天才の矜持
「うん? うわ、すご、何アレ。花火? けむり玉?」
「発煙弾ね。ギナビア国の緊急連絡手段よ。色の組み合わせで決まっているのだけれど……撤退命令、ヴァロアの方角へ向けてね」
「へぇ~、そんな風に読めるんだ。赤が撤退?」
「そうよ。赤は撤退命令で、その後に続く煙の色で方角が決まっているの」
屋外を先導して進む市羽の説明を聞きながら、少し遠くで爆発音と共に天幕の様に広がった赤色と黄色の煙を見ながら、ポケットから飴を取り出し噛み砕いた。
それから十数分程歩くと、漆や藤井達が戦っていた場所と真逆。少し離れには広大な訓練場が見える場所に辿り着く。
「めっちゃ武器箱あるね」
見渡す必要もなくズラッと並べられている箱の数々。中からは穂先などが飛び出し、相当急いで乱雑に詰め込んだ事が分かる。
「多少状態が悪くても良いからと、種類問わず運ばせたもの。それよりも城ヶ崎さん、一応自分の身は守れるわよね?」
「まぁ、多分ある程度の相手なら逃げるぐらいはできるけど」
「結構よ。もしもの時は自分を優先して動きなさい」
「もしもの時ねぇ……」
実は今でも十二分に逃げたい。という言葉を城ヶ崎は、市羽の雰囲気から察して飲み込む。
いつもと変わらないはずの飄々とした雰囲気はどこか熱が混じっており、こうして誰かに何かを頼むという市羽を城ヶ崎は知らない。
言い方を変えれば、ここまで生き生きとしている市羽を見たことがないのだ。
「あのさ、ふと思ったんだけど……市羽さんは魔王ショトルを倒す気なの?」
「この場で可能なら処理するわ」
「あぁ、やっぱ市羽さんでも倒せるか不安なんだ」
「倒せるかではなく、本体が出てくるかよ。引きこもられたら今は無理ね」
それは暗に本体が出てくれば魔王ショトルは倒せると宣言していた。
魔王ショトルに会ったことも無ければ、知ってる情報は人伝ばかりで正確さに欠けている。そこは市羽も城ヶ崎も同じはずなのに、市羽の自信の出処を城ヶ崎は理解できない。
大量に運ばれた武器が対魔王ショトルに役立つ理由すら分かっていない。
そもそも、撤退を勧めておいて自分はこうして魔王ショトルと対峙しようとしている市羽を、城ヶ崎は理解しようとも思えていない。
それでも城ヶ崎には分かる事がある。
今の市羽 燈花は自分が知らない市羽 燈花であり、少しでも付き合いがあれば理解させられる'天才'市羽 燈花なのだ。
「あんまり知らないし、仲が良いわけじゃないし、友達かも怪しいけどさ。なんか最近の市羽さん、テンション高いよね」
「そう見えるかしら」
「まぁ、何となくね」
「自分でもよくわかっていないのよ。でも気分が良いか? と問われれば、良いわね。とてもいい気分よ」
「なんか意外だな―。市羽さんって、こう、感情の起伏が無いというか、何でもこなしちゃって楽しそうに見えないっていうか……ぶっちゃけると、近づき辛いし、天才ってだけでもっとつまらない人間だと思ってた」
「異世界に連れてこられるなんて荒唐無稽な事が無ければ、その評価が変わる事は無かったでしょうね。事実、こちらに来た当初は、疲れるだけで大して思う所は無かったわ」
「じゃあ今の市羽さんは、心境の変化後ってやつ?」
「どちらかと言えば、変化というよりは自覚よ。私は私が思っていた以上に我が侭で身勝手だったらしいの、きっとこれまでもそうで、今からも自分の為にしか動かないわ」
「んー、やっぱりよく分かんないけど、魔王ショトルと戦うのも我が侭なんだ」
「そうよ。ただただ彼を思っての自己満足……ぶっちゃければただの自慰行為ね」
「ぶっちゃけすぎじゃない!?」
まさか市羽の口からぶっちゃけなんて単語が、いやそれよりも自慰行為なんてワードが! と驚き声が大きくなってしまった城ヶ崎を見て、ふふっと笑った市羽の視線は、ある一点へと移される。
思っていたよりも話しやすく感じていた城ヶ崎も、市羽の雰囲気が変わった事に気付き、その視線を追うと、先程は確かに無かったモノがあった。
広大な大地にポツンと黒い点。その黒点は滲む様に地面を広がり、そこから人の形をしたシルエットが這い出てきた。
「市羽さん、アレって」
「お話、楽しかったわ。先程も伝えたように、自分を最優先で構わないわ。それまでは予定通りに」
髪をまとめつつ言う市羽は、城ヶ崎に着けていたイヤリングと、もう一つシンプルなブレスレットを手渡す。
