判断
噴射――そう表現するのが一番それっぽく見たものを伝えられるだろう。俺を中心に捉えているだけで、周囲への被害なんてものを考慮してはいない。
シェイドごと巻き込む横から迫る血の雨。
一度拡散する血は、収束して俺を一点に狙ってくる。間違うことのない殺意……敵だな。
「我が王、ここは」
次に動きを見せたのは、俺とニルニーアとの間に立つシェイド。
いつの間にか生まれていた影を引き剥がすと、影は蠢き、血の波ごとニルニーアを喰らう様に包み込んだ……だが、その影の顎は内側から破裂してしまう。
「ごほっ、いきなり割り込むなんて、躾がなっていませんね」
「我が主に刃を向けるとは、死にたいらしいな」
無数の黒い刃がニルニーアを襲い、赤い壁がそれを防ぐ。
すると、切り替えた様に赤い弾が俺を襲うが、黒く小さい円形の壁がピンポイントで防いでいく。
シェイドもニルニーアも余力はあるだろう。互いに様子見といった感じの攻防を眺めつつ、俺は魔力の床を広げてニルニーアの血が森まで落ちないようにだけ気を使う。
そうしながらの思考。
わざわざ俺に接触してきた理由はなんだろう。ただ魔力に反応しただけなのか、それとも俺みたいな魔力量を持っているヤツがいるとまずい事があるのか。
「まさか敵を目の前にして上の空とは、ごほっごほっ……随分と余裕ですね」
「シェイドが居るからな」
周囲を覆う様に広がる血の壁から上半身だけを出し、その手には真っ赤なナイフが握られている。背後から振るわれるソレを、流動的な動きで移動してきた闇が止めた。
「……ごほっ。邪魔な精霊だことで」
呟き、シェイドと視線を交わすニルニーアは、また血の壁の中へと溶けていく。二人の戦いは似ている所もあるせいか、早期決着とはいかなそうだ。
「ニルニーア」
「ごほっ、答えません。聞きたければ、ごほっごほっ、御自身で武器を振るっては?」
どうしても俺と戦いたいのか。俺の事を知っていても、情報収集はできていない……と。そうじゃなきゃ、俺がまともな戦闘をできない事ぐらい知れていてもいいだろう。
……っても話が進まないか。
「シェイド、選手交代だ」
「我が王!?」
「たまにはな。危なくなったら守ってくれ」
「わ、我が王が仰るなら……」
不服そうではあるが、広がる闇はシェイドの周りに集まり、代わりに俺が魔力を広げていく。そして――上から血の壁を魔力で叩き潰した。
追撃。
上下から潰した血の壁を一箇所に集めて、更に圧していく。シェイドとの戦闘で散らばっていた血もまとめて潰す。一滴も漏らしはしない。
「手応えがないな」
「いいですね!ごほっごほっ、こんな風に私をごほっ、押さえつけた人間は初めてです!」
どこから発声しているのか分からん声が聞こえ、次の瞬間には一点集中で魔力の膜を貫いた血が眼前まで伸びてくる。
当然それも魔力を操作して、瞬間的に魔力の壁を生み出し受け止めようとするが……魔力の壁に触れる寸前で血の先は分かれ、八方から迫ってきた。
「ローバープラントの訓練って、意外と効果的なのか?」
その攻撃に焦ることはない。
ぬめっともしていないし、数も八つのみ。ローバープラント一体分にも満たない攻撃数に、俺は自分の予想以上に冷静で居られる。
起床時間足らずで若干反応が遅れている気もするが、もちろん対処もできる。
弾き、いなし、受け止め、連続する攻撃を処理していく。
「ごほっごほっ、随分と無駄な戦い方をする。魔法は使わないのですか?」
「使う必要が無いからな」
「ふふふっ、小物というのは訂正した方が良いかも知れませんねぇ」
「そりゃどうも」
わざわざ俺が魔法を使えない事を言う必要はない……が、上機嫌になっていくニルニーアに比例して、攻撃の手数も威力も上がってき始めた。
いつの間にか完全に魔力の膜から抜け出したニルニーアからは、止めどなく流れ出ていく血も増え、俺はシェイドに視線で少し離れる様に指示を出す。
しっかし、流石に引くわー。完全に致死量超えていそうなもんだけど、どういうカラクリなんだ。アレもスキルの効果か?
