メニアルのご先祖様は……
遅くなりすみません。
念の為、セバリアスには人払いを頼み、俺とメニアルは城のテラスで紅茶を嗜み中。座っているのは俺達だけだが、少し室内の方へ視線を向ければ、メニアル側はラプトとジレルが。俺側はラフィとレーヴィが睨み合っている。
「仲良くできんもんかね」
「ラプトとジレルの事か? 随分とココを気に入り、打ち解けておる証拠じゃ」
「睨み合ってるのにか」
「敵対しておるのならまだしも、気心を知れておらぬのならば、我に迷惑が掛かるような事はせん。あれで二人はダンジョンの者達を認めておる。夜継に紹介した時も、ジレルが噛み付いておったろう?」
「あぁ、そういえばド直球に嫌い発言されたな」
「感情を晒しても平気と判断し、素直に言を発した証拠じゃ。連れてきた民を見て、我を見て、考え納得し、夜継の事を認めたのであろう」
「ってことは、素直に俺の事が嫌いなんだな」
「否定はせぬ。人間という事もあるが我側の問題もある故、謝罪はしておこう」
ジレルはツンデレかと思ったけど、俺は単純に嫌われているという事が分かった。ご機嫌な様子ながらも申し訳無さそうに笑みを浮かべるメニアルに、俺も軽く頷きながら話を流しておこう。
「そうじゃ夜継よ、これを破棄してやろう」
そう言ってメニアルが取り出したのは黒い紙だ。一度しか利用したことのないモノだが、もちろん覚えている。
盟約の書だ。
メニアルとその配下には手を出さず、協力は惜しまない。破ればダンジョンをメニアルにくれてやる。
メニアルもダンジョンの者には手をださず、俺達に協力をする。破ればメニアルの全てを俺が貰う。
そういう約束をした。その約束を破棄するか……。
「理由は? 悪いが、もう信用できるからで破棄は認めないぞ」
これは俺とメニアルだけの問題ではない。この盟約の書があるからこそ、安心できている者も少なからずは居るだろう。
形ある信用を取り消す理由に、メニアル個人の意思は弱い。
「夜継と我は明日戦う。以前行った模擬戦の様に腕試しではなく、我は夜継を殺すつもりで剣を抜く。であれば、夜継も我を殺す気で来なければならぬ。そこではコレが邪魔なのじゃ」
「以前は互いに殺す気がなかったから盟約に触れなかったが、今回は触れる可能性があると」
「これで手加減をされても気に食わん。安心するがよい、破棄して欲しいのは夜継の誓いじゃ。我の方は夜継が相手であれば、問題にはならぬ」
「おかしいな。ダンジョンの者には手を出さないとか誓ってなかったか?」
「夜継はダンジョンの王ではないか。ダンジョンそのものと言っていい夜継が、ダンジョンの者に含まれると思うておるのか?」
「屁理屈だろそれ」
「こういう個々の認識違いを利用した揚げ足取りは、人間の方が好むと記憶しておるがな」
確かに俺の誓いでは、メニアルの名前を明言しているが、メニアル側はかなり曖昧なモノではある。それでもメニアルはセバリアス達には手は出せず、逆に俺だけが手出しできないだけで、セバリアス達は誓っていないし、メニアルに対して手が出せると考えていた。
それに、こちらには市羽や新道達も居る。
やろうと思えば、互いに互いを殺す方法はあったのは事実だが、わざわざメニアルが話題に上げてくるとは思ってなかった……。
「俺の分だけ破棄するのは俺としては問題ないが、それを皆は認めるのか?」
「今の状況で、コレが無くとも夜継は我を裏切りはせんだろう。むしろ盟約があることで、我等に気を使いすぎて動けなくなってもらっては困る。魔族の事を考えると、この場で夜継に破棄させておいたほうが、我としても利になると見越してじゃ。我の言葉に反対は起こらぬ」
メニアルの言い分も理解できないわけではない。ダンジョンは国として利用している面も大きいし、今後は他国との交流も視野に入れてある。
魔族贔屓だと言い出す輩が現れた場合、この盟約を知れば利用しようともするだろうな。
「それで見越した結果、俺とメニアルが戦う必要があると」
「ここの王は夜継である。我ではない」
やたらと『王』を主張する。前の話で一応分かってはいる。渋々戦う事を承諾したのに、ここまでくると勘ぐっちまうな……メニアルは何か焦っているようにすら感じてくる。
初めこそ俺も力の主張をしたけど、もう十分だと思ったんだがなぁ。いや、ただ俺と戦う予定があるから機嫌がいいだけなのかもしれん……。
「で、破棄するか? するのは夜継の方のみで、我の方は結んだままで構わぬぞ」
「本当にメニアルが誓った分は破棄しなくていいんだな?」
「構わぬ。我の信頼の証とでも受け取ると良い」
「嫌味な言い方をしてくれるな」
