避難団
泣き喚く声や周りに当たり散らす声、ブツブツと独り言を漏らす者や悲壮感を浮かべ沈黙する者。様々な様相が入り乱れる団体は、優に数万人超えで避難していた。
彼等はリュシオンの都市から避難してきた者であり、それらを護衛し管理するのは、聖騎士団とギルドの者達だ。
「コルガ支部長、生存者の名簿ができました。先に仮設止宿所を建てに向かった者達にまとめを任せてあります」
「あー、向こうに全部まとめてあるのね、あっがとさん。聖騎士団の指示に従って護衛に戻っていいよ。テトリアちゃーん、先に止宿所まで行ってギルドで管理してる名簿と照らし合わせててくれなーい?」
避難民を率いるコルガは、報告してきたギルド員を護衛に戻し、隣に聳え立つ高い柱の上に向けて声を掛けた。
すると、その柱はズズズ……と沈んでいき、てっぺんに立っていたテトリアが降りてくる。
「分かりました。生存者名簿に名前が無かった場合は」
「死亡。後で合流してくるようなら、その時に生存者名簿に名前を加えておけばいい」
「よろしいので? この避難団とは違う方向に逃げた方々も居ますよ」
「構わねぇさ。自力で逃げ切れたなら自力で合流ぐらいしてくんだろ。というより、そっちにまで構ってやれる余裕は無いよ。急遽これだけ引き連れてんだし、誘導指示に従わなかった奴等まで面倒は見きれないって」
「ガレオ騎士団長やコニュア皇女に何か言われても私は知りませんからね」
「二人とも生きてりゃな。その二人の心配よりこっちの心配が先だ。今、この時ですら。生存者名簿に載ってる奴がこっそり死んでるかもしんねぇ。できるだけ正確な名簿は用意しとくのが最優先だ」
コルガは先頭を別の者に任せ、テトリアと共に列の脇へと逸れて腰を落ち着かせる。
二人の視線の先には、後方が見えないほどに長い列が仮設止宿所へと目指して進んでいるが、明らかに不平不満が溜まっているのが分かり、聖騎士団やギルド員の護衛が少ない場所では言い合いが聞こえている。
それに気付いた聖騎士団員が注意をするが、元よりあった不満に加えてエルフの一件で聖騎士団の信頼は落ちてしまっている為に、その言葉を聞く者が多いわけではない。
聖女への信仰や支持、そしてこうしてコルガを含めた実力者達が目を光らせているからこそ、まだ大きな問題になっていないだけ。
「この調子で進むとなりゃ、パブロフに着く頃には半分以下になってそうだな」
「人数が多い分、移動にも時間が掛かりますからね。比例するように不平不満も溜まり、それが爆発するのもそう遠くはないでしょう。でもコルガ支部長、どうやら私達はパブロフへは行けそうにありませんよ」
「あぁ……やっぱりあの遠くで光ってたのは」
「半信半疑でしたが、どうやら本当に'神の城'は存在したようです。クラン経由で情報交換をした結果、ログストア国は壊滅、ギナビア国も全軍撤退発令後に魔導兵器を起動したようです」
「ゴーレム軍隊か。撤退って事は、時間稼ぎに使ったのか」
「そう考えるのが妥当でしょう。加えて数名の殿が残ったようですが、クランの者も撤退しているために詳細はまだ」
「大国二つが早々に潰れるなんてな。何がありゃそんな事になんだ……リュシオンも合わせりゃ三大国軒並みだぞ」
「ギナビア国では魔王ショトルが確認されており、ログストア国には魔王アーコミアが確認されたそうです。最も、ログストア国は眠王と勇者の迅速な行動により、中立国レストゥフルへの避難がほぼ終わり、ギナビア国も異界のローブ持ちと勇者市羽一行の活躍で被害は抑えられたようですよ」
「何人死んでりゃ被害が抑えられたなんて口にできんのかね。んな事言ったら、こっちだって魔王オズミアルと魔族共相手に十二分に被害抑えられてるわな」
乾いた笑いをするコルガの視線はリュシオン国の都市へと向く。
遠くになってしまっているが、こうして避難できてるのも、あの場に残っている聖女達と異界のローブ持ち二人のおかげだ。
それに、コニュア皇女や聖騎士団団長ガレオ、そのガレオが率いる聖騎士団達が居てこそだ。
それは分かってんだけどなぁ……と呟きを漏らしてコルガは言葉を続ける。
「欲を言えば、コニュア皇女か聖女にはこっちに居てほしかったな」
「居ていただければ、もう少し国民にも余裕があったでしょうからね」
口にしても仕方ないと分かりつつ二人で話していると、最後方付近の護衛を担当している者達がチラチラと見え始め、それを確認したテトリアは「さて…」と腰を上げた。
