しみがあると脳を奮い立たせベッドから降りると、自分の服装が寝た時とは違ってちゃんと寝間着を着ている事に気付く。


おかしいな。戻ってきて頼み事を伝えたらそのまま寝たはずなんだが……。


「セバリアス、着替えさせてくれたのか?」


「お召し物が壊滅的だったのもあるのですが、我が王がお眠りになられて数分程すると、大量の出血が起こりまして」


「は? あー、なるほど」


一瞬その言葉に驚きはしたが、よくよく見れば真新しいベッドシーツが視界を移した時に察しが付いた。

確認のために頭の中で'スキルフォルダ'と唱えて確認すれば、案の定というか予想通りというか。


------------------

眠王


|説明|

その者、眠れる王。眠りを愛し、眠る事に至福を感じる王。



|ログ|


限定解除の使用を確認。

第二起床再睡眠を確認。

第一起床再睡眠を確認。


体質変化を実行……完了。

------------------


初めて限定解除をした後も、一度吐血したな。

今回は大量出血。セバリアスの表情を見るに、多分俺の想像している以上に出血したのかもしれん。

これ、最後の制限を解除したら、俺死ぬんじゃねぇかな。


「心配掛けた。遅いかもしれんが、こうして起きたから大丈夫だ」


「初代様のお言葉もあり混乱は逃れましたが、皆心配をしておりましたのでお飲み物の御用意ついでに伝えてまいります」


「頼む。今から報告書とかに目を通すから、押しかけられても困るしな。ちなみに、コア君はなんて言ってたんだ?」


「'これは彼にとって不本意な定め'と申しておりました」


「そうか、ありがとう。詳しいことは本人に聞いてみるよ」


「かしこまりました。では私は、軽食などの御用意をしてまいります」


「助かる」


部屋からセバリアスが出ていくのを見送りながら、俺は手近に天井から下がっている紙を引っ張り取って確認する。

内容は、ここ中立国レストゥフルの被害報告のようだ。

元々アーコミアが狙っていなかったからか、襲撃と戦闘での被害は無いに等しいが……難民受け入れに伴った被害が書き並んでいるな。


国民と避難民のいざこざが中小合わせて数十件以上。規模が大きいのは暴動の時の対処を恐れてなのか起こっていないようだが、目立っては居住が何件か崩壊している。

物の紛失の報告や、喧嘩に乗じた暴漢紛いの行為、身売り未遂、アラクネの店でも幾つかトラブルがあったようだ。

まだ避難民を受け入れて二、三日というのに……。


「道徳と倫理観の差。やる方も大概だが、受け入れる方も大概だな。放置せずとも大問題だろうに……大した問題としては取り上げないのか。国民に自分を奴隷として購入も持ちかけるなんて行動力は凄いと思うが……」


パラパラと関連する紙を取って確認していけば、現在の難民は三つに区分わけされており、一つが初期難民。ログストア国からの難民で、暴動と毒テロよりも前から避難してきた者達。

次に中期難民。暴動事件よりも後からの難民者達。この辺りには、異常を察してか情報が回ったのか、ログストア国周辺や近隣、ギナビア方面の者達が混ざっている。

最後に後期難民。俺の帰還後に避難してきた者達。後期組にはログストア国民はおらず、様々な者達がただただ入り乱れている。


「全面受け入れは初期組だけか。中期からは中立国ギリギリの所で居座るだけだったり、避難申請の許可待ち。基本的に問題を起こしたのは、中期以降の避難民か……民度の差か、力に脅された有無のさか」


ブツブツと独り言を呟きながら軽く見渡し探せば、足元に避難民名簿を見つけた。

そこから一枚手に取り確認すれば、どうやら上から新しい許可が出た避難民のようで、出身国にログストアの記載はない。

しかしそれでも中期組の途中だろう。


次にとダンジョンの機能でダンジョン内状況を確認すれば、中立国レストゥフルの領地外にもダンジョン領域が拡張されて残っており、その領域だけ最大限まで拡張されているのが分かる。

