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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
167/236

手中

はて、今の魔物の名前はなんだったか。


なんて事を考えながら狼の様な魔物を両断し、その後ろから突っ込んでいた鳥類系の魔物にはタイミングを合わせて足を突き出す。

そうすれば、シーキーが用意してくれた特注品の靴に自分から潰され、俺はソレを魔力で吹き飛ばして視界を確保する。


数が減らないな。むしろ増えている。


視界に入る敵の数は増え、それどころかダンジョン領域内の敵も増し続けているのが俺には分かる。

皆傘達がログストアを囲むように待機して、そこでも戦闘が起きて数が減っているはずなのに、俺のダンジョン機能に引っかかる敵の数は増え続けている。


ログストア城を囲みきっているにも関わらず、敢えて俺だけを狙って来ているという事から考えれば、まぁ間違いなく俺の足止めと捉えていいだろう。

アーコミアの粋な計らいとでも考えてやってもいいが、エマスへの対処やモクナさんを利用した駆け足気味な動き、その他諸々を含めて考えればそれはない。


転移魔法を乱用した数でのゴリ押し。分かりやすい時間稼ぎ……アーコミアも予想以上に'神の城'の制御に手こずっているのか?


「考え事? ならもう少し攻めてもいいわよね?」


「今のままをキープしてくれて構わんぞ」


今まで俺の動きだけを見ていたシューカは、観察していて気付いたのか……本当に俺の嫌なタイミングで攻撃を追加しはじめた。


「お友達の頭突きを受けた時、とても立てる様には見えなかったけど、自分の体を魔力で支えるなんて器用ね貴方。どこまで耐えられるのか期待して濡れちゃうわ」


「悪いが保留にしてる相手がいるんでね。別の相手に期待はしてくれ」


「略奪も燃えるわぁ」


「肉食系こえぇわ」


なんて冗談で返すものの、シューカの言う通り俺は安藤からのダメージが回復はしていない。

枷を一つ外した事で自分の体の状態は良く分かる。折れてこそ居ないが、骨には幾つか罅が入っているし、メニアルと戦った時の様に動くのは厳しいと体が訴えてやがる。


まぁそれでも問題はない。

嫌なタイミングというだけで防げないわけではないし、魔族や魔物がシューカに合わせられているわけでもなく、まだまだ余裕はある。

それよりもアーコミアの動きの方が気掛かりだ。


エマスの報告ではチーアは意識不明。アーコミアに何かをされた形跡あり。予想で上がるのはどうやっても'神の城'という兵器の存在。

全容を知っている様子だったシューヌさん曰く、制御困難でチーアという精霊を使っていたはずだが……アーコミアはその権限をどうにかして奪い取ったんだろう。


でもやはり完全にモノにするには時間が掛かっている。だからこその足止めであり、時間稼ぎ。俺に邪魔をされたくないんだろうな。

だけどなぁ、ダンジョン領域内にアーコミアっぽい反応がないんだよなぁ。新道からもアーコミアを見つけた報告もないし……さてどうするか。


一番理想の結果はアーコミアが接触する前にチーアを保護できる事だったが、神の城がアーコミアの手に渡ったのなら渡ったで俺にも得はある。

神の城がどういうモノか把握ができる事、アーコミアが制御できるならば俺等にも可能性がある事、そして何よりも――俺等の目的の邪魔になるようならば遠慮なく破壊できる事。


ログストア国が所持しているならば俺は手が出せない。だが、それが敵の手に落ち、危険だと判断できるモノであれば俺等で処理すればいい。

他国でさえ手をこまねいていた'神の城'を俺が対処出来たのならば、それ以上であると主張できるし、ログストア国とレストゥフル国が友好関係である限り現状と変わらず他国は無理に攻めようとはしないだろう。


処理する大義名分としてアーコミアの手に渡した。そう考えれば、今の状況も予定通りではある。しかし不確定要素も多い、その一つ……アーコミアは何処に居る。


「もう! 私、あまり無視されるのは好きじゃないの! '誘惑の帳'」


俺がアーコミアの動きを考えていると、拗ねた様に頬を膨らませたシューカが手を口元に添えて息を吐くと、甘ったるい匂いが風に乗って香ってきた。

同時にピリピリと俺は何かを無効化し続ける。


どういう効果があるかは知らんが、俺には効かない。


「耐性というよりは無効化ね」


そう呟くシューカが指を鳴らせば、四方から魔物が襲いかかり、頭上からは魔族達が放った魔法が降り注ぐ。

俺は俺で魔力の壁ですべてを遮り潰しつつ、視界確保ができるまでダンジョン機能で周囲の敵の位置を確認。その選択は正しかったらしく、シューカは魔物達に紛れて俺の背後を取ろうとしていた。