もう苦笑いしかできず、メニアルと俺の良い所をジレルと言い合っているラフィに、保管してある盟約の書を取りに行かせた。
レーヴィとラプトは、言い合いこそしていないが、にらめっこ状態が続いているので逆に声が掛けづらかったんだ。
「盟約の書の事はもうよかろう。後で破棄すれば良い」
「現物来てからじゃないと、詳しい方法も俺は分からんしな。んで、次は? なければ俺も幾つか聞きたい事があるんだが」
「どうせ夜継の話は長くなる故、まだ我の番じゃ。あの市羽という娘について教えよ」
「市羽についてか。大した事は知らんぞ? 所謂天才で、なんでも自分で出来ちまうから、人付き合いが少し苦手なタイプってぐらいか?」
メニアルに聞かれて考えてみるが、まぁ案の定というか、詳しい事なんて知らない。そもそも、メニアルが何を知りたい事を俺が知っているとも思えない。
当人から聞き出した方が早かろうに。
「概ね我が思ったことと変わらぬか」
「会ったのか?」
「コレを渡しにな」
ぽいっと投げ渡されたガラス玉は、俺が見てもイマイチ分からん。百均に売ってるビー玉の一つだと言われても納得するだろうな。
んで、コレなんだ。
「市羽の言葉を借りれば、それは生放送できる道具じゃ」
あ、すげぇ嫌な予感がし始めた。
「今、夜継が持っているのが捉えるモノ。適当にばら撒いて来たのが、映し出すモノじゃ」
「適当に……ばら撒いた……?」
「まず、ログストアの王に渡しておる。後は市羽に、リュシオンにもコニュアであったか?渡しておるよ。残りは、人が集まっておる所に転がしておいたわ」
もう聞く必要は無いんだが、俺の諦めの為に聞いておこう。
「なんでばら撒いたんだ」
分かってるさ、無意味な質問だと分かっている。
「我と夜継の戦いを見せつける為に決まっておろう! ダンジョンには、遠くを映す機能がある故、これは不要であろうが、他はそうもいかぬからな。我が直々に撒いておいたぞ」
ですよね。
「ちなみに今、俺が持っているのを壊したら……」
「替えはあるから心配は要らぬ」
「そりゃ安心だ」
俺の言葉にメニアルは満足気だが、嫌味って分かってて笑っているのが薄々分かるのがなんとも。
にしても、メニアルの言っていた準備ってこれの事か。止めとけば良かった……しかも、市羽達にも回ってるってことは、それなりに向こうは向こうで話が進んでいそうだ。
今更止めようにも止めづらい。
分かっているからこそ、だるいな。どんどんメニアルと戦うのがダルくなっていく。
「というか、これログストアの技術じゃないのか。俺が口を滑らせたとか思われたくないんだが」
「あの人間には説明をしてきておる。この事で夜継を疑い、難癖を飛ばすほど愚かでもないであろう。さて、夜は長い。次は夜継の番といこう。我はまた後で聞く」
これ以上イヤイヤ言っても仕方ないから切り替えよう。諦めて、この時間を有意義なモノにしよう。このビー玉についてハルベリア王に何か言われたら……その時対処できるようにしとこう。こっちから慌てて言った所で、逆に後ろめたく見える。
「まずは魔王オズミアルについて聞きたい。今どこにいて、どういう奴なのか」
「夜継はオズミアルの事をどこまで知っておる」
「でかいって事ぐらいしか知らないな。その大きさも正確には知らない」
「ふむ、では我の方がオズミアルに関しては知っておるな。まずは、奴が今いる場所じゃが」
俺が頷くと、にらみ合いながらも話を聞いていたレーヴィが地図を用意し、ラプトが地図に立てるピンの様な物をメニアルの前に並べていく。
なんやかんやで息ピッタリな二人に、俺は少し驚きながらもメニアルの話に耳を傾けた。
「奴は何故かリュシオン国側の海におった。それもかなり近くに」
「何故かって珍しい事なのか?」
「以前にも言ったかもしれぬが、オズミアルは基本的に一定の場所から動かぬ。場所で言えば、この辺じゃ」
現在オズミアルが居る場所にピンを立てたメニアルは、地図上より外の場所を指でトントンと示した。
そこは地図上で見れば、陸からかなり離れている海。だけどオズミアルが居るのは、そこから大分離れたリュシオン国に近い海だ。まぁ、それでもリュシオン国からはかなり離れている。
「オズミアルがこれほど陸地に寄るのは珍しい。今はこの場で沈黙しておるが、どこか気が立っておったのも気掛かりじゃ」
「そんな事を言ってたな。オズミアルが気が立つとどうなるんだ?」
「我も奴の事を詳しく知らぬのだ。知性があるのかも曖昧であり、気が立っておる所など初めて見た。我の母であれば知っておったかもしれぬがなぁ……今のオズミアルは不気味だ」
「ちなみにメニアルはオズミアルと戦えるか?」
