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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
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ただの意地

かなり短めかもしれません。

場所はリュシオン国正門前。

門の向こうからも戦いの声や音が聞こえるが、佐々木と田中は眼前の敵を見据えて視線を外さない。

たった一人の敵――魔王ガゴウに二人は劣勢を強いられていた。


佐々木の姿が揺らぎ、同時に田中の姿も雷光へと変わる。次の瞬間には、ガゴウの目の前に落ちた雷光から脚が伸びガゴウの顎を捉えた。

しかし、防ぐ姿勢も取らずに蹴りを受けたガゴウは、のけぞる事も無く足首を掴み、雷光の中から田中を引きずり出して地面へと叩きつける。空いている手を前に翳せば、紅蓮の燃え盛る拳を受け止め、周囲は衝撃でその威力を物語った。


地面は抉れ、壁は半壊。ガゴウに手を出すなと言われて観戦している鬼達も、巻き添えを恐れてかなりの距離を取っている。

対するガゴウは無傷であり、佐々木と田中はそれぞれ炎と雷に形を崩して再構築という形で治療しているものの既に骨は何本も折れ、意識が飛んだ回数も片手では足りないだろう。


それでも二人が生きているのは、ただ単にガゴウから攻めてこないだけ。

今回は最初から二本角だったガゴウは、田中と佐々木の攻撃を受けてはそれに対して一撃だけ反撃をするというのを徹底していた。


「威力は悪くねぇ、速度も悪くねぇ、気迫も覚悟も悪くねぇ。前よりも断然イイぜテメェら。それでも俺には届かねぇし、アーコミアの言葉に賛同するのは尺だが……短期間でここまでなるたぁ'これから先'なんて言葉を使いたくなっちまう」


カラカラと笑いながら佐々木の拳を掴んで投げ、同じ様に佐々木も投げ飛ばして無理矢理距離を取らせたガゴウ。

佐々木は受け止められた拳から激痛が走り白い炎を腕に纏わせ、隣に受け身も取らず落ちてきた佐々木も炎で包み治療していく。数秒もすれば、意識を取り戻した田中は一度雷化してから佐々木の隣に立った。


「ありがとう、望」


「気にすんな」


田中の言葉に返しながら口の中に溜まった血を吐き飛ばす佐々木は、白い炎で口内の治癒もしつつ頭の中では葛藤していた。


訓練を重ねてスキルの扱いは上手くなったが、それでもガゴウには届いていない。それは非常に腹立たしい事なのだが、それ以上に先程鴻ノ森を見逃し、今も本気で戦おうとしていないガゴウへの怒りが高まって仕方がない。


本気でないのはありがたい。現状ですらダメージらしいダメージを与えられていないのだから、このまま長引かせて何かしらの進展を狙うのも手だ。

後ろではオズミアルとジーズィ達が戦っているのだし、余波で隙が生まれるかもしれない。


実際、ガゴウから来ないのであれば、こちらから無理に攻める必要もない。分かっている。分かっているのだが、佐々木は歯を食いしばり小さく言葉を漏らす。


「気に食わねぇ」


「望?」


佐々木の感情を体現するかの様に炎は荒々しく燃え上がり、佐々木の体も先から中心に向けて静かに揺らぐ炎と成っていく。


「テメェがつえぇのは分かってる。まだ俺達じゃ相手にならねぇのかもしれねぇが……その態度は気に食わねぇ、同情も気に食わねぇ、魔王だかなんだか知らねぇよ。あんま調子ノッてナメテんじゃねぇぞ!! '火之迦具土神'!!」