「う、そ……!」


「消えてたのか? 悪いな、別に俺は見る必要はないんだ」


タイミングを合わせて魔力で近場の剣を突き出せば、剣に血を伝わせながら刺さった場所から透明になっていたシューカの姿がゆっくりと現れた。


「嫌に、なっちゃう」


目の前で膨張して弾けたと思えば、少し離れた所に落ちた肉片が集まり、全裸のシューカが出来上がる。


「汚れちゃったじゃない。あの服、結構お気に入りだったのよ? お詫びに貢いで欲しいわ」


「服にトドメさしたのは自分だろ」


「男なら服の一つや二つ貢ぐ甲斐性を持っていて損はないわよぉ」


「相手は選ぶさ」


「本当、生意気。でもどこまで持つかしら、その可愛い生意気な態度。あんまり悠長にしていると、手遅れになっちゃうわよ」


どういう意味だ? とシューカに聞こうとしたが、それより早く別の所から答えが入ってきた。


《ラフィです。我が王よ、暴動が起きました》


《状況を詳しく教えてくれ》


少し集中して聞くために魔力の壁を厚くして、攻撃に備えてからラフィの報告に耳を傾ける。

報告を聞いている間、シューカは余裕の笑みを浮かべるばかりで手は出してこなかったが、魔物や他の魔族はそういうわけではなく、絶え間なく俺を狙い続ける。だがそれよりも、俺はラフィの報告に頭を痛めた。


事の発端は、避難してきたモノの一人が血を吐いて倒れた事らしい。そしてそれは連鎖する様に周囲の者達にも同じ症状に見舞われ、現在は倒れた者達はダンジョンの者達の手で隔離されている。

しかし、それで起きたのが暴動。


俺達が何かしたのではないか? という疑心はあれよあれよと広がり、一部の者達に過激な行動が見られ始めているらしい。


魅力(チャーム)……じゃないな。一体何をした」


「教えてあげない。意地悪したお返しよ」


「チッ」


面白そうに笑うシューカに舌打ちが漏れながらも頭を回す。


《倒れた原因は分かっているのか?》


《並木様とリピアが即時対応して判明はしております。即効性の高い毒物であり、どうやら接触感染するモノらしいと》


《ということは、並木とリピアは》


《現在は他の隔離者と共におり、お二人とも耐性が強く症状がまだでておりません。ですので、中での処置はお二人に任せております》


魅了の効果ならば、間違いなく並木が気付くはずなのに気付かなかった。事前に毒を患っていたとしても、並木が気付いたはずだが……。

避難後に毒に感染した?


《解毒と最初に発症した者は》


《特殊な複合毒の様で、リピアと並木様が解析しておりますが……望ましい結果は出ておりません。なんとか回復魔法と持ち合わせの解毒薬で隔離者の症状を抑えているようです。最初に症状が出た者は既に死んでおり、解毒が出来なければ遅かれ早かれ》


《誰も他には対処できなさそうか?》


《エマスが隔離場へ入る許可を求めております。我々の中で即時解毒が行える可能性が高いのは、エマスかと》


並木が判断したとなれば、その新種の複合毒は相当なものだ。エマス達でも危ない可能性が出てきている。

幸い空気感染の様子はないが、時間はあまりないか。

東郷先生が居れば対処できたかもしれないが、無い物ねだりをしても仕方ない。


《隔離場へ入ってもいいが、自分を最優先に考えるようにとエマスには伝えてくれ。それと、毒物や暴動による国民達への被害は》


《まだありませんが、それも時間の問題かと。不安の広がりが早く、被害を出さずに制圧するとなれば、我々の人手がかなり削られてしまいます》


エマスが戻っているという事は、ゼスさんやハルベリア王が居るはずなんだがな。加えてリーファ王女も居るはずなのに、それらが役に立たないという事は――煽動している可能性があるか。