「別に戦う事はできるが、奴を殺せるかは怪しい所じゃ。どうであれ最古の魔王、そう安安といかんのは事実。歴代の魔王と呼ばれた者達ですら、奴を殺すには至っておらんのが何よりの証拠じゃ。リュシオンがこれだけ近場にあるとなれば、気を使ってやらねばならん……我が不利で最悪死ぬかもしれぬな」
地図を見ても、近いとはいえリュシオン国から結構離れているのだが、それでも気を使わなきゃ巻き込む可能性があるのか。
「大きさが分からん。周りを気にせずやった場合どうなる」
「であれば我は死なん。時間を掛ければ、殺せるやもしれんが……間違いなくリュシオンは消える。奴とやりあったことはないのだが、ハッキリと言えるのはそれだけじゃ。奴は島そのもの……最悪を想定するのならば、この大陸の半分は消えると考えよ」
指でなぞる範囲は、リュシオン国のみならずログストア国まで囲うほど広かった。そしてオズミアルの位置を示していたピンを退け、メニアルはワイングラスをそこに置く。
伝えたい事は分かった。それほどにオズミアルというのはでかいという事なのだろう。
「そこまでデカイなら、今ならリュシオン国からオズミアルが見えそうだな」
「当然であろう。山がある故に見えんであろうが、少し飛べばすぐに見える。何より、巨鳥で帰った者達はオズミアルを見ておる」
後で東郷先生に確認だな。
メニアルがコニュア皇女と会ったのなら、その話も少し出ただろうけど、当人達から聞いてみたい。そして聖女の娘であるなら、オズミアルの事をコニュア皇女は知っているはずだ。
魔王が近くに居るというのに、流石に何も反応しないのは、コニュア皇女は大丈夫だと判断できる何かを知っている可能性が高い。
その前にもう一つ気になることがある。
「メニアル……本当にオズミアルの事を知らないのか?」
「ふむ。何故そう思う」
「気が立ってるってのが引っかかってた。移動した事に驚くのは分かるが、気が立ってる事に気付くのは、それだけ観察をしていたんじゃないかと思ってな」
威嚇をするなら分かるが、オズミアルの話と様子、リュシオン国の反応を考えると、そういうのは分かりづらいのではなかろうか。という予想でしかない。
それに手を出していないにも関わらず、メニアルの中では意外とオズミアル戦のイメージが出来ている口ぶりだ。
まだ話していない事があるのなら聞いておきたい。
仮にすぐに戦闘になった場合、オズミアルの情報がなさすぎるのは困る。
「中々に敏いと言えばよいか、我の反応と言葉を良く観察しておると言えばよいか。先に聞いておくが、他に我に聞きたい事とはなんじゃ」
「ん?あぁ、酒造と畜産に関しての知識はどうしたのかを聞きたい」
「魔族がそちら側に力を入れ、そして高めてきた賜物である。それでは納得ができぬ……という顔じゃな」
「それが事実なら、別にそれでいい。だけど、どうも親近感が湧くらしいんだよ。まるで知識だけを先に受け取って、魔法で科学に無理矢理寄ってきているような感じが」
これで答えないのなら、別にいい。あくまで過去に協力した異界の者が居るかどうかが知りたいだけだ。
それなら、魔族側にも何かしら得ていない情報があるかもしれない。そういう話しが出てくるだけで、探すのならば別の方法を考えればいい。
そう思っていたが、何度か頷くメニアルを見た所、その必要はなさそうだ。
「その事を疑問に思ったのは夜継ではないな。夜継は、食にも無頓着であろう」
「まぁ、適度に美味けりゃなんでも。違和感を覚えたのも、畑と中満だ」
「あの二人か。美味い飯に美味い酒。確かに、あの二人が求めているモノを考えれば、気付いてもおかしくはないであろうな」
「納得してくれたようで。とりあえず俺が優先して聞くのはそれぐらいだ。その前にオズミアルの事を是非聞きたいね」
「ふむ。どう話せば良いか……我の知識は母から受け継いだモノであり、母の知識はその母から。して辿り着く先は、オズミアルの背にある」
全く理解ができないけど、質問はせずにメニアルの話しを聞こう。もしかしたら最後まで聞けば、それとなく理解はできるかもしれん。
とりあえず、メニアルの知識はオズミアルの背中が関わっていると……。
眉間にシワが寄りそうなのを堪えながら、適当に相槌を打つと、ふーむ。と悩みながらもメニアルは言葉を続ける。
「又聞きではあるが……かつて、氷帝と呼ばれたフラウエースが死する時、オズミアルの背に氷山を作ったのじゃ。その頃には既に巨大な魔物であったオズミアルだが、時を経て氷帝以外と心を通わせた者がその背に住んだ事がある」
やばいな。色々とツッコみたい。聞きたい事が増えるばかりで、話が見えない。
フラウエースって、あのフラウエースでいいんだよな?
