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眠れる王  作者: 慧瑠
水面下の波
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聖女信仰

東郷先生の部屋に向かう前に、俺はダンジョンの第二層に来ていた。


だだっ広い草原。住民も魔物もおらず、トラップも岩場の影とかに落とし穴を設置してみたぐらい。後はただただ広いだけ。

階層によっては住民が居るが、一層と二層には今後も誰かが住む予定はない。逆に言えば、ここに誰かが来ればすぐに分かる。


「野外だが、まぁいいか」


見渡した所で変わり映えもしない風景を眺めながら、何となくここで良いかと場所を決めて軽く手を鳴らせば、地面から生えて来る円卓と三十一の椅子。


「セバリアスに後の事を任せたいんだが、新道との会話は聞いていたな?」


「お聞きしておりました。我が王のご友人の方々をコチラへご案内し、何か問題が起きた場合はご報告致します」


「岸達が持って帰ってきた資料が必要なら見せてもいいが、先にセバリアスが軽く目を通したモノに限ってで頼む」


「かしこまりました。皆様がお話の最中は、資料の方を確認しておきます」


「理解が早くて助かる」


資料の中にも必要不必要があるだろう。戻りたい組と戻らない組の両方が居る今、帰還に関する内容以外の情報はできるだけ捨てていい。

見た感じ胸クソ悪いのもチラホラ見かけたし、リュシオンがギナビアが過去にどういう所業をしたのか知る機会ではあるんだが、変にソレを意識してしまって友好関係が滞るのは望ましくない。


まぁ、別にそんな心配はしていないんだけど、皆に情報をまとめておいて欲しいというのが俺の本音。

あの資料の量を見て、セバリアスも察してくれているようだし、任せて平気だろう。


「それじゃあ少しの間頼む。新道も動いているみたいだから、先に新道と合流してからがいいだろう」


「お任せください」


一礼するセバリアスに後は任せ、俺は改めて東郷先生の元へと向かう。扉を城の自室に繋ぎ移動して、そこから東郷先生の部屋の前に。


軽くノックをして返事を待ち。


「遅くなりました。常峰です」


「あ、どうぞ!」


東郷先生の返事を聞いて扉を開けると、中にはコニュア皇女とガレオさん。東郷先生とラフィに加えて、見覚えはないが何となく誰か検討がつく人物が紅茶を飲んでいた。


「お待たせしました。そして、はじめましてで良いですかね? 白玉さん」


ゆらゆらと揺れる白い九つの尾。その先には、鈴が付いているにも関わらず音はしない。


「お初にお目にかかります。元孤島の管理をしていた白玉と申します。こうして夜継様にお会いする事を、心より楽しみにしておりました」


独特な雰囲気を纏う白玉さんは、深々を俺に頭を下げてみせた。それに俺もお辞儀をして返すのだが……なんでここに白玉さんが居るんだ。


「懐かしい匂いと空気を感じ、少し顔を見にと」


俺の思考でも読んだ様なタイミングで告げた白玉さんの視線はコニュア皇女を向いている。


「顔見知りだったんですか?」


「いいえ、当代の白玉とは初対面です」


「コニュア皇女の事は、話だけは先代達から聞いておりました。噂通りのお方ですね」


俺の問いに答えながらも、ふふふっ。と二人で笑い合う姿を見ながら、完全に俺は置いてけぼりくらってんな……と理解する。


白玉さんは孤島から出ていないだろうし、コニュア皇女もリュシオン国を簡単に離れるとは思えないから聞いたんだけど、初対面ながらも懐かしいと感じる事が白玉さんにはできるらしい。

爺が関わってきた人達のとんでも性を考えれば、そんな事もあるのかもな。俺にはピンとこないが。


「常峰様、ガレオから報告は聞きました。まさかここまで早く解決策を見つけてくださるとは、感謝します」


「シューヌさんと早期に接触できたおかげですかね。そこの所は、ポルセレル皇帝に感謝でしょうか……それで、今後は如何なさる予定で?」


白玉さんも居るし、どうやって話を切り出そうかと悩んでいると、コニュア皇女の方から話を進めてくれた。ガレオさんはコニュア皇女の後ろで待機をしている所を見ると、もう次の事も話し終えているんだろう。


