三剣
短めかも知れません。
「貴様! 私を無視する――ッ!?」
「オーマオ君……だったかな? 今の君がやるべきは僕に噛み付くことじゃなくて、自分の身の振り方を考える事だ。時には口を閉ざし、状況を静観するのも大事だよ」
自分を無視してラフィを優先した事が気に食わなかったオーマオが声を張り上げたが、振り向いたコア君に指差されただけで声が出なくなった。
威圧や恐怖ではなく、もっと物理的に、いくら張り上げようとしても声がでない。
「ココは君達の言う眠王の国だ。そして僕は、眠王から大まかな管理を任されている者。この部屋に居る人達は、外の国でそれなりの地位を持っているのかもしれないけど、勘違いはしないでね。
多少の優遇や要望は聞いてあげるよ? でも、過度な贔屓は求めちゃダメだ。今の君達は保護対象、譲っても客人までで、この国の者ではない。それを忘れないでいてね。君達がどれだけコソコソ悪さをしても、僕はちゃんと見ているから」
眩しい程に裏表のない笑顔で告げられた青年の言葉には、有無を言わさぬ不思議な圧があった。
広間に居る者達の中で、個室を用意されていてもまだ不満のある者はいた。勇者とギルドに急かされ、荷物も最低限しか持ってこれていない。
鬱憤は溜まり、オーマオがラフィに詰め寄られている様子で気晴らしすらしている者もいたのだが、コア君の言葉には静かにただ頷いて返すことしかできなかった。
その様子を見て満足したコア君は、軽快な足取りで踵を返して扉の方へと歩いていく。そして両扉を勢いよくあければ、正面には大きな窓があり、そこから見えるのはログストア国から迫る魔力の塊。
いきなり視界に入ってきた光景に避難してきた者達が慌てだす中、コア君が窓に手を翳すと、壁ごと窓が消え去り、外の荒れている空気が室内にまで入り込んでくる。
「久々の外の空気はいいね! 深呼吸するのが幸せだー」
場違いな言葉を吐くコア君に対して、本心からそう漏らしている事が分かる柿島は焦りが掻き立てられる。
やっと処理が追いついた頭で出た答えは、迫っている魔力の塊が直撃したら自分達は死ぬという事。当然死にたくない柿島は、コア君の言葉に少しの苛立ちと焦りを覚えながらも打開策を考えた。
しかし、それは必要がない事だとすぐに知る。
「二号や三号に任せてもいいけど、僕だけ何もしないのは後で文句を言われちゃいそうだから、アレは僕が担当しよう」
焦る様子もなく呟いたコア君は、自分の前に指で円を描く。すると、その指先を追う様に空中に巨大な魔法陣が二重、三重、と重なり構成されていく。
「~♪」
陽気に鼻歌を奏でながら次々と展開されていく魔法陣に、その場に居た者、外で空を見上げている者達は言葉を失う。
最終的に幾つも展開されては重なり、それらは巨大な一つの魔法陣となって余波すら起こす事無く魔力砲を完璧に防いでみせた。
「貴方は一体……」
訓練をしたとは言え、まだそれほど詳しくない柿島ですらコア君が行った事が異常なのは理解できる。故に漏れてしまった言葉をコア君の耳はしっかりと拾い、柿島へ振り向き答えた。
「僕かい? そうだね、君達の王様の師匠でもあるし、先輩でもあるし、部下と言えばそうかもしれないけど……うーん、そうだなぁ……彼の'剣'ってのがカッコいいかな?」
--
「ふむ……神の怒りを先代が請け負うならば、私の担当は治療が良かろう。あの男には無理だろうからな。セバリアスよ」
「如何なさいましたか? 二号様」
「エマスに、引き伸ばしで良い故、延命を優先するよう伝えよ。この者達の治療を終え次第、そちらも私が担う」
「……かしこまりました」
眼前のベッドに寝かされているモクナ・レーニュとチーア・ログストアに視線を向けながら伝えた二代目は、セバリアスの返事が詰まったモノであるとすぐに分かった。
そしてセバリアスが何を気にかけているのかも。
「あの青年の事が気掛かりか?」
「皆様のおかえりは嬉しく思います……ですが、今は夜継様こそが我が主ですので」
