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眠れる王  作者: 慧瑠
切られた火蓋は、波に煽られ燃え上がる
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一方その頃:魔王と花園の長は微笑み、園芸師は願う

先程までは静かだった外から、爆発音とソレに似た音が聞こえ、規則性の無い地震がログストア城を揺らす。

その揺れを感じて泣きそうになりながらも、いつも一緒に居てくれるウィニとの約束を守ろうと、チーアは沢山のぬいぐるみに埋もれて身を抱えて涙をこらえている。


「うぃに……」


小さく名を呼ぶチーアには何が起こっているかは理解できていない。ただ、自分は守られ、ウィニは自分を助けてくれた事だけは分かっている。だからこそ、言われたとおりに怖い気持ちと戦いながら震えていた。


そしてチーアを隠す間際にウィニは言ったのだ。

―泣く必要はありませんチーア様、常峰様が来てくれます―

その言葉を何度も思い出して待っていると、チーアは扉の開く音に気付く。


「うぃに? やつぐ?」


「残念ですがどちらでもありません」


「もくな!」


ぬいぐるみとぬいぐるみの間から顔を覗かせたチーアは、見えた姿に嬉しそうな声を上げて飛び出し駆け寄ろうとするが、ピタッと足を止めた。

理由はモクナの雰囲気がいつもと違うというのもあったが、それよりもモクナの後ろから一人の見知らぬ男が現れたから。


「もくな、その人……だれ?」


「私が考えていたよりも幼いですが、守り手の阻害魔法から察するに彼女が特異精霊で間違いはありませんか」


「アーコミア様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」


「気にする必要はありませんよ。あれはモクナでは厳しいモノでした。むしろ、気付いただけでも素晴らしい」


部屋に入ってきたアーコミアとモクナは、声も身も震わせて後ずさりしていくチーアを無視して話しながら距離を詰めていく。

その途中でアーコミアは花瓶に生けられている花に目が止まり、スッと指先を向けると、火柱が立ち上り花は花瓶ごと燃え尽きる。


「アーコミア様、如何なさいましたか?」


「いいえ……下僕達を放ったのは良いものの、勇者達の対応が迅速だなと思っていたのですが、理由が分かっただけですよ」


「常峰様の指揮では?」


「もしそうであれば眠王の状況把握があまりにも速すぎる。今は貴女の人形が眠王の相手をしているにも関わらず……ですがどうやら、眠王の命令はそれほど多くなく、判断は勇者達が行っているようですね」


チーアには二人が話している内容は分からない。だが、更に騒がしくなり始めた外の状況は、目の前にいる男のせいだとなんとなく気付く。

しかし、なぜそんな男とモクナが一緒に居るかは分からず、一生懸命考えてチーアが取った行動は、ぬいぐるみの山の中に潜って隠れる事だった。


「この後はモクナに任せようと思いましたが、フェグテノの所へ戻っていいですよ。納得させて連れてくるよりも、少し強引にやらなければ時間が無いようなので」


魔法を用いて索敵を行っているアーコミアには、かなりの速度で自分たちの居る所へと向かって来ている存在に気付いていた。

妨害をして遠回りや足止めをしているものの、どうやらその相手には期待した時間稼ぎができそうに無く、アーコミアは幾つかの予定を切り上げる判断を下す。


「かしこまりました。ですがアーコミア様、くれぐれもチーア様の扱いにはお気をつけください」


そう言い残して部屋を出ていくモクナには目もくれず、アーコミアは手のひらに無数の魔法陣を展開させながらチーアへと近づいていく。


モクナが持ち帰ったログストアに保管されていた資料には目を通しているアーコミアは、この瞬間の為に長い時間を掛けて準備をしていきている。

常峰が現れた事によって前倒しになったとしても、アーコミアにとっては前倒しにするだけで帳尻を合わせられた。しかしそれでも、この瞬間は慎重になってしまう。


「やっと目的に近付ける」


一歩一歩をチーアへと近付き、魔法陣が展開されていない方の手をぬいぐるみの山に突っ込み引き抜けば、もがいて逃れようとしているチーアが引きずり出された。


「やだ! はなして!!」


「怖がらなくていいですよ、特異精霊。その境遇から救ってあげましょう」


バタバタと暴れているチーアの腹部に当てられたアーコミアの手は、展開されていた魔法陣が淡く光ると同時にチーアの体内へと沈み、対するチーアは身体が跳ねたかと思うと驚くほど静かに反応すら無くなる。