「まだ聖騎士団に話してはいないので決定とは言えませんが、準備ができ次第早急にリュシオンへ戻ろうと考えています。

私の問題は、いつでも解決できる事が分かりましたし、シューヌとも久しく言葉を交わしていませんので、そちらはシューヌと話してから決めようかと思います」


コニュア皇女がリュシオン国に帰るとなると、ジーズィに頼まんとな。今ジーズィは――寝てるか。もう少し休ませてから起こすとしよう。


「東郷先生はどうしますか?」


「私もコニュアちゃんと一緒に戻ろうと思います」


「安賀多達がもう少し残ると言った時は、どうしますか?」


「え?えーっと、安賀多さん達と戻ろうかな?」


「分かりました。その時は、ジーズィに一度戻ってきてもらいましょう」


ここでコニュア皇女を選ばなかったとなると、東郷先生の中でも少し安心できたようで何よりだ。


前にコニュア皇女の様子を見ていてくれと頼んだのは俺だが、ここまで東郷先生が気にかけるとは思っていなかった。あくまで、軽い監視のつもりだったんだけどな。


まぁ、本当、私もコニュアちゃんの為に残ります!なんて言い始めなくて良かったわ。


「ラフィ、リピアさんの所に行って、向こうも話しが終わったか見てきてくれないか? 終わってるようだったら城まで案内してくれ。広間の方で話を聞こう」


「すぐに確認してまいります」


部屋を出ていくラフィを見送り、連絡が来るまでどうしようかと悩んでいると、白玉さんが俺をジーっと見ている事に気付いた。


そう見られると居心地が悪いんだが……一体なんだろうか。


「何か?」


「いいえ。お礼がまだでしたと思い、少し時間があるようですし」


白玉さんに聞けば、そう答えて深々と頭を下げて言う。


「この度は民と友を助けていただきありがとうございます。あまつさえ、私の身も助けていただきました」


「あー……いえ、できることはすると約束をしました。直接ではなかったですが、白玉さんは俺に助けを求めていたと取ったので、勝手ながら皆さんの避難の手伝いをさせてもらっただけです。

それに、白玉さんを助けたのは俺ではなく岸達です。建前や謙遜ではなく、岸達が望んだ結果が白玉さんの生存でした。俺だけの判断であれば、貴女を見殺しにしたでしょう」


そう。白玉さんがどれだけ情報を持っていたとしても、俺はきっとその意志を尊重した。白玉さんしか知らない事は、俺にとって知らなければいけない事ではない。

爺が残したモノは既に白玉さんから受け取り、言ってしまえばそれで爺に託された役目は終わっている。


そして白玉さんは、あの場で役目の終わりと共に死ぬ事を選んだ。俺はそれを否定も止めもしなかった。それが事実。


「私もそれを望んでいました。名誉ある死とでも言えば聞こえは良いでしょうが……ただの逃避だったのだろうと思います。でも、こうして生かされてしまいました」


「逃避の仕方にも、他にやり方があるのは確かですよ」


「では夜継様、暫しの間お頼りしてもよろしいですか?」


「前にも言いました。できる限りではれば、恩は返します」


俺の言葉を聞いた白玉さんは柔らかい笑みを浮かべ、垂れ下がっている袖から丸められた一枚の束を俺に差し出す。


「お読みください」


一体なんの紙だろうか……と思い受け取って中を見れば、どんどん俺の顔は引き攣っていくのが分かる。


------------

権限移行契約書


孤島管理権限の放棄を認め、ログストア国との契約を終了した事をここに記す。

以降、元管理者白玉の推薦を考慮し、常峰 夜継が了承した場合、以下の孤島に関する権限を得る事を認める。


・孤島の管理

・島民の管理

・輸入輸出における優先契約

・税免除

・―――

・―


------------


やべぇ、長い。なんだこの契約書……ちんたら書いてる割には、要するに孤島の権限を全て白玉に譲っている。

んでこれは、その権限が俺に譲渡する内容が書かれている。ハルベリア王のサインと調印付きでだ。


「ちなみにですが、権限を放棄した私は島民扱いになる……と、ハルベリア王に言われました」


白玉さんの言葉を耳に、流し見をしながら内容を見直すと、最後にあったある項目に目が留まる。


・特産品レパパに関する商品共有


慌てて記入したのか、思惑見え見えな項目。

孤島の特産品であったレパパは孤島ごと消滅したが、ハルベリア王は俺が幾つか回収してあるのを知っている。そして商品という事は、もし売りに出す際は一枚噛ませろって事と。