でも、今優先して知る事は別だな。
「質問いいか?ニルニーア」
「ごほっごほっ、いいですよ」
「魔族にとって、この襲撃に意味があるのか?」
「……ごほっごほっ。半分半分と言った所でしょうか」
「お前にとっては?」
「ありませ、ごほっごほっ、んよ」
なるほどなぁ。襲撃自体に意味はあるが、ニルニーアがここに居るのはたまたまか、適任だったかか。
「次のしつ――チッ……」
情報収集を続けようとしたら、先程シェイドがやったように大量の血が俺を丸呑みにしようとしてきた。俺は自分を分厚い魔力の膜で包み、圧殺してこようとする血に抵抗をする。
血の顎の中は針山の様になっており、圧に加えて点で膜を貫こうとしてしているが、魔力を大袈裟な程に溢れ出し、流動させて針を削り落とす。
「ごほっごほっ、で?お次は?」
ニルニーアの気が済んだのか、攻撃の手が一旦止む頃に声が聞こえてきた。
一回の攻防で質問は一回か。どっちが余裕あるんだか分からんなこりゃ。
「何故魔族がポルセレル皇帝に協力をする」
「ギブ・アンドごほっごほっテイクというやつです。詳しい事は、ごほっ、アーコミア本人に聞いては?」
「呼びましたか? ニルニーア」
突然ニルニーアの隣に魔法陣が現れたかと思ったら、そこから現れたのはシンプルながらも高級感溢れる服装を着こなす魔族。
流れからして、それが誰なのか想像は付くな。
「これはこれは、眠王ではありませんか。はじめまして、私の事はアーコミアで十分ですか?」
「ご丁寧に。軍の魔王アーコミア・リジェスタル。俺の方は……いらなそうだな」
差し出された手に警戒はしつつも握手を交わす。すると、わざとらしく押し付けられる魔力を、俺は反射的に押し返してしまう。ソレに対してアーコミアは不敵な笑みを浮かべるばかり。
現れたアーコミアに飛びかかろうとしたシェイドが、何かに拘束されたように動けていない所を見ると、既にアーコミアが何かをしたか。
一切分からなかったな。
「それで何を私に聞きたいのでしょう?眠王」
「根掘り葉掘り聞きたい事があるんだが、そんな時間は貰えないよな」
「元よりそれほど答える気はありませんよ」
互いに手は引いたものの、ぶつかり合う魔力は大きくなり、余波が気になる。無言の間で行われる静かなぶつかり合い。
まぁ、そもそもニルニーアが答えてくれていた事がおかしい。情報戦もしているアーコミアがこちら側に情報を漏らす事を良しとする……なんて思っていなかったが、どっからか、どうにかしてか覗いていたか。
さてさて、魔王御本人が出てくるとは予想外だったなぁ。どうすっかなぁ。
「そういえば、眠王はどうしてこちらに? 予想ではバハムート辺りが来ると思っていたんですがね。あぁ、もしかして、コニュア・L・エンピアの件でわざわざ?」
「全く別の理由だが……どうしてコニュア皇女が絡んでいると?」
「今、コニュア皇女はそちらへ行っているようですからね。コニュア・L・エンピアの秘密に関して、エルフと接触しようとしたのかと思いましてね。違ったのなら残念です、私の予想もまだまだ未熟なようで」
ドンビシャ過ぎて焦るわ。
俺の持っている情報が足りないのは確かだが、アーコミアはそれを予想できるだけの情報がある。特に、この世界の内状に関しての情報が。
いや、そうか。そういう事か。
「コニュア皇女が俺の国へ来れた理由は聖女が居たからも事実だろうが、あんたがポルセレル皇帝を説得した。コニュア皇女の立場を追いやるのに丁度いいとでも唆した。
