ログストア国からの使者
気だるい、無理だ。もう眠い。
チーアと遊び、ハルベリア王との話し合いを終え、戻ってきて即布団に潜り込み、気がついて眠りから目覚めた俺が二度寝に勤しもうとすると、何か圧を感じて目を開けてみれば……。
「ふむ」
「メニアル……何してんの」
随分と整った顔がマジマジと俺を見ていた。
「夜継の寝顔は可愛らしいモノと聞いてな。我もこうして眺めてみたのだが……なるほど、随分と無警戒ではある」
「誰がんな事を言ったんだよ。ってか、今何時だ」
「昼前じゃ。そろそろ起きよ、我との約束を無下にすることは許さぬぞ」
嫌だぁ。起きたくないぃ。だって、今起きたら次に寝れるのはメニアルと戦った後だろ?
もう無理だ。眠いんだ。意識がストンと落ちて寝るんだぁ。
「何を寝ようとしておる。丸一日寝たというのに、まだ寝るというのか」
「ん?丸一日? 俺が戻ってきたのはいつだ?」
「二日前であろう?」
「やっべ。セバリアス!」
慌てて起きた俺は、部屋を軽く見渡して声を張る。
寝起きで少し喉がガラガラだったが、それどころじゃない。
夜遅くに帰ってきたとは言え、まさか丸一日寝潰しているとは思わなかった。俺的にはまだまだ足りないが、流石に今回は寝ている場合じゃない。
「ここに。おはよう御座います、我が王よ」
「おはよう。悪いが急いでリピアを呼んできてもらっていいか?」
「かしこまりました」
スッと現れたセバリアスは、俺の言葉に答えるとスッと消えてリピアさんを呼びに行った。それを見送った俺は、起き上がりたくないと訴える身体を起こし、伸びをしつつ戻ってきた時に机に投げたログストアから持って帰った書類をまとめていく。
「何をしておる」
「ちょっとなぁ……メニアルとの約束は明日でいいか? 一番早くても明日の今頃になるし、夜は俺が寝ない様に付き合ってもらうぞ」
「よかろう。それで構わぬ。であれば、夜まで我は出てくるとしよう」
「俺の時間ができたら呼びに行くから、夜には戻ってこいよ。じゃないと、俺が寝る」
「ハハハ、あまり遅くならぬ様にする故、安心せい」
裂いた空間の奥に消えていくメニアルも見送ると、書類をある程度まとめ終えると同時に扉がノックされた。
返事をすれば、扉を開けてセバリアスとリピアさんが部屋に入ってくる。
「おはよう御座います常峰様。急用との事でしたが、いかがなさいましたか?」
「おはよう。急かして悪いが、とりあえず座ってくれ」
「でしたら先に紅茶のご用意を――」
「それは私が致しましょう。リピアは座りなさい」
紅茶の用意をしようとしたリピアはセバリアスに止められ、遠慮を見せながら俺の対面に座った。
気を利かせてくれたセバリアスに感謝しつつ、あまり時間も無いため、まとめた書類をリピアさんに渡しながら話を始めよう。
「早速本題に入るけど、今日の昼過ぎに護衛一人と世話係一人を連れてリーファ王女がこっちに来る」
「随分と急ですね。護衛の数から察しますと、お忍びですか?」
「急になってしまったのは俺のミスだ。本来なら昨日の内には伝えるつもりだったんだが、どうやら起きる事も無く寝てしまっててな」
「私は担当ではありませんので詳しくは分かりませんが、お食事はしっかりと取られていたようですよ?」
「あ、そうなの」
すげぇな俺。意識が無くてもしっかりと飯食ってから、またすぐに寝たってことか……んー、何一つ思い出せない。思い出せないけど、まぁいいか。
それよりも話を進めなければ。
んん”っと誤魔化す様に喉を鳴らした俺は、セバリアスが入れてくれた紅茶で軽く喉を潤してから話を続けていく。
「話を戻すが、別にお忍びというわけではない。これがハルベリア王との契約書だ」
「拝見させていただきます。……、……なるほど把握いたしました。特区の管理にリーファ様がお越しになられるのですね」
「第一天空街の一部を貸し出す予定だが、すぐすぐには取り掛からないだろう。視察をした後に、リーファ王女とすり合わせて話を進めていく。期間は決まっていない」
「ハルベリア様とのお話の内容は存じ上げませんが、無粋な事を申し上げますと、些か早急過ぎではありませんか? こちらの準備が何もできていませんし、魔族の件もございます。無期間というのも気になりますね……特区は孤島が前例としてあると考慮しても、常峰様らしくない気がいたします」
ごもっとも。
何の事前準備も無しに進める話でもないし、俺には他にも色々とやらんといけない事がある。だけど、今回の特区の管理と視察は建前だ。