《ラフィ、柿島はどうしてる》


《畑様達やメニアルを含めた魔族と共に、暴動に関与していない避難者達を安全圏まで誘導しております》


《なら柿島とメニアルを暴動制圧に加えて対応してくれ。そして柿島には、スキルを使用し煽動している者を見つけ出すように。見つけ次第、メニアルとラフィ達で晒せ》


《多少手荒になると思いますが……よろしいのですか? 更に反感を買う可能性がありますが》


《柿島に'感染の心配はない'と信じ込ませる様に伝えておいてくれ。煽動で作られた流れなら、そこにあるのは根拠も確信もない勢いしかない。柿島が漬け込む隙はある》


《かしこまりました》


《あと、ハルベリア王とリーファ王女を暴動加担者共に近づけさせない様に。中立国内である以上、もうログストア国の権力で弾圧させるな。ゼスさん達が動くようであれば、必ずうちから誰か付けて行動を監視》


とりあえずコレで様子見だな。

もし毒の蔓延から煽動までアーコミアの策なら、まだ何か仕込みがあってもおかしくはない。ダンジョン機能で敵対が探れない所を考えると、おそらくは恐怖による洗脳か元よりアーコミア側の人間。


ダンジョンマスターである俺への敵対心ではなく、それが作戦の一つで狙いはもっと別。国内の混乱を引き起こす事が目的である可能性がある。


「随分と先を読んで行動してくれる。俺が避難を受け入れると考えていたか」


「さぁ? そんな事、私が知るわけないじゃない。ただアーコミア様も言っていたけど、本当に人間は毒みたいね。短命のくせに、しつこさと団結力、そしてすぐに状況を変化させるんだから。飽きないわぁ」


「付け加えて覚えておくといい。環境を変化させるのも得意で、一番の強みで厄介なのは同族すら蹴落とす思慮ある利己的な残忍性だ」


シューカはキョトンとした顔をしたかと思えば、楽しそうに笑い声は上げて惜しみなく裸体を俺に見せ付けてくる。


「確かにそうね! 毒なんて言ってごめんなさい。もっとたちの悪い存在ね人間って……もっと触れたくなって、興奮して濡れちゃうわ」


「心配するな。十分あんたもたちが悪いよ」


あいも変わらず処理しても数が増えていく魔物と、攻撃をシューカと合わせ始めた魔族達を相手にしながら視線をログストア城へ向ける。


シューカの言葉から言動から察するに、ここまではアーコミアの予想通りなのかもしれないな。となれば、今手こずっているのも予想外ではないとしたら。

時折音が響いてきているから安藤も戦っているんだろうが……急げよ安藤、二回目のタイムリミットは案外早いかもしれんぞ。


--


「アハハ、危ない危ない。また腕が切り落とされちゃいそうでしたよ」


安藤が薙いだ大剣を、明らかに普通の可動域を越えた動きで体を逸らし避けて笑うフェグテノ。

対する安藤は、嫌がらせの様に大剣の軌道に入ってくる死体達のせいで思うように振れず、それがモクナの両親ならば思わず手を止めてしまっていたりしていた。


安藤は分かっている。既に死んでいて、ここで振り抜いた所で問題があるわけでないと。だが、安藤と背中合わせで死体達の相手をしているモクナの目の前では手が止まってしまうのだ。


「駆さん、私は大丈夫ですので、ご遠慮なさらずに」


「そうですよ駆さん! そんなヘロヘロな迷いある剣で、私は殺せませんよ!」


モクナの言葉に便乗してフェグテノは煽る。

それに苛立ち、安藤は思い切り踏み込んでしまった。


安藤がフェグテノ相手に思うように戦えないのは確かに死体達の動きのせいもあるが、それに加えて足場の脆さのせいもあった。

あまり強く踏み込んでしまうと、足元に罅が入り、最悪の場合崩れてしまっている。現に安藤の踏み込みや武器の攻撃に耐えきれず数箇所穴が空いており、今の踏み込みの衝撃で新たに足元は崩れている。


常峰の最後の一撃により、これまでにないほどに強化されている安藤は、力を抜いた踏み込みに慣れず、思うように立ち回れていない。

しかし、今回の踏み込みはある意味正解だった。


揺れで体勢を保てず、更には崩れた足場に躓いた死体達は障害物になれず、安藤とフェグテノが直線で並んだ。

あら。と困ったような顔を浮かべるフェグテノに向けて、判断して攻撃方法を切り替えた安藤は、大剣からハルバードへと形状を変えて柄のギリギリを握り振り下ろす。


本来ならばそれほど威力は望めない。しかし、片手で柄のギリギリを握っていたとしても、今の安藤の握力と筋力から生み出された一撃は、フェグテノの腕を吹き飛ばすのには十分。