「変わらぬと言えば変わらぬが、そう主以外にも気を使う様になった所は変化と言えるな」
「お褒めの言葉として受け取らせていただきます」
「褒めている。同時に喜ばしくも思う。それもこれも、あの青年のおかげなのだろうな」
嘗ては見られなかったセバリアスの変化に驚き、同時に少し笑いながら二代目はモクナとチーアの治療を行う為の準備をしていく。
常峰より与えられているダンジョン機能の一部を使い、特殊な植物を数種類用意して魔法で砕き混ぜ、室内にあるテーブルの上には大量の甘味を喚び出し、二人の状態を詳細に読み取る。
「案ずることはない。今は青年の気配が希薄ではあるが、私達が鍛えたのだぞ? そう易易とは死なん。私がこうしてダンジョンの力を扱えるのが何よりの証拠だ」
「やはり我等が王は危機的状況に?」
「セバリアスならば分かっているだろう。一々確認したところで、青年の状況は変わらん。しかし向かう事も許さん」
「承知しております。我が王より受けた指示は、中立国の防衛と管理ですので……しかし二号様、私共々ダンジョンの者達は、今代の主を失うわけにはいきません」
「ダンジョンの活動停止を心配しているのならば、それも案ずる事ではない。青年が死んだ場合は、ダンジョンコアに青年の魔力が残っている間、私達に次代ダンジョンマスターの任命権を与えられている。そして次代の者も青年は決めている」
「二号様、あまり意地の悪い事を申すのはご遠慮ください。皆様がおかえりになられた原理は分かりませんが、常に我等が王と共に居たのならばお分かりでしょう……そのお言葉はあまりにも酷というものです」
セバリアスの言葉通り、コア君はもちろんの事、二代目も三代目もセバリアス達は常峰を最後の主とする事を知っている。
自分達が主として君臨していた頃よりも、穏やかに生き生きとしているセバリアス達を見れば、言葉無くとも理解できる。ただ、もしもの場合を常峰は用意し、コア君達はその権限と責を負っているのだ。
それでも二代目はセバリアスからの言葉を聞いてみたかった。それだけだったのだが、自分が見て感じていたよりも彼らにとっては重要な事であると、セバリアスの顔が物語っていた。
「すまない。試したというわけではないのだが、些か好奇心が過ぎたらしい。私は残留思念であり、自分の名前も分からぬばかりか……慕ってくれた者への気遣いすら忘れてしまったようだ」
「二号様、貴方のお名前は――」
「よい。その名は既に不要。セバリアス達は良き主に巡り会えたのであろう? であれば、それでよい。案ずるなセバリアスよ、あの青年は必ずや帰ってくる」
「……お気遣いありがとうございます二号様。その事を最も信じ、願うのは私達でなければありません。そして、我等が王がお戻りになる為に、この場を守るのもまた私達でありたいと思います」
「くくっ、やはり変わらぬな。齢その歳になっても、負けず嫌いは変わらぬか。ならば行け、私は青年の'剣'である。私を振るうのは青年だ」
「かしこまりました二号様。我等が王のご意思とあらば、必ずやお応えしましょう」
そう言い、一礼をして出ていくセバリアスを二代目は苦笑いしながら見送った。
「やはり変わったなセバリアス。幾分か融通が利く頭になったようだ」
素直に自分の事を常峰の剣である事を認め、その言葉を聞くなど昔では考えられない。それは良くも悪くも良い変化であり、二代目は少しだけ常峰を羨ましく思った。
「さて、今は目の前に集中せねば……とは思うが、この少女は些か厄介だな。貴様もそう思うだろう? ターニア」
「あれま、気付いていたんですね。それよりも覚えていたのね」
「貴様は子等を気に掛けるからな。私の勧誘を蹴った割には、よく顔を見せに来ていたであろう。嫌でも記憶に残る」
「子供達の成長を見るのが楽しくてねぇ」
「ならば私を手伝え、精霊王ターニア。貴様の子はこのままでは消滅するぞ」
