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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
174/236

一方その頃:決めていた事と決めたこと

短めかもしれません。

「お呼びですかメニアル様――メ、メニアル様!!」


「案ずるな。それよりもジレル、下の様子はどうじゃ」


「はっ、ログストアの者共で溢れており、何やら毒を持ち込んだ輩が居たようで眠王の部下共が各方面の対処をしております」


「であるか……。その毒による被害は魔族にも出ておるのか?」


「いいえ。確認されているのは避難してきた人間共と、治療に応った眠王の部下三人の内二人のみ。エマスという者は感染しなかったようです」


「人間だけ襲う毒か。器用なモノであるなアーコミア」


上空から見下ろす中央国は、神の怒りが収まり安堵の空気が流れるものの、依然として騒がしいまま。

その喧騒を耳に、メニアルは腹部を深々と貫く折れている片刃を引き抜く。


「今すぐに治療を」


「よい」


吹き出す血を見て慌てて治療をしようとするジレルだったが、それを手で制したメニアルが傷口を撫でれば、指先に血が付着するものの完全に血は止まり、傷口も綺麗に無くなっている。


「あいも変わらず我に治癒魔法の才能はないのぉ。魔力に物を言わせなければ、この程度の傷すら癒せぬとは、アッハッハッ!」


裂いている空間に腰を掛けて笑うメニアルの横に立つジレルは気が気でない。

それも当然であり、メニアルが傷を負うという事が問題なのだ。目の前で笑う魔王は、孤高であり絶対。崇拝し敬愛すべき魔王が傷付いたとなれば、腹心であるジレルの心境が穏やかなはずがない。


最近では常峰 夜継という男が信頼を得て、力の上でも対等であると見せつけたばかりだが、それはメニアルが納得した上であり、ジレルも少なからずその男を認めている。

しかし、先程の傷は常峰のモノでない事ぐらいは分かる。ならば誰か……主を傷付けた者を、ジレルは頭の中で導き出していく。しかし――


「案ずるなと言ったはずだぞジレル。先走る狂犬を宥められたのであれば、この程度は安い」


ジレルの様子でその考えを察していたメニアルの一言に止められた。

二度も止められればジレルは行動を慎み、狂犬が指す人物を記憶の隅へと置いやる。そんなジレルに、メニアルは下を眺めながら問いを投げかける。


「人間は老いの足も早く、生も短きモノだ。対する我等は倍も生きるというのに、何故人間に劣る部分を持ち、遅れを取るのかのぉ」


「お言葉ですがメニアル様、俺は人間に劣るとは思っていません。確かに眠王は人間の枠で考えれば常軌を逸していますが、個での限界はあります」


「故に我は今、種での話をしたのだが? 考えよジレル。全てに置いて優位ならば、何故魔族は未だに人間を相手にせねばならぬ。何故我等は人間共の知恵をそのまま活用する」


「そ、それは」


「劣るのじゃ。良くて対等でしかなく、決して優位というわけでない。生の長さですら、戦い死すれば変わらぬな」


メニアルは相当機嫌が良いのか、表情は柔らかく、笑う声も温かい。


「のぉジレルよ、魔族は人間には成れぬ、人間も魔族には成れぬ。他種族も同様に、混ざる事は出来ようがソレには成れぬ。だが、それぞれの強みを知り近寄る事はできよう。それを知る場が戦場だというのならば、新たな戦いを生むのは魔族か人間でなければいけぬ理由はない。その戦いの場に、死者が転がらねばならぬ理由はない」