「くそっ」


「おやおや、また腕を」


斬るというよりは潰して引き千切られた腕を見て、安藤は面倒くさそうに顔を歪ませ、フェグテノはフェグテノで困ったように眉を寄せる。


一撃を与えたにも関わらず安藤が顔を歪ませた理由。

それは、腕を切り落としたのは一度目ではなく、最初の一撃の時も同じ腕を安藤は切り落としていたという点にある。


フェグテノにとって、腕で落とされるのは大した問題ではなく、隣に居た真新しい死体の腕を引き千切ると自分の腕があった場所にソレを充てがう。

すると、グチャと嫌な音と共にフェグテノと腕は繋がった。


安藤にとっては先程も見た光景であり、その腕がただ繋がったわけではなく、ソレはもうフェグテノの腕であると安藤には見えているのだ。

血が流れ、筋繊維までも繋がり、指先の筋肉までちゃんと動いているのがしっかりと。


「やっぱり頭から潰さないとダメか」


「怖い怖い。とっても怖いですねぇ、ほらお義父さんもお義母さんも怖がっちゃっていますよ!」


フェグテノの大げさな身振り手振りに合わせて、その両隣ではモクナの両親が身を抱いて震えて見せる。

それが煽りだと分かっていても、死者をあまつさえモクナの両親を愚弄するようなフェグテノに、安藤の苛立ちが着々と溜まっていく。


冷静であれ。

自分に言い聞かせても、無駄に武器を握る力は強くなりそして――


「あぁ、そう言えば貴方の恋人、大丈夫ですかぁ?」


「駆さん! 逃げて!!!」


歪んだ口元で、ねっとりとした言葉で告げるフェグテノ。

それと同時に聞こえてきたモクナの声に、安藤は無条件で振り返った。振り返ってしまった。


「――?」


一瞬理解ができなかった。

生半可な攻撃程度では傷もつかないはずの体を、軽々と貫いている剣に。

今にも泣き崩れそうに瞳が揺れ、自分でも理解できていない行動で言葉を失っているモクナに。

自分に突き刺さっている剣を握っているのが、モクナという事に。


「貴方の恋人、私を殺すために良い剣を用意したみたいなんですよ。たかがプッ、仇を殺す為にププッ、ドラゴンの牙とミスリルを使った剣なんですよ! し、しかもご丁寧に毒まで塗ってッッ!! アッハハハ! 仇なんて錆びた剣ででも殺せばいいのに、随分と豪華なものだと思いませんか!」


ケラケラと笑いながら言うフェグテノの声は安藤の耳には入ってこない。

違う違うと一生懸命否定しようと首を横に振るモクナをただ見つめている。


「貴方のスキルは彼女から聞いています。シューカが持つ'セカンドライフ'の上位スキルだとか」


モクナから聞き出していた情報を口にするフェグテノは、モクナの後ろ……安藤の対面に立って剣が刺さっている胸元をマジマジと観察してニッコリと笑みを見せて続ける。


「確かに心臓を貫いているはずなのに、そんなに熱く見つめ合って、こっちが照れてしまいます。それに、傷口はふさがり始めているようですから、スキルが発動したんですねぇ」


予想を口にして勝手に自分で納得した様子で頷いたフェグテノは腕を上げた。

その手には錆びた剣が握られており、安藤に見せびらかす様にプラプラと揺らしながらモクナの背中をぐっと押す。


「ほら、もっと抱擁するぐらい近づいてください」


もはや体に力が入っていないモクナは押されるがままに安藤との距離を詰めてしまう。当然握っている剣も進み、安藤の口からは更に血が漏れてモクナの顔を赤く染めていく。


そして毒が回り始めて声が上手く出せない安藤は、着ていたシャツを破くと、無言のまま汚れていない部分で血と涙に濡れるモクナの顔を拭いた。


「おぉ! 優しいですねぇ! ほらほら、貴女もお礼の一つぐらい言ったらどうですか。っと、傷口が剣を押し退けてまで閉じそうですね、貴方の肉体強化は実に厄介なので……見れないのは残念ですが、お別れの続きは向こうで楽しんてください」


そう言って下げられた錆びた剣は、ゆっくりとモクナを背中から胸元へと進み貫き、モクナが刺している剣に寄り添いながら、まだ閉じきっていない傷口の中へと吸い込まれ安藤を貫いた。

遅れてしまい申し訳ないです。




ブクマありがとうございます!

どうぞこれからも、お付き合い頂ければ嬉しいです!

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