「嫌だ。どうして私が精霊使いの言葉を聞かないといけないの? それに、子供達の事は興味深いし気にかけるけれど、その子が消滅するならその子の存在は今日までじゃない。そこで私の興味も尽きるだけよ?」
あっけらかんとした様子で、本当に何故手伝わないといけないのか理解できない様子のターニア。対する二代目は、その事が分かっていた様にモクナの様子を見ながら顔を向けずにテーブルの方を指差す。
「何も貴様だけでやれとは言っていない。供物は用意し、下の精霊には私が仲介をしよう。これは貴様の為だターニア。
魔法を身にここまで進化した精霊が他にはいるまい。生き長らえさせれば青年が面倒を見よう、さすればこの精霊はまた新たな進化の道を歩む。核となっていた魔法により一定の成長を止められていた精霊は、これから老いを知る。興味が沸かぬのか? これから先、この精霊が歩むは貴様の知らぬ未知の領域だぞ」
まくしたてる様に告げられた言葉に、ターニアはむむむっと表情を作ってみたりして悩んでいる雰囲気を取る。
しばらく悩んで見せると、飽きた様子でふわふわと二代目の正面へと移動した。
「それ、煽りっていうやつでしょう? それに乗るのは負けだとか言うのも知ってるわ……でも、そうね。乗ってあげるわ精霊使い。いつぞやか貴方が提示した面白みも無い'面白い世の体現'なんかよりは、とーっても面白そうで興味があるもん」
クスクスと笑うターニアが手を叩けば、室内は埋め尽くす程の精霊達が集まり始める。
「この子を助けて遊んであげましょ。助けたご褒美とオヤツは、精霊使いの人間が用意してくれるそうだから」
ターニアの言葉に返ってくるのは、精霊と精霊使い以外では聞き取る事も認識する事もできない音。
精霊使いである二代目にはしっかりと聞こえ、予想したよりも盛り上がりと煩さに顔を少し顰めるが、流石に文句を口にはせずに飲み込む。
そして――
「私はこちらの娘から治療する」
「そっちは興味が無いから好きにして。この子はそうねぇ、どうやって助けてみようかしら」
モクナとチーアの治療が始まった。
--
「おう長男坊、魔物の御一行がそろそろダンジョン領域に入ってくるぞ」
「アンタに言われなくても分かってます。というか、なんで俺の所に来るのがアンタなんですか……」
「んなの、俺が一番強ぇからだろ」
「相変わらずの自信ですね。三号のなのに」
「事実だから仕方ねぇ。それに何号だろうが関係ねぇよ、コアの野郎が勝手に名付けただけで、俺は若造には過ぎた'剣'だ」
空中に浮かぶ城の一番高い屋根の縁に腰掛ける三代目。隣には、心底嫌そうな顔でルアールが周囲の状況変化を随時確認している。
「我等が王の剣ですか……そんな殊勝な心掛けができたんですね。昔とは大違いだ」
「別に昔も変わらねぇよ。俺より強い奴が居れば、きっと俺はそいつの剣になった」
「そんなわけないでしょう。大違いですよ。昔からそんな考え方なら、俺等は多くの仲間を失う事はなかった。我が王の剣であるからこそ口で済ましますが、俺はアンタが心底嫌いだった」
「長男坊だけじゃねぇだろ。次男坊も、長男坊の妹共も、ダンジョンの奴等の大半が俺に牙を向けた。だがなぁ長男坊、んなこたぁ俺は知らねぇよ。当時のやり方が気に食わねぇなら、今みてぇに俺に言えばよかっただけだ。それをしなかったのはテメェ等だろ」
三代目の言葉にルアールは目を見開く。
何を言っているのか理解をしたくなかった。言った所でどうせ聞き入れる気など無かったくせにと、心の中から湧き上がる苛立ちを、ルアールは必死に抑える。
そんなルアールの心境を見透かした様に三代目は言葉を続けた。
「俺はテメェ等の強さを認めてはいた。だけどな、強者は詐取や搾取されるだけで満足しちゃならねぇ。信念があるなら尚更、何を踏み台にしてもそれを曲げちゃならねぇ」
「アンタには信念があったと言うんですか? 戦いを求め、世界を乱世へと導き、仲間達を死へと追いやった愚王のアンタに」
声こそ荒らげなかったものの、ルアールの言葉には明らかな怒りが含まれていた。
それに対して三代目はカッカッカッ!と笑う。
