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眠れる王  作者: 慧瑠
水面下の波
153/236

一方その頃:姫と女帝

短めかもしれません

「そろそろギナビア国ごと常峰君に献上してしまおうかしら」


ギナビア城の書物庫で一人、読んでいた本を閉じた市羽は小さく呟く。

何気ない呟きだが、市羽が集めた情報とギナビア国に来てから築き上げた信頼を上手く利用すれば、今のギナビア国を瓦解させることができる道が市羽には見えている。


市羽の発言力はそれほど高いものではない。しかし無視できるものでもない。何より、王であるレゴリアと元帥であるヴァジアの二人が耳を傾けてしまう。

ギナビア軍の兵達からも、勇者である事とその強さから絶大な信頼と評価を得ているのだ。


最初のお披露目で行われた一対多の模擬戦は、市羽本人の意志で何度か行われ、そのおかげか兵達と市羽の距離は近い。


声をかければ挨拶をしてくれる。

食事も兵達が利用する食堂で共に食べる時もある。

戦いの後に改善点を聞けば、親身になって手解きをしてくれる。

そして王からの依頼は完璧にこなし、それを鼻にかける事もない。


その対応は街に出た時も変わらず、いつしか市羽はギナビア国で'常勝無敗の姫'と影で称される様になっていた……市羽の予定した通りに。


「私が称賛を嫌うと認識してくれているのも嬉しいわ」


今更周囲が並べる賛辞に興味など無い。尊敬や憧れや嫉妬など、向けられた所で何も感じない。表情が、心が動く事はない。

私が欲しい視線と言葉は、いつだってたった一人が口にする言葉。

それが聞き慣れた賛辞であれ、尊敬であれ、嫉妬であれ、憧れであれ、当然だと納得する言葉であれ、その声が紡ぐ言葉が欲しい。


そう思う市羽は、ふっと口元を緩ませると、視線を後ろに向けて口を開く。


「私に用事かしら?」


今度は独り言ではない。

傍から見れば、虚空に向けて話しかけている様にも見えるが、それはすぐに姿を現した。


「まさか……我に気付くか」


「気配には少し敏感なの。こうして一対一で話すのは初めてね、メニアル・グラディアロードさん」


ぱっくりと開いた空間の先では、少し驚いた様に目を丸くしたメニアルがいた。対する市羽は、表情を変える事なくメニアル用に椅子を用意して、座るようにと視線を配る。


「メニアルで良い。いつから我に気付いておった」


「メニアルさんが来た時かしら。私の独り言に返してくれるのかと思ったのだけど、逆に気を使わせてしまったようね」


「国を夜継に捧げるなど、この国の兵が聞いたら卒倒するであろうな」


「私に気付かれずに聞き耳を立てられるのなら、それはそれでこの国もまだ大丈夫そうね」


「大した自信じゃ」


「私達の王様の要望に応えるには、自信も必要なのよ。この状況で、貴女の首を持ってこいと言われたら、そうするためにもね」


市羽の言葉を聞いて、メニアルはカラカラと笑いながら手近な本を開く。そして何の前触れも無く市羽の首を狙って空間が切り裂かれた。


「口だけでは無いか……だが、今のお主で我に刃が届くとでも?」


「心外ね。数刻も要らずに、私の刃は貴女に届くわ」


ピタリと首元で止まったのは裂かれた空間だけではない。メニアルの首元にもいつの間にか抜かれた刃が添えられている。


メニアルの言うように、市羽の刃はメニアルの首元ギリギリで小さく開く空間に止められているが、市羽の首を狙った攻撃もまた小さな魔力の塊によって止められている状況。

そんな状況で二人は言葉を交わし、小さく笑みを浮かべると、どちらからともなく矛を収めた。


「なるほどのぉ……ギナビア国が大人しく、夜継も必要以上に干渉をしなかった理由は、お主が居るからか。確かに下手に動くより、お主を自由にさせておいたほうが良く事が運びそうではあるな」


視線を本から市羽へと向けたメニアルは、改めて市羽を観察して納得したように頷く。


「どうかしら。彼が世界を欲しがるならそうするけど、そうはならないでしょうし、今の彼は少しずつ事を運ぼうとしているわ。今は私が大きく動かないのを望んでいるでしょうね」


