情報共有
《わかりました……常峰君は、大丈夫ですか?》
《俺ですか? まぁ、眠くて仕方ないぐらいですよ》
《常峰君がいつも眠たげなのは、先生も知っています。そうではなくて、精神面です。無理をしてませんか?》
《精神面ですか……自分でも分かりません。裏切ったと聞いた時、あぁそうかぁぐらいしか思いませんでしたし、今もこうして全員との情報共有を優先していますから》
新道から連絡があった後、部屋に戻りとりあえず真っ先にしたのは孤島の人達の安全確認だった。
エマスが調べた限り、保護施設と思われる場所はログストア城内ではなく少し離れていたので、今は問題ないそうだ。しかし、ログストア城は完全に魔族に制圧されているらしく、正面からは入れないらしい。
なら王都は大丈夫なのか? という問題だが、それも今の所は問題無い。むしろ、国民はログストア城が制圧されている事すら知らない様子だとエマスと新道は言っていた。
曰く、制圧されたのはログストア城だけ。それも外には知られない様に迅速に、静かに制圧されたようで、知っているのは自分たちだけだろうとのこと。
新道達が知れたのも、ログストア城の正門前に安藤が立っていて、俺に'俺は裏切り、ログストア城は制圧した'と伝えろと言われ、エマスと江口がこっそりと調べると、ログストア城は多くの魔族と捕縛された重役や使用人達が居たらしい。
《常峰君》
《はい》
《先生は、こっちに来てから常峰君達に任せっきりで、頼りない先生です。でも先生は常峰君達の先生です。常峰君が今、一体何を考えていて、どういう行動をするつもりなのかは分かりませんけど、もしダメな事だったら先生は怒ります》
《怒られたくはないですね》
《いいえ、ダメだと思ったら先生は怒ります。そして常峰君を止めます。だから常峰君は思ったことをやってください。先生はそれ応援したいです》
《でもダメなら怒られるんですよね?》
《もちろん! 常峰君達はすごいですし、私はダメダメですけど、それでも先生として教えてあげられる事は沢山ありますからね! だからこれは先生からのアドバイスです……常峰君、今回は安藤君の為じゃなくて自分の為に行動しなさい。もし踏み間違えようとしても、私は当然、きっと皆が正してくれますから》
東郷先生は、安藤に裏切り可能性があったことを知らない。そして俺がその可能性を知っていた事も。
でもあれだな。こう言ってくれると、身勝手ながら少し救われた気になるな。
《……ありがとう先生。やっぱり東郷先生は、生徒思いの良い先生ですね。もしかしたらかなり危ない状況になると思うけど、リュシオンでの皆のこと頼みます》
《任せてください! だから常峰君は安藤君の事を》
《はい。では進展があればまた連絡します》
東郷先生との念話を切った頭で考える。
安藤は俺に知らせる様に新道達に言ったということは、もう向こうには俺が知っている事が分かっている。
いつ動き出してもおかしくない。手早く俺達も、今後の対応と対策を考えて共有しないといけない。
頭の中で幾つかの予想と、それに対する手を考えていると、部屋の扉を叩く音が響く。
「畑達か? 入ってくれ」
「あぁ」
俺の言葉に畑が返しながら扉を開け、畑に続いて入ってきたのは、中満と柿島。そして並木。セバリアスに呼ぶように頼んでいた四人だ。
俺から呼び出す事は滅多に無く、用事がある時は念話か出向く事が多いためか、入ってきた四人は不思議そうな顔をしながら用意してあった椅子に腰を下ろした。
いつもなら、セバリアスか誰かが四人と一緒に来て紅茶でも用意してくれるんだろうが、今回は俺が呼ぶまで部屋に近付かない様にも頼んである。
さて、まずはやっぱり状況を伝える所からだな。
「いきなり呼び出して悪いな。突然だが伝える事がある」
「伝える事?」
「あぁ。まずログストア城が魔族に占領された。かなり上手くやったようで、王都の人達はまだ気付いていない」