「アハハ! そうだね、やっぱり気に入らないよねぇ……'伏雷'」


瞬間――蒼き劫火がガゴウを包み、ガゴウの足元から轟雷が天へと昇る。

その中で依然として無傷で立っているガゴウの正面に四足の雷の獣が現れ腕を振るい、頭上からは赤い炎が黒炎のみで形成された剣を振り下ろす。


田中の攻撃は腕で受け止め、佐々木の剣は何もせずに肩に受けたガゴウ。お返しにと一歩下がったガゴウの蹴りが二人まとめて飛ばした。

はたから見れば繰り返しているだけ、田中と佐々木は吹き飛ばされてガゴウは無傷。そう見えるだけなのだが、当人達だけは今の一連は他と違うと理解している。


数秒と掛からずに消えたが、確かにガゴウの皮膚には薄っすらと焦げ跡が付いていた。この戦いで初めてガゴウは傷つき、二人は確かな手応えを感じたのだ。

更に佐々木と田中は自身の成長を感じた。

スキルに引っ張られる感覚は一切なく、意識もハッキリとした中で今の状態を扱えている事に。


そんな二人に向けてガゴウが口を開いた。


「テメェ等はなんで戦う」


「あ?」「は?」


「俺は勝つ為に戦う。俺より強い奴が居るのは気に食わねぇ、弱者が俺を見上げる様は心地が良い。力を求め、技を磨き、それらを振るって俺がテメェよりつえぇんだ!と示し続け、俺はこの世界で最も強い個体になり、その頂から見える景色を俺は見てぇんだ。

だから俺は勝つ為に戦っている。どれだけみっともなく無様に敗北しようが、泥水啜ってでも生き延びて、必ず俺は俺より強かった奴を正面から叩き潰す。勝者は俺でなければならない」


突然の問いかけに佐々木も田中も困惑するが、一つだけ分かる事はある。

ふざけている訳ではない。笑う事も無く二人を捉えるガゴウの眼は真剣なモノだということ。


「だがテメェ等は違う。テメェ等はなんの為に戦っている。恐怖しながらも俺の前に立ち、圧倒的な差を感じながらも構え、死に急ぎ野郎の癖にその眼は死んでねぇ……教えろ異界の者、力を得ようとする先にあるのは勝利への渇望以外に何がある」


その言葉に嘘などではなく、本気で問いかけてきているのだと。

今、この時に動いてもガゴウはきっと反撃をしてはこないだろう。佐々木と田中にとっては好機以外のなにものでもない……しかし、二人とも攻撃はしなかった。かわりに人の形へと戻った田中が口を開く。


「何を勘違いしてるか知らないけどさ。別に俺等は戦いたくないよ? 襲ってきてるのはそっちで、こっちは仕方なく戦ってたわけ。俺達の目的って帰る事で、わざわざ死ぬかもしれない戦いなんてしたくない」


「なら逃げればいいじゃねぇか。その国の烏合共は、テメェ等に全部任せきりで尻尾巻いて逃げただろ」


「そうだね。ほんと、最悪だよ。俺達は帰る為の方法がないかなーって探しに来ただけなのにさ、なんか勝手に強いからとか決めつけて、俺達に任せれば大丈夫とか意味分かんない事ぬかしてさ。

そっちも俺達が帰るまで待てばいいのに、なんでわざわざ今戦おうとするの? 本当に意味分かんないよ。少し待てば半分ぐらいは居なくなるのに、邪魔だ―邪魔だ―って言ってる割には狙い澄ましたかのように来てさ、馬鹿なの?構ってちゃんなの?って感じ」


田中もかなり鬱憤が溜まっていたのか、やれやれと首を振る様子は本当に呆れていると分かる。そしてまだ足りないのか、田中の言葉は続いた。


「まぁ体裁?ってのがあるからさ、少しは考えて行動するよ。でも結局絡んできてるのはそっち。俺達じゃないの。分かる? そっちがやいのやいのと戦おうとするから、俺達も俺達の王様も対処してるだけ。

大体見合ってないんだよねメリットが。俺は帰るから、正直この世界でどう思われてもいいんだよね。ただ残るって言ってる人も居るみたいだし、そこら辺考えるとさ、まぁ帰るまでの間ぐらいはいい人ちゃんとやろうかな?とか取り繕ってるだけなんだよ。

