観戦後その2
少し短めです
ギナビア城の一室。
急遽呼び出された者や、遠方に居た者もレゴリアの指示で転移魔法の使い手により集められ、用意された席に座り、小さい塵の山となった投影玉の残骸に視線が集まっている。
王であるレゴリア、元帥であるヴァジアはもちろん。空軍将軍であるペニュサや、ナールズの死亡により現在陸軍将軍代理となった元陸軍第一部隊隊長のカジェラ。
更には、滅多に陸には上がってこない海軍将軍'バルロス・レーク'に加え、陸軍第一部隊の隊長となったジェンルや各軍の第一部隊隊長が並び、貴族達が座る中にはクランマスターでもあるグレイの姿もある。
しかし、それだけの人数が居るにも関わらず場は静寂が包んでいた。原因は先程まで映しされていた常峰とメニアルの戦いだ。
ギナビア国は戦闘の分野に力を入れている国でもあり、純粋な戦力であれば他国と比べでも頭一つ出ているだろう。それだけ戦闘に長けた者達がいるにも関わらず彼等は言葉を失った。
何時形勢が変わり、メニアルが防戦一方になったのか分からず、それでも尚反応し続けるメニアルのセンスに見ていた者達は畏怖すら抱いたのだ。
そして最後の常峰の言葉もあり、一部を除いては下手な発言をしてしまわないかと口を開く事が憚られている。できる事と言えば、自分達と同じ様に先程の戦いを見ていた常峰と同郷の者達の様子を伺うぐらいなのだが……。
藤井はボーっと戦闘が映し出されていた場所を眺め、城ヶ崎は出された飲み物とお菓子を堪能し、漆に至っては心底つまらなそうな表情を浮かべているかと思えば、藤井を見てはにへらっと頬を緩ますばかり。
そんな中、市羽の口元は弧を描いていた。その事に最初に気付いたのはレゴリアだ。
嫌な予感がしたレゴリアは、いち早くこの場を解散しようと口を開くが、それよりも先に市羽の声が静寂と緊張の中に響く。
「レゴリア王、一つ提案があるのだけれど」
「……言ってみろ」
「推薦してくれたジェンルさんには悪いと思うけれど、私の'一世代貴族の権限'を返上してあげましょうか? 私が権限を持っていると、何かと都合が悪い方も少なからず居るでしょう?」
市羽の言葉にレゴリアは目を細め真意を見抜こうとする。言われた様に都合が悪いのか、市羽と漆が一世代貴族の権限を持っている事に納得していない者達も多い。
レゴリア自身も、漆はまだしも市羽が自国に深く関わる位置に居る事はよく思っていない……だが、その提案はあまりにもギナビア国にとって都合が良すぎるため、素直に頷けずにいる。
「何が目的だ」
だからこそ、レゴリアは聞いてしまった。話す場を市羽に与えてしまった。市羽が予定したとおりに。
「別に必要が無くなっただけよ。この権限に利用価値は私には無いから、返す事で眠王とレゴリア王との友好関係を深めようとしただけなのだけど……そうね、それだけでは眠王に怒られてしまうかもしれないわ。だから取引をしましょう」
「取引だと?」
「えぇ、取引よ。漆さんが持つ一世代貴族の権限は口止め料としてそのままで、私のはそうね――ペニュサさんを中立国レストゥフルに頂戴」
「なっ!?」
「本当はヴァジア元帥でもいいし、眠王を知っているルコさんでも良いのだけれど、どちらも困るでしょう?」
いきなり名前を挙げられた護衛として壁際に並んでいたルコは、ビクッ!と反応を見せ、オロオロと他の兵達に視線を飛ばすが、関わり合いたくない者達はそっと視線を逸らして逃げてしまう。
取引に出された当人であるペニュサも、全く話の流れが見えずに、ただ唖然とするばかり。
「ペニュサを引き抜かれても困るのは変わらん。ペニュサをくれてやるぐらいなら、貴様に一世代貴族の権限を渡したままの方が良い」
レゴリアの言葉にギナビア国の者達は何名か頷くが、市羽は気にした様子も無く言葉を返す。
