常峰と安藤
「やぁ、安藤君、またせちゃったかな」
「それは、あれか? いや、今来た所だ。と返すべきか?」
正門前に立っていた安藤にちょっと声色を作って言ってみれば、険しい顔をしていた安藤はポカンとした後に気の抜けた表情を浮かべて返してくる。
「正解を知らないが、妥当なラインはその辺りだろ。ちなみにどれくらい待ったよ」
「昼飯食った以外は、ほとんど俺が正門警備に立っている」
「そりゃ本当に待たせちまったもんで……食うか?」
来る途中で買ってきた串焼きを差し出せば、一言ありがとうと言って受け取り、俺と並んで突き立てた大剣を背もたれ代わりにしながら串焼きに齧り付く。
俺もそれ横目に黙々と買ってきた串焼きを食べていき、十分もせずに買ってきた串焼きは全て串だけになった。
実に懐かしい感じがする時間だった。
学校帰りに買い食いをしていた時を思いだした。
そんな記憶が、こんなに早く懐かしく感じるとは。
「足りたか?」
「まだまだ食えるけど、買い足す時間はないんじゃないか? 常峰」
真っ直ぐに俺を見つめる安藤の目は、もう大丈夫だと伝えているようで。雰囲気も締まったモノではあるが、張り詰めているという感覚ではない。
「待たせた事もあって時間はまだあるけど……まぁ、話を進めるか」
ずっとこうしてダラダラしているわけにもいかないし、時間も余裕があるとは言え新道とエマスが指揮をするとなれば、かなり手際よくやるのも見えてるしな。
出来た時間にかまけて余裕ぶちかましてると、タイミング間違う可能性もあるか。
「さて安藤、そろそろ事の顛末を教えてくれるか? 主にモクナさんの目的辺りを」
「答え合わせか?」
「そんなところだ。本当に俺が考えた通りなら、あまりにも無謀で成功率の低すぎる賭けだからな」
「そうか。だけどモクナは賭けに勝った。俺達が召喚された事で、俺がこうしている事で、モクナの復讐は終わりに向かっている」
「両親だか村だかの仇を討つって所か」
「よく調べたな。常峰が考えている通りモクナの目的は、村を襲った魔族を殺す事だ」
そこから安藤が語ったモクナさんの話は、大方俺の予想通りであり、俺には共感ができない内容だった。
復讐を否定するわけではないが、その境遇を理解する事は難しい。そうなってどう思うかなど、到底俺が分かるものでもない。
俺ならどうするか……今の俺が出せる答えは、きっと寝る事を優先とするだけ。残念ながら俺は、それほど共感性も感受性も高くはない。
それからも相槌をうちながら聞いた限りでは、八割は予想通りだった。
「つまり、俺等が召喚されずとも果たす気ではあったと」
「あぁ。最初のモクナの予定に俺等は含まれていなかった。だが、俺等が来たことで予定を修正をして今に至っている」
「ちなみにだが、俺が安藤の'騎士の領域'をダンジョン領域で上塗りできるとは考えなかったのか?」
「考えはあった。その時に孤島の人達は、まだこっちの手にあっただろう? まぁ、結局常峰は守りは絶対でも、攻めは絶対的ではなかったけどな」
流石に考えてはいたか。まぁ、別に安藤も真っ直ぐなだけでバカではないし、モクナさんも居る。やり口的にはアーコミア辺りの提案も混ざっているだろう。
しかしおかげで感じていた違和感の正体は、なんとなく分かった。
「安藤、モクナさんの復讐は成功すると思うか?」
「俺が成功させる」
「……そうか」
失敗する可能性を考えていない。というよりは、その思考に至っていない。安藤は自信や覚悟から来ていると思うが、モクナさんすら考えていないのはおかしい。
その可能性を安藤に話していないのは、どういう事だろうか。こうして俺の相手をしている意味を、安藤にはなんと説明しているのだろうか。
何より、魔族がモクナさんの目的に気付いていないという根拠は、何処から生まれているんだろうか。
「モクナさんの目的が魔族側にバレてたらどうするんだ?」
「お前相手じゃないんだ……そんなヘマはしない」
「それは安藤の話か? モクナさんの話か?」
「両方だ」
やっぱりか。魅了で安藤の思考が制限されている事も考えたが、特に安藤の言動に違和感はない。前に付き合った報告の時にスキルで耐性ができた事が本当なら、そもそも魅了は効果が無くなっているはず。
これは……本当にモクナさん側でも心境の変化が出てきてる……のか?