「では私は先行して名簿をまとめておきます」
「あぁ、俺もそろそろ先頭にもどッッ!!」
テトリアに釣られてコルガが腰を上げた途端、二人に妙な悪寒が走った。
周囲を見渡すが、視界に入るのはぞろぞろと移動していく避難民達ばかりで悪寒の正体は分からない。しかし確かに二人は何かを感じている。
気のせいではない……。
二人は一度見合い、もう一度注意深く周囲を観察していく。すると、最後方よりも更に少し後ろから避難団を付いてくる二人の子供に目が止まった。
「あんな子供達、リュシオンに居たか?」
「記憶にはありませんね」
コルガもテトリアもリュシオン国内全ての者を把握しているわけではない。故に知らない者が居たとしても、別におかしい話ではないのだが、その二人の子供は明らかにおかしい。
リュシオン国では見慣れない服。子供だけが離れて行動している事。そして、悲壮感など一切なく、むしろ楽しそうに軽い足取りで後を付いてきているのだ。
「テトリアちゃん、子供は親元か避難団中央に固める様に言ったはずだけど?」
「孤児や今回で両親を無くした子は中央に固めてありますよ。それにコルガ支部長も分かっているでしょう? あの子達が只者では無いことぐらい」
「念の為だよ念の為。ほら、子供相手ってあんま好きじゃないから」
「私もですよ」
軽く言葉を交わしながらもコルガは近場のギルド員に耳打ちで少し急かす様に伝え、テトリアはテトリアで警戒を最大まで高めて一足先に二人の子供の前に立つ。
遠目からでも分かったが、こうやって近付けば一層悪寒が強くなる。
見れば見るほど瓜二つの子供。着ている服の細部の違いでしか見分けが付きそうにない。
二人の行く手を阻む様に立ったテトリアが観察していると、二人の子供はピタリと足を止めて不思議そうな顔でテトリアの顔を覗き込んだ。
「おねぇちゃんどうしたの?」「どーしたのー」
「二人の事が気になりまして。お母さんかお父さんはどちらに」
「ママは死んでぇー」「パパは殺されたー」
「そう、ですか」
声をかけられた事で、相手の警戒心を煽らないようにと適当な質問を投げかけてみたが、返ってきたのは明るい声で告げられた暗い答え。
テトリアはそこからでも話を広げようと頭を悩ましていると、ギルド員への指示を終えたコルガが後ろから顔を出し質問をした。
「お前ら敵か?」
「はぁ……コルガ支部長……」
それはもうストレートな質問。
テトリアは馬鹿何じゃないの?と物語る目でコルガを見るが、その視線はそのまま二人の子供へも向けられた。
「うん! パティは敵だよ!」「ニカは皆を殺しにきたの!」
互いが互いの両手に指を絡め、満面の笑みで見上げ答えたパティ・ニカ。
答えを聞くと同時にコルガは腰巾着から詰め込んでいた角砂糖を鷲掴みにし、天高く投げて精霊達に向け声を張る。
何をしようとしているのか分かっているテトリアは、焦ったようにコルガを止めようとしたが、それよりも早くコルガは叫んだ。
「'対価は供物 願いは逃走
対象はこの場の全て 精霊共、全てを隠せ'」
コルガの予定ならば、投げた角砂糖を精霊達が供物として受け取り、少しの間パティ・ニカ達の視界には自分達が映らないはずだった。
しかし、その予定に反して角砂糖は全て地面に落ち、パティ・ニカはそれをキョトンとした顔で見ている。
「おじさん何してるの?」「お菓子いらないならニカに頂戴?」
「おじさんじゃねぇ、お兄さんだ」
三日月に広がるパティ・ニカの口元と、その悪寒を掻き立てられる声にコルガはうっすらと冷や汗をかく。
精霊は気紛れだが、精霊使いと精霊の間にもルールはある。頼みを拒否するにしても、それなりの反応を見せるはずにも関わらず、一切精霊達から反応がない。それは精霊魔法を駆使するコルガにとって、初めてであり異常事態だ。
精霊魔法を封じられた?と考え、焦り悩むコルガだったが、答えはテトリアが持っていた。
「現在精霊は使えませんよ。どうやら精霊王が動いている様で、全ての精霊がこちらの頼みを優先しようとはしません。おかげで、クラン内でも多方面と連絡が途絶えています。先程の報告も最優先との判断で膨大な供物を以て行えただけです」
「もっと早く教えてくれよ」
「まさかコルガ支部長が精霊魔法を使う自体になるとは思わなかったので……それに追加の情報が来ない所とコルガ支部長でも使えない所を見ると、完全に精霊はこちらの声を聞く気は無くなったようですね」