「えっと」
イヤリングは常峰との念話用のモノなのは分かる。だがブレスレットの方は知らず、何より何故それを渡されたかが分からずに城ヶ崎は首を傾げる。
「常峰君と連絡が取れたらギナビア国の撤退を伝えて頂戴。ブレスレットの方は、私との念話用よ」
「え? 念話?」
「ずっと常峰君と念話をしていたのよ? 私が使えてもおかしくはないでしょう?」
さも当然の様に言うが、おかしい事ではある。しかし城ヶ崎は、市羽だから……と二回ほど頷いて納得してみせた。
そうこうしている間にもシルエット――魔王ショトルは増え続けているのだが、市羽は気にした様子も無く空間を裂いて次にコレをと城ヶ崎に野球ボール程の水晶玉を渡す。
「それを適当な所に置いていて頂戴。もし城ヶ崎さんが逃げる時には回収して、常峰君に渡してもらえるかしら」
「いいけど、コレは何か聞いてもいいの?」
「ただの録画用の水晶よ」
ふと浮かぶのは、ログストア国で魔王の映像を見せられた時の事。しかし、その時に使っていた水晶玉はこんなに軽量そうでもなく小さくもなかった。
何より取り出し方にも色々と質問をしたくなったのだが、城ヶ崎は市羽だから……と納得した。
あ、コレで納得するの便利。と思考放棄をしたわけではない。そう言い聞かせながら。
「それじゃあ、合図を送るまではゆっくりしていて頂戴」
そう告げ、市羽はトンッと瞬きの間に消え、次の瞬間には魔王ショトルの群れの前に立っていた。
ココから魔王ショトルまでの距離はかなりある。それを一息の間も無く移動して見せてた市羽。
「うん、まぁ、ほら、市羽さんだから……」
誰に言うでもなく。自分に言い聞かせる為に呟くものの、それには限界があったとすぐに知ることになった。
市羽の初手。
横振りの一閃。
それだけで一帯全ての魔王ショトルは両断され崩れ落ちた。
とりあえず魔王ショトルを両断した市羽は周囲を観察する。そして最寄りで再生を始めた魔王ショトルを見つけ、事もあろうに腕を突っ込み大量の魔力を流し込みながら魔法で木っ端微塵に吹き飛ばす。
「これで魔力は覚えたかしら」
確認をする為に、今度は別のショトルへ向かって劈く雷を放てば、明らかに効果は薄く、攻撃を受けた回りのショトルの再生速度が上がった。
「問題なさそうね」
自分の魔力をショトルは覚えた。そして、自分の魔力をショトルから感じとれている。
ここから市羽の本当の戦いが始まった。
《城ヶ崎さん、一箱お願い》
念話を城ヶ崎へ飛ばすと同時に、城ヶ崎から予め受け取っていた飴玉を横に投げれば、それが武器箱へと変わる。
その箱を蹴り割って武器と散らばせつつ、同時に手放した刀は、地面に落ちる前に蜃気楼の様に消え、代わりに握られるのはシンプルな槍。
「餌はココよ」
言葉に合わせて放たれた魔力にショトルは標的を市羽へと絞られる。
遠目の城ヶ崎にも見えている殺意と殺気が具現した百足や蛇の様な何かを気にすること無く。
ここまで市羽の予定通り。
ショトルの性質を予想し、今回の襲撃である程度特定していた市羽は、わざと一番最初に自分の魔力を覚えさせたのだ。
異界の魔力に怯える性質はあるが、覚えた魔力は餌と認識してその枠から外れる。
そしてショトルは近場の餌を追う。
その二つを利用して、ショトルの標的を自分に集中させた。
これで城ヶ崎の魔力を知らないショトルは、城ヶ崎を狙う確率がかなり下がる。
そしてココから市羽の検証が始まる。
群がり飛びかかるショトルの攻撃を避けながら、市羽は懐から片手分の手袋を取り出して着け、その手に持ち替えた槍を一突き。
途端、凄まじい爆風が巻き起こり、ショトルは吹き飛ばされる。
手袋と共に焼け落ちた槍など気にせず、新しく取り出した片手分の手袋を着けて手を翳せば、数体のショトルが水に閉じ込められた。
それを観察しつつ、また手袋を取り替えた市羽は、適当に武器を手に振る。すると、近くに居たショトルが使われた武器と共に数体切り刻まれる。
手袋を取り替えては様々な属性の魔法を放ちショトルを観察していた市羽は、ポケットから飴玉を二つ取り出して高く投げ城ヶ崎へ念話を飛ばした。
《二つ頂戴》
念話を飛ばせば飴玉は武器箱へと変わり、落ちていたハンマーを拾った市羽は落ちてきた武器箱を叩き割る。
散らばって落ちてくる武器を蹴り飛ばし、武器を武器で打ち飛ばし、次々とショトルを削っていく。