領域内には大量の反応。まぁ、間違いなく許可待ちか居座りの避難民だろうな。


「食料は持ち込みしてきてる人も多いが、それでも問題は浮き彫りになり始めてるな」


周囲の野良魔物もかなり数が減っている。食材や衣類の他に、魔物討伐や食料調達を請け負ったりする国民が出てきているのか。

報酬は金か……これはいい傾向だな。金銭取引の意識が根付き始めてる。今は国民が奴隷売買を成立させた報告は上がってきていないが、これも時間の問題だな。


「金無し国家で助かってる部分があるとは、喜ぶべきか悲しむべきか恥じるべきかと悩むなコレ」


元々中立国レストゥフルでは、奴隷所持の規制をある程度するつもりではあるが、禁止にする気はない。だから売買行為はグレーと言えばグレーのまま放置するつもりなのだけど、流石に他国の民をこのタイミングで奴隷とするのは問題に取り上げてくる輩が出てくる可能性が高い。

それにアーコミアの手段の一つは分かったが、どこにソレを潜ませているかも分かっていない。


その他諸々含めて見越してと考えれば、結論として現時点では奴隷に関する売買は規制しておきたい。


「これからもっと人が増える予定しかない。グレーにするにしても、国としては黒で縛った方がいいか。奴隷制度を否定せずに、国内の奴隷増加を抑えるとすれば……最初は国内での売買禁止辺りが妥当か? 穴を抜けて取引する連中も出てくるだろうが、そこまでする必要が無い連中とは間引けるよな?」


んー……いや、どうだろう。そうすると国内で奴隷商を禁止しているようなもんだし、これは商業ギルドが話し合いに応じてくれた時に問題が出てくるか? いや、そもそも今は先の食料問題であって後の奴隷問題ではないだろ。でも、これも今のうちに手を打たなきゃ手遅れになりそうだし。

同時期に解決するとして、とりあえず食料問題。奴隷問題は、ひとまず売買規制方針で固めておいて……。


やばいな。寝起き早々完全にキャパオーバーだ。新国も新国で、そのトップが俺ってのがなぁ。反感の買い方も考えなきゃならん。

あぁ、文句と評価だけ垂れ流す評論家という国民になりたい。そしたら文句も言わずに寝れれば二重丸どころか、花丸あげちゃうからさ。


なんて思いながら、手に持っていた紙を机に投げて天井を見上げていると、部屋の扉がノックされた。

返事をすれば、盛々に色んな物が盛られた皿とコーヒーを台車に乗せて持ってきたセバリアスが戻り、その後ろから新道が入ってくる。


「おまたせしました。我が王よ」


「おはよう常峰」


「お、おぉ。散らかってて悪いが適当に座ってくれ……セバリアス、軽食を作りに行ったんじゃなかったのか」


「軽食はこちらに」


そう言ってセバリアスは台車の二段目から軽食を取り出して俺に見せてくる。

じゃあ、あの盛々な皿はなんだ。


「これは心配していた皆が我が王にと。起床早々に執務に入られた事を伝えたら、せめて英気を養っていただきたいとの気持ちを込めて」


「ほっぉ……なら、食べないとなぁ。昼飯時は、食堂に顔を出すとするよ」


「皆も喜びになるでしょう」


流石に、そんなに食えねぇよ。と断れない。セバリアスが拒否せずに受け取ってきたって事は、セバリアス的にも思う所があったんだろうし、受け止めよう。胃袋ですべて受け止めよう。


