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眠れる王  作者: 慧瑠
水面下の波
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なぐりあい他所

アーコミアとの戦闘があり、シューヌさんとの対話があり、聖騎士団の暴走があり、俺の睡魔は限界ですよ。にもかかわらず、今度は身内で揉め事か。

紅茶で喉を潤しながら向ける視線の先では、十島と佐々木が向かい合いながら睨み合っている様子が見える。


さっき新道に言ったように、俺には殴り合いでどうこうなるって言う感覚は分からない。

否定をするなんて事はしないし、漫画の中でぐらいならそういうモノなのだろうと思う所はあるが、当事者を俺に差し替えると、まず考えられない行動だ。


以前、安藤に喧嘩も良いかもななんていった事もあった気がするけども、元の世界でやってしまえば間違いなく俺がボコボコにされて終わりの未来しか見えん。


まぁ皆傘には頼み事もしてあったし、断る気も無かったんだけどな。なんて思いながら動きのない二人を眺めていると、カランと羽ペンが転がる音が聞こえ、それが合図となったのか十島と佐々木、互いの拳が互いの顔面を捉え、鈍い打撃音が響き渡った。


「おわったーーーーーーーーーーー!?うぇ? なんで佐々木君と十島君は殴り合ってるの?」


羽ペンを投げ転がした本人である九嶋は、嬉しそうに両手を上げながら鈍い音の方へ顔を向け、その視線の先で殴り合いを開始した佐々木と十島を丸くした目で見ている。


「おつかれ~」「目が疲れた……」「やっと終わったのかい?」


いぇーい!とキョトン顔の九嶋とハイタッチをする古河の横では、目頭を押さえる並木と燃え尽きたように披露を見せる中野。そして、時折紙に何か書き込みながらギターを弾いていた安賀多。


というか、言葉から察するに安賀多は暗号解読していなかったのか。


「分かり合う為に殴り合ってんのさ」


「え?なら、私もいつかゆかちゃんと殴り合うの?」


「その必要はないさ。アタシは沙耶香はもちろん理沙の事もちゃんと分かってるからねぇ」


「ゆかちゃん……もー大好きー」


「おー、よしよし。なんだい、理沙もかい」


抱きついてくる九嶋と中野の頭を撫でる安賀多は、姉御というよりもはやオカンだな。いや、やっぱ姉御だな。だから俺を睨むな。


「永禮、まこっちゃん……俺もあんな台詞で口説いてみてぇわ」


「そりゃ無理だ。アレはイケメンのみに許された台詞と行動だぞ。なぁ永禮」


「そうそう。安賀多はおっぱいのついたイケメンだから許されてる」


「そこの三馬鹿、後でアタシの部屋に来な。演奏を聞かせてやるよ」


(ただイケ)の矛先がこっち向いてるんだが?」「演奏って俺等の骨の音じゃね?」「オレタチ ナニモワルクナクナーイ?」


岸達の活躍により、安賀多の視線は俺から三馬鹿へと移った。

ありがとう三馬鹿。さようなら三馬鹿。


「王様、アンタもね」


「ゔぇ」


なんて茶番をしていると、並木が束になった紙を持って俺の隣に座る。


「これで一応全部だと思うよ。顔文字とかは抜いといた」


「おぉ助かる」


「朱麗も私もお姉ちゃんが使ってるのを見てただけで、それが現役だった頃は知らないから間違ってる所もあるかもしれないけど」


「いやいや、俺と新道なんて間違う前に諦めたから」


並木から受け取った紙を読んでいくと、暗号はバッチリ解読されている。

解読した文が書いてある紙と、元の暗号が書かれた紙を分かりやすく机に並べれれば、隣では新道が感心したような声を上げて目を通している。


「なんで'5'が'ら'なんだい?」


「'ら'の上を繋げると、'5'に見えるでしょ?」


「え?あ、あぁ……なるほどね」


「この〒が二つ並んでるのは?」


「ここかな。行くのいだね」


「確かに、言われてみれば見える」


「'話は変わるけど'なんて、どこに書いてある?」


「ここ、ほら'H/K'って書いてあるでしょ?」


「あ、すごいね。そう略しているんだね」


新道が並木に解説をしてもらっているのを耳に、俺もあぁ~と感心しつつひとまず先に文を読み進めていく。


ワンコミは、確かワン・コミュニケーションで自己満足だったか。あー、これが本当なら、新道の言う通り、このギャルめっちゃ頭いいんじゃねぇか?


