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眠れる王  作者: 慧瑠
水面下の波
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何度も殺された欠伸

少し短めかもしれません。

リーファ王女の長期滞在の日程を決めると、その日の話し合いは終わりとなった。ハルベリア王の計らいで、俺も今日はログストア城に泊まることに。


「おぉ、やっぱココのベッドも良い」


モクナさんに案内してもらい、軽い食事を終えてから最初の頃に利用していた個室に来た俺は、早速ベッドの質感を確かめた。

やはりいい。大変GOOD。疲れ切った俺の心身を包み込む慈愛に溢れた柔らかさだ。

ダンジョンの寝室のベッドは程よい低反発感があるが、ここのは上も下も包み込んでくる。柔らかすぎるとたまに身体を痛める時もあるけど、ここまでくると抗う気はしない。もはやそこまで受け入れよう。


「常峰君、ハルベリアだ」


「あ、はい。どうぞ」


既に俺の全身を隈なく包み込んでいる睡魔に全てを委ねようとすると、見計らったかのようにハルベリア王が来訪してきた。


「寝る所だったかな?」


「あー……いえ、大丈夫です。何かありましたか?」


「ふむ、少し付き合ってくれないか」


「はあ」


完全に寝るモードに入ってた俺は、話の流れがいまいち見えずに、ハルベリア王に言われるがまま案内されるがままに場所を移動する。

そして着いたのは、ハルベリア王の寝室にあるバルコニーの様な場所。


そこからは城下を一望でき、夜風に当たりながら見下ろす大通りは暖かい光を放っている。

だが、そんなことより俺は眠い。護衛の姿も無いし、ハルベリア王は寝巻だし……なんで俺は寝室にお誘いされたんですかね。


「リーファの件、まずは礼を言う。君なりに色々と察してくれていたようだ」


「コニュア皇女の事まで口にしていましたからね。随分と耳も早いなとは思いましたが、まぁ、いいですよ。リーファ王女の知識と経験は、俺の役に立ってくれると思いますし」


「そうだな。皇女の件を早々に口にするのは、まだ経験不足ではあったな……して常峰君、此度のリーファをどう思った」


何となく話が見えてきたな。

長期滞在の件の後にその問いということは、交渉の仕方とかではなく、リーファ王女本人に関しての事だろう。

特に何も思わないといえばそれまでだが、さっきのやり取りを振り返って思うところは……。


「少し危ういですね。もう少し冷静な印象がありましたが、良い意味でも悪い意味でも新道の影響があったんでしょう」


「モクナと安藤君の関係に憧れているのだろう」


「知っていたんですか」


「見ていれば分かる。最近のモクナは、よく笑うのだよ。それをリーファが目で追っている事も分かっておるよ」


子供の頃に引き取ったハルベリア王からすれば、モクナさんも娘みたいなもんなんだろうな。そして、一人の親としてそれが嬉しいんだろう。だけど……。


「だが、此度のリーファの判断は私情の優先である」


そう、王としては見過ごし難い。事前の準備も無く、根回しもなく、一見すればリーファ王女が逃げただけだ。

俺としては及第点であるだけで、国を出してきた以上は国としての意味を持たせないといけない。リーファ王女が来る事で中立国にはメリットがあるが、ログストア国には無いままなのは、きっとよろしくない。


ハルベリア王が許したとしても、周りが納得する内容ではない。


「でもハルベリア王も認めてましたよね」


「父親が娘の幸せを願って悪いかね? あまり父親らしい事をしてやれておらん私が言うべき言葉ではないかもしれんがな」


「いいえ。実際何かしてあげてても、子供が理解しているとは限りませんし、案外親子なんてそういうもんかもしれませんよ。俺は子の目線からしか言えませんけどね……親父らしい事なんていまいち分かりませんし」


放任主義の俺の両親も、はたから見れば親らしい事をしていないのかも知れないけど、俺からすればしっかり親だった。

まぁ、ここまできて母親の姿が見えないとなると、それなりの理由があるんだろう。王という立場もあって、男手一つで育てる苦労なんて俺にはサッパリだ。


「そう言ってくれるか。であれば、娘の幸せを願う親としては、恋路の手伝いを君にも頼みたいのだがね」


「それは当人達の問題でしょう。下手に干渉しないで見守るのも親かと。それに、言葉以外に別の目的も含んでいては、素直に俺も頷けませんよ」


「くくっ。すまないな、親でもあるが王でもあるのだ」


まだ分かりやすくしてくれているから良いものの、厄介この上ないな。この父親は。


「恋路云々に過干渉する気はありませんが、リーファ王女の滞在の件ぐらいなら少しは手を貸しましょう」


「どの様に」


「この話を持ち出したのは、俺からで構いません。そうですね……リーファ王女を寄越してくれるのであれば、中立国の一部をログストアの構造改革特別区域として提供するなんてどうでしょうか」