王様とかいう意味不な立場になった人も居るし、おんなじぐらいヤバいのとかも居るし、好き勝手動いて怒られたくないのよ俺も。だってこの世界の認識って、異界の者ってひと括りでカウントするじゃん? 異界から来たら皆聖人で、正義の味方で、強いんです―って? そんなわけないじゃん」


止まる様子の無い田中に、隣に立つ佐々木も苦笑い気味だ。


「こっちにだってカーストはあるんだよ。当然だよね。なんならこっちの世界より細分化されてあるわけ。あんたの言う力?の強弱以外にも強いの形ってあんだよ。俺達の王様は別に一番強いわけじゃないし、そっちの面なら市羽とか新道とかの方に行って勝手にやってくりゃいいじゃん……って、思うのが九割。だけどさ、望の思う事が残りの一割占めてて、その為にこうして俺も立ってるわけ」


「その一割がテメェを動かす絶対か。それがテメェの戦う理由か」


「そう。この世界で強くなりたいって特訓した理由で、こうしてあんたの目の前に立つ理由。望、言ってやれぃ」


「ここで俺に投げんのかよ」


田中に振られた佐々木は呆れた様に笑いながら拳を構えてガゴウを見据える。隣では田中も力を溜め始めた様で、バチバチと空気が割れる音が大きくなっていく。


「僚太みたいに俺はごちゃごちゃねぇぞ」


二人を依然とした態度で見ているガゴウに佐々木は答えた。


「テメェ等魔族のやり方なんざ知らねぇ、王様共の上の連中がどんだけ頭回してんのかも知らねぇ。ただ俺にとってこの世界はつまんねー。つるんできたダチも僚太以外は向こうに居るし、バイクもいじれねぇし、ダチと馬鹿やんのも出来やしねぇ。だから俺は帰る為に戦ってる……が、ちょっと今だけは別の理由だ」


獰猛な笑みを浮かべる佐々木。その言葉に合わせて炎は猛る。

荒々しく、煌々と。


「尻尾巻いて逃げんのも、負けっぱなしなのも――大嫌いなんだわ」


二人の姿が弾けて消えた。そう錯覚するほどに速く、次の瞬間にはガゴウの目の前に拳と脚が迫っていた。

だが、ガゴウは何もせずその身に受け止める。だが口元は楽しそうに、愉快だと弧を描く。


「テメェ等、馬鹿だろ」


「あんたに言われたくないね」


「こっちは俺が満足するためだけに意地のぶつかり合いしに来てんだ。理屈だのなんだので、他人の戦う理由なんざに拘って戦えねぇなら、俺等の為にくたばっとけ」


「前にも聞いたかも知れねぇが……名は? テメェ等の名を教えろ」


「佐々木 望」「田中 僚太」


二人の名前を聞いたガゴウは傲岸に胸を張り、不遜に気高く天を仰いで笑う。そして再度二人に向けられた顔には、三本目の角が生えていた。


「望と僚太だな。その名は記憶に刻んだ。それと答えの礼として、本気で貴様等を潰す……感謝する、貴様等を叩き潰す事で、俺は一つ強くなる。これが俺の戦いだ」


この戦いで初めてガゴウから拳を握った。

ピリピリと肌を刺す圧に、佐々木と田中は危機感を覚えて下がろうとするが、それよりも先にガゴウの拳が振り下ろされる。


空気を打ち、大地すら穿つ拳。


世界が揺れたと錯覚するほどの轟音が駆け抜け、大地は大きく抉れてひび割れた。


「誇れ、十二分に貴様等は強者だった」


その抉れた中央に立つガゴウの顔は清々しく、比べれば何か吹っ切れた様子だと気付く者も居ただろう。

当然、戦い、間近で見ていた二人も気付く。


「か…ってに終わらせんじゃ、ねぇよ」


「ほん、とね。ナメんなよって、言ってんのにさ」


声のする方へとガゴウが視線を向ければ、一撃でボロボロになり白い炎に身を包む二人が抉れて出てきた壁に捕まりながら立ち上がっていた。そして一度炎と雷になり、無傷の姿で白炎の中から現れる。