「別に空軍将軍という地位を退けとは言っていないわ。ただ、国籍を中立国にしてほしいだけよ。ギナビア国のペニュサではなく、レストゥフル国のペニュサがギナビア国軍将軍の地位に居るという形にしてほしいのよ」
「他国の人間が自軍の将軍など、あって良いものではない。わざわざ背中を晒す様な事をするわけねぇだろ」
「背中を晒す? ペニュサさんの忠誠心はその程度なの? 私は、大々的にレストゥフル国に内通者を送らせてあげると提案してあげているのよ? レストゥフル国に来てくれるなら、私が進言してペニュサさんには貴族の地位を与えてあげるわ。中立国初めての正式な貴族よ……それとも、既に内通者は居るなんて言う気かしら」
「……」
「そんなはずは無いわよね。レストゥフル国に滞在しているヒューシさんは、眠王の提案の為に派遣されただけですもの。まさか勝手にレストゥフル国の技術を盗み出そうなんて……ね? 嫌よ、お土産にヒューシさんの首を持ってくるのは」
ヒューシの報告の中に、常峰達の行動や内部事情に関する事があるのは百も承知。当然と言われれば当然のことたが、暗黙である事にも違いないのだ。
実はそうです。なんて認めた日には、市羽が良しとする訳がない。淡々と口にされたことが現実になるだろうと、レゴリア達は分かってしまった。
「確かに中立国の技術には興味があるが、貴様の提案は横暴も良い所だ。その提案であればペニュサでなくともいいだろう。適当にこちらから人を用意してやろう」
「ダメよ。ペニュサさんでなければ認めないわ」
「レゴリア王、割り込み失礼する。勇者市羽は、何故そんなにアタシに固執する」
間も開けずに却下されたレゴリアは、眉間にシワを寄せ睨む様に市羽を見下し口を開こうとしたが、二人が一拍置いた間にペニュサが会話に割り込み問う。
それに対し、市羽は市羽で気にした様子も無く答えた。
「都合がいいのよ。ペニュサさんは眠王を知っていて、眠王もペニュサさんを知っている。眠王の中でペニュサさんは中々好評価なの。それにペニュサさんにとっても、ギナビア国にとってもペニュサさんが一番都合がいいの」
「ギナビアにとっても?」
「えぇ、ギナビア国にとってもよ。何とは言わないけれど、中立の立場である貴女がギナビア国にとって一番波風が立ちにくいのよ。それに貴女にとっても悪い条件ではないのよ? 眠王の庇護下に入ってくれれば、貴女の周りも守ってあげられるわ」
「一体なんの事を――」
「一つ一つ私が言っていいのかしら? レゴリア王」
ペニュサの言葉を遮った市羽は、視線をレゴリアへと向けた。視線を交わすレゴリアは、市羽がどこまで知ったかを計り兼ねてはいるが、これ以上市羽に喋らせてはいけない事だけは理解した。
「いちいち貴様を煩わせる事ではない。だがやはり貴様の提案を受け入れる事もできない」
「はぁ……」
今までのやり取りに加え、ため息で応えた態度が気に食わなかったのか、会話を聞くばかりだった者達がざわつき始め、一人の貴族が市羽を指差し声を荒げた。
「その態度はなんだ! いくら勇者とは言え、不敬だぞ!立場を理解しろ!」
その貴族の言葉に護衛の者が剣を抜き構え、釣られる様に他の者達も武器を構え始めてしまう。中には日頃市羽と訓練をしている者も居るが、構えている者と戸惑う者に分かれ、ルコ率いる第三部隊と第一部隊だけは構えずにただ一切の敵意を向けずに目を閉じた。
どちらの行動が正しい選択だったかは、すぐに誰もが理解した。
市羽を中心に広がる黒く冷たい空気。キチチチチチチと甲高く神経を逆撫でる様な鳴き声と共に、硬い何かが擦れ合う様な幻聴が聞こえ、足元を這う無数のナニカの気配。
動かせない身体でもナニカを認識する事はできた。自分のではなく、同じ様に動けなくなっている仲間の足元で蠢く百の足を持つ殺意と、背後で目を怪しく光らせ大きく口を開けて絞め殺そうとする蛇の敵意の幻覚が。