語るメニアルの言葉でジレルは理解する。理解などしたくなくても、それが自分の主たる魔王メニアルの意思。


「変革の時は来ておる。ならば動かねばならぬ。幾多の犠牲と贄の果て、その先に我が望む未来がある事を願おう」


「良いのですね? メニアル様」


最後の確認だ。

この先を聞いてしまえば、後戻りはできない。これが最後。


「問うな。長らく我に付き合わせたなジレル」


「何をいいますか。この身、この心、最後まで共に」


「ジレル、ラプト、そして我に従う皆々よ――」


続く言葉に合わせてメニアルが腕を振るえば、ジレルの身体に無数の線が走った。


「――大儀であった」


同時に走った線が開かれ血が吹き出し、身体の力が抜け、ジレルは喧騒へ向けて落ちていく。

途中、ふと顔を向けた先の遠くには、小さくも空に浮く逆さの城が見え、嫌いで嫌いで仕方のない男の顔が脳裏を過る。


眠王が居なければと思うと同時に、眠王が居てくれたからと考えてしまう。そんな自分に呆れたジレルは、やるせない気持ちを混ぜてぶっきらぼうに呟いた。


「やはり貴様が嫌いだ」


その呟きがメニアルに聞こえたかは定かではない。しかし、喧騒と人混みの中へ落ちていくジレルを見るメニアルの目は、優しいものだった。


---


「ありがとうございましたー……はぁー」


半魔であるラデアは、購入した服を片手に抱えて出ていく客を見送り、他に客が居ない事を確認してから大きな溜め息を漏らした。


奴隷商に売られ、買われ、売られ、繰り返して辿り着いたのは、魔物が経営する服屋。

初めこそ接客もしどろもどろだったが、来店してくれる魔族の者達は暖かく、今では裏でアラクネが作業をしていても一人で接客できる程度にはなっている。


「人間かぁ」


一人ぼやく視線の先には、ログストア国から避難してきた者達が行き交い、圧倒的に人間の比率が多く目につく。

人間という種族に対しても当然いい思いの無いラデアは、チラッと外から店内の様子を覗く人間を見つけては、来るな―来るな―と心の中で祈り声を高らかに上げ、祈り悲しく入ってきた客に小さく来店歓迎の言葉を告げる。


「いやっしゃいませ……」


店内に入ってきた男性客は、ラデアを一瞥するとすぐに店内の服を物色し始めた。


「さ、サイズが無かったら言ってください」


小さい声ではあったが、ラデアの声が聞こえた男性客は軽く手を上げて返し、店内の物色を再開した。

男性客はこの店を経営するのは魔物であり、ラデアが半魔だという事は知っている。外に居れば店の話を聞くのは容易く、ログストア国ではありえない店ともなれば、噂も意思を反して広まっていく。


魔物は敵。半魔も人間ではない。


本来であれば嫌悪の対象でもある二つだが、現在避難してきている者達の中でソレを声にする者は居ないだろう。

数刻前に騒いでいた者達を制圧し晒す手際もさる事ながら、柿島と名乗った少女の言葉を聞いた後では、不思議とどちらに対しての嫌悪感も無くなっているのだ。

もっとも、この男性客は元々その気は持ち合わせていない。


友好的ではないが、決して敵意があるわけでも無い客に、ラデアも何度か不思議そうに首を傾げるばかり。


「やっぱり変な国……気持ち悪い……」


嫌悪感が当たり前の世界で生きてきたラデアにとって、種族の垣根が無いと明言した常峰も、それを受け入れ体現しはじめている中立国も違和感しかなく、信用以前に薄気味悪さがあって仕方がない。


もちろんシーキーや常峰の前で言える言葉でも無く、こうして思っては誰にもバレない程度で呟いて消化している。

そんなラデアの前に、数枚の服を抱えた男性客が立った。


「これのもう少し大きいのはあるかな?」


「う、裏にあると思います。他にはサイズで問題があるのは」


「それだけだ。他のはそのまま買おう」


「しょ、少々お待ち下さい」


「悪いね。大所帯な為に、入用が多いものでね」


ラデアが受付前から移動しようとすると男性客がそんな事を言うが、そんな事よりさっさと帰ってくれ。なんて思いつつ言われた服の一回り大きいサイズを探しに行く――つもりだったのだが、前兆も無く背後から聞こえた轟音にラデアは変な声を上げて固まってしまった。