「新道、少し食うか?」


「くくっ、いや、それは常峰にだからね。遠慮しとくよ」


俺とセバリアスのやり取りを聞いて笑いを堪えている新道は、俺が先程まで見ていた紙に目を通したかと思えば、別の紙にも目を通し始めた。

何かいいアイデアでも出してくれるだろうか……と期待を込めつつ俺は先にセバリアスに頼んでいた事を聞くことにする。


「報告書を出してくれたとは思うが、ちょっと数が数だから先に口頭で聞いておく。頼んでいたことはどうなった?」


「ご指示通り、数名を使って国内の噂話はまとめております。それと市羽様達は私が回収して参りました。市羽様は二号様が治療に当たり、命に別条はございません」


「なるほど。簡単でいいからクラスメイト達の現状報告ができるか?」


「漆様と市羽様は、未だお目覚めになりません。他の方々は重軽傷問わず治療を終えておりますが、佐々木様と田中様は本日中までは安静を強要しております。その他の方々に関しましては、おやすみであれば城の自室でという事のみをお伝えして、基本的には自由行動となっております」


報告を終えたセバリアスは手早く数枚の紙を集めると、机の上に置いてくれた。どうやら今の報告の詳細が書かれている紙のようだ。


寝る直前で城ヶ崎と連絡を取ったのは正解だった。市羽が重症で、漆が目を覚まさないと聞いてセバリアスに向かうように頼んだが……そうか、連れ帰って二代目が治療に当たってくれてたか。

さっきダンジョンの機能で確認した時には、コア君はダンジョン最下層に居て、二代目はおそらく急遽建てた治療施設に居た。

三代目はなんかウロチョロしているようだったが近くにゴブリン君が居たし、おそらく見回りでもしてくれているんだろう。


「後でコア君達にもお礼を言っておかないとな。マープルの方はどうしてる?」


「我が王のご指示通りに、拘束者お二人の監視につかせております」


「そっちの方も進めてくれ。多分変更はない」


「そのように」


頼もしいな。一人じゃ絶対パンクするが、こう皆に頑張ってもらえてる間は、俺も気張らねぇとなぁ。


「ありがとうセバリアス、これから三時間ぐらいは部屋に籠もる。何かあれば連絡をしてくれ」


「かしこまりました。私もマープルの件を進めつつ、他の者達の手伝いをしてまいります」


「悪い、十二分にしてくれて休んで欲しい所だが、もう少しだけ無理を頼む」


「我が王の為ならば、無理なことなどございません」


柔らかく笑みを浮かべたセバリアスは、深く一礼をして部屋から消えた。

部屋には新道だけとなり、そちらに視線を送れば、俺の倍以上のペースで積み上げられた紙に目を通している。


「勝手に目を通すと、いらんもんまで見ちまうぞ」


「アハハ、ごめんごめん。少し気になってね」


「いや、目を通してくれる事を期待して無視してたから気にしなくていい」


「それを分かってて目を通してるから安心してよ。これからの方針はどうするんだい?」


セバリアスが用意してくれたコーヒーで喉を潤した後、先程まで考えていたまとめきれていない事を新道に伝えてみる。

すると新道は紅茶を飲みながら聞き終えたかと思うと、天井から下がってる紙と名簿から何枚か取って俺に手渡してきた。


「後で目を通しただろうから行き着いたと思うけど、多分その辺の問題はこの人達と相談する事になるんじゃないかな」


それを受け取り目を通すと、それは避難民の中でも重役を担う者達の名簿とレゴリア王からの申請書だった。


「後で招集をかけようと思っていたが、先にレゴリア王から会議申請が来てるとは」


「開催場所は中立国レストゥフル。セバリアスさんが市羽達を迎えに行った時に避難民受け入れを頼んで断られた……って所かな?」


「報告を見るに、ギナビア国を放棄してヴァロアに拠点を移してるな」


壁一面を利用して貼ってある地図。その上にピンで止められた大量の紙の一枚がヴァロアの所に止められており、内容はギナビアの撤退命令先となり、既に臨時で拠点ができている報告書だ。


「多分どうやっても金銭問題が浮上してくるからね。それならお金は自分達で持ち込んで貰って、こっちの要求は食料や備品にするのが妥当じゃないかな」


「避難民の中でも個人で持ち込んでくる人達は居るだろうしな。下手に他所を圧迫するのはこっちにしわ寄せがくるのも見えてるが、いっその事しわはこっちで受け入れるから解決に手を貸させる方が得策か」