「かなりヤバい状況だな」
一瞬だけ驚いた表情を見せた四人だが、畑の一言に同意する様に並木以外の三人は頷いて落ち着いてはいる。だが、並木だけは何かを察した様に俺を見つめ返してくる。
まぁ、並木は予想した側だからな。きっと次に俺が口にする言葉も予想できているんだろう。
「そして、安藤が裏切った」
「「は?」」「え?」「そっか」
並木を除いては驚きに目を丸めている。ただ一人冷静な並木は、少し考えた後に口を開いた。
「これから王様はどうするの? 私達に話したって事は、もう決まってるんだよね?」
「ログストアには孤島の人達がいるから、まずは彼等の安全確保を優先に行う。現在孤島の人達は中立国の人間だ」
「その他は?」
「魔族がログストア城を占領しているというのが国民に知れたらパニックになるだろう。だが、占領したことを知られた事を向こうが知った今、あまり時間は残されていない。だからこっちからパニックを起こす」
「なんで? こっそり避難とかさせればよくない?」
「王都に居る全員が移動する事になるだけの理由が即興で作れない」
「それじゃあどうするの?」
「今ログストア国には新道達が居る。そして、異世界の人間がどういう役目で呼ばれてるか……こっちの世界の一般認識は共通だ。新道達にバラしてもらい、避難ルートは俺がダンジョンの機能を使って確保する。最悪の場合、王都民全員を一時ダンジョン――もとい、中立国で保護する形になるだろう。
その場合、並木は大変かもしれんが、スキルを使って避難民の中に魔族が紛れ込んでいないかの確認を頼みたい」
「なるほどね。確かに私が適任だねぇ」
「あぁ、一応混ざっていた場合の対処も考えてシーキーやラフィにも頼むが「いや、ちょ、ちょっと待って王様」――どうした中満」
三人が聞いている体で俺と並木で話を進めていると、中満が間に割って入って話を止めた。
言葉はどこか焦っている様で、俺を見る目は正気を疑う様な視線を向けている。
「なんで二人はそんなに落ち着いてるの? え?安藤が裏切ったんだよね?」
「裏切ったな。おそらく魔族がこんなに手際よくログストア城を制圧できたのも、安藤が手を貸したからだろう」
「だったら、え?何? 王様と並木は安藤が裏切るの知ってたの?」
「確証は無かったが、少なからず一度は考えた」
「何だよそれ……じゃあ、安藤はどうする気? 今の流れだと完全に」
そこで言葉を止めた中満の表情は、とても言いたくなさそうだ。
続く言葉は予想できる。それを否定したい気持ちも分かる。ただ、いちいち安藤を話題に上げないのが答えだ。その事を分かっているからこそ、中満も言葉を止めてしまったし、畑や柿島は口を開こうともしないんだろう。
だから代わりに……いや、俺からしっかりと言っておくべきだな。
「安藤は敵になった。帰る気があったのか、そもそも無かったのかは知らんがそれが事実だ。そうなった以上、アイツは俺達の目的の障害でしかない。それも無視の出来ない障害だ。であれば、俺は皆との約束を守る為に障害を取り除く」
「でもそれって、いや、うん。分かったよ」
「安心しろ中満。約束を果たす為だが、その果たしたいと思うのは俺個人の気持ちだ。帰りたい気持ちを後ろめたく思う事はない」
「違うぞ王様、奏汰が気にしたのはそこじゃない。王様はそれでいいのかって話だ」
「それが最善の判断だ」
俺の答えは、どうやら中満と畑には納得のいくものではなかったらしい。口にされなくても、目と雰囲気がそう物語っている。
さて、と二人にも場合によっては頼みたい事があるから話を進めていこうとすると、先に柿島が口を開く。
話が進まんな。
「私からも一つだけ聞きたい事があります」
「納得できなくても納得してくれよ」
「ちゃんと答えてくれれば大丈夫です。王としての判断の良し悪しは私にはできないので、聞かせてください……安藤君の友人である常峰 夜継としての気持ちと考えを」
「今は俺個人の意見は」