「ぴゃっ!??!?」


「!!」


ラデアが振り返り確認すると、男性客も何が起こったのか分からず、キョトンとした顔をしている。だが、二人が視線を下へ向ければ血塗れの魔族が受付台を壊して転がっており、自然と上へと向ければ天井には大穴が空いている。


「お、お知り合いですか?」


「て、店員では?」


状況が追いつかない二人が無意味な確認をしていると、奥からのそっとアラクネが音に惹かれて顔をだした。


「凄い音したけど、ラデアちゃん何か……あったのねぇ。あら?」


「アラクネさんの知り合いですか?」


「私のってわけじゃないけど、ラデアちゃんも知ってるはずよ? ほら、魔王の側近のジレルだったかしら」


「あ、あぁ!」


アラクネの言葉でやっと落ちてきたジレルの事を思い出したラデア。更にそのジレルが血塗れで今にも死にそうな事にも気付く。


「ど、どうしましょう! 死なせたら私怒られちゃいますか? ば、罰がありますよね、でも私、治療なんて」


あわあわとするラデアを他所に、アラクネとの会話とラデアの様子で変に落ち着きを取り戻していた男性客が動いた。

傷の確認をして、購入予定だった服を取り出したナイフで裂いて包帯の代わりを用意していく。そして数箇所の傷口を布で圧迫して用意した包帯代わりを巻き止血。

一番深いであろう傷に対しては、腰に下げていたカバンから取り出した瓶の中を浴びせ、治癒魔法の詠唱を唱え発動し、治していく。


「あら、お客様の知り合い?」


「いいえ。ただ今後を見越して助けるべきかと。商品を裂いてしまってすみません、これは買取させていただきます」


「それならいいわよ。新品を用意するわ~、ラデアちゃん同じものを持ってきて貰える?」


「は、はいぃ」


アラクネの言葉に頷いてパタパタと奥へ移動するラデアの耳には、「応急処置なので治療が出来る人を」「下手だもんね。もう呼んでいるわよ」などと二人の会話が聞こえる。


いきなり天井を突き破って血まみれ魔族が降ってきたというのに、どうしてそんな冷静で居られるのだろう……? と疑問に思いながらも男性客が持っていた服と同じ物を用意していく中で、ラデアは少しだけ手が止まり首を傾げた。


「あれ? メニアル様にお渡しするマフラーがない」


そしてたらりと冷や汗が流れる。

相手は魔王。そんな方に頼まれた物を無くしたとなれば、最悪首が飛ぶ。急いで次を作るにしても、自分の技量では、メニアル様が取りに来るまでに絶対間に合わない。


たらたらと止めどなく吹き出してきた冷や汗に合わせ、薄っすらと目の潤みも増していく。


「ラデアちゃーん?」


「はぁぁぃぃい……」


酷く情けない震えた声で返事し、両手に抱えた服が異様に重く感じつつ戻れば、ジレルの他に女の魔族が増えていた。


「ではジレルはこちらで。応急処置をしていただき、ありがとうございました」


「いえいえ、ラプトさんの腕であれば、私の応急処置も必要無かったでしょう」


「どうでしょうか……貴方が応急処置をしてくれたおかげで、遅れる可能性が無くなったのです。今は無理ですが、落ち着き次第にお礼でもしたいのでお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「私はただのしがない商人なのでお礼など」


「そうですか。気が変わりましたらアラクネ伝いにでも私にお繋ぎください。では……それと、半魔の貴女、メニアル様より'マフラー、良き物であった'とお言葉を預かっています。確かにお伝えしました」