「中々に面白い提案だ」


「リーファ王女の主導で奴隷禁止を試す。なんて建前でも並べてくれれば、こちらもリーファ王女と相談をして幾つかの特例を用意します。そうすれば、コソコソせずに大々的に違法奴隷開放も進められるのでは?」


自分で言っててなんだけど、結構苦しいな。奴隷制度があり、労働力として主流なこの世界で、実際の奴隷撤廃は難しい。

犯罪を起こしても奴隷にされない免罪符を与えているようなもんだ。そこら辺を考えて、そうならないように準備をして試行するとなれば……かなりの年月を視野に入れないといけない。それを他のお偉いさん達がどれだけ価値を見出して許すかどうか。


まぁ、それの価値を決めるのは俺ではない。あくまで手を貸すのならばこうするだけで、ハルベリア王だけでもリーファ王女を中立国に滞在させる手筈は整えるのだろう。


「一考する余地はある。感謝するよ常峰君」


「大切な一人娘の為に頑張る父親に胸を打たれただけです」


「……なるほど、そこまで知ったか」


せっかくの機会だしと思ってカマかけをしてみたが……しらを切る事もしなければ、隠しも誤魔化しもしないとは。


「リーファ王女はこの事は」


「知っておるよ。チーアは、王家ではなくログストア家が受け継いで来たモノ。当然知っていてリーファはチーアを妹の様に愛している」


「他に知っているのは、ウィニさんとモクナさんだけですか?」


「その様子だと、ウィニの事も知っておるようだな。常峰君の言うように、ログストア家とウィニ、モクナ以外で知る者はいない。本来であればモクナも知らぬ予定だったのだが、共に育ったリーファとモクナもまた姉妹。どうやらウィニの苦労を考えリーファが教えたのだ」


なるほど。

モクナさんが知っている理由が気になっていたが、本当にハルベリア王やリーファ王女にとってモクナさんも家族なんだな。


安藤とモクナさんが何を画策しているかは知らんけど、敵対する時はログストア国そのものが敵になる可能性があるのか……面倒だ。

そう考えると、やっぱりリーファ王女をこっちに滞在させておく理由は大きいか。こっちの内情を知られるが、知られて困る事もそれほどない。隷解符の生産方法を知った所で、セバリアス曰く真似できるもんでも無いらしいし、大した問題はないな。


「まぁ、知ったからと言ってどうこうする気はありません。ただ帰還方法について少しウィニさんに聞きたい事もあるので、その時はウィニさんをお借りします」


「見つかったのか」


「皆が集めてくれました」


確立まではまだだが、その事をハルベリア王に教える必要はない。いつでも帰れる可能性があると思ってくれていたほうが、今後の無茶振りの幅も減るだろう。


さて、そろそろ戻って寝たいわ。それこそ明日はチーアとも遊ばないといけないだろうし、少し街にも用事がある。

寝ている間にコア君に頼んでダンジョン範囲を目的地まで広げてもらって、チーアと遊んだ後に向かうとすれば……ダンジョンに戻るのは夜か明後日か。あぁ、リーファ王女がこっちにいつ来るかの話も詰めないといけないのか。