しかし何というか、リピアさんもちゃんと色々と気にかけてくれている。これなら、リーファ王女の事も少し任せっきりでも問題ないかもしれん。
顔見知りという事でリピアさんに任せるつもりだったが、良い人選だったかもな。
「裏話をしてしまうと、結婚が嫌で逃げてくる」
「そういう事でしたら、違和感も腑に落ちました。リーファ王女のお年頃であれば、そういうお話が上がってもおかしくはありません。ですが、逃げ出す事をハルベリア王がお許しになったのですか?」
「最有力候補がオーマオ・ドブロスらしくてな」
「オーマオ・ドブロス……これを機に、ギナビア国へ媚売りをするつもりですか。魔王の件でも慌ただしい今ならば、多少の無茶も通ると見越しての事でしょう」
「大体そんな所だろうとハルベリア王も考えていたよ。だから、手の出しにくい俺の所にリーファ王女を寄越すという算段だ。最初から特区の話はあったという前提をハルベリア王がでっちあげて、今回俺から提案したという流れにしている」
「そういう事でしたか……出過ぎた意見をしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、考えがあるなら言ってくれて構わない。別の視野からの意見は助かる」
頭を深々と下げたリピアさんは、俺の言葉にありがとうございます。と言葉を返すと、改めて手元の契約書に目を通して小さく頷いた。
「オーマオは王位を狙っています。ギナビア国にすり寄っては居ますが、王となった場合はそう早くない内に開戦をしかねません。リーファ様に迂闊に手が出せなくなった今、ハルベリア様の身にも危険が迫ると同時に、最悪の場合でリーファ様の命が危うくなるでしょう」
「強行しかねないか」
「はい。リーファ様に何かあった場合、常峰様――中立国に罪を着せる可能性も高いと考えます。私も最近ではラフィさんに手解きをしていただき、以前より正面切っての荒事も熟せるので、リーファ様の事はお任せください。つきましては、常峰様にお願いがございます」
「お願い? まぁ、リピアは良くやってくれているから、あまり無茶なものでなければ」
「私にダンジョン契約をしていただきたく思います」
まさかの頼みに、俺は言葉を失う。
言っている意味を理解していないわけではないだろうし、冗談で言っている様子もない。しかし、あまり俺はダンジョン契約が好きではなく、現に俺がダンジョンマスターになって召喚以外で新規契約した者は居ない。
「ダンジョンに縛られるのを望むと」
「というよりは、皆さんと一緒に本当の意味で常峰様にお仕えしたいと考えております。この場所は、とても優しく生きていると思える場所……私はダンジョンの皆さんと共に生きていきたいのです」
誰かに強要されている様子もない。それは、柔らかく笑みを浮かべるリピアさんを見れば分かる。
「ダンジョンと契約するということは、俺が知ろうと思えばリピアの思考から何から全て知る事ができる。それでも望むと」
「はい」
迷いなく、まっすぐ目を見て答えられるとは。
チラッと待機しているセバリアスの様子を見ると、その表情は少し嬉しそうである。つまり、少なくともセバリアスは認めているという事だろう。
「留まる事を強制はしない。もし嫌になればすぐに言ってくれ」
言い終えた後にトンッと強く机を叩けば、座っていたリピアさんは淡い光に包まれる。数秒もすれば、そこには何も変わらないリピアさんが居たが、ダンジョンの機能ではハッキリとリピアさんがダンジョンの一員になった事が分かる。
おそらくセバリアス達にも伝わっているだろう。
「ありがとうございます。常峰様」
「こき使うから、覚悟しておくように」
「それは楽しみです」
どうして嬉しそうに笑うのか分からない……と苦笑いを返していると、扉がノックされ返事をすると、シーキーが顔を出した。
「我が王よ、ログストア国よりリーファ様と他二名がお越しになっております」
「予定より少し早いな」
時計を確認した俺は、予想していたより早めに到着したリーファ王女を迎える為に指示を出す。
「シーキーは城の方にリーファ王女達を案内してくれ。セバリアスとリピアは、数人使っていいからリーファ王女が寝泊まりする屋敷の点検を急ぎで。点検に時間が少し掛かりそうなら、先に天空街の案内を済ませるから、リピアはそのつもりで。あー……シーキー、城に案内を終えたら、荷物だけ先に屋敷に持っていてもらえるか?」