「チョベリバ?」


「チョーベリーバットの略だ。チョベリグはその逆で、チョーベリーグッド」


「常峰も知ってるんだね」


「爺が俺に使ってきてたんだよ。んで、俺の母親に死語だって言われててショック受けてたからな。解読はできないが言葉さえ分かれば、何を指しているか少しは知ってる」


うん。大体読み終えた。

暗号のまま冒頭を要約して書き出すなら――


変ナょ戸斤レニ、キナニ。于ョ∧″└|ノヾ

τ″も工」レ┐ー⊂カゝ走召美形カゞレヽゑカゝら于ョ∧″└|勹″。τ″もτ″もリ帚れナょレヽっレま°レヽカゝ5ゃっレよ°于ョ∧″└|ノヾ


――たぶんこんな感じか。


変な所に来た。チョベリバ

でもエルフとか超美形がいるからチョベリグ。でもでも帰れないっぽいからやっぱりチョベリバ。……いや、読めん。

頭痛くなるわ。


「うん。大体分かったけど、すごいねコレ。よく思いつく。俺よりもずっと頭が良さそうだ」


「いやこの人は除いて、この類の平均で見れば新道の方が頭は良いと思うが、まぁ間違いなく頭が柔らかいのは向こうだろうな」


「そうだね、この人は間違いなく俺よりも頭がいい」


「あぁ。美容品の開発に樹脂石鹸によるインクの滲み止め、今使ってる中にインクが入ってる羽ペンの生みの親もこの人だ。そして何より驚いたのが――」


「チェスターさん達の帰還用の魔法陣に間違いを見つけて、それを修正したって所だろう?」


「やっぱり新道もそこに目が止まるか」


俺と新道が同時に指差した紙には、確かにそういう旨が書かれている。


こちらの世界に来て数年経ったある日、このギャルは素材集めに孤島へ赴き、その時に白玉さんの先祖の目をかいくぐり、爺達の偽装ダンジョンへ忍び込んだ。


そこで見つけた資料の中で、俺がまだ目を通していない帰還方法に関する資料を見つけている。

しかしその魔法陣は未完成であり、更には細部に間違いがある事に気付き、このまま発動しても帰れない事をこのギャルは理解して修正したわけだ。

ならば何故、このギャルは帰らなかったか。その理由は幾つかある。それも書いてある。


まず修正しても、この魔法陣は未完成のままだったという事。爺達が調べ上げた座標が分からず、足りていなかった。

次に、この魔法の発動に必要な魔力がギャル一人では足りなかった。どれほど魔力が必要なのかすら、このギャルでも予想できていない。

更には、この魔法を発動する事を特定の人物以外望まれていない事をギャルは知った。もちろんそれは俺だ。悪用される事を恐れた爺達は、俺に託す為に情報をこうして残している。その事をギャルも資料から読み取ったらしい。


そして最後……この時、既にこの人には将来を約束した相手がいた。


幾つか問題や理由があれど、このギャルなら時間を掛ければクリアしただろう。座標だって、もっと探せば見つけていただろうし、なんなら自分で導き出していた可能性すらある。

魔力も、協力者を探せばいい。できるのであれば、自然に漂う魔力を利用できるようにしたかもしれない。

爺達が望んだ所で、帰還したい気持ちがあるのならば無視をすればいい。帰れるのなら、帰ればよかった……だが、このギャルは帰らずに、いつか俺の目に止まるだろうとシューヌさんに手紙を託すだけにとどまった。


「最後は駆け落ちみたいだね」


「そりゃ、国としてもせっかくの知識の宝庫を手放したくは無かっただろう」


シューヌさんに手紙を託す事を記した。と書いてあるのが、一番最後の手紙だ。これ以降の事は知れないし、おそらくシューヌさんでも知らないかもしれない。

だってこの人のユニークスキル……書いてある事が本当なら、'完全隠蔽'とかいうスキルで、その名の通り任意のモノを覆い隠す事ができる。誰にも絶対に認知させないように。