それを踏まえて大まかなモクナさんの動きは、何通りか予想できた。ともなれば、もう会話に意味はないな。
「安藤」
「分かってる。お前の知りたい事は知れただろ? 俺の事は、別に語る必要もないよな」
背もたれ代わりにしていた大剣を引き抜き、少し離れた所で振り返った安藤は、スッと剣先を俺に向ける。
「安心しろ。俺はお前の事ならある程度分かってるよ」
俺は俺で靴の具合を整えながら、そんな安藤は俺を見据える。
「常峰なら分かってくれると分かっていた」
「安藤の事だ、そんなこったろうと分かってた」
お互いに息を整え。
「でもやっぱり、こうなるのは嫌だったぞ。親友」
「ぬかせ親友。嫌だとか敵う気がしないとか言ってた割には、嬉しそうに笑いやがって」
お互いに構え。
「夜継だって笑ってるじゃねぇか。冷静でリアリストな所に憧れるが、こういう時に笑えるお前もカッコいいな」
「駆の物事に対する熱を羨ましいと俺は思う。惚れた女の為に真っ直ぐに動けるお前はカッコいい」
お互いに一歩で距離を詰め、安藤 駆は大剣を振り下ろし、俺は振り上げた靴底でそれを弾き上げた。
「安藤 駆、今から俺はお前とモクナさんを止める」
「常峰 夜継、邪魔をするお前を俺は止める」
一歩下がり、大剣からハルバートへと形を変えた刃が俺の横っ腹目掛けて迫ってくる。それを魔力で受け止め、こめかみを狙い足を振り抜くと、流れる様に形を変えた武器は盾と剣になり、盾は俺の蹴りを受け止めて剣は俺の心臓を目掛けて突き出された。
「「楽しいな」」
突き出された剣を魔力で受け止め、その衝撃に身を任せて後ろへ飛んで距離を取れば、そんな言葉が同時に漏れた。
互いに防がれると分かっての攻防。相手の命を狙った一撃。
初めてにも関わらず、お互いが相手の行動が手に取る様に分かるからこそ、打ち崩すのは難しく、一切の遠慮もなく全力を出したくなる。
「'シールドバッシュ'」
再度踏み込んで距離を詰めようとすると、そんな声が聞こえて安藤が盾を横に振った次の瞬間――少しだけ遅れて凄まじい圧が俺を吹き飛ばし、声が漏れる暇も無く近くにあった木に叩きつけられた。
魔力を纏って衝撃は防げたからいいものの、魔力で操っているわけじゃなく力技なようで感知が遅れて反応も遅れる。
俺がぶつかったせいで、ミシミシと今にも折れそうな木の音を耳に、僅かな時間で対策を考えようとしていると、思考を裂くかのように別の音が聞こえた。
パンッ――と、乾いた破裂音が重なる様に二回。
反射的に魔力の密度をあげようとしたが、それよりも速く、俺が纏っている魔力をブチ破った衝撃が腹にめり込んできた。
「ガッ――」
漏れた声と共に、情けなくひゅこっと息が漏れる音も置き去りに、木を薙ぎ倒して尚吹き飛ばされた俺の身体は、街灯すらもへし折って、どっかの屋敷の外壁をぶち壊した所でやっと止まる。
切り傷とは違った鈍い痛みが身体を駆け巡り、チカチカと点滅する視界。
骨に異常がある感じは無く、纏っていた魔力で威力が落ちてくれたのだろうが、それでも数秒息ができなくなった。
なんとか息を整えて立ち上がれば、もうよく分からん破壊音を響かせて外壁を薙ぎ払い壊した安藤が大剣を肩に担いで現れる。
「やっぱ、まだ立てるか」
「そんな急いで畳み掛けなくても、もうちょっと楽しもうぜ」
「十二分に楽しんでいる。だから俺は、早々にお前を圧倒するぞ夜継!!」
そう言い振り下ろされた大剣は、先程よりも何倍も力強く、速かった。