ポルセレル皇帝の目的は、コニュア皇女の失脚と……コニュア皇女が掛けられている魔法。そしてアーコミア、あんたの目的は俺等か」
それに言葉はなかったが、アーコミアは拍手という形で返答をしている。
ルアールが来るかもと思っていた言葉で、アーコミアの目的の予想はできる。そう狙っていたような言葉だ。
そしてポルセレル皇帝の目的だが……アーコミアはコニュア皇女の秘密を知っている。ということは、協力しているポルセレル皇帝が知らないわけがない。いや、もしかしたら先にその事は知っていて、手に入れたいからこそ魔族と協力している可能性すらあるだろう。
予想でしかなかったが、それは拍手という方法で答え合わせはできた。
「つまり、まんまと俺は嵌められたわけだ」
「私も驚いていますよ、とんだ大物が釣れました」
「ニルニーアには小物だと言われたがな」
こうやって話を続けていたい所なんだけどな、そうはいかないらしい。
ピリピリとした感覚と共に、眼前に移動してきた反応。それに対応するのは、拘束から逃れたシェイド。
「あらぁ、どっちにも効かないなんて、自信なくしちゃうわ」
「もっと穏やかに歓迎してくれないもんかね」
「魔族式の歓迎としては、穏やかなほうですよ」
「俺にはハードすぎる」
眼の前に並ぶアーコミアとニルニーア、そして欲情させるような挑発的な服装の女魔族。対するこっちはシェイドと俺の二人。
爆発的に溢れ出してきた魔力は吹き荒れ、ニルニーアと女魔族も臨戦態勢だ。これに応えなければ、俺等は負けるだろう……死ぬんだろうな。それをハイそうですかって受け入れるのは、クラスメイトにもダンジョンの皆にも悪い。
「シェイドは後に来た魔族の相手を」
「我が王は」
「無論。三魔公と魔王の相手をしようじゃないか」
調子には乗るなよ俺。アーコミアが居る現状で、フルにスキルを使うのはショトルに覚えられるリスクがある。防戦一方になると予想して、そのつもりで行動をしろ。
時間を稼げ。戦闘を引き延ばせ。それが俺の勝利の方程式だ。
「ではでは、暫しお付き合いを」
「ゴホッゴホッ、シューカは望み通りに精霊の相手をしなさい」
「はい、ニルニーア様」
アーコミアの一言が再開の合図となった。
瞬きの暇もなく展開されていく大量の魔法陣。それが発動する前に迫りくる大量の血。それらを無理矢理魔力の放出のみで封じていく。
シェイドの方は……大丈夫そうだな。
横目でシェイドの様子を一瞥すると、シューカと呼ばれた魔族はシェイドの攻撃を防ぐので精一杯の様だ。
「なるほど、魔力のみで私とニルニーアの攻撃を押し返しますか……では、これでどうでしょう」
パチンと指から発せられた音が響いた瞬間、大量の魔法陣が俺等全員を囲み、更には足元の下――森の上空にも巨大な魔法陣が現れた。
アーコミアめ、俺がエルフや聖騎士団を消されちゃ困るって分かってやがる。それに……。
「進軍!!」「応戦しろ!」「な、ま、魔族が!?」「隊長!隊長はどこですか!」「負傷者を担げ、森を抜けるぞ!!」「あの子はどこ?」「走れ走れ走れ!!!」
下が騒がしくなり始めた。おそらく、下の魔族達が行動を開始したんだろう。
流石に、これ以上は渋れないな。
俺は一帯に魔力を充満させながら手を翳す。
「'法を敷く――」
眠れる王のスキルを発動しようと発した声は凄まじい轟音で掻き消され、俺もそっちに気を取られて途中で言葉を止めてしまう。
何事かと音のした方へと視線をずらすと、森が樹海へと変わり、急速にエルフの里が浮いて迫ってくる……ん?浮いて?