「まるで世界を欲しがれば渡せるような言い方をする」


「半分なんてケチな事を言う気はないわ。この世界は狭すぎるもの、今なら簡単よ」


「……お主、どこまで知った」


「その問い方は返答に困るわね。どの答えを求められているのかしら……この大陸が世界の中心である事? 世界が広がっていること? それとも、人間はこの大陸にしか存在していない事かしら」


市羽の答えに、メニアルは本当に驚いた様に目を見開いた。

当然だ。その答えは、メニアルが考えていたよりも正確な答えなのだ。


「夜継め、随分と扱いづらい者を従えておるではないか」


「褒め言葉として受け取っておくけれど、どれも彼には関係の無い事よ。帰還するにしても、安定した睡眠を得る為にしても、どうでもいい事だもの。常峰君だって、他の大陸に人間が居ない事は薄々気付いているでしょう?」


「であろうな。海の奥の話をした時に、夜継はあまり興味を示しておらんかった。集まる情報の密度から、気にする事無しと判断したのであろう」


「彼らしいわ」


頬を緩ませる市羽を見て、メニアルはふと思ったことを口にした。


「お主は夜継に惚れておるのか? お主ほどの逸材が素直に飼われているのは、惚れた弱みというやつか」


「……? 確かに彼の寝顔は可愛らしいと思うけれど、これが恋愛感情というものなの? だとしたら、随分と身勝手なものなのね。ふふっ、でも悪い気はしないわ」


本当に分からないと首を傾げた市羽は、少し考えて納得したように声を漏らして笑う。それを見るメニアルは、変な自覚をもたせてしまったかな?と苦笑いを浮かべるばかり。


くすくすと笑う市羽を見続け、さてどう続けたものか……と言葉をメニアルが探していると、先に市羽が言葉を続けた。


「そうならないと分かっているからこそなのかしら……私、彼を跪かせてみたいの。堕落させて、私無しでは何もできないほどに縋らせてみたいのよ。誰か期待に応えると、その誰かは喜ぶけれど……いつからか別に私は何も思わなくなっていたわ。でも、常峰君の期待に応えて彼が安心した姿を見ると、今でも私は満たされていく……当然の様に、彼が私を利用するのがたまらない」


「まぁ、お主の利用価値は高かろう」


「常峰君は私を良く知っているわ。私の当然と当たり前を、彼は本当に理解してくれているわ」


「お主がいま口にした、願望にも似たそれは知らぬだろうがのぉ」


「ふふふっ、小さな優越感ね」


常峰とは違った感覚で底が見えない。それがメニアルの抱いた感情だ。

常に見えている底が認識しているよりも深くにあり届かないのが常峰ならば、深淵の様に一端すら見えないのが市羽。


はたして、常峰と市羽を敵対させたらどうなるのか。


小さく湧いた疑問を、メニアルはふっと笑い捨て、自分かココに来た目的を果たす為に話題を変える。


「お主と話すのは実に愉快ではあるが、我にも次の用事がある」


「そうね。私ももう大丈夫よ」


市羽の言葉に疑問を覚えたメニアルだが、流石にそこを掘り返しては逆戻りだと分かっているためつっこまず、裂いた空間からガラス玉を一つ取り出して市羽に渡した。

それを受け取った市羽は、光に当てて観察した後に胸ポケットに入れ、メニアルに視線を戻す。


「随分小型になってはいるけど、ログストア国が利用している物に近い物ね」


「それは元となる物が捉えておるモノを映し出す」


「生放送用の道具ね。それで? これを私にどうして欲しいのかしら」


「後日、今一度我は夜継と戦う」


その言葉を聞いた市羽は、珍しくきょとんとした顔を見せた後、可愛らしく首を傾げて問う。


「常峰君が了承したの?」


「でなければ、わざわざ足を運ばん」


あぁ、そう。そういうこと。と納得したように答えを聞いた市羽は、両手を胸の前に合わせてとても嬉しそうに笑う。


「いいわよ。メニアルさんに協力をしてあげる。詳しい日程が決まったら、また教えに来てくれるかしら? そうでないと、観客を呼べないわ」


「協力的なのは助かるが、その様子は察しておるのだな」


「メニアルさんの目的まではまだよ。何を目論んでいるかは、まだ情報が足りないわ。でもそうね、この世界ならではのやり方を、常峰君もしなければと丁度思っていた所なのは確かだわ。だって今の彼は、この世界において私達の王なんですもの」