アーコミアはアーコミアでそんなチーアの様子を気にする様な事は無く、一気に深く腕を突き入れたかと思えば、ズルリとチーアの体内から何かを取り出した。


「掌握には少し時間が必要ですか……」


「そんな時間があるとは思わぬ事だな」


掌の上にある魔法陣に挟まれた、絡み合う幾何学模様を見て呟いたアーコミアの言葉に、新しく部屋に入ってきた大鉈を背負った巨漢の声が返す。


「エマス・ルティーアですね。本当に時間稼ぎすらままならないとは、眠王の戦力は恐ろしい」


「儂を知っておるのか」


「貴方の主と同じで、情報収集が趣味なもので。当然調べさせてもらっています」


「貴様が我が王と同じ? 片腹痛い戯言を……死して詫びよ」


問答無用に振られた横一閃。

大鉈の軌道を追う様に部屋の壁は衝撃で削られ、その刃は的確にアーコミアの首へと吸い込まれていく――はずだったが、涼しい顔で微笑むアーコミアは、ぐったりとしているチーアを大鉈の軌道上に投げた。


エマスはアーコミアの行動を見落とさず、大鉈を握る手とは反対の拳で大鉈の腹を叩き、無理矢理軌道を変えながら叩いた拳を伸ばして、チーアを自分の身へと引き寄せ抱きかかえる。

そして再度大鉈を振り上げようとしたが、それよりも速くアーコミアが指を鳴らす音がした。


「今、私は貴方に構っている暇はないんですよ。その精霊は差し上げますから、どうぞお引取りください」


エマスですら驚く速度で展開された魔法は、そのまま強い光を放ちながら部屋からエマス達を消した。

部屋に一人になったアーコミアが掌にある魔法と幾何学模様を胸に当てれば、それらは吸い込まれる様に消えていく。


完全に吸い込まれた事を確認したアーコミアが一歩を踏み出そうとすると、視界が軽く揺らぎ、立ち眩みに襲われてベッドに腰を下ろしてしまった。そして気付く、首元に擦り傷があり血が流れている事と、部屋中に異様な香りが充満している事に。


腰を下ろしたまま部屋を見渡せば、天井の縁には白、黄、紫などの色合いをした花が吊るされる様に咲いていた。


「リュシオン国の方に幻覚を操る異界の者が居たはずですが……それとは別に花を操る異界の者もこんな事が出来るとは。開花も自在で見たことも無い花、感覚が鈍くなっていますね……」


自分の状態を確認しながらアーコミアが小さく息を吐き、腕を軽く振るえば壁に大きな穴が空いて風通しが良くなる。更に指を鳴らせば、部屋中が一瞬にして燃え上がり、そこは黒く焦げただけの一室となった。


そのかいあってか、異様な匂いは消え、首にも小さな痛みが戻ってくる。


「ですがまぁ、あの精霊の価値に気付いていたのは眠王だけのようで。貴方の駒が全力で私を阻止しなかったのは、計算済みか読み違いか。どっちですかねぇ、眠王」


吹き抜けた壁から外を見れば、一方的に攻められている眠王の姿が見え、その姿にアーコミアは何か引っかかりを覚えた。

それが何なのかは分からないが、確かな引っかかり。


「クククッ、貴方が私のやり方が読めない様に、私はこの戦いの貴方の目的が分からない。こんな事ならば、念入りに藪をつつかないよりは、早々に藪をつついて処理をしておくべきでしたね」


一人呟いたアーコミアは戻った感覚を確認し終え、首にある傷口を指でなぞり完全に消すと、少し楽しそうな表情を浮かべて部屋を後にした。


---


「あらあら、流石は魔王さんですねぇ。ダチュラにこんなに早く気付かれるとは思いませんでした」


「お嬢様?」


「うふふ、大丈夫ですよ。魔王軍の増援が来そうですから……晃司、お願いしますね?」


「お任せください。お嬢様は、ご自分の事だけをお考えに」


長槍と短槍を持つ十島は、皆傘を後ろから襲おうとしていた魔物を一突きにし、更に周囲から迫る魔物と魔族を穿ち殺す。

魔法が飛んでくれば転がる亡骸を槍で跳ね上げ盾にし、死角からの奇襲にも石突で捌いて地面に叩きつける。焦って少し距離を取ろうとしても、十島の槍は伸び、物を盾にしようとしても間を蛇行する錯覚が見えたかと思えば急所を貫かれている。