氷帝の事も、佐々木達が暴走した時にセバリアスが言っていた氷帝でいいんだよな?
氷山を作ったってのは、つまるところのスキルの暴走の結果である可能性が高い。でも何故それがオズミアルの背中なんだろうか。
聞けば話が脱線しそうだから、とりあえず今は頷いて喉元で言葉は止めておこう。
「その住んだ者が、異界の者であり我の遠き先祖じゃ」
「は?」
「我の血を辿れば、半魔が混じっておる。母の母の父の母の父ぐらいか……魔族は寿命で死する事が少ない故、明確な形では残ってはおらぬが、半魔が混じっておるのは確かじゃ」
「つまりなにか? 召喚された異界の者が魔族と子供を作ったという事か?」
「その通りじゃ。現に我が使う空間魔法は、異界の者が編み出した魔法じゃよ。我はそれの正統後継者というやつじゃ」
アッハハハと笑いながら空間を開いては閉じるメニアルの前で、俺は眉間を指で押さえつけて情報をまとめていく。
異界の者が先祖に居るならば、そこから伝えられたんだろうな……と、確かに知識の事は納得できる。
オズミアルの事も、その異界の者が背に住むぐらい仲が良かったのであれば、何かしら機嫌を知る方法を知っていてもおかしくはない。
あれ?何も問題はないな。強いて言えば、フラウエースの件とその異界の者がどういう人物だったのかを知りたいぐらいで、俺の問いにはしっかり答えている……のか。
「ちなみに、その異界の者って名前は?」
「我が先祖としか知らされておらん。母も聞いてはおらんかったのであろうな。ただ聞いておる話では、夜継が連れてきたエルフ共と親しき者であったと聞く。なんでも、奇抜な服装を好んで纏い、変わった文字を操っていたらしい」
その時、俺の脳内にある人物が浮かんだ。ギャルだ。ギャル文字だ。
駆け落ちって、まさかの魔族だったか。てっきりエルフの誰かだとばかり思っていた。知識云々の前に、そりゃ人間側は大反対しただろうな。
空間魔法のベースは、爺達が作り上げていた色々打ち込める巻物だと予想もできる。っていうより、例のギャルなら可能にしそうだと思えてしまう。
あぁ、辻褄を合わせようと思うと、合わせられてしまう。変な人物が出てくるより納得できてしまう。
「ちょっと話は逸れるが、そのボロボロのドレスってさ……結構着てるけど、こう、直したりしないのか?」
「戦いの末に多少傷んではいるが、これはダメージ云々という装飾技術なのだろう? しかし言われれば、随分と着ておるな……我にはどう直せばいいのか分からぬ。今度半魔の娘にでも頼んでみるとしよう」
「あぁ、うん。きっと普通に良いドレスを選んでくれるだろうよ」
まさかファッション感覚で着ているとは思わなかったが、ダメージ加工の概念が歪んだ結果だと思えば、きっと俺は優しい顔をしている。
予想外な所から繋がりが出てきたギャルの存在に、俺の頭は処理を放棄した。
オズミアルの事は、口伝なりで知ったのだろう。知識に関しても、同じ様に。寧ろ話を聞いた結果、知りたい事の方が増えてしまった。
メニアルが知るギャルの人物像や、フラウエースの事。オズミアルの背には他に何があるのか。他にもぼちぼち聞きたい事がある。
「して、我は問いに答えられたか?」
「一応はってところだな。次はメニアルの番にしよう。俺も少し頭を整理したい」
「寝るではないぞ?」
「正直に言えば、放棄して寝たい内容だった」
漏れた言葉にメニアルは笑うが、絶対寝かせる気は無い雰囲気がビシバシ伝わってくる。
まぁいい。どうせ時間はあるんだから、ゆっくりと頭を整理する事ぐらいはできるだろうさ。
少々立て込んでしまい、急いだのですが……更新遅れてしまいました。すみません。
次はメニアル戦になると思います。
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これからも、どうぞよろしくおねがいします!