「すみません、そろそろ眠気が限界なので、残りの話は明日でも問題ありませんか?」


「寧ろ付き合わせたのは私の方だ。明日、常峰君の時間ができた時にでもモクナに言ってくれれば、優先して時間を作ろう」


「ありがとうございます。では、俺はこれで。おやすみなさい」


「うむ。ご苦労であった」


--------


常峰が部屋を出ていく音を耳に、ハルベリアは城下を見下ろしながらワインを口にする。思い返すのは、先程常峰が提案してきた特区の話だ。


「王でもあるが、また一人の親でもあるか」


奴隷という存在を嫌悪する自分の娘の願いを、常峰という男は上手く利用して今回の条件を提示している事をハルベリアは理解している。

そして、また自分がその娘の親であるからこそ、そんな提案を通そうとする事も彼は考慮しているのだろう……と。


「親らしさとは何なのだろうな。ローナよ」


この呟きは、珍しいものではない。こうして一人になると、ハルベリアはいつも思ってしまうのだ。


幼き頃、リーファの母――ローナは隷属魔法によって死んでいる。

武に秀でていたローナであったが、ある日、近衛兵の裏切りにより隷属魔法を掛けられた。そして命令のままに王城内で暴れまわり、ハルベリアの手によって処断されている。


「あの日、命令に逆らい、苦痛の中で私の名を呼びながら、殺してくれと叫ぶ君の声が耳から離れんのだ。リーファは強く育ち、娘を慕う者達も増えた……私は置いていかれるばかりだ」


「だが、お前の背を見て娘は育っているのだろう? お前は嫁の願いを叶えただけだろう。何を悲観しておる。誇りこそすれ、恥じることはあるまい」


まさか言葉が返ってくるとは思っても居なかったハルベリアは、少し驚きの表情を浮かべながら声のする方へを顔を向けた。

すると視線の先には、瓢箪を片手に手すりに腰をかけているメニアルと目が合う。


「まさか魔王に慰めの言葉を貰うとは……人生とは分からぬものだな」


「その肩書は、今は捨て置いておるよ。今の我はただの魔族に過ぎん」


「ではただの魔族よ、先の言葉に私は返そう。妻を斬り捨てた事を誇るなど、私にはできん。あの時、私にもっと力があれば、もっと早く気付いておれば……と後悔しか残っておらんのだ」


「弱者ならではの言葉だと捨てるは易いが、人間とはそうでありながら我等と対等以上に戦っておる。その弱さ、魔族が持たぬ別の強さと認めるべきであろうな。しかし、それは強くならぬ理由にはならん」


「知った口を利くものだ」


「知らぬから言を吐く。知っていれば、我の言葉が如何に無意味か事前に分かっておるだろう。だが、我は人間共の強さを知っておる。認めておる。我の手では掴めぬ強さだ」


瓢箪に残っていた酒を一気に流し込んだメニアルは、スッと手すりの上に立ち上がり空を仰ぐ。

その視線の先に何を見ているのか、ハルベリアが知る事はできない。


暫くの沈黙が流れ、目の前の空間を割き、足を踏み入れるメニアルは、ハルベリアに向けて小さな玉を投げ渡した。


「これは?」


「以前にお前が我の偵察に使っておったモノだ。もっとも、それは記録するモノではなく、対となるモノが捉えておるのを映し出すモノであるがな」


「なっ!? なぜ、それを魔族が」


「異界の者は人間に知恵と技術を授けてるが、何も人間だけに残しているわけではないという事じゃ」


それだけ言い残すと、空間はピタリと閉じてメニアルは消えた。


------------


「眠そうじゃな」


「寝ようとしてるだろう」


ハルベリア王と分かれて部屋に戻った俺は、即布団にダイブをかまし、次こそはを目を閉じる。だが、そんな俺の意気込み虚しく、ベッドに誰かが腰掛けた揺れが邪魔をし、さらには声まで掛けてきた。