そんな惨状は、優雅に歩く皆傘を中心として生まれ、彼女が歩いた後は優雅さとは対局に死屍累々のモノとなっていた。


「あらあら、本当に敵が多いですね。他の皆さんも思うように避難が上手く行っていない様で」


「こんな奴等相手に手こずるとは」


「ふふっ、というよりは思うように王都の方々が避難誘導に従ってくれないみたいですね。魔王軍が動き出した事でパニックになっているのでしょう。既に王都の方々からも死人がでているみたいですよぉ」


「王様は納得するでしょうか」


「ふふふ。晃司、キングさんの頼みごとは'可能な限り死なせるな'ですよ? 勝手に死んでしまった人達は可能の中に入ると思う?」


クスクスと笑う皆傘が鞭を撓らせ地面を打ち鳴らせば、崩れていた瓦礫の下から蔦が伸び、その下から重症の人間が救出されていく。


「あらあら、これでは死んでしまいそうですね。最寄りは……佐藤君が守っている所ですか」


救出した人達を見て呟いた皆傘は、再度鞭で地面を鳴らして慎重に重傷者達を地面に置く。すると、重傷者達は生き物の様に動いた地面に呑まれ、それを確認した皆傘は人が残っている場所へと向けて足を進めた。


「うふふ。江口君は便利屋さんですね、もし残るのなら配達を請け負ったりはしてくれないでしょうか」


「それくらいであれば、俺がしますよお嬢様」


「ふふふ、冗談よ。嫉妬しているの? まだまだ晃司も可愛い所があるわねぇ」


上機嫌に歩く皆傘が鞭を振るえば、逃げ遅れた人々を捕まえ、動けない者達を救出していき、そんな皆傘に危害を加えようとするモノ達は十島に穿たれていく。

フードを深く被り、顔が見えない二人だが、助けられた者達はその惨状に畏怖を抱くばかり。


何故と思う中で、数人は気付く。助けられているはずなのに、二人の視界には一切自分達が映っていないのだ。

重傷者であっても、確認をする為に向けられた視線は、フードで見えずとも自分達を思っての事ではない。そう分かってしまう。


そんな中で、走ってきた一人の少女が皆傘にぶつかり止まった。


「あらあら、逃げ遅れたんですか?」


一瞬だけ十島が槍先を向けかけたが、スッと上がった皆傘の手で止まり、そのまま別の敵を突き殺す。


「あ、え、っと、そ、そのちゃんから貰ったお花、わすれちゃってて……」


顔も見えない人物に声をかけられておどおどしながら答えた少女は、確かに大事そうに鉢植えを抱えている。

それは紛れもなく、ただよく足を運んでくれるからという気紛れで皆傘が少女にあげたもの。


「それは、そんなに大事なのですか?」


「そのちゃんがくれたんだもん! お母さんと仲直りしなさいって! お母さんとわたしの宝物なんだもん!」


そう言えば、お店の隣の少女にそんな事を言ってあげたかもしれない……と思い出す皆傘は、まだ蕾ではあるが大事にされているのがヒシヒシと伝わる花を見る。


皆傘は何故かそれが非常に嬉しく、目の前に震えながら立つ少女がとても美しく力強く咲く花に見えた。


「ふふふ、お父さんとお母さんは好き?」


「うん! おとさんもお母さんも好き! おとさんも育つと良いねってお世話してるわたしを褒めてくれるの!」


「それじゃあ、お父さんとお母さんはどちらにいるの?」


「……ないしょで戻ってきたの。きっとダメって言われるから。でも、そのちゃんのお花はおいていきたくなかったの」


答えにくそうに、それでも素直に答えた少女を皆傘は優しく抱き上げる。


「うふふふ。我儘をしちゃったんですね。晃司、この子を門まで送りましょう」


「ハッ!」


「えっと…」


ふわっと香る花の匂いに、少女はさっきまでの怖さが消え、どこかとても安心したように鉢植えを抱えて、皆傘に身を預けた。


「この子は温かい子ですね」


「お嬢様? どこか体調でも」


「大丈夫よ。ふふふ、今はとても穏やかな気分だから」


道中、逃げ遅れた者達を全て助けていく皆傘の足取りは軽く、避難用の門の前でダンジョンの者達と共に魔王軍と戦っていた佐藤は、上機嫌な皆傘の後ろを付いてくる救助者入りの巨大な蔦の繭を見て、少しだけ引いた。