「状況が状況だから、多少の融通は効くと思うよ。それにそうした方が、常峰のやった事も有耶無耶にしやすいんじゃないかい?」


部屋が静まり返る。

新道は俺の次の言葉を待ち、俺は言うかどうかと静寂の中で考えた。


その事を言ってくるのは別の誰かだと思っていたのだが……まさか新道からとは。しかしまぁ、どこか確信があって言っているみたいだし、下手な誤魔化しをしても仕方ないか。


「中小国の誰かが文句を言いに来た時に消化しようと思ってたよ」


「事前に受け入れるという形で恩を売るのも手だろう? いくら常峰が三大国以外を切り捨てたと言っても、現状縋れるのは自分達を切り捨てたココだけなんだから」


「刺さる言い方をしないでくれよ」


「ハハハ、ごめんごめん」


新道の言う通り、今回の襲撃が起きた瞬間に俺は中小国家を切り捨てた。アーコミアの手回しを警戒して大国を挟んで薄い関わりのみを保ち、襲撃の際は手が回らなかったのも事実だが、元より助けに入る気はバッサリと微塵も残さず切り捨てていた。


俺一人ならば背負い込む選択があったかもしれないが、勝手に背負い込んで俺が潰れちゃ世話ないだろ。現に今ですら処理に追われる状態なのだから、俺は自分の判断を後悔したりはない。


「俺達の為にそんな選択をしたんだろう?」


「あぁ、今のタイミングで俺が潰れるのは共倒れになる可能性が高い。それは俺の望む所じゃないからな。クラスメイトの為だと言えばそうだが、もっと根の所は俺の意地の話だ。クラスメイト達との約束を破るくらいなら、俺は自分で積み上げた屍の上を寝床にした方が心地良い」


「俺は常峰に世話にもなってる立場だから、それを間違いだなんて言わないけど……全部自分で背負い込むなんて、随分と殊勝になったね」


「大した心掛けでもない。寝覚めが悪いのは嫌なんだ。怒ってもいいんだぞ? 大きなお世話だ、勝手に決めるなと」


「俺の中にある正義感を振りかざせばそうなるね。でも、それをしたら俺は残る事になってしまうだろう? 全てに手を差し伸べる正義感を選ばない為に、俺は常峰に色々と背負わせてるからね。だから俺は常峰を正当化するだけさ。俺の為にね」


「物分りが良すぎて怖いわ」


「納得できてるかは別として、常峰が思ってるよりもクラスメイトの皆は常峰の事を理解してるよ」


「寝る為なら何でもするってか?」


「なんだ。自覚があるんじゃないか」


今度は笑い声が部屋に響く。

別に気負いをしていたわけではないが、気分が少し軽くなった。


「この件については、もう俺が口を挟むよりは常峰に任せたほうがいいね。ここはもう常峰の国だ。そうだ、話は変わるけど、安藤はどうする気なんだい?」


「それは決めてある。安藤の為に共倒れをしてやるのも構わないんだが、今回は倒れてやる気はないからな。一緒に背負ってやるから、相応の罰を受けてもらうさ」


「そうかい。決まってるなら何も言う必要はないね。しかし常峰の親友は大変そうだ」


「俺も馬鹿ならアイツも馬鹿だからな。丁度いいんだよ」


「いいね、少しだけ俺もそういう親友が欲しいと思った」


言い終えると新道は、手早く報告書に目を通し始める。


「まだ手伝ってくれるのか?」


「三時間ぐらいだろう? 俺もどうせ今日はゆっくりするつもりだったか構わないよ。まぁ、申請許可とかはできないから、目を通した分を口頭でまとめて伝えるぐらいだけどね」


「十分助かる」


そこから俺と新道は、時折意見を出し合いながら軽食を挟みつつ、山積みの報告書を消化していった。

大掃除が思いのほか長引き、遅くなりました。すみません。



評価、ブクマありがとうございます!

これからも、お付き合い頂けると嬉しいです!



良いお年を

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