「「「かしこまりました」」」
「では頼む。着替えを済ませたら、俺も城へ向かう」
一礼をした三人は、指示のために部屋を出ていくが、シーキーがリピアさんに対してよかったですね。と声を掛けているのが聞こえる。
どうやら俺が思っている以上にリピアさんはダンジョンの皆と馴染んでいるらしい。
それが少し嬉しくなり、オーマオへの対処を考えながら俺は着替えを終えた。
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「此の度は、我がログストア国の為に土地を貸していただきありがとうございます」
「こちらこそ迎えも寄越さず失礼しました。内容が内容ですし、これから長い付き合いになるでしょう。相談事があれば遠慮なく言ってください」
「お気遣い感謝します。では親睦を深める意味も兼ねて、二人の紹介をしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
そう言うと、リーファ王女と一緒に来た二人が一歩前に出て頭を下げる。
「ログストア国騎士団副団長マーニャ・バニアンツと申します。お久しぶりですね、常峰様」
「本当にお久しぶりですね、模擬戦以来ですか」
「早々に謝罪をしなければならないにも関わらず、遅くなりましたが、あの時は大変申し訳ありませんでした」
「気にしてませんよ。城でも顔を見ませんでしたし、遠征などが多かったのでしょう」
「温情感謝します!」
ゼスさんにも謝罪はもらってるし、今更気にしてはいない。そのおかげと言ってはなんだが、セバリアス達とも出会えたわけだしな。
軽くマーニャさんと握手を交わすと、次はメイド服の人の番だ。
「お初にお目にかかります。此の度はリーファ様のお世話係を任命されましたアミュランと申します」
「はじめまして、常峰 夜継です。環境も代わり、世話をするにも大変でしょうから、何か困りごとがあれば言ってください」
「ありがとうございます」
ペコッと頭を下げるアミュランは、本当に初めてだな。
ログストア城で見た記憶はないけど……新道達なら知っているんだろうか。
「一応こちらからもリーファ王女にはリピアを付けるので、基本的にはリピアが対応してくれるでしょう」
「リピアですか?」
「安心してください。今のリピアは、立派な俺の部下なので」
一瞬不安そうな顔をしたリーファ王女だが、俺の言葉を聞いてそうですかと頷く。
俺も最初は元密偵であるリピアさんを付けるのは悩んだが、リピアさんがまだギナビア国と繋がりがあるなら、これで炙り出せると考えていた。
まぁ、結局はそれも杞憂だったわけだが。そもそもラフィやセバリアス達の目を欺けるのか?と考えれば、本当に俺が心配性だっただけだ。
「常峰様の人選であれば、私もそれを信用します。リピアとも久しく話していませんので、少し楽しみですね」
「リピアも楽しみにしていましたよ」
社交辞令は忘れずに。
リピアさんなら大丈夫だろうし、後は任せて他の用事を済ませに行こうかな。
「それと、お父様から常峰様へ手紙を預かっております」
「ハルベリア王から?」
三人に断りを入れて手紙に目を通していく。
内容は、今回の件に関する礼と頼み事。
要約すれば、何やらチーアの様子がおかしいらしく、魔力の流れが不安定な事が予想されるため安定をさせたいから、城だけでいいからダンジョン領域を少し縮めて欲しい。という内容だった。
別にそれは構わないのだが……少しだけ気になるな。
「これは本当にハルベリア王が?」
「お父様の机に、常峰様に渡してほしいと私に向けて置いてありました」
「そうですか」
チーアとは遊んだばっかりだし、そんな調子悪そうな感じはなかったんだがな……。
でも、遊びすぎて疲れたって感じでもないだろう。チーアの体調が悪いのなら、素直に聞いておくかな。魔力が原因なら、本当に俺のせいでもあるかもしれんし。
「手紙は確かに受け取りました。これはこちらで処理しておくので、リピアが来るまで待っていてください。あぁ、昼食は食べましたか?」
「バタバタとしてしまったのでまだですね」
「良かったら先に食事でも。絶品ですよ。シーキー、リピアが来るまで後は頼む」
「お任せください」
俺は三人に軽く頭を下げて城から出ていく。
えーっと、とりあえずリーファ王女の事は大丈夫だろう。数日は天空街の案内で潰れるだろうし、新道にもリーファ王女が来ている事を伝えれば……多分、顔を見せにぐらいは行くと思う。