-


巨大な蔦の繭が現れて別の意味で驚きの声が上がり始める中、そこから少し離れた場所ではフードから夜叉の面が覗かせるモノと、夜叉の面の者と似たような動きで敵を薙ぎ倒していくフードの者が門を守っていた。


「篠崎~、秋末どこいった?」


「医者でウィニさん治療中」


「なるほど」


会話をしながらも次々と来る避難民を守る様に戦う篠崎と湯方は、チラッと視界の端に蔦の繭が見えた事に気付く。


「アレってお嬢様のかな?」


「おそらくは。誰か重要人物でも運んでいるんじゃないか」


「お嬢様が思う重要人物って誰? 王様が言ってたチーアって子?」


「知らね」


遠距離から放たれた魔法に気付いた篠崎が湯方に答えながら付けている夜叉の面に手をかざせば、白い夜叉の面は赤色に変わり、突如として現れた錫杖を地面に突き立て手を合わせた。

すると、巨大な夜叉が篠崎の背後に現れ、篠崎の動きと連動するように腕を払い魔法を潰していく。


「いただきぃ」


隣でソレを見ていた湯方が横に手を翳せば、篠崎よりも一回り程小さい錫杖が現れ、同じ様に地面に突き立て手を合わせてみせた。

そうすれば、篠崎程ハッキリとはしていないが、蜃気楼の様に不安定な夜叉が現れて湯方の動きと連動し、遠くに居た魔法を使った魔族達を叩き潰す。


「許可してくれてるからパクれるけど、ユニークはやっぱり完全にパクれないね。っそれに、魔力がキツいや」


「まぁ、無理して赤夜叉を真似る必要はないだろ」


「んーごもっとも」


篠崎の言葉に返した湯方は近場に転がっていた長めの角材を手に取り、ニ、三回軽く振るうと、満足したように頷き、夜叉の攻撃を抜けてきた魔王軍へと駆けていく。

接近する頃には角材はただの角材ではなく、蔦が絡まり、刃の部分は薔薇の棘が代わりを果たしている形になっており、一振りすれば斬るというよりは削る様に魔物の首を刎ねる。


そうこうと避難民の安全を確保しながら戦っていた二人の元に、チーアを抱えたエマスが現れた。


「避難状況は」


「七割ぐらいっすね。そっちはどうでした?」


「儂の不甲斐なさ故、魔王を仕留めそこなった」


「あらら、どんまいっす」


湯方から状況を聞いたエマスは、その足で奥で応急処置をしている秋末の元へと行く。


「秋末よ、儂は救助に回る故、この娘を任せる」


「あ、うっす。さっきひっどい状態のウィニさんが来て、ラフィさんが連れていきましたけど、チーアちゃんもラフィさんに任せて平気っすか?」


「構わぬ。ラフィも我が王の期待には応えてみせよう。危機あれば授けた指輪に願え、儂が駆けつける」


「エマスさんにみっちり鍛えられてるんで、ちょっとやそっとじゃ平気っすよ! エマスさんは安心して王様の期待に応えてください」


「ふっ、言う様になった。では任せたぞ」


目隠しで目元は見えないが、口元は確かに笑みを浮かべたエマスの姿はフッと消え、見送った秋末は少しだけ疲れた表情の後に気合いを入れ直して怪我人の元へ移動する。


新道と古河、江口と武宮が誘導しているとはいえ、秋末達三人はそれなりに焦りを感じていた。


予め新道が考えていたよりも時間が掛かり、何よりも来る者達の中に負傷者が多すぎるのだ。何より、それぞれ別々に目の前で息絶えた瞬間を見た三人は、自分の不甲斐なさに怒りすらこみ上げてきている。


軽口を叩き、その場しのぎででも割り切ろうとしているのだが、そんな簡単にはいかない。


徐々に心が蝕まれていくのが分かる。こんな状態でも動けて判断できているのは、皆傘のスキルで園芸師になっているからなのも分かっている。

皆傘が冷静な限り、自分達は様々なその恩恵を受けるのだから。


「情けねぇわ」


呟く秋末は、もし皆傘の園芸師となっていなかったら。なんて考えてしまうが、その思考を振り払う冷静は失われず、目の前の者の傷を治療していく。


篠崎も湯方も今は気持ちを切り捨て、目の前の命を一つでも多く救うために戦う。


願わくば一秒でも早くこの戦いが終わる事を思いながら。

最近また地味な忙しさに揉まれています……。

そんなことより一個前から新章でした。追加忘れてました。すみません。



ブクマありがとうございます!

今後もお付き合い頂ければ、嬉しいです!

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