中小国家の事で色々と世話にもなっているし、新道と俺が会えばそういう話になると予想して、白玉さんとの契約を利用したな。


領土譲渡の契約書をここまで手早く用意できるとは、元々俺等に渡す予定だったのかもしれない。だが、孤島の消滅までは予想外だった……それでコレか。ただでは転ばねぇなぁ本当。

はぁ、ログストア国に行く用事も作ろうと思っていたし、丁度いい。


「分かりました。避難してきた島民の方々はコチラで受け入れましょう」


「我儘を聞いてくださりありがとうございます。私も、新しい目的を見つける事を目的としながら、夜継様の行く末を見守らせていただきます。光貴様が託したという未来を」


「輝かしいモノではないかもしれませんが、それでも良いのならご自由に。この契約書は、俺がハルベリア王に渡しておきます。移住に関しては、後で担当を用意するのでそちらと相談してください」


「はい。何から何までありがとうございます」


さらっとハルベリア王に嵌められた気がするけど、今後の関係を考えれば安いか。


「なるほど、常峰様はそうされると断れないのですね」


「やめてくださいよ。損益で考えはしますけど、嫌なモノは断りますからね」


「嫌われないように気をつけなければいけませんね」


俺と白玉さんのやり取りを静かに見ていたコニュア皇女は、ガレオさんに軽く耳打ちをしながら小さく言葉を漏らした。


本来であれば、コニュア皇女の前でするようなやり取りではないのだが、白玉さんが始めてしまったし、何よりリュシオン国と取引をするならコニュア皇女の方が楽で早い。

しかし、こっちの派遣にコニュア皇女が来るのはパスで。


東郷先生が微笑ましく見ている中、そんなやり取りをしているとダンジョン機能でラフィから連絡が入る。


《我が王よ、リピアと聖騎士団の皆様をお連れしました》


《すぐ行く》


どうやら向こうも向こうで話はまとまったらしいな。


「聖騎士団の皆様が広間に到着したようなので、そっちと合流しましょう」


そう言い、四人を連れて広間まで移動すれば、整列をした聖騎士団と列の先頭に立つロバーソンさんともう一人。

あれは、リュシオン国から報告があったとか言い始めた人か。


「お待たせしました。おそらくロバーソンさんからお話は聞いていると思いますが、どうやら勘違いがあったようですね」


「……」


俺は敢えてその人に声を掛けてみるが、返事はない。


「モルド!謝罪の一つも言えんのか!」


この人はモルドっていうのね。


俺の後ろから飛んでいくガレオさんの怒号に身をすくませるが、それでも返事がない。


「聖女様の名の下に正義を掲げ、悪を裁く。我が身滅びる時、聖女様のお導きがあらんことを」


「ん?」


突然何かを呟いたと思ったら、いきなりモルドは俺に飛びかかってきた。


それに誰よりも早く反応したのはラフィ、次にリピアさん。だが俺は二人を目で止め、敢えて振り下ろされた剣を魔力で受け止める。ついでにガレオさんがモルドへ振り抜こうとした剣も。