精霊魔法の基礎として、精霊がその声に耳を傾け、一体でも精霊と契約を結ぶ事が精霊使いの条件であり、さらに精霊との相性により対価に差が生まれるのは一般知識である。
一体でも契約ができれば、興味本位で手伝う精霊が集まるのだが、コルガはその中でも一流。
気紛れである精霊との契約数は五。相性も比較的良い方で、大体の精霊は声を聞いてくれるのだ。
そして'大地の爪痕'に並ぶもう一つのクラン'ファントムカラー'は、連絡手段に精霊を使い、そのクラン員は様々な場所で暮らしている。
互いに姿を見たことはなくとも連絡を取る事など当たり前で、クラン員を全て把握している者は居ないだろう。そして今、そのファントムカラーの連絡手段は絶たれており機能していない。
「だから拠点ぐらい構えとくべきなんだ。二大クランの片割れが聞いて呆れる」
「匿名個々で活動しているクランですから。それに、精霊魔法を封じるのではなく精霊が使えなくなるなんて、誰が予想できますか……」
封じられたのならば対処法は幾らかある。しかし、精霊そのものが声を聞かないのであれば、そもそもが違う。
困った様に顔を顰めながら話すコルガとテトリア。それをパティ・ニカはニコニコと見ていたが、ふと避難団との距離が空いている事に気付く。
「あれ? みんなが遠いね」「いちもーだじんにするために、ついていかなきゃいけないのに」「「そこ、どいて?」」
コルガとテトリアは別にパティ・ニカの事を忘れていたわけではない。
二人が入ってき辛い会話を広げ、会話を聞かせる方法で時間稼ぎをしていた。しかしそれで稼げた時間は僅か。
パティ・ニカの言う通り、足を早めさせた所で大人数での移動。それほど距離が稼げていない。
「まぁ、もう少しお兄さんとお話しようや。パティとニカだっけ? 敵って事は、魔族か」
パティ・ニカが口を開き悪寒が強くなる中、軽い口調でコルガは会話を続けようとする。
この二人はここで足止めしなければならない。
それは絶対だと、記憶を辿り、三魔公の情報の中にパティ・ニカという名前があった事を思い出したコルガは、意思を強く持つ。
コルガの隣に立つテトリアも、二人の名前を聞いた瞬間に三魔公である事を理解して、張り詰めていく緊張を表に出さない様にパティ・ニカの一挙手一投足に注意を怠らない。
「あっ! パティ分かった!」「ニカも分かった!」
そんなコルガとテトリアを知ってか知らずか、道を開けようとしない二人にむむむっと唸って見せたかと思うと、パティ・ニカはぱぁぁっと表情を明るく変え、ぎゅーっと抱き合いながら二人に告げた。
「おじちゃんとおばちゃんは」「ニカと遊びたいんだね」「「うん! あそぼっ!」」
コルガとテトリアの二人には、自分達の呼び方を訂正する余裕などない。
ぴたっと頬を合わせてクスクスと笑うパティ・ニカから感じた殺気に、反射的にコルガは隠し持っていたナイフを振り抜くが、そのナイフはパティの服の袖から顔を出した魔物に刺さった所で止まった。
当然合わせて動いたテトリアだったが、ニカの袖から勢いよく伸びた尾に吹き飛ばされる。
コルガは瞬時に判断し、ナイフを手放してパティ・ニカから大きく距離を取り、吹き飛ばされたテトリアの隣へ移動した。
「三魔公のパティ・ニカはテイマーか。大丈夫かぁ? テトリアちゃん」
「っつー……飛び下がったので一応は。でも、続けるとなれば大丈夫な気がしませんね」
「同感。逃げてぇ……」
会話をしている間にも、パティ・ニカの袖や裾から多種多様に大量の魔物が溢れ出し、最後にパティ・ニカが接吻を交わす。
同時にパティ・ニカの背後に現れる魔法陣。そこから姿を表す巨大な影は、次第に明瞭となっていき、双頭にある極彩色の瞳がコルガとテトリアを捉えた。
「コルガ支部長、成体のドラゴンと単騎での戦闘経験はおありですか?」
「ねぇよ、あってたまるか。俺は英雄様じゃねーっての……精霊使いは前に出ずスマートに戦うもんだ。なに? テトリアちゃんは経験あり?」
「馬鹿ですか? 私の専門は情報収集と執務です。護衛もしますが、ドラゴンと遭遇した事なんてありません」
「今から馬鹿になるんだから、テトリアちゃんもお仲間よ。一応ドラゴン狩りに参加した経験者からの助言を一つ、ありゃ成体じゃなくて、ドラゴンの中でも最上位種'ヒュドラ'の幼体だ」
「よく知ってますね」
「本で読んだ。喜べテトリアちゃん、ここ数百年地上ではもちろん、ダンジョンでもお目にかかれていない伝説クラスのバケモンだ」