白玉さんの先祖の目をかいくぐれたのも、このスキルのおかげらしい。


「この人が帰ったか帰らなかったかは別としてさ。コレって、ほぼほぼ帰還方法が完成したって思っていいの?」


俺と新道が感慨深げに手紙を見ていると、一応話を聞いていた並木が聞いてくる。


「帰還用の魔法陣に関するピースは集まったって所だな。まだ完成はしてないが、セバリアスと橋倉が協力してくれれば形にはできると思う」


「その魔法発動すればいい感じ?」


「幾つか気になる所があるけど、予定ではそうなる」


「気になること?」


「あぁ」


首を傾げる並木の隣で、俺は頭を回す。


一つの魔法として形にはなるだろうが、問題として使用魔力という壁がある。だがコチラには最低でもイレギュラーな存在が三十一人。

魔力だけに注目するなら、おそらく俺がぶっちぎりで多い。きっと魔力量は大した問題にはならない。


魔法陣が完成した場合、きっと橋倉のスキルを使えば修正後が正解か、修正前が正解かの確認ぐらいはできるだろう。

だから仮にギャルが協力的な人物では無かったとしても、大した問題ではない。


であれば何が気になるか……魔族の動きだ。

十島と佐々木が睨み合っている様子を見ている間、新道から聞いた話で、皆傘が魔族の動きを気にしていた。そしてそれはハルベリア王も気にしていたらしい。


確かに俺達を狙った魔族の動きは少ない。

アーコミアと戦った時にも感じたが、アーコミアに俺達を殺すという気が無いようにも感じる。

明らかに邪魔な存在であるはずなのに、どうにかしようという接触はしてこない。戦力調査の他に、俺達に対する別の目的があるのかもしれん。


「気になる事の相談も兼ねて、少しログストアにいかんとな」


俺は魔族に関して詳しい事を知らない。メニアルに聞いても、アーコミアの事はあまり分からなかったし、今までの動きがどうたったか聞くにはハルベリア王達の方がしっかりと記録しているだろう。


新道達が帰る時にでも一緒に行ってみるか……ん?っていうか、安藤はどうしてんだ?


「新道、そういえば安藤は?」


「ん?そういえば、少し遅れて江口達と一緒に来るはずだったけど」


新道から江口へと視線を動かしてみれば、話を聞きながら資料を見ていた江口は思い出した様に口を開く。


「彼ならモクナさんとデートの予定があったらしくてね。こっちに来るかデートに行くか悩んでいたから、王様ならデートを優先しても怒りはしないだろうと言ったらモクナさんの元へと向かったよ。

ダメだったかい?」


「んにゃ、それでいい。デートすっぽかして帰ってきてたら、蹴り戻してたわ」


「それなら良かったよ」


と言っても、最近の安藤の様子が気になり聞こうと思ったのだが、俺の思考は大きな声で停止した。

何事かと思って声の方を向けば、声の主は盛り上がっている皆傘親衛隊と田中みたいで、佐々木と十島の殴り合いも終わりが近そうだ。


俺達が話している間、しっかりと打撃音は聞こえていた。その音で予想できる通り、佐々木も十島もボロボロ。

顔は腫れているし、服は破けているし……よく東郷先生は止めに入らなかったな。


そう思い観戦席へと視線をずらせば、嬉しそうに笑いながらもしっかりと東郷先生の袖を掴んでいる皆傘の姿が見える。

なるほど、止めようとしても皆傘が許さなかったか。


「晃司ー!決めろ―!」「望!やっちまえー!」


外野では親衛隊と田中の声がヒートアップして大きくなっていくが、それは聞こえてきた中で一番大きな打撃音で掻き消され、静寂が訪れる。


開始した時と同じ様に、互いの拳が互いの顔面に刺さり、二人はピタリと止まっている。そして――十島と佐々木は、糸が切れたようにぶっ倒れ……る前に地面から生える蔦に優しく受け止められた。


終了だな。


「皆、向こうに移動してくれ」


流石にボロボロの二人に来いとは言えず、俺達が観戦席の方へと移動する。すると、既に東郷先生の治療が始まっており、二人共ボロボロなものの意識はしっかりとしているようだ。


「十島、佐々木、一旦ここまでだ。少し皆に話がある」


「あぁ……女依存のくせに、中々良いの持ってやがって立ち上がるのがしんでぇ」


「申し訳ありませんお嬢様。少々、アイツの認識を誤っていたようです」


「ふふふ。楽しそうでしたねぇ」


おぉ、本当になんか友情っぽいのが芽生えてきてる。

佐々木も十島もやりきった表情で笑ってるし、皆傘もどこか満足げだし、一件落着してんのかな?