ルアールの怒りを理解して尚も笑う。
「あるよ。こんな穴ばかりで曖昧な記憶でも確かに俺は覚えている。ダンジョンコアの試練でも歪まず、今でもしっかりと、それを持っている」
「それは大変崇高なモノなんでしょうね」
「どうだろうな。俺はただあの世界をぶっ壊したかっただけだ。それを崇高だと言えるなら言えばいい」
「……全然崇高なわけないでしょうそんなの。なんで、そんな事を」
「強者は詐取や搾取されるだけじゃならねぇ。んなのは弱者も同じだ。だけどな、強者は弱者から詐取搾取するだけでもいけねぇんだよ。そんなもんは強者気取りの小心者でしかねぇんだ。
いつでも弱者に牙を向かれる、弱者から下剋上される。そんな恐怖に怯えてちゃ、強者でもなんでもねぇ。弱者が必死こいて考えて、俺等に突き立てようと育て始めた芽を摘んじゃならねぇんだ」
三代目の言葉をルアールは静かに聞いている。
今初めてルアールは三代目の考えを知ったのだ。
ただ意味もなく狂人の様に戦いを求めているとばかり思っていたのに、それは少し違った事を初めて……。
「弱者から学ぶ事もある。それを糧として強者はまた一つ上の強者へと成る。その機会を自分で潰す様な連中が強者気取りしている世界が俺は嫌いだった。だからぶっ壊したかった……まぁでも、俺はつえぇが、テメェ等に負けた。その程度の強者でしか無かったって事だ」
「どうして言ってくれなかったんですか。もしその考えを共有出来ていたら、仲間も死なず、もっと違った道も――」
「知らねぇよ。んなの昔の俺に聞け。っても、今のテメェ等なら聞いてきたかも知れねぇな」
その言葉にルアールは返せなかった。
積もりに積もった不満の末に、自分達が出した答えと行動を否定しようとは思わない。ただあの時最善だと思っていた行動には、もしもの未来があったのを否定できなくなってしまった。
「そんな辛気クセェ顔するなよ。別に俺は気にしちゃいねぇし、テメェ等の行動を俺は肯定する。強者である俺を下したんだから誇れ。テメェ等の行動があったからこそ、こうして若造に仕えられてんだろ」
「やっぱり貴方、昔とは大違いですよ」
「だから知らねぇって……まぁいいや、テメェ等も俺も変わったんだろうよ。それでいいじゃねぇか。ほら、魔物共がダンジョン領域に踏み込んだぞ」
面倒くさそうに会話を切った三代目は、ダンジョンの機能を使って昔使っていた武器と同じ形の長柄双刀を喚び出す。
「ダンジョン内に敵が出ても放置していいんだな?」
「レーヴィ達が巡回しているので、問題があれば連絡がくるはずですよ」
「んじゃ手っ取り早く狩るか。長男坊と部下は適当に散って処理しとけ、正面は俺が一人でやってやらぁ」
三代目はルアールの返事を聞く前に屋根から姿を消し、数秒後には正面で凄まじい轟音と砂煙が巻き上がった。
それを眺めていたルアールは、部下達に軽く指示を出すと三代目と反対の方角へと消えていく。
「昔の俺も、大概嫌いになりそうだ」
そう呟きながら。
--
それぞれの歴代ダンジョンマスターが姿を現し動き出した頃、ダンジョン領域よりも高い場所に腰掛けて見下ろす者が居た。
「なるほどのぉ。これが夜継の切り札であるか」
その者――メニアル・グラディアロードは、誰に言うでもなく言葉を吐く。
「我との戦いでは使えぬ切り札ではあるか。この様なダンジョンの力は知らぬ……夜継であるからこそと考えるべきであろうな。三者共々魔力が均一である事を考えれば、早々使用できるかも怪しいな」
ある程度観察をして、大体の検討を終えたメニアルは腰掛けにしていた空間に立ち上がり、魔法陣に押し返されている魔力砲の先に視線を向ける。
「どれ、そろそろ我も手を貸してやろうか」
パチンとメニアルが指で鳴らした音が響いた数秒後――魔力砲が止まった。
急いだのですがやっぱり遅れてしまいました。
ブクマありがとうございます!
ここまでお付き合いいただき、嬉しいです。どうぞこれからもよろしくお願いします!!