「死にましたね、私達」
「まぁ、俺とテトリアちゃんだけじゃ無理だな」
見上げるほどに大きく、気を抜けば腰も抜けてしまいそうな圧に、コルガもテトリアも己の死を悟った。
当然それほどの大きさであれば、少し先を移動していた者達にも見え、二人の背後からは混乱に陥った避難団の声が響き渡り始める。
その声に当てられた様に、ヒュドラを含めた多種多様の魔物達も動きを見せ始めた。
「全部は無理ですよ。コルガ支部長、どうするおつもりで?」
「精霊を使えない精霊使いって囮にするのが妥当だろ。精々長く生き延びて、ヒュドラの幼体だけでも抑えるぞ。護衛共も気付いて動き始めてる、後方に流れていく分は無理して止めようとするな」
「分かりました。要するに最大限時間を稼ぐ餌になれと」
「鮮度抜群のな。長く生きて死ねよ」
「最後にひと目コニュア様を見たかったですけど、仕方ありません。普通の魔法は苦手なんですけどね」
テトリアはそう小さく呟き、両手を地面に置いて魔法を唱える。
「'大地の壁よ 道を阻め ―アースウォール―'」
発動した魔法により、テトリアの後ろには横に広い壁が現れた。その壁は完全にテトリア達と避難団を分断できたわけではないが、確実に魔物達の行く手を阻んでいる。
その様子を見ていたパティ・ニカは、依然として楽しそうに笑いながらコルガとテトリアを指差した。
「いつまで遊べるかな?」「どこまで遊べるかな?」「「楽しみだね―」」
言葉と同時にヒュドラも本格的に動き出し、地を踏み鳴らしながら二人へと接近を開始する。合わせる様に近場の魔物も二人を取り囲む様に動き、残りの魔物は壁を越えようと動き出す。
「テトリアちゃん、囲まれたら終わりだと思え」
テトリアの魔法の発動を確認したコルガは、自分達を取り囲む魔物の様子を観察しながらテトリアを脇に抱きかかえ、魔物達が飛びかかってくるタイミングに合わせてもっとも数が少ない方へと駆ける。
進行方向の正面に数体の魔物が立ちふさがるが、腰巾着から角砂糖を一つ取り出したコルガはそれに魔力を込め、それを弾として指弾で撃ち抜き、額を撃ち抜かれた魔物を踏み台にして距離を取っていく。
「それでヒュドラを倒せたりはしませんか?」
「一発で鎧二十枚抜き出来るようになったら、勝算一割ぐらい出てくるかもな」
抱きかかえられたテトリアの質問に、コルガはフザけた様子で返した――次の瞬間、コルガは咄嗟にテトリアを蹴り飛ばして自分から離し、その反動でコルガも方向を変えた。
一拍、二人が居た場所は巨大な尾が振り下ろされた。
蹴り飛ばされたテトリアは完全に逃れたが、願ったほど距離が取れなかったコルガは尾に生える棘が手首に掠る。
振り下ろしの勢いが乗って掠った事で蹴飛ばされたテトリアよりも吹き飛ぶが、コルガは更に飛ばされながら掠った腕の肘から先を魔法で切り落とした。
「コルガ支部長!」
「大丈夫だ! それよりもヒュドラの攻撃には気をつけろ! 猛毒がある!」
本で読んでいたからコルガは知っていた。
ヒュドラの棘には猛毒がある事を。そして、切り落とした肘から先が落下しながら急速に腐っていくのを見て、知識にある情報よりも段違いで危険な毒と認識する。
「あー、おじちゃんの腕が短くなったね」「次は足かな?」
ヒュドラの頭に立っているパティ・ニカは、その様子を面白そうに見ているが、対するコルガは不格好ながらも受け身を取り、傷口を服で縛り上げて呼吸を整えるのが精一杯だ。
ヒュドラの攻撃は周囲の魔物を少なからず巻き込んでいたが、一撃を回避するだけで腕を持っていかれては話にならない。
必死に打開策を考えてみるものの、考えれば考えるほど自分とテトリアの命が消えるまでの時間は短くなっていくのをコルガも、そして体勢を整えて着地し襲ってきた魔物を魔法で対処したテトリアも実感していた。
「まぁやれるだけやりますか」
一度の攻撃でこのザマ。
果たしてこちらから攻撃する事ができるのか、後何回なら生きて避けられるか。
最大限に時間を稼ぐ為、色々と考えるコルガはヒュドラの顔を目掛けて飛んだ。
遅くなってすみません。
少し立て込んでいまして……ギリギリになってしまいました。
もしかしたら次も遅くなるかもしれません。
ブクマ・評価ありがとうございます!
中々成長しませんが、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!