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さっきより速く、強く、全力で振り下ろした大剣で常峰を捉える事はできなかった。
分厚い壁に遮られる様に、常峰に当たる前に止められている。
おそらくは魔力の壁だろうな。常峰の反応速度と、魔力操作の上手さ。そして、筋肉が一切それらしい動きを見せていないのが決定的だろう。
考案した頃より威力が上がったシールドバッシュも、威力は当然に速度も上がった筋衝拳も耐えてみせた。
素早く俺から距離を取り、おそらく口内が切れて溜まったであろう血を吐き出した常峰は、その場から動かない。だが、俺の背中を何かが強く叩く。
「効かんな」
「凄まじく硬いなお前の身体」
魔力での物理攻撃。そんなもので俺の筋肉はびくともしない。だけど、俺の中には少しの焦りがある。
常峰に勝つ事を考えるなら、常峰の起床時間が鍵を握るだろう。
今が起きてからどれぐらいの時間が経っているか正確に分からない以上、まだ圧倒できる内に勝たないと。
そのためにはまず……。
「ふんっ!」
「おっと」
距離を詰めて大雑把に振り抜いた大剣を、常峰は軽々と避けて、それと同時に身体を捻って威力をが増した回し蹴りを放つ。
それを予想していた俺は、既に大盾に形を変えて受け止める体勢を整え終え、衝撃が来るのを待った。
そしてピタッと寸の所で足が止まったかと思うと、予想していたよりも重い衝撃が大盾から身体に伝い駆け抜けていく。
杭を地面に打ち込めば耐え切るが、俺は敢えてそのまま受け止め、回し蹴りの要領で連続して放たれる蹴りを受ける。
「かってぇなっ!!」
繰り返しでは意味がないと察したであろう常峰は、少しだけタメを作り、筋肉に力を溜めるとさっきまでとは比にならない重い一撃を繰り出した。
踵が盾に掠り、金属音が擦れる音と共に散る火花。そして、靴底が完全に触れるか触れないかの所でピタッと照準を合わせる様に止まった足から放たれた衝撃に俺の身体は浮き、吹き飛ばされる。
腕に走るビリビリとした感覚に、思わず緩む口元に気付くと同時に再度訪れる衝撃。
吹き飛んだ俺に追いついた常峰からの二撃目だ。
加減など無く、放たれる度に威力をましてく蹴りを受け止め続け、目的の場所まで後退できた所で杭を地面に打ち付けて、今度は完全にソレを受け止めた。
「あー、そう言えばそうだったな」
俺が今更杭を使った事を不審に思ったのか、周囲を軽く確認した常峰は思い出した様に言葉を漏らした。
そうだ常峰、ここは城前。さっきまで俺等が話していた付近で、お前のダンジョン領域で上書きできなかった場所――つまり、騎士の領域だ。
「ッ!?」
杭を引き抜き常峰を弾き飛ばす。そしてそのまま、杭を常峰に向けて打ち抜く!!
「っぶねぇ」
焦った様子で言うが、声は至って揺るいでいる様子は無く。その矛先は何かに逸らされる様に地面へ向けて流された。
だが、捕まえたぞ常峰。
大盾を持っている手をは逆の手で常峰の胸ぐらを掴み、そのまま地面に押し付けて逃げられない様に固定する。
そして、俺は大盾を大剣へと変形させた。
大剣に変わっていく中で、剣先と成る部分がギロチンの様に移動し、その軌道上には常峰の首がある。
常峰を殺す事に後悔が無いわけではない。きっと俺はこの先の何処かで、もしかしたら数秒後にでもするかもしれない……だけど迷いはない。
お前は強い。メニアルさんと単騎で戦い勝つほどに強い。
何より、その先を見ている行動は尊敬でもあり、同時に恐ろしい。
だからこそお前を倒さなければ、モクナさんの願いは破綻する!