一度身を変化させて再構築すれば傷はなくなるが、受けた疲労と失った血までもが戻るわけではない。更にそれを行うにも魔力は消費をしている。

無傷ながらの満身創痍。


それでも二人の眼は先程よりもギラギラと輝き、更に猛る炎は周囲を焦がし、尚も踊る雷は空気を裂く。


「カッハハハハハハハ!!! 来いよ、望、僚太。格の違いを教えてやる」


両手を広げ笑うガゴウとソレに向かう二人を止められる者は、ここには居ない。


---


時を同じくして、正門より内側では乱戦が続いていた。


「魔王オズミアルに山を越えさせるな! 魔法部隊は霊鳥様の援護を! 他の者は魔法部隊の援護と――敵となった聖騎士団の拘束!」


ガレオの響く声に返事をできる者は少ない。

霊鳥とはジーズィの事であるが、その周りに集る魔物を撃ち落とそうとする魔法部隊は、高機動で動き回るジーズィに当てない様にと集中し、他の者達は傷付いた者の治療や魔物の対処、何より味方だったはずの者と戦わねばならないという精神的疲労に襲われていた。


「ガレオさん! さっきの轟音は」


「おそらくは魔王ガゴウと佐々木様達かと」


随時状況に合わせて命令をしているガゴウの元に、地下の道を通ってきた艮が合流した。


「艮様、聖女様とお仲間様のご様子は」


「岸君はまだ目を覚ましませんが、東郷先生やコニュア皇女達はまだ安全です。ただ城内も混乱していて、すぐすぐの脱出はまだ難しいですね」


「鴻ノ森様の方は上手く合流できただろうか……」


「大丈夫だと思いますよ。ああ見えても鴻ノ森さんって、結構肝は座ってますから」


「それは承知しております」


味方の聖騎士達の間を抜け、敵となった聖騎士が二人を襲おうとするが、艮は攻撃を流して敵の指を掴み、攻撃の勢いに合わせ自分の力を押して聖騎士の関節を外した。


「サヌファ……貴様も」


艮に抑えつけられ、駆けつけた数名の聖騎士に拘束された者の名前をガレオは悔しそうに呟く。


外でも起きている聖騎士団同士の戦いは城内でも起きており、極力無力化をしているとは言え、既に死者も出ている。

原因が隷属魔法と魅了(チャーム)という所までは突き止めているのだが、それを解除する手立てがこの場にはない。


その事に心の中で嘆くガレオだが、決して表には出さずに命令を下し、サヌファと呼ばれた聖騎士を拘束した者達を詰めた馬車へと連行させる。


見上げれば、ジーズィはオズミアルの放つ魔法を全て避けつつ牽制を繰り返しているのが見えた。しかし、何度かガレオ達をも巻き込む攻撃を体を張って受け止めたせいか、初めの頃より動きが鈍くなっているのもガレオには分かった。


「艮様、城へはまだ攻め込めませんか」


「ダメですね。今攻め込めば壊滅すると思います。もう少しだけ待ってください……私達の王様と連絡が取れるか、岸君が起きるまで耐えましょう」


分かってはいたが……。ともどかしさに目を瞑ったガレオは、自身の槍を手に取り愛馬に跨って前線へと駆け出した。


「私が前に出る! 命令は継続! 皆に、聖女様のお導きあれ!!」


その後ろを艮は静かに付いていく。

遅くなりました。

急いだのですが……本当に、すみません。



ブクマありがとうございます!

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。これからもよろしくおねがいします。

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