だが、ショトルもただやられるだけではない。
攻撃を避ける事もあれば、無理矢理突き進んで市羽へ襲いかかろうとする。さらには市羽の動きを真似しはじめるショトルまで現れた。
落ちてきた武器をショトルも握り、嘗て相手した人間や魔族、魔物の動きを真似し市羽へと……しかし、それでも市羽には触れる事すら叶わない。
《次》
簡略化されていく合図と、投げられる飴玉。
すり替わる武器箱に突っ込まれた様々な武器を操る市羽。
打、突、斬、圧、様々な物理的攻撃を行いショトルを削り、対するショトルはそれらを再生しては市羽へと向かっていく。
取り囲む様に、数で押す様に、まるで自分の強みが分かっているかの様にショトルは攻める。
市羽の予想を超えること無く。
幾ら囲もうが、幾ら数で同時に攻撃してこようが市羽には掠りすらしない。
市羽には見えている、感じ取れている。全てのショトルの動きを、こちらの様子を見ている城ヶ崎の呼吸さえも。
今の市羽は嘗て無いほどに研ぎ澄まされ、予知が行われているのかと錯覚する程に次の動きが分かるのだ。
毛先の一本すらショトルに触れさせない。
こちらの攻撃は当たり、あちらの攻撃は当たらない。それが市羽が決めた摂理。覆させる気のない決定事項。
その時間が続き、流れ、次第に持ち込まれた武器が無くなっていく。
どれだけ粗悪な武器でも匠に扱い、その消耗も抑えていた市羽だが、それでも武器が市羽について来れなかった。
神速の一太刀は劣化した武器では耐え続ける事はできない。
光速の一突きを終えれば武器は満足気に砕けていく。
空気を潰す一振りは砕けた武器にもう一度牙を与え、切り裂かれた空気を共にショトルへ刺さる。
確かに数は減っている。それでもショトルは依然として市羽を囲んでも余りある程に多く、対する市羽の手元に届く武器は数を減らした。
《次》
《これで最後だよ》
《そう。ログストアの方はどうなってるかしら》
《わかんない。王様と連絡は取れないし、なんかさっきまで光ってたのは収まってるっぽいけど……》
《十分よ。ありがとう。最後の武器箱には、立て掛けてある刀を入れて頂戴。そうしたら、城ヶ崎さんも離れてくれていいわ》
市羽が言ったとおり、軽く回りを見渡すと確かに刀が一本立て掛けてあった。
それを武器庫に入れた城ヶ崎は、さっきまでと同じ様にセブンツールの一つ'秘密の交換'で飴玉と武器庫を取り替える。
取り替えた飴玉を口に運び、転がしながら城ヶ崎は静かに市羽の戦いを見ていた。
初めこそ逃げる気満々だったのだが、市羽の戦いから目が離せなくなり、もう少しもう少しと見続けてた。
変えの武器が無くなり刀一本になったはずなのに、手が緩むどころか更に鋭く研ぎ澄まされ、先程よりも繊麗され、掠り傷一つ負わない市羽。
改めて城ヶ崎は'天才'という言葉の次元を知る。
その天才が本気になった時、自分は驚く事もできずに言葉を失い、ただ魅了されるしか出来ない事を知った。
「あっ……」
そして何より、恐れること無く一歩を踏み込み、平然と、悠々と、飄々と立ち回る市羽 燈花に恐怖した。
対する市羽は更に先を求める。
紙一重だと思っていた回避にもまだ余裕があった事を理解し、一歩を増やし、また一つと刀の振るう回数を増やしていく。
魔力を漏らせばショトルに吸収されてしまうが、逆に言えば漏らさなければ吸収されない。
だから市羽はこの戦いで編み出した。
全ての魔力を体内に留め、身体の細部、肺から血、心臓に至るまで全てを魔力で制御する強化方法を。
呼吸は乱さない。
しかし血は魔力に煽られ流れを早くし、血管の強度を強化、筋繊維の一つ一つに至るまで手に取る様に把握する。
身体は異常な熱を持ち始めるが、市羽にはまだ余裕がある。
血管が模様の様に、痣の様に、身体を這い、首元を越えて口元に到達しようと浮き上がるが、市羽はもう一歩を求めてやまない。
まだ行ける。
まだ先へ。
市羽の自信がプライドがそう囁く。
強化魔法無しでは不可能な戦いを、市羽は独自に編み出した強化方法で戦い抜く。
壊したショトルの持つ武器の破片の間を縫い、横を抜ければショトルは切り刻まれ再生をするか消失するか……市羽にとってはどちらでもいい。消失したならばそれでよく、再生するならば魔力を削った証拠。
この場のショトルを全て処理するまで市羽は止まらない。止まる気はない。