「約束を果たしたい。それは、常峰君個人の気持ちだと言いました。でも対応は、王の程度としての言葉に感じました。最善ではなく、常峰君が思う最高の結果はなんですか? 常峰君が考えている障害を取り除く方法はなんですか?」
ギナビアに交渉役として派遣したからか、それともヒューシさんの相談役補佐として任せていたせいか随分と困る聞き方をしてくれる。
まぁ、困るが俺としては好ましい質問の仕方だ。
さてどうするかね。
答えなければ納得はしないだろうが、答えて納得するかも分からないしなぁ。
「会ってみなければ分からない。この後話すつもりだったが、東郷先生達とはもう済ませたが市羽達とはまだ情報共有を済ませていない。それが終わり次第に安藤に会いに行く」
「それでどうするんですか?」
「さぁ? 会って決めるつもりだ。それと理解してくれ、俺は個人的な気持ちに立場を混ぜるが、立場優先の行動にも俺個人としての意思も混同している。どこまで行っても俺は、快眠したいだけだ」
「そうですか、分かりました。後は王の判断にお任せします」
少し口元を緩ませた柿島。それに、畑と中満もさっきよりは表情が柔らかい。
どうやら二人も少しは納得してくれたようだ。
「それじゃあ続けるが、避難民が来た時に畑には炊き出し、中満にはそれの手伝いと食料管理などを任せたい。そして柿島には人手を貸すから避難民の名簿作成を頼めるか?」
「最悪の場合を考えるなら、ここの防衛とかはどうするの?」
「それは問題無い。一応セバリアスとルアールには防衛を任せているから、並木達は俺の頼んだことに集中してくれていい。もしもの為に、俺も秘策は置いていく」
「ふーん……まぁ、王様の中で決まってるならいいや」
その後も幾つか予想される事を話し、さっき東郷先生と話しながら用意した紙にも書いたその場合の対応パターンを話すと、紙とにらめっこをしながら頷いて聞いていく。
「ねぇ王様、この対応みたいなやつ、いつから用意してたの?」
「今さっき東郷先生と話しながら書きなぐったが、読めない所があったか?」
「いや、安藤君の事を予想してた私が言っていいのか分からないけど、よくまぁこんなに……気持ち悪いね」
「褒め言葉として受け取っておく」
並木からの罵倒を流し、雰囲気が少し軽くなったのをきっかけに俺からの話しは終わり並木達は部屋から出ていく。
まだ畑と中満は言いたい事がありそうな顔はしていたが、色々と終わったら文句の一つぐらい聞く約束で最後の納得をして落ち着いた。
後は市羽だな。
《市羽》
《あら、皆との共有は終わったのかしら?》
《終わったよ。後はそっちとだけだ》
この言葉から分かるように、実は東郷先生の前に市羽に念話をしたのだが、一番最後でいいと念話を切られてしまったので要望通りに最後にした。
《そう。なら聞こうかしら》
《ならまずは――》
俺は東郷先生や並木達に話した様に状況を伝え、それに対するこれからの対応と対策を伝えていく。そしてもう一つ、セバリアスとルアールが用意してくれていたニルニーアについても伝えた。
《安藤君がね……東郷先生なんかは狼狽えたんじゃないかしら》
《俺もそう思ったんだが、俺の心配をされたよ。主に精神面での》
《言われれば東郷先生らしいわ。あの人は先生だもの》
《きっと今頃安藤の心配もしてるだろうな》
《えぇ、貴方だけを心配することはないわ》
よしこれで一応全員に情報は行き渡るだろう。と思いつつ他愛無い話をしていると、ねぇ…と市羽が少し楽しそうな声で聞いてきた。
《常峰君、この展開を貴方は予想していたわね?》
《安藤の裏切りか? 一度考えてはいた。ただ、こうなるとは思わなかったな》
《裏切りというよりは、ログストア国が魔族に襲われる展開を……かしら》
《予定外ではあるが予想外ではない。そんな感じだな》
《随分と偏屈な言い方ね。それとも、自分自身の事を気付かぬふりでもしているの?》