後は、ヒューシさんにリーファ王女が来ている事を伝えるかだが……どうしたもんかね。
伝えれば間違いなくギナビア国にも伝わる。そうすれば、ハルベリア王が伝えるよりも早くオーマオが知る事になるかもしれない。
ヒューシさんは第二天空街に居るし、暫くはリーファ王女に会う事もないだろう。少しの間は様子見しておくか。ハルベリア王の動きに合わせつつだな。
「セバリアス」
「いかがなさいましたか?」
寝室まで戻れば、俺が戻ってくるのを察してか、セバリアスが新しい紅茶を用意してくれていた。元々セバリアスにも用事があったし、丁度いい。
「少しの間、リーファ王女とヒューシさんが接触しないように気をつけてくれ」
「皆に伝えておきましょう」
「後、エルフと一緒に来ていたギルドの冒険者達はどうしてる」
「岸様達と顔見知りだったようで、岸様達と共に皆様でエルフの手伝いをしております」
「一時は出ていく気配がなさそうだな。ギルドへの報告とかはいいのだろうか」
ふと疑問に思ったことを口にしつつ、ダンジョンの範囲調整を終えていく。
本当はエマスをログストアへ送ってからにしようと思ったのだが、俺の魔力が原因ならエマスでも影響が出てしまう可能性があるので止めた。
新道を帰しても良かったけど、流石にね。後々になってハルベリア王に小言を言われそうなので、先にこっちから協力した雰囲気は出しておこう。
「そういえば、後でご報告に来ると思いますが、今晩にでもコニュア様達がこちらを発つそうです」
「なら、先にコニュア皇女達と会っておくか。夜は時間によっては俺が無理だし、東郷先生達はどうするか聞いておきたいしな」
リュシオン国も随分と面倒事を抱えているようで、コニュア皇女も立場上放置はできんだろうな。一応目的は達成しているので長いも不要っちゃ不要だ。
幾つか不安要素はあるけど、東郷先生達には向こうに居てもらったほうがいざという時動けるだろう。
「とりあえず色々と動く前に、飯を頼めるか? セバリアスもまだなら一緒にどうだ」
「嬉しいお誘いありがとうございます。すぐにご用意致します」
「あぁ、頼んだ」
予定はあれど腹が減った。
夜にもメニアルと話す事もあるし、寝ずに済みそう。あぁ、でもメニアルと戦うの面倒くさいなぁ。途中で寝落ちしちまったらどうする気なのだろう。
もしかして、延期になったりするんだろうか。
「邪魔するぞ」
逃げる手を考えていると、いきなり扉が開けられて、メニアルの側近のラプトとジレルがヅカヅカと入ってきた。
「俺の部屋に来るとは珍しい」
基本的にメニアルと共に居るか、魔族達と行動している二人が俺の部屋に来るのは珍しい。いや、珍しいどころか初めてかもしれない。
一体何用だろうか。
「貴様が寝ない様に監視しておけと、メニアル様から命令を受けた」
「メニアル様がお戻りになられるまで、私とジレルで監視をさせていただきますので、ご了承ください」
ご了承したくありません。なんて、この二人は聞いちゃくれないんだろうな。
メニアルの奴、俺を寝かす気はないと……ちゃっかりとしてやがる。
「ご苦労さま。二人とも昼食は?」
「まだだ」
「監視ですので」
セバリアス達も大概だが、メニアルの側近二人も中々に律儀というかなんというか。よくやってくれるわ。
「セバリアスに持ってこさせるから、二人ともココで食べるといい」
「いえ、私達は」
「いいから食べとけ。俺の監視を頑張ってる二人への労いだよ。だから、俺が寝ない様に頼んだわ」
「ふん。相変わらずムカつくやつだ」
少し納得いかないようだが、静かに俺に対面に座るラプトと、鼻を鳴らしながらも座ってくれるジレルを見て、笑いそうになる気持ちを抑えつつセバリアスに二人の分も頼み持ってきてもらった。
そして四人で食事をした後は、ラプトとジレルに監視をされながら予定を済ませ、コニュア皇女を見送り、入れ替わる様にメニアルが戻ってくる。
そうなれば残る今日の予定は……。
「今戻った。では夜継よ、今宵は日が昇るまで語り明かそうではないか」
俺との戦いがそんなに楽しみなのか、ハツラツでニコニコとしたメニアルの相手だけだ。
夏ならではの楽しみと言ったら、何がありますかねぇ。
ブクマありがとうございます。
誤字脱字などまだまだ多く、皆様に助けられてばっかりですが、これからもどうぞよろしくおねがいします!!