あまりの察しの良さに、メニアルは思わず顔をしかめようとしてしまうが、それを止めてしまう程に驚く事が目の前で起きた。


市羽が指先で横の空間をなぞり、裂いて見せたのだ。


「何故、お主が……」


「貴女が見せてくれたのよ? 発動時の構築と魔力の流れを解析して、後は予想を混ぜ合わせて試したのだけど……正解みたいね。まだ扱いづらいけれど、転移魔法よりは中々に便利だわ」


軽く言ってのけるが、そんな簡単なものではない。そもそもメニアルは、自分以外が教えも無く使えるとは考えても居なかった。


脳裏を過るのは、先程の'もう大丈夫'という言葉と'天才'という言葉だが……称賛や呆れを通り越し、メニアルは高らかに笑ってしまう。


「クッハハハハハ! 実に愉快だ! いつか、お主とも手合わせをしてみたいものだ」


「機会があれば……という事にしておきましょう。貴女の楽しみを、早々に消化してしまうのは申し訳ないわ」


「言いおるわ」


視線を交わしつつも、それ以上の言葉を口にしない二人。程なくして、メニアルは空間を裂いて消えていき、見送った市羽もメニアルと似たように空間を裂いて移動した。


-


街の外れ、スラムの一角に不釣り合いな屋敷がある。

女帝の館――いつからそこはそう呼ばれ、最初こそならず者達が欲を見せて侵入しようとしたが、今ではスラムの者達の中で絶対に敵対してはいけない場所になっている。


それもそのはずだ。

侵入したならず者達は、翌朝には屋敷の前で晒し者となって吊るされる。殺された者は居ないが、誰一人として安全に戻ってきた男は居ない。

加えて言えば、共犯の女達は、屋敷から出てくる事すらない。


そんな女帝の館の中に、いきなり歪み裂かれた空間から市羽が姿を現した。


「変な入り方をしてくる奴がいるなぁと思ったら、市羽じゃない。今日はどうしたの?」


市羽が誰も居ない大広間を見渡していると、二階へと続く階段から下りて来たのは、バスローブ一枚姿の漆だ。


「漆さん達に伝えておきたい事があったのだけれど……ニャニャムさんが居ないのね。それに、また人が増えているようね」


「ニャニャムちゃんは、なんか夜継の所からケノンって子が来てるとかで出てるわ。帰りは分からないけど、待つなら……どう?」


くいくいっと漆の親指が指すのは、漆の寝室がある方向。それが意味する事を知っている市羽は、軽く手で断りを入れて、近くにある椅子に腰掛けた。


「今出てきたばかりでしょう? そうでなくとも遠慮しておくわ。藤井さんと城ヶ崎さんは何をしているのかしら?」


「月衣といい藍ちゃんといい、相変わらず連れないなぁ。二人ともリーカちゃん達とお風呂だよ。夜継からも言われたせいか、エニアちゃんが一緒に入る時、私だけのけ者なのよぉ~」


「信用されてないわね。日頃の行いかしら」


「これでも弁えてるつもりだよ。ペニュサとは、相性バッチリだったんだけどなぁ」


「そういう所だと思うわ」


二人の会話から分かるように、ペニュサは中立国から戻った後に女帝の館へ訪れている。

ルコと共にレゴリア王からの報告という名目で足を運んだのだが、いつの間にか漆と意気投合してしまい、まさかの朝帰りをしてしまった。


冷や汗を流しながら自分へと報告をしてくれたルコを市羽は思い出し、ニャニャムからも上がっているであろう報告を、濁しながら常峰へと伝えたのは記憶に新しい。


「そんで話って? 男子達なら、ローテでセジュと工場の所に手伝いに行かせてるでしょ? あ、もしかして夜継に死神の事バレた?」


「彼女はこちらに引き込んでるからバレても問題ないわ。漆さん達の戦力である事には違い無いもの」


「それもそうね。それじゃあ、屋敷に侵入してきた女の子達を侍らせてるのが問題になった?」


「それも常峰君にはニャニャムさんから報告がいっているはずよ。城の方でも特に問題は出てないわ。むしろ、漆さんがココに屋敷を構えてから、スラムの人達が大人しいって好印象すら持ってるぐらいで、同意なら問題ないと判断するでしょう」


敢えて自分に漆の扱いを任せられている事は伏せ、それでも常峰の耳に情報が入っている事は伝えておく。

そうでもしなければ、漆は大人しくしてくれていないだろう。もし自分に一任されていると知れば、あれこれと漆からの注文で動きづらくなる。それに、漆は常峰の名前の前では、勢いを失う。