トドメとばかりに力を加えた瞬間、金属音と共に変形が途中で止まり、常峰のギリギリの所で刃が止まる。
俺が気付かないとなると、高密度の魔力の壁か。
「強いな」
「防いでおいて、よく言いやがる」
この拮抗は時間の無駄になると判断した俺は、途中の大剣を振り上げて変形を完了させ、掴む場所を胸ぐらから首へと変えて力のままに締め上げていく。
だがやはり魔力の壁が邪魔をする。
力を入れれば入れる程に強度が上がっていく様な感覚。どれだけ常峰の首をへし折ろうと力を入れても、その手が首に触れる事はない。
「焦るな安藤」
「うるせぇよ」
更に腕の筋肉の密度と強度を上げ、肉体強化までしても届かない。有効打にはならないと分かった俺は、力任せに常峰を地面に叩きつけ、バウンドして跳ね上がった常峰に大剣を振り下ろした。
凄まじい破壊音と砂煙が視界を遮る。手に伝わる感覚の中に常峰を斬り砕いたモノはない……が、砂煙が不自然に掻き分けられていくのに気付く。
身体の向きを合わせ、目には見えないソレをガッシリと受け止めた事で形状がハッキリと分かる。円錐状で、少しタイミングがズレていたら先端は俺に刺さっていただろう。
「魔法だけじゃなくて、こういう魔力の攻撃には慣れておいた方がいいぞ。たぶんな」
まるで教える為だと言わんばかりに手の中にある魔力が蠢き、流れる感触がよく分かる。そして受け止めていた魔力は、円錐の至る所から枝分かれするように広がり、舞う砂煙よりも掻き分ける透明な魔力の方が多く俺を囲んでいく。
攻撃のパターンが掴みづらい。ゼスさんみたいに、目と感覚の両方で追えないのは、これほどに面倒なのか。
見えていれば、消えても前後の行動と筋肉の様子から予想が出来るってのに。
俺は全身の筋肉密度を極限まで高めて全てを受ける事にした。
それから数分間程、何もせずに攻撃を受け続けて感覚を研ぎ澄まし、少しずつではあるが魔力の攻撃が来る雰囲気が掴めてきてた。そして――一向に砂煙が晴れない事に嫌でも気付く。
「ナメるなよ!! 夜継!!」
声を張り上げ、魔力を放出するだけ放出して砂煙を吹き飛ばした俺は、周囲の変化に驚き目を見開いた。
常峰にではなく、その遠く。後ろの方に聳え立つ蔦。見渡せば至る所にその蔦の柱はできていて、まるで王都が檻の中に閉じ込められたのかと錯覚してしまう。
更に気配を感じて見上げれば、見覚えのローブを纏った連中が十人。
「新道達と後二人は……誰だ」
「古河と佐藤だ」
「エマスさんの姿が見えねぇな」
「さぁ、何しているんだろうな」
今、姿を見せて何をする気だ。まだ王都の人達は知らないってのに、こんな事をすればパニックになるだろ。
「まぁ、コレは今のお前と俺には関係ない。新道達をお前に邪魔をされたくなかったから、あんな方法を使ってしまった。悪いな、ナメていたわけじゃない。仕切り直しといこうか」
俺の考えを見透かしたように言う常峰は、トントンと軽くその場で飛んだかと思うと、一歩で目の前まで移動してくる。
咄嗟に俺は大きく飛び下がり、着地した力をタメに変えて大剣を突き出しながら常峰との距離を詰めた。
鈍い金属音が響き、俺の大剣は常峰が上げた靴裏で止められる。
「さっきから思ってたが、随分と頑丈な靴だな」
「いいだろ? 特注品だ。何時でも大量の武器が転がってるわけじゃないから、仕込みの一つでもと思ってだ」
言葉を交わしながら力を加えるが、ピクッともしない。純粋な脚力や靴の性能だけじゃなく、やっぱ魔力を使ってなんかしてるか。
常峰が魔法を覚えられないという欠点を克服した可能性もあるが……まどろっこしいな。
考えながら戦わなきゃ勝てないと思うが、考えて勝てると思えねぇ。
「ふぅーーー。常峰、これは受け止められるか?」
考えるのがまどろっこしくなった俺は、大剣をただただ力の限り振り下ろした。
「おいおい、まじかよ」
最小限の動きで避けた常峰は、何かを察した様に身体を無理な動作で半身ズラす。
それでも常峰の表情は、困惑というよりは驚きの表情を浮かべ、避けたにも関わらず肩口から滲み伝う血を手で抑えている。
「斬撃を飛ばす……なんてテクニカルな事じゃねぇよな」
「さぁな。力任せの一振りだ」
「ははっ、テクニカル過ぎてもわかんねぇが、力技過ぎても分からんわ」
苦笑いを浮かべる常峰に向けて、俺は更に大剣を振った。
もう何度目かと思いますが、脳内イメージの文章化が難しい。その能力が低すぎる……。
戦闘描写って動きがある分に一層思ってしまいます。
今どき、カバンの底とか靴底に鉄板仕込んでる高校生は居るんでしょうかね。
ブクマありがとうございます!
どうぞこれからも、よろしくおねがいします!!