「おかしいわね。レゴリア王と話していたはずなのに、私は武器を向けられている。この場に私の立場を理解していない人は居ないはずよね? つまりこれは宣戦布告と受け取らなければいけないわね」
恐怖に呑まれ動けない中で、その者達は見惚れた。
市羽とレゴリアには距離がある。にも関わらず、市羽が右手を横に掲げてゆっくりと動かすと、空を舐める様に煌めきレゴリアの首元でピタリと止まる美しい鈍色の刃に。
「ふふっ。レゴリア王と数人は気付いているようだからと思っていたけれど、分からない人の為に勘違いを正しておくわ」
パンッと乾いた音が響けば、市羽の殺気に呑まれて動けなかった者達は急激に訪れた開放感に膝が崩れ、呼吸がこんなにもしやすいものだったかと思う中で市羽の言葉に耳を傾けさせられる。
「ギナビア国には沢山のきっかけを頂いたわ。おかげで、眠王は目的を進められている。けれどそれはギナビア国でなくてもいいのよ。今まではレゴリア王が一番眠王の事を正しく理解していて、利害が一致していただけ」
いつの間にか、レゴリアの首元に添えられていた刃も無くなっているが、それでも聞いている者達は自分の首に冷たいモノを突きつけられている感覚が残り、開放されているはずなのに緊張は抜けきれない。
「でも、それは今までの話よ。今回で眠王が魔王に対抗しうる存在だという共通の認識になったわ。コソコソとする必要もなくなったの。だから、この提案はギナビア国に利用価値を提供してあげると言っているのよ? ハッキリと言ってあげるわ。中立国にとってギナビア国は、もう必要ないの」
「仮にそうであったとしても、眠王がこんなやり方をするとは思えんがな」
市羽の独壇場と化していた中で、冷静に最後まで話を聞いていた一人であるレゴリアが問う。それに市羽は、とても優しく誰もが釘付けになる笑みを浮かべ答えた。
「私に駒は要らないけれど、それ以上に彼の駒にならないモノは要らないのよ。ただ黙して見ているだけならまだしも、邪魔をする存在は例外無く排除しようとすら今は思っているわ。そこに種の垣根が存在するとは思わないで」
「ギナビア国を排除すると?」
「主戦力はこの場に揃っているじゃない。それに、地下にはゴーレムの兵隊が眠っている。暴走してしまったらどうなるのかしら。あぁ、安心していいわよ? ギナビア国の民は私が守ってあげるわ」
その言葉でレゴリアは理解する。
自分でこの場の全員を皆殺しにし、ゴーレムを暴走させて自分で処理する。それだけで、市羽はギナビア国が落ちたも同然だと宣言している事を。
そして、その通りである事もレゴリアには分かっている。それほどまでに市羽は民衆に知られており、この場に居ない兵達からの信頼も厚いのだ。
何時の間に魔導兵器の事を知ったのかは分からないが、万が一にでもそんな事はあってはならない。管理を怠っているわけでもないのに、そのありえないを完全に否定できない以上、レゴリアの選択肢は限られてしまった。
「眠王の判断ではなく、貴様の感情が優先された独断でしかない。貴様の行動が眠王の評価に関わるという事は理解すべきだな」
「眠王がペニュサさんを求めている事は事実よ。それに貴方達の首が繋がったまま、私がこうして交渉しているのは、眠王が居るからだと……ご友人であるレゴリア王も分かっているでしょう?」
「ハンッ、狂犬なんて可愛いもんじゃねぇな。アイツは悪魔すら飼いならすか」
「その悪魔を召喚したのは貴方達じゃない。簡単に技術も知識も力も手に入る方法を、リスク管理もせずに安易に使用する事を止めなかった。むしろ、急かしたのも貴方達で、私達は喚び出されてあげたのよ。代償として魂を取らないのだから、感謝してほしいわ」
「今更になって貴様等を喚んだ事を後悔している」
「それは結構。今後も忘れないことね、アレは別に絶対的に貴方達の味方をする神様を喚ぶ術ではないという事を」