いきなり視線を向けられてビクッ!と身体を震わせたラデアだったが、メニアルからの言葉を受けて汗と涙が引いていく。

頭を下げたラプトに三者三様に反応を見せれば、数秒後にはジレルを背負ったラプトの姿は見えなくなる。


「ラデアちゃん、凄い汗だけどどうしたの?」


「あ、いえ、その、首が飛んだと思ったら繋がってたので」


「? よく分からないけど、お客様の相手お願いね。私は天井を直してくるから」


そう言って裏口へとアラクネが向かえば、残されたのはラデアと男性客。

受付台は崩壊しているため、先程まで自分が座っていた丸椅子を机代わりにラデアは商品の確認を始めた。


丸椅子を挟む形でラデアと男性客が商品確認を済ませ、男性客から受け取った金銭の確認を表とにらめっこしながら済ませたラデア。


「は、はい、丁度でした。ありがとうございました」


「こちらこそ色々とありましたが、こうした事も何かの縁。私も商人をやっていまして、もし何か入用がありましたらお手伝いしますよ」


男性客はラデアに伝えながらなんの装飾もないコインサイズの銀を取り出して、その場で何かを刻み始めた。


「お名前はラデアさんでよろしかったですか?」


「よろしかったです……けど、それは一体」


「私の紹介であるという証明です。この国ではまだ使えないでしょうが、これを見せて行商人かギルド員にでも声を掛けて'モール・アバルコに取り次いで欲しい'とお伝えすれば、私の所に連絡がくる仕組みです」


「えっと、モール・アバルコ様」


「モールでいいですよ」


「あ、はい。モ、モール様、私の身分では、その、受け取るには不相応な気がするので、アラクネさんにお渡ししてもいいですか?」


そのコインがどういう意味を持つのかラデアには分からなかったが、何やら高価そうという事はちゃんと分かり、色々と考えた結果アラクネに渡す選択をした。

しかし、天井に張り付きながら内側から天井の修復をしていたアラクネが拒否した。


「ラデアちゃんにあげるって事なんだから、私に渡す必要ないわよ? 貰っちゃいなさいよ」


「貰っちゃいなさいよってアラクネさん……わ、私の身分知ってますよね?」


「一年だっけ? その程度でしょ? いいんじゃない?」


「いいんですかね?」


「まぁ、後はお二人で決めておいてください。私は買ったものを持っていかなければならないのでこれで」


「あ、はい」


話の終わりが見えてこなかった男性客――モールは、購入した服を抱えて店を出ていこうとする。だが、その前に足を止めてラデアをもう一度観察するように視線を動かして問いかけた。


「この国をどう思いますか?」


何気ない問いではあるが、ラデアはきっとさっきの呟きを聞かれていたと思い、チラッチラッとアラクネの様子を伺いながら変に取り繕わず答える。


「へぅ、変な国で、薄気味悪いというか、気持ち悪いなぁって思います。その、私とアラクネさんがこうしてお話してるのも、モール様が私達とお話しているのもおかしいなぁって……でも、きっと悪くない国にはなるって思ってますよ? 私にも優しいですし、ほら、その、皆本当に楽しそうに笑う時が多いんでぅ」


どちらも嘘ではないが、フォローをするように慌てて舌を噛んでしまい後者は全てを言う事ができなかった。

しかし、それでもモールは満足そうに頷いてラデアに言う。


「一年を私が買っても良かったのですが必要はなさそうですね。どうぞ、お困りの時は何時でもアバルコ商会をご利用ください」


「えぁはぃ」


痛みでうまく答えられないラデアと、天井の修復をしているアラクネに一礼をしたモールは、今度こそ店を出ていった。

やっと客が居なくなった事で緊張が解けたラデアは、丸椅子の上に置かれたモールと自分の名前が刻まれたコインサイズの銀を眺めつつ思う。


商会を使えば服なんて買わなくて良かったんじゃ……。


そんな考えがラデアの脳裏を過ぎったが、次の瞬間には地震かと錯覚するほどに空気を揺らす咆哮が響き渡る。


「うるさいわねぇ」


「ひぃぃぅッ、おぇ」


数秒の咆哮の後は、シーンと外の喧騒も静まり返り、店内にはびっくりしすぎて息が詰まり嗚咽を漏らすラデアの声だけが残った。


次、リュシオンに行こうと思います。たぶん、きっと。




ブクマありがとうございます。

是非これからも、よろしくおねがいします!!

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