今、自分が行っている強化がどれだけ異常であるかなど、どうでもいい。
自分が望む結果の為に、彼の言葉が、視線が、意識が、ただ自分に向けられるためならばそれでいい。それこそが自分の為であり、その為でしかない。
他者の期待に応えるのではなく、自分の望む結果の為に自分に期待した天才は、魔王ショトルを一人で圧倒してみせた。
アーコミアにとっては予想外だっただろう。
異界の者の脅威を理解していても、市羽の存在を知り天才だと囃されていても、彼等の全ては眠王の脅威として認識しているからこそ、常峰 夜継という隠れ蓑があるが故に市羽 燈花に注意を向けられなかった。
他に観戦しているものが居たとしても、城ヶ崎と同じ様に恐怖し魅了されていただけだろう。
天才という言葉を知っているからこそ、誰もが市羽 燈花を見誤り過小評価してしまう。その枠に、その言葉で収めてしまう。
たった一人で当たり前の様に魔王ショトルと対峙し圧倒するなど、現段階でアーコミアですら予想はしてないかった。
それが出来ていたのは常峰 夜継……そしてもう一人、その天才に気持ちを自覚させ、本気を出させてしまったメニアル・グラディアロードのみ。
増え続け、再生しているはずなのに減っていく魔王ショトル。それらを完全に把握している市羽は、未だに掠りすら受けず、この先どれだけ続けようがそのつもりも無かった。
しかし、その考えを市羽は変えた。
掬い上げる様に突き出された剣を避けるために数ミリ身体をズラした次の瞬間――その剣の軌道が、何かに押される様に不自然にズレたのだ。
ほんの一瞬の出来事だが、市羽は原因までハッキリと理解し、何通りも浮かぶ選択肢を脳内で切り捨て続け、一つの選択をした。
避けようと思えば問題なく避けれた。
防ごうと思えば当たり前のように防げた。
反撃を行う事すら大したことはない。
だが市羽は、フッと笑みを浮かべてどれもせず、目の前の空間を小さく裂いて刀を突き立て、その空間の先に向けて告げる。
今回の戦いの役目はとうに終えている。
実質魔王ショトルに対しては、もう勝ったようなモノ。だからこそ、くだらない横やりで負けるなどあってはならない。
今、仕方なく負けてあげるのならば、魔王ショトルにではない。
「次は殺すわ」
絶対的な自信を含め、今邪魔した事を後悔させる様に、その囁きは重く冷たい一言だった。
戦いを見ていた城ヶ崎は一瞬なにが起きたのか理解できずに固まった。
多分優勢で、多分圧倒していて、おそらく多分このまま勝つと、戦いを追えず理解できずに居ても妙な確信があったのに、市羽がショトルに貫かれたのだ。
腹部を貫かれた市羽の動きは止まってしまい、次々と群がるショトルが持っていた武器を突き立てていく。
「え、ちょ、は?」
何が起きたのか理解はできていない。だが、市羽が死にかけている事はハッキリと分かり、考えるよりも先に城ヶ崎の身体は、水晶玉を手に取り動いていた。
「あぁぁぁぁもう! 絶対ガラじゃない! さいっっやく!」
口で文句を垂れ流す事で恐怖を払いならが、城ヶ崎はスキルをフルに使って市羽の元へと駆けていく。
途中で根本から折れた剣を拾い上げ、ショトルが振り上げている剣と秘密の交換を使って取り替えつつ、手を叩き悪戯な箱を使う。
すると、掌には装飾された小箱が現れて、それを市羽の近くへと投げた。
市羽まで後五十メートル付近という所で城ヶ崎が悪戯な箱を起動すれば、そこから大量の煙が吹き出して一帯を埋め尽くした。
「えっと、それで、これ動かして大丈夫……? あぁもうッ!」
なんとかショトル達の間を縫って市羽の元へ来たはいいものの、串刺しにされている市羽を見て思考が止まりかけた城ヶ崎。
だが、視界は封じたにも関わらず市羽を狙おうとした攻撃を感じて、偽りの行動を使い、市羽を脇に抱えて高く高く飛び上がる。
「とりあえず、こういう時は……止血! 彩!」
手にべっとりと付いた血を見て漆の存在を思い出した城ヶ崎は、自然落下中にも関わらず空気を蹴り飛ばし、空中を跳ねていく。
「お願いだから死なないでよ」
浅く呼吸をする市羽に声を掛けながら。
次はどうしましょうかね。悩みます。
もしかしたら、次の更新は遅れるかもしれません。
ブクマ・評価ありがとうございます!
どうぞこれからもお付き合い頂ければ嬉しいです!!