ふふふっと意味深に笑った市羽は、面白そうに流れを見ていた漆達に視線を送り、そのまま四人で出ていってしまった。
「行かせてよろしかったのかな?レゴリア王よ」
「ヴァジアも分かっているだろ。これ以上話を長引かせてみろ、何を口走るか分かったもんじゃねぇよ」
「そうですな。あの様子……続けてしまえば、本当に私達の立場が無くなっていたやも知れませんな」
市羽達が居なくなった部屋が騒がしくなり始めた頃、市羽達の四人は漆の屋敷に向かっていた。
「中々イキってたけど、今回のは流石に夜継が知ったら怒るかもよ?」
「あら、漆さんの中ではこれで彼が怒るの? それなら、楽しみね。常峰君が怒る所を見てみたいわ」
「あー、うん。多分怒らないかな。面倒くさそうな顔はするだろうけど」
「それは残念。でも、私達に頼りっきりになられても邪魔なのは確かよ。私にとって利用価値が無いのも事実だけど、常峰君までそう思ったら終わりでしょう?」
「ふーん。市羽は市羽で色々考えてるんだ。で? ペニュサさんはどうなると思う?」
「来るわよ。ペニュサさんが大事なのはギナビア国ではないもの」
不思議そうな顔をする漆に、興味なさげに後ろを付いてくる藤井と城ヶ崎の前を歩く市羽は、いつもと変わらず悠々と歩いていく。
所詮今回のやり取りは、市羽の中では数多く予想していた内の一つでしかく、そこから一歩たりとも外れはしなかった。
「まだゆっくりできそうには無いわね、常峰君」
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ここは魔王の領地であり、人間が足を踏み入れたことはない。そこに建つ城の一室では、塵となった投影玉を眺める魔族達が居た。
「これはこれは、本当にメニアルが負けてしまいましたね」
「みんおーこわーい」「こわーい」
「いやー、スゴイですねぇ!」
「ごほっ、あの時はまだ、ごほっごほっ、本気じゃないとはゴホッ、思いましたがここまでとは」
「テメェがおもしれぇモン見れるって言うから来てみりゃ、とんだ茶番だな」
アーコミアを始め、パティ・ニカ、フェグテノ、ニルニーア、そしてガゴウはそれぞれの感想を口にする。
「あの孤高の魔王が負ける相手を見れたのですよ?」
「確かにあの人間はつえぇ。だが、メニアルが劣っていたわけじゃねぇ。アイツ、負ける事前提の様な戦いをしてやがった……気に食わねぇ」
「昔馴染みなりの見解ですね。ですがまぁ、これは少々面倒な事になってきました」
アーコミアは薄々感じていた。
時間を掛けて張った根が、じわりじわりと毒に蝕まれていく感覚。新たに張られ始めた根が、確実に自分達の邪魔をする未来を。
少数だからこそ崩しにくく、慢心せずに崩される事を警戒されているから手も出せない。何よりも、その寄せられる信頼に付け入る隙が見えてこない。
「彼の強みは、彼自身というよりはその周りとの結束の強さと冷静さ。少々の事では揺らぎそうにないですね」
情報が入ってきているとは言え、その中で朗報と呼べるモノは少なく、逆にアーコミア自身が手を出していない場所に常峰の根が張られ始めた報告ばかり。
正直に言えば、アーコミアは常峰達の事を侮っていた所がある。少し特殊なだけでこの世界の人間と変わりなく、過去の異界の者の様に個の力を誇示するだけだろうと。
だが、前回戦った時より感じていた事が、今回確信へと変わる。
――考えを改めなければ。
背もたれに身を預け、小さく息を吐くアーコミアの口元は、怪しく歪んでいた。
次はどうしましょうか。悩みますね。
続編も頭の中でダンスしているので、ちょっと短編にでもして書き出してしまおうかとか思ってたりします。どうしましょ。
ブクマ・評価ありがとうございます!
これからもお付き合い頂ければ、嬉しいです!!