「この行動に対する言い分はありますか?」


「コニュア皇女は聖女様の名を汚す反逆者だ! その地位、その身でありながら永き時を生き、リュシオン国を陥れようとする悪魔だ!」


なるほどな。そういう吹き込まれ方か。


「モルド殿!! 剣を収めよ!!」「モルド! 貴様、何をしているか分かっているのか!」


ロバーソンさんとガレオさんが怒鳴り声を上げている中、俺は他の聖騎士団の様子を見る。


驚きの表情ばかりで、動こうとしている様子はない。となれば、ポルセレル皇帝が送り込んだのはモルド一人だけか。

本当に……失敗した場合を考えての単なる捨て駒だなこりゃ。


暴走したことで、この場においてモルドは孤立した。モルドが言った言葉を信じるには、あまりにも信憑性が足りない。

コニュア皇女に対して疑心を持たせるには十分かもしれないが……。


「聖女に託された役目を果たすコニュア皇女に対してその言い分。それは、ポルセレル皇帝の言葉ですか?」


「戯言を!」


「実際そうですよね、'聖女東郷'。先代聖女は、コニュア皇女にリュシオン国を託した。俺も最初は驚きましたが、数百年生きていられるのは聖女の加護なんですよね?」


「え、は、はい」


モルドの行動に驚いていた東郷先生は、流れについていけない中でいきなり俺に話を振られたことで、勢いのままで肯定の言葉を口にする。


タイミングも相手も悪すぎたな。

この場に居るのは、聖女のスキル持ちだ。先代だろうが、東郷先生だろうが、リュシオン国の信仰対象は'聖女'なんだよ。


「そ、そんなはずは……」


東郷先生の言葉に動揺するモルド。聖騎士団もざわつきを見せている。


数百年なんて嘘を混ぜたとはいえ、コニュア皇女が延命している事を俺が露呈してしまったのは申し訳なかったな。だけど、これでポルセレル皇帝の動きが少し知れるな。


「ポルセレル皇帝が何を言ったのかは知りませんが、コニュア皇女が悪魔だなんて言ってはいけませんよ。聖女を思うのであれば尚の事。

俺に剣を向けた事には目を瞑ります。お互いにどこか食い違いがあったようですし、一体何を聞いたのか教えてくれませんか? 聖女東郷がいるこの場で」


「わ、私は……眠王殿、私はどうすれば」


「俺がしてあげられる事は、貴方を許す事しかできません。まずはコニュア皇女に謝罪をし、貴方が聞いた事をガレオさん達に話してください。でいいですよね、聖女東郷」


「そ、そうですね」


「あぁ、聖女様。私の愚行をお許しになるのですか」


「許すので、まずは謝りましょう?」


「はい!」


ポルセレル皇帝の洗脳を聖女東郷の洗脳で上書き完了だ。


新であろうが旧であろうが、聖女である事に違いはない。東郷先生にその意識はなくても、リュシオン国において今、聖女東郷の言葉は絶対に等しい。

妄信的、宗教的信仰とはそういうモノ。信仰対象の発言は、どうであれ恐ろしい程に絶対的な言葉。たとえ世界観を変えろと言われても、変えてしまうモノ。


今回の行動を見るに、ポルセレル皇帝は聖女信仰であるのかもしれないが、ここまで妄信的ではないのだろう。


「ありがとうございます常峰様。私がすべきことを」


「いいえ、俺も少しポルセレル皇帝の動きは気になってましたので。それにコニュア皇女に恩を売っておくのは、俺にとっても得なんですよ」


「その発言は、この場において不敬ですね」


「聞かなかったことにしてください」


俺にしか聞こえないように耳打ちをしていくるコニュア皇女だが、どの口が言うのか。俺の邪魔をしないように、口を挟まなかったくせにな。


さてと、そろそろ新道達の方にも顔を出しておかないとな。


「モルドさん、少し俺と聖女東郷はこの場を離れますが、ガレオさん達にしっかりと今回の事を話してくださいね」


「聖女様はどちらに」


「あー……聖女東郷には、導かなければならない子等がまだ居るんです」


「おぉ! そうでしたか。確かに私だけが許しを乞うのは烏滸がましい。眠王殿、此度の無礼、誠に申し訳ない!!」


「いえいえ。俺も聖女東郷から多くの事を学んでいる身、これからも共に学んでいきましょう」


「はい、はい!」


知能低下でもしてるんじゃなかろうか。って思うほどに人が違う。

本当に同一人物かすら怪しくなってくるわ。


「という事なのでガレオさん、後の事をお願いしていいですか?」


「分かりました」


「護衛として、ラフィとリピアはコニュア皇女に付き添わせておきます。白玉さんも、よかったらコニュア皇女の事をお願いしてもいいですかね?」


「はい、構いませんよ」


「お気遣いありがとうございます」


これで、まだポルセレル皇帝派が潜んでいても迂闊には動けないだろう。下手なことをしたところで、ラフィ達が見逃すなんて事もしないはずだ。


「それでは、またあとで。いきましょうか、聖女東郷」


「は、はぃ」


俺は、薄っすらと顔が赤くなってきている東郷先生を連れて、新道達が待つ場所へと向かった。

少し遅くなりすみません。



ブクマありがとうございます!

是非最後までよろしくおねがいします!!

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