放棄
短めかもしれません。
「橋倉、岸の野郎はまだ起きないのかい!?」
「ま、まだ……です」
「ごめんなさい安賀多さん、外傷はもう治療したのですが……魔王オズミアルの攻撃を受けた衝撃で飛んだ意識が戻らないんです」
「意識ねぇ! 橋倉か先生が気付けにビンタでもしたら起きないかい!?」
「び、びんた」
「流石に教師が生徒にビンタをするのは……すぐ問題に取り上げられてしまうので……」
「あぁそうかい! 世界が違って騒ぐ輩が居るなら連れてきておくれよ! こんな緊急事態を見てまだ文句言うなら、アタシがそいつの両頬往復してやる!」
スキルで喚び出したギターをかき鳴らしながら東郷達に話しかける安賀多、その両サイドで同じ様にスキルを最大限に使って演奏をしている中野と九嶋を含めた三人は肩で息をするほどに疲労しているにも関わらず、滴る汗を拭う暇すらない。
だからと言って三人に演奏を止めるという選択肢は存在していない。
一瞬でも演奏を止めようものなら、音の壁で進行を阻止している血走った眼の聖騎士団達が立て籠もっている部屋になだれ込んでくるのだ。
その事は東郷も橋倉も分かっている。しかし目の前で気を失っている岸が起きなければ、逃げ込んだこの場から移動ができないのも事実だった。
オズミアルが動き出したと分かった直後に合流した岸達は、足止めをする為にオズミアルの元へと移動した。だが戦い始めて数十分後、岸がオズミアルに触れてスキルを発動した瞬間、膨大な魔力が消費されて意識が一瞬飛び、更に橋倉を狙ったオズミアルの攻撃を身を挺して受けた。
その結果岸は重症を負い、橋倉は転移魔法を使用して東郷達の元へと移動し、コニュア先導の元で現在の部屋に移動して治療を始めた。しかしそれを見越した様に聖騎士達の反乱が起き、立て籠もる事を選択させられ現在に至る。
コニュアはオズミアルをどうにかする道具がある。と言い残して部屋の隠し通路から道具を取りに行き、オズミアル自体は事情を聞いたジーズィが引き受けている状態だ。
「岸君……ごめんなさいッ!」
葛藤の末、東郷は謝罪を述べながら大きく手を振り抜いた。
スパーンッ――と軽快な音が演奏に混じり響くが、岸が起きる様子はない。
「橋倉さんも!」
「え、えっと、は、はい!」
おろおろとしながら橋倉も平手を振り抜く。
二度目の軽快な音。それでも起きる様子がないと思われたが、岸から小さな呻き声が聞こえ、閉じていた目はゆっくりと開かれた。
「っってぇ」
「岸君! ごめんなさい、起きないのでビンタしました。そして起きて早々で申し訳ないですが、岸君が気を失ってから一時間以上が経過しました。オズミアルはジーズィちゃんが足止めをしてくれていますが、聖騎士の方々が仲間割れを始め、常峰君とは連絡が取れません。何か聞いていますか?」
「おぉぅ……頬の痛みは幸せの痛みっしたか。ありがとうございます! んで、あの強烈なファン共が反乱分子と。スリーピングキングがどうなってるかは知らねぇっす。特に何か聞いてもないっすね」
「そうですか。分かりました '祈りを捧げ 共に歩みます ―共有回路―'」
岸と情報を共有した東郷は、安賀多達に身体を向けると、両指を絡めて祈りの体勢を取ると言葉を紡ぐ。すると、三人の身体が淡く光り始めた。
「岸君が目を覚ましたので動きましょう。この部屋を放棄します。安賀多さん達の疲労と魔力は私が肩代わりするので、そのままコニュアちゃんが通った抜け道へ移動してください。その後、橋倉さんが入り口を塞いでください」
「先生、ありがたいけど三人分の肩代わりは辛くないかい?」
「大丈夫ですよ。先生は皆さんの先生ですから」
安賀多の言葉に、いつもの様に笑みを見せながら返す東郷の額には急激に汗が吹き出し始めるが、その笑みが安賀多達に有無を言わさなかった。