「まぁ、少し我の話を聞いてから眠れ」


「眠そうとか言っといて、寝かせる気ないのかよ」


渋々起き上がり、少し酒臭いメニアルに目をやれば、当人は割いた空間から新しい酒瓶を取り出している。


酒は飲まんし、話があるなら早々に話して帰って欲しい。


「そういや、魔力の乱れが何やらって調べに行ってたんじゃないのか」


「そういえばそうであったな。それはオズミアルであったが、まだ平気であろう」


そういえばって、それの報告をしに来たんじゃないのか……いや、ついで感で報告されたけど、ちょっと流せないぞ。


「まだって事は、平気じゃなくなるのか?」


「分からぬ。しかし、何故かオズミアルの気が立っておった。アーコミアが煽っておるのかもしれん」


「そういう事なら、警戒はしておくか。戻ったら現在のオズミアルの詳しい場所を教えてくれ。地図がないから、口頭じゃ分からん」


「よかろう」


オズミアルの対策とか、考える時間が無かったから動かれるとまずいな。できれば、明日の夜にはダンジョンに戻ってから場所だけは確認しておきたい。

セバリアス達からもオズミアルの事をしっかりと聞く必要もあるし……まずいな、寝る時間が削られていく。死活問題だ。


これは早急に寝なければ。


「んじゃ、俺は寝るぞ」


「まぁ、待て」


勢いで寝ようと思ったけど、ダメか。

オズミアルの報告はついでだったっぽいし、他に何を話したいんだ。


「ハァ……話があるんだったな。眠いから手短に頼むぞ」


「今一度、我と戦え」


「断る」


「待て待て、理由もあるのじゃ」


俺には無いぞ。そもそも、前回のだって不本意だ。安藤が俺の強さなんかを気にしたから、周りが勝手に進めただけ。

それに、前回の状態でやっとメニアルと戦えたというのに、それをもう一度なんて俺に寝るなと言っているようなもんじゃないか。それを承諾する程の理由が俺には無い。


「夜継は、国におる者達の顔を覚えておるか?」


「……悪いが全員は覚えていない」


「我もだ。我がオズミアルの様子を見に行く前日、魔族の子が生まれたのじゃが、我はその子の顔をまだ見ておらん。そもそも、我も皆の事を知ってはおるが、顔を覚えてはおらん」


「それが戦う理由に何の関係があるんだ」


「だが、我の顔を皆は知っておる。なにせ我は王であった」


メニアルは、俺の言葉を無視して言葉を続けていく。


「人の王と違い、魔族の王とは強くなくてはならん。強き者に魔族は慕い集う。幾ら知略に優れようと、評価こそすれ個の強さがなければそこまでじゃ。実に単純……であるが故に、絶対である」


「俺は今でも十分だと思うがね。もう一度メニアルと戦う必要性を感じない」


「いや、お主は我と戦わねばならん。国の者達に見せつけねばならん。幾ら噂が流れようが、それに民が踊らされようが、お主が言葉を発した時はそれが如何なるモノでも全てであり、絶対でなければならん。魔族の上に立つとは、王とはそういうものじゃ」


「だからメニアルと戦えと」


「今はまだ、夜継の言葉を我が伝えておるから通っている部分も多いと理解しておろう。それでは未だ我が魔王だ。しかし、あそこは夜継の国だ。我よりも夜継の言葉が全であると示せ」


それを示すのに、戦わきゃいけないと……。

メニアルの言う事も理解できないわけじゃない。魔族には、基本的にメニアルを通してから伝えているのも事実。俺よりもメニアルが言ったほうが納得できるだろうからな。


だけどまぁ、中立国でありながら、人口は魔族が多い今、魔族に対して俺の発言力というのも必要なのかもしれない。あまりメニアルに頼りすぎると、他の種族の時に問題が出てくる時もある……のか? 多分ある。


「で、それだけが理由か?」


ハルベリア王の時から数えれば、もう何度目かも分からない欠伸を殺しながら聞いてみたところ、メニアルはニッと笑って答えた。


「半分じゃ。もう半分は、我が今一度だけ夜継と戦いたい」


子供っぽい笑みで言いやがって。そっちが半分以上占めてそうだけど、まぁいいや。


「メニアルには色々と任せているから……まぁ、もう一度だけな? どうせ中途半端だと納得しないんだろうから、一応それなりにはやるけど、そのために少し付き合えよ。魔族について聞きたい事もあるから」


「あぁ、それでよい。その時は寝かせてはやらん」


メニアルは俺のユニークスキルを少しは把握している。

きっと冗談じゃなくて、本気で寝かせる気はないんだろうな。あぁ、こうして俺の睡眠時間は削られていくのか。


「さて、そうと決まれば、我は戻るとしよう。準備もせねばな」


「は? 準備ってなんだ」


「悪いようにはせん。だから、今はゆるりと寝るが良い」


嬉しそうに笑うメニアルは、アホ面を晒しているであろう俺を他所に、来た時と同じ様に空間を越えて消えていった。


マジで意味が分からん。というか、頭が回らん。

限界だ。流石にもう誰もこねぇだろ。いや、もう誰が来ても絶対に起きない。寝るんだ俺は。


改めて確固たる意志で布団に潜ると、ものの数秒で意識は落ちていく。

なんか、またベッドに誰か乗った気がするが、知ったこっちゃない。俺の意識の落下は、誰にも止められない。

去年ほどでは無い気もしますが、やっぱり夏は暑いですね。溶けそうです。




ブクマ・感想ありがとうございます。

これからもお付き合い頂ければ嬉しいです!

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