「これはこれは、まさか貴女まで出てくるとは」
「ゴホッゴホッ……傍観者気取りがゴホッ、表に出てきましたか」
「エルフは私の守るべきモノでもあり、彼等は私の客人でもあるんだ。君達がこれ以上暴れるというのなら、そりゃ顔ぐらい出しておかないとね」
ピタリと止まった森の一部の木が伸び上がり、その頂点に立つフードの人物。本当、俺も向こうから接触してくれるとは思わなかった。
「助太刀感謝しますよ。それと、ギルドの人達にも話を通してくれていたようで助かりました。シューヌさん」
「少しは助けになったようだね。まぁ、君には色々と知り合いが世話になっているようだし、気にしなくていい」
隣にシューヌさんが移動してくると、反対側にシェイドも戻ってきた。向こうにはシューカも戻り、さっきと似た状況になる。
違いがあるとすれば、なんか森が高くに押し上げられている事と、三対三になったという事だ。
「参りましたね。せっかく眠王の力が見れると思ったのに、これでは無理そうですねぇ。それとも使ってくれますか?」
「いやいや、俺も見せられなくて残念だ」
「そうでしょう。貴方は用心深いですからね……まぁいい、もう少しだけお相手を願いましょうか」
パチンと音が響けばまた大量の魔法が展開され、更には転移されてきた魔物達が俺達を囲む。ギナビアの報告を聞いた時もそうだったが、突然現れる大量の魔物達の出処が分からんな。
魔族だけなら理解できる。しかし、そこに合わせて大量の魔物とは……飼育でもしているんだろうか。
「数では圧倒的に不利なようだが、やれるかね?異界の者よ」
「まぁ、やれるだけやりますよ。シェイドは平気か?」
「我が王は必ずやお守りしましょう」
二人と背中合わせになりながら、シューヌさんの言葉に返し、シェイドに投げかける。多くを語る必要もなく、二人共臨戦態勢。
俺も俺で、時間経過と共に周囲が一層クリアに見え始める。
さてと、わざわざ待ってくれていたアーコミア達には悪いが、先手を貰うかね。
手を翳し、さっき広げた魔力集め、追加で展開された転移用の魔法陣ごと魔物達を魔力で削り潰した。
途端に迫りくる血の波。それを察していたかの様に、足元から岩が登ってきて壁となる。
「小賢しい真似で欺けると思うなよ」
その一言と共に眼前に突き出された黒い刃は、金属音を響かせながら透明な何かを防いだ。
「敏いわね」
輪郭を型取り現れる透明化していたシューカにガンを飛ばすシェイドは、無言のまま二撃目を振り下ろす。
「反応がいいねぇ、君の部下は」
「優秀だからな。まぁ、無理をしすぎる節があるのは、玉に瑕だ」
「あぁ、似たようなのを知っているから、良く分かる」
迫る魔法を冷静に一つずつ相殺する俺と、剣と模って飛来してくる血を防ぐシューヌ。三者三様で攻撃に転じきれてはいないが、劣勢というわけでもない。
まだ別の事を考えられる余裕もある。
アーコミアは、もう少しだけ相手をしてくれと言ってきた。
目的は失敗して、今後も俺がスキルを使う事はないと分かったにも関わらず、渋々戦闘を続けた様に感じるんだが……何故だ。
俺がスキルを使う可能性や、引きずり出す手段を持っているのか? それとももっと別な何か。
「流石はメニアルと戦った眠王だ。こんな状況でも考え事とは」
「結構いっぱいいっぱいだから、もう少し手加減してくれ」
先端が尖った錫杖の様なモノを魔力の鞭で弾きながら言葉を返す。余裕そうなのはアーコミアも変わらないだろうに……そうだ、アーコミアも全力を出している様に感じない。
ニルニーアですら、俺達の行動を制限する様な面での攻撃が多い。
あぁ、そうか。時間が経つ事を望んでいるのは、俺だけじゃないのか。
「やってくれたな……」
「もう気付いたんですか?」
思わず出た言葉にアーコミアは茶化す様に返してくる。
間違いなく今回の戦いは、俺の負けだ。俺のスキルは封じられているし、今から動いた所でアーコミアは対応してくる余力がある。
この場をシューヌさんに頼んでもいいが、最悪シューヌさんと話ができなくなる可能性が拭えないし、エルフかリュシオンかを選べと問えば間違いなくエルフを取るだろう。
「後どれだけ時間を稼ぐ気だ」
「そんなに掛かりませんよ。それまでは私達も退きませんし、貴方達を逃がす事もしませんけど」
錫杖を弾き、躱し、逆にアーコミアに向けて魔力の鞭を振るい。それを弾かれ躱されながら交わす会話。
シューヌさんやシェイドの耳にも入っているだろうが、二人は二人でシューカとニルニーアの対応をしている。
もどかしい。
セバリアス達を動かそうにも、おそらくは間に合わない。それほどに俺が気付くのが遅すぎた。及第点の対処を考えようにも――
「まだまだ行けそうですねぇ」
アーコミアが思考する時間を作らせてくれない。ここまでアーコミアの手のひらだろうな。
ふぅ……俺の判断ミスだが、起こってしまったモノは仕方がない。腹を括り、頭を回せ。幸い、コニュア皇女はこちら側だ。
もっと戦闘描写も磨かねば……。表現力と語彙力というか、足りないものが沢山です。
少し遅れてしまいすみません。
ブクマありがとうございます。
まだ未熟者ですが、今後もよろしくおねがいします。