ここで問答をするよりも、行動する事が東郷の為であると理解した三人は即座に行動を始める。
「三人とも疲れてんならビックラットに乗って移動すりゃいいぜ。それと東郷先生、コニュア皇女はなんでいねぇんすか? あとその通った道の先はどこに?」
「オズミアルを止めるための道具がある。と言っていましたが、道の先がどうなっているかはわかりません」
「おk。ミストスパイダーは先導してやってくれ、んで橋倉は俺にバフいけるか?」
「う、うん」
岸がそう言うと、事前に打ち合わせをしておいた通りに橋倉は強化魔法を岸へ掛けていく。
以前に孤島のダンジョンの時に掛けた四つの魔法をワンセットとして、岸は橋倉にバフを頼んだら掛けて欲しいと話していた。
'覇者の羽衣''風の抱擁''プロテクションバリア''エアリアルウォーク'を掛けて貰った岸は、安賀多達の横を抜けて聖騎士の一人を確保して戻ってくる。
「よし! 情報源確保。さっさと退こうぜ」
「き、岸君……あんまり、その、あ、危ない行動は……」
「わりぃわりぃ。それより、橋倉は怪我ないか?」
「岸君が、ま、守ってくれた……から。平気。あ、ありがと」
「そか。そりゃよかった」
二人が話している間に東郷は隠し通路の入り口を開け、ミストスパイダーの後に続いて入っていく。そして安賀多達も岸が召喚したビックラットに乗りながら隠し通路へ入っていき、岸は確保した聖騎士をビックラットに縛りつけて先に行かせた。
「橋倉、残りは俺達だけだ」
「う、うん。い、いつでも、いいよ」
「よし、なら行くぞ」
音の壁が消える前に岸と橋倉も隠し通路へと入っていき、入り口は崩落を起こして完全に塞がれる。
「魔力、平気?」
「ん? あぁ、橋倉には分かるんだったな。どういう基準で消費量が決まってんのか知らんけどさ……オズミアルに俺のスキルは効かない。っつーか、俺の魔力が足りないな。一瞬で枯渇したわ。今もカツカツだけど、こうしてる分には問題ねぇかな」
「む、無理、しないでね? た、助けて貰ったけど、無理はしてほしく……ない……」
「心配かけてわりぃな。次はもっと上手くやる」
そう答えた岸はオズミアルへの対策を頭で考えながら東郷達の後を追っていく。
数分もしない内に東郷達と合流できた岸と橋倉だが、辿り着いた先の広間では次の問題が起きていた。
「戦闘が起きてたって、ちょっと斜め上なんだが」
合流するまでミストスパイダーから情報を受け取っていた岸には、東郷達が戦っているのは分かっていた。しかし、その相手までは共有できておらず、到着して目にした光景に思わず顔を顰めてしまう。
隣に居る橋倉も現状を理解するのが遅れ、ぽかんと不思議そうな表情でその光景を眺めていた。
突き出された槍をいなす艮。そのいなされた槍を突き出すのはガレオ。
蠢く黒い触手の攻撃を防ぐコニュアと、その触手を背から生やし、壇上よりコニュアや東郷達を見下すのは――リュシオン国皇帝ポルセレル・L・レベハント。
「共有回路は繋げたままにします、安賀多さん達は艮さんの援護をしてください! コニュアちゃんは私の近くに!」
既に状況は進んでいるようで、東郷がポルセレルを敵として定めた事を岸は理解した。
「橋倉は先生、俺は艮の手伝いしてくる」
「わ、わかった」
詳しく聞きたい気持ちを抑えて、岸は橋倉に指示を出してガレオへと駆け出していく。
岸の接近に気付いたガレオは、槍を握る手とは逆の手で腰に差していた剣を抜き、岸へ向けて振り下ろす。
岸は岸で剣の軌道を目で追いつつも避ける事はせず、橋倉が掛けてくれた魔法で無理矢理受け止めてガレオへと手を伸ばした。
しかしその手がガレオへと届く前に、ガレオと手の間に黒い触手が割り込んだ。
「やっべ、これッ!?」
岸が触れた瞬間に切り離され自壊した黒い触手。
とりあえずガレオを一時的に支配下に置いて制圧しようとした岸は、スキルを発動したままソレに触れた事で触手の正体を理解し、焦りを口にした。