《何が言いたいか分からんのだが》
《安藤君の、いいえ今回の事を引き起こした相手の事を始めから信用していなかったんじゃないかしら》
モクナさんの事を言っているのか? というより、俺は安藤以外の名前を出したつもりは無かったんだが、どっからそう感じたんだ。
《沈黙は肯定と取るのは、常峰君の得意技よ》
《いいから続けてくれ。どうしてそう思った》
《ふふっ。だって、安藤が協力している相手の事を信用していたら、もっと対処が遅れるわ。王都民の受け入れなんて、いくらダンジョンが便利でもすぐすぐ出来るの? 無理よね。それを良しとする程にログストア国との信頼がなければ》
《俺達は知らぬ土地に放り出された身だ。周りとの信頼関係を築くのは当然だろう? それに、まさかこんな風な裏切りをされるとは思ってなかったさ。目的が分からねぇもん》
《目的が分からなかっただけで、裏切り者が魔族と繋がっている可能性は視野にあったのでしょう? そうでなくとも、大国との繋がりの意味はこういう時用の為だったのではないかしら。だから今まで中小国との関わりを持とうとしなかった。既に魔族の手に堕ちている事を考えて》
まさか市羽がここまで言い切るとは、正直驚いた。驚いたが……過大評価だな。ただまぁ、モクナさんを信用していなかったのは事実だ。
俺にとってモクナさんは、安藤が惚れ込んだ相手というだけでそれ以上でも以下でもない。
そこに信用は置かない。むしろ俺は、安藤がモクナさんの為に俺を裏切る方を信じていた。まさかこのタイミングで、とは思うがな。
《敵のやり方としての一つで考えてはいたが、今回の件とソレが一緒だとは思ってなかったよ》
《ならたまたまというわけね。じゃあ、安藤君の裏切りは常峰君の中で確信はしていたのね。そしてどうするかもある程度決まってるって所かしら》
《それまたどうして》
《だって、言及したからもう一人の裏切り者の事を否定せずに話してくれたのでしょう? 私にした話だけなら、裏切り者は安藤君だけじゃない。おかしい話よ、本来なら罪を着せるのはもう一人の裏切り者にする所なのに》
《じゃあ俺はどうすると思う?》
《やり方は分からないけど、常峰君は安藤君ともう一人も助ける気ね》
流石にここまで的確に言われるとぐうの音もでねぇわ。
よくまぁさっきの話でそこまで分かるもんだ。察しが良すぎるだろ。
《御明察だ。今回の裏切り者は、両方とも俺のやり方で助ける気でいる。良く分かったな》
《分かるわよ。だって私は、常峰君の事をもっと知りたいもの》
《意味が分からん》
《安心してちょうだい。私は貴方の信頼に百で応えてあげる。求めるならそれ以上でも応えてあげる。絶対に裏切ったりしないと、貴方が望むモノに誓ってあげるわ》
その言葉に少し唖然としてしまった。
気の所為かもしれんが、いつも飄々としているはずの市羽の言葉は、何か熱っぽい感じがしてならない。
同時に、ふと脳裏に新道と情報交換していた時のを思い出す。でもあくまで新道の予想であり、俺にはそうなる心当たりがまったくない。まさかな。
《そりゃ嬉しいが、随分と俺に都合がいいな》
そういうのは苦手だし、どうすりゃいいか全く分からない。自分でもなんでこんな言葉を選んだかも分からない……だが返ってきた言葉は、俺を更に悩ませる。
《そうね。私も初めての事で分からない事だらけ、きっと今はこうするのが一番だと思っただけ。私がそうしたいと思っているだけ……どうやら私、貴方に惚れているみたいなの。だから存分に私を利用してみて頂戴。貴方の予想を越えて、貴方の必要不可欠になってあげるわ》
《んぁうん……そっすかぁ……》
とりあえず色々とやらないと行けないことがあるがその前に――誰かコレの百点の回答を教えてくれ。
ギリッギリですみません。かなりバタバタと急いで書きましたが、遅くなってしまいました。
ブクマ・評価ありがとうございます!
最後までお付き合いいただければ、嬉しいです!