過去の恩か、幼馴染故か。


それが分かっている市羽は、ある程度なら見過ごす事を前提として、常峰を盾にしながら漆が暴走しないように調整している。


「それじゃあ本当にどうしたの? 私に抱かれに来たわけじゃないでしょ?」


「それは今後も絶対に無いから安心してちょうだい。さっき、私の所にメニアル・グラディアロードが来たのよ」


「城に? 随分と大胆だね。あの服装と同じぐらい大胆だね。手を滑り込ませて欲しいのかな?」


「漆さん……自重しなくなってきたわね」


「抑え込んでいた欲求に素直になったまでよ。市羽も女の喜びが知りたくなったらいつでも言って、ダンスのエスコートはベッドの上でするわ」


「お断りしておくわ。そんな事より、常峰君がメニアル・グラディアロードと戦うそうよ」


そんな事と一蹴された漆は、しゅん…と落ち込みながらも、市羽の話に耳を傾ける。


「日程が決まり次第、漆さん達を城に招待するから来て欲しいのだけれど」


「そんなこと。別にいいよ、他でもない市羽の頼みだしね。それで、向かうのは私と月衣と藍ちゃんだけでいいの?」


「ニャニャムさんも連れてきて良いと思うわ。後、数人ぐらいなら問題は無いでしょうけど、ここから離れて大丈夫なのかしら。一応、手は打ってあるようだけれど」


「リーカちゃんと男子が居るし、日程さえ教えてくれればセジュに頼んでおくわよ。まぁ、そもそも家に入れるつもりもないわ」


漆が指を鳴らせば、近くの壁に真っ赤な染みが広がり、それは剥がれ落ちる様に武装した女性の姿となって漆の隣に立った。


「この家の中で、私の手が届かない所はないの」


再度漆が指を鳴らせば、今度は床から壁、天井にかけて真っ赤に染まる。


屋敷が出来上がってから毎日の様に漆は血を流し、屋敷内から外の一定範囲まで自分の血をなじませている。そこに踏み入れれば、すぐに漆には分かり、敵対するようならば一切の容赦はしない。

常峰や市羽から問題を起こさない様に、と注意を受けていなければ、ここに侵入してきていた男たちは文字通り血祭りで生死の有無を確認する必要なく晒されていただろう。


逆に、女性に対して、どれだけみすぼらしくも手を差し出し、夜な夜な愛に(ひた)す漆を女帝と呼び始めたのは、屋敷内の者達である。


「まぁ、その間に出ていきたい子がいるなら仕方ないよ。新しい道を歩み始めたのなら、私は見送るだけ。その時に私のおかげなんて言ってくれたら、私冥利に尽きる~」


「今は冥利に尽きていないのかしら?」


「私を愛してくれるなら、超私冥利に尽きるって所ね」


「幸せそうで何よりだわ」


えへへ~と顔をへにゃへにゃに崩している漆は、本当に自由で幸せそうに見えた。

そんな漆を一瞥した市羽は、腰を上げて空間を裂く。


「あら、帰るの? どうせなら食事でもして帰ればいいのに」


「伝えたい事は伝えたから、城ヶ崎さんと藤井さんには漆さんから話しておいてちょうだい。私は私で、せっかくだから少しだけ常峰君へのプレゼントを用意したいの。それに、寝室では待ってる子達が居るんじゃない?」


「相変わらず人数まで正確に捉えるんだね。まぁ、待たせすぎるのも悪いから、私も戻るわ。伝言は確かに伝えておくけど、ニャニャムちゃんにはいいの?」


「居場所は分かったし、ニャニャムさんには私の方から伝えておくわ」


「その探索力、よかったら今度教えて」


「悪用するから嫌よ」


そう言い残し、市羽は空間の中に消えていく。


「んーフラれちゃった。さて、日程は後で伝えるとして、第二ラウンドと行く前にちゃちゃっとセジュに話を通しておこうかな」


見送った漆も立ち上がり、踵を返して階段を登っていく途中、吹き上がる赤色に包まれた漆は深紅のドレスを身に纏い、少し待つようにと伝える為に寝室へと足を運んだ。

頭が回りませんね、絶賛夏バテ中です。

スタミナ料理を作るスタミナが足りない。



ブクマありがとうございます!

これからも、見守って頂けると嬉しいです!

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[一言] ヤバい人が解き放たれてしまったと思ったけど なんかもうヤバい人らしかいない
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