その間に焦りで足が止まった岸を狙った一撃が放たれる。
今度はそこに安賀多達の演奏が響きガレオの意識を惹くと、艮が割り込み剣と槍の軌道を流す。
「助かったわー。ついでに艮、状況説明できる?」
「もう少し緊張感を持ってください。外で戦っていたガレオさんが急に城内へ向けて走り出したと思ったら、その先にコニュア皇女とポルセレル皇帝が居て、いきなりガレオさんがコニュア皇女を攻撃し始めたんです」
「なる。つまり安賀多達の熱狂的ファンと同じって事ね」
「コニュア皇女曰く、隷属魔法ではないかとのことです。心当たりがあるみたいな言い方でした」
「あーね」
艮からの情報を加えて、岸は頭の中で情報をまとめていく。
隷属魔法、タイミングの良すぎる反逆、コニュアとポルセレルが対峙している理由。そこに常峰の元に集まった情報と現在の状況を織り交ぜ、先程自分が触れた黒い触手――ショトルという事実を加えれば答えはすぐに出た。
「触手は魔王ショトルだ! おそらく、ポルセレルがどっかにショトルの大本を持ってる!」
広間の響いた声で全員の動きがピタリと止まった。
そしてポルセレルの視線が岸を捉え、口を開いく。
「そこまで分かりますか。眠王といい聖女様といい、心底異界の者は厄介だと感じました」
「ポルセレル、貴方はそこまで堕ちたのですか……まさか、オズミアルが怒っているのは」
「私がアーコミアに協力をしてフラウエースを手に入れたからですよ。もっとも、受け渡したフラウエースを利用してオズミアルを釣りだしたのはアーコミアですがね」
「なんてことを」
「無駄話は趣味ではないので、これ以上は答える気はありません。しかし貴女達にはご退場を願いたいので――ガレオ、コニュアを殺しなさい」
ポルセレルが命令を下せば、ガレオは獣の様な咆哮を上げながらコニュアへと駆け出した。
唖然としているコニュアの代わりに、橋倉が魔法でガレオの進行を止めようとするが、殺傷能力を落とした魔法でガレオは止まらない。
突き破り、切り捨て、それでも当たった魔法など気にせず進むガレオ。
あと一歩――それで攻撃が届こうとする距離で、ガレオの耳に東郷の声が届く。
「'ガレオさん、ダメですよ'」
ネックレスを外した東郷の一言を聞いたガレオは、金縛りにあったように動きが止まり、血涙が流れると共に目だけが正常さを取り戻した。
「せい、じょさ、ま……ご、配慮は、無用です」
東郷の一言で意識こそ取り戻したガレオだったが、身体が言うこと聞かない。いち早く状況を察したガレオは最低限だけの声を発し、目で東郷に'殺してくれ'と訴えかける。
そんなガレオの背中に岸が触れた。
「はいゴメンねー。そんな展開好きだけどキャンセルで」
今度は岸の声が聞こえたかと思うと、ガレオの意識は落ち、そのまま地面に倒れる前にビックラットが受け止める。
「さてと、ポルセレル皇帝も長話しねぇのは評価点高めだけど、ちょっと敵役しすぎで次の展開が容易に想像できるんだわ」
「と、言いますと?」
「無能と判断したガレオさんを殺そうとする。だけど、それは失敗してショトルに身体を乗っ取られて暴走する。そこを俺達がカッコよく倒すってのが読めちゃうわ―」
「私を脅しているのですか?」
「試してみるか? 言っとくけど魔王ショトルに俺は触れた。俺のスキルは'パーフェクトテイマー'って言ってな、触れたモノを否応なしに支配下に置くことが出来るんだ。頭のいいポルセレルさんなら、この意味がわかるんじゃないかなー」
「……」
強気の姿勢でポルセレルと視線を交わす岸だが、内心はバクバクと心臓がうるさく鳴っている。
岸は自分達が不利な状況であると考えた。
魔王ショトルの大本はカマかけだったのだが、まさか本当にそうだとは思わず、ジーズィが相手をしているとはいえオズミアルが外には居て、目の前には魔王ショトル。