三人と、次は止めますからね!とぷりぷり怒りながら治療をしている東郷先生の様子を少し眺めてから、ギャルからの手紙の事を話し、現段階での帰還方法についてまとまった事を伝える。


「つまりなんだ、帰れんのか」


「すぐにではないがな。もう少しだけ待っててくれれば、帰還用の魔法陣の用意はできるだろう」


「それは使えるやつか?」


「もちろん使えるのを用意するつもりだ」


佐々木は軽く頷くと、自分を支えてくれている蔦に身を預けて息を吐く。他にも、俺の話しを聞いていた皆は、それぞれが明るい反応を見せている。

その時、ダンジョン機能で連絡が入った。


《申し訳ありません我が王》


《ラフィか。どうした》


《情報源である聖騎士団の男が死にました》


……。


《自殺か?》


《いいえ、同じ聖騎士団の者が男へ近寄り何かを呟いた途端、即死しました》


《近寄った聖騎士団のヤツはどうしてる》


《拘束はしましたが、狂ったように独り言を呟いていますね》


はぁ……。せっかく良い気分だったのにやってくれる。


軽く見渡せば、クラスメイト達は明るい表情のまま。今はこのままで居て欲しい。


チラッとセバリアスに視線を向けると、セバリアスにもラフィから連絡が入っていた様で、小さく頷いてくれた。

んじゃ、後はセバリアスに任せるかな。


「わりぃ、少しコニュア皇女を待たせてるから、俺は先に戻る。扉は食堂に繋げておくけど、適当にこの辺を使ってもいいからな」


「あ、戻るなら私も」


「東郷先生は十島と佐々木を診てあげてください」


アワアワとする東郷先生を他所に、俺はさっさと城に扉を繋げて移動した。


移動した先では、コニュア皇女を囲む様に立っているラフィとリピアさんに、白玉さんとガレオさん。少し離れた所には、拘束された聖騎士団員をロバーソンさん達が囲んで立っている。

そして、聖騎士団員を囲む聖騎士団達の隣には、手を胸の前で組んでいるモルドの死体が一つ。


「死因は」


「隷属魔法によるものかと」


「確認はしたのか?」


「既に死亡してしまったため、その男から確認はできていませんが、その男を殺した者にも隷属魔法が掛かっていたので可能性は高いと思われます」


ラフィに問えば、俺が来るまでに調べられそうな事は調べ終えているようだ。隷属魔法の可能性は考えていたが、てっきりポルセレル皇帝が所有権を持っているものだとばかり思っていた。

半魔のラデアから話しを聞いたんだから、隷属者が隷属者を所持している可能性もあったろうに……頭から抜けてたな。


「ロバーソンさん、少し失礼します」


「ハッ!」


「お傍に」


死体の確認は後に回し、その独り言を呟いている聖騎士団員の元へ近付こうとすると、ラフィがスッと一歩前に立って護衛の位置に付いた。


そのまま近付けば、聖騎士団員が呟いている言葉が聞こえてくる。


「ポルセレル皇帝のお言葉は聖女様のお言葉。聖女様の御心はポルセレル皇帝のお言葉。ポルセレル皇帝のお言葉のままに。聖女様の御心のままに。聖女様、聖女様、聖女様……」


ポルセレル皇帝、聖女様、御心、お言葉、この4つの単語をバラバラに繋げて呟き続けている。俺が前に立って視線の先で手を振ってみても、焦点の合っていない目はそれを捉えず、俺にも反応を見せない。


「頭が逝ってるか」


「おそらく精神崩壊を起こしています」


「治せるか?」


「……少々、手荒になりますが可能です」


「場所を移そう」


俺は言葉と呟き続けている聖騎士団員を魔力で拘束して、無理矢理持ち上げて誰も居ないダンジョンの下層へと繋げた扉を喚び出す。


「申し訳ないですが、少し時間をもらいます。あれでしたら皆さんはどうぞ休みください。経過が分かり次第、使用人達を使ってご連絡するので」


少し機嫌の悪い俺は、誰かから返事が帰ってくる前に拘束した聖騎士団員を連れて扉へ足を踏み入れた。

やっぱり少し遅れ気味ですみません。


そろそろログストアに一度行こうかと思います。

ギャル文字ギャル語って凄いですよね。未だに読めません。


ブクマありがとうございます!

どうぞ、これからもお付き合いください。

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