そして何より自分の魔力が覚えられた可能性が高く、ショトルへの対策が不十分な今は戦う事を避けたいと考えた。
岸とポルセレルの沈黙が続く。
スキルは嘘ではないが、岸は魔王ショトルを使役できていない。それがバレれば、今すぐにでもガレオは殺され、自分達は魔王ショトルの相手をしなければならない。
そう考える岸にとって沈黙は辛く、服の下では嫌な汗が流れ始める。
沈黙から数十秒後、ポルセレルが口を開いた事で沈黙は破られた。
「実に疑わしい所ですが、ガレオが触れただけで気絶してるとなれば、あながち全てが嘘というわけでもないのでしょう」
「まぁ、俺は正義の味方だからな。嘘は言わねぇよ? こうして教えてるのも親切心からだ」
「正義の味方が脅しとは……隣に居る聖女様もさぞ悲しい事でしょう」
「俺の掲げる正義の味方だからな。ダークヒーローに憧れちゃう程度には、俺の正義は真っ黒だぜ」
「よろしい。今回はその真っ黒な正義に脅される事にします。わざわざ私が危険な橋を渡る必要もない」
「頭いい三流悪役で助かるぜ」
「今更挑発には乗りませんよ。ガレオはくれてあげます、私はこの辺りで帰らせていただきますが……果たして、オズミアルはどうするのでしょうね」
そう言うポルセレルの足元には黒い触手が魔法陣の形となり、強い光を放ったかと思えばポルセレルと共に姿を消した。
一段落。だが、残された者達は気が抜けない。
ポルセレルが言い残したとおり、魔王オズミアルの件が終わっていない。
「コニュアちゃん、そういえばオズミアルを止める道具があるって言ってたけど、それは使えそう?」
「申し訳ありません聖女様……ポルセレルの言った事が本当ならば、氷帝が残した氷塊は使用できません。怒りを煽るだけでしょう」
東郷の言葉に落ち込んだ様子で、更に悔しそうにコニュアは答えた。
そんなコニュアを東郷は優しく抱きしめ宥める。同時に、頭の中で現状打破の術を探すが、いい答えが浮かんでこない。
それは岸や他の者達も同じなようで、誰一人として口を開こうとはしない……矢先、東郷の頭の中に声が響いた。
《東郷先生、聞こえますか?》
「《常峰君!?》」
突然連絡が取れたことに驚き、思わず東郷は声に出してしまう。そのせいか、それとも発された言葉のせいか、東郷に視線が集中する。
《連絡が取れなくなりすみません。情報共有をしたいんですが、今は余裕ありますか?》
《大丈夫ですけど、常峰君の方は大丈夫なんですか?》
《えぇまぁ、なんとか》
'常峰君の方'の中に安藤の事が含まれているは、互いに言うまでもなく分かっているのだが、どちらもそこに深くは触れない。
優先すべき事を考えれば、それは後になる。
念話で行われるやり取りを聞き取る事ができない岸達の視線を受けながら、東郷と常峰は情報を共有していき、把握を終えた常峰は告げた。
《状況は把握しました。コニュア皇女の確認……というか許可が必要ですが、リュシオン国を完全放棄して佐々木達を回収しつつレストゥフルに迅速に撤退してください》
「コニュアちゃん、常峰君がリュシオン国の完全放棄をしていいかと」
「構いません。既に国としての機能は停止していますので」
《わかりました。えっと、聖騎士団の皆さんは》
《……東郷先生、リュシオン国を完全放棄して迅速な撤退をお願いします。決断しきれないのであれば、命令と捉えてくれて構いません。俺が強制します》
直接的に言わないだけで、常峰が言いたい事を東郷は理解した。
数秒の沈黙の後、東郷はわかりました。と告げて念話を切り、岸達に向けて言う。
「撤退します。この場の人達以外は見捨ててください」
バタバタと書きましたが、遅くなりすみません。時間が作れませんでした。
ブクマありがとうございます。
ここまでお付き合いいただき嬉しいです。どうぞこれからもよろしくおねがいします。