思い通りにはさせられない
少し遅れてしまいました。
「ガレオ、入りなさい」
「はい…」
コニュア皇女の言葉に、動く素振りを見せていなかったガレオさんは部屋の中へと入り、視線だけで座る様にコニュア皇女が指示すると、ガレオさんはそれにも従い、空いていた椅子に腰を掛ける。
俺は俺で開けっ放しにならないように扉を閉め、東郷先生がガレオさんの分の飲み物を用意し始めた。
「コニュア様、どこまでご存知で、どこまでが真実なのでしょうか」
「ガレオの気持ちについては、私は多くを理解してはいません。
ですが、シューヌやトーセン様の事であれば、ガレオよりも多くを知り、私の口からでた言葉は全てが真実です」
淡々と告げるコニュア皇女の言葉に、ガレオさんは顔を俯かせて次の言葉を考えている様子。その間に、ガレオさんの分の飲み物を用意し終えた東郷先生に念話を繋げる。
《東郷先生、大丈夫ですか?》
《は、はい! ただちょっとお話の方には、ついて行けていません……》
《この機会に……と俺が仕組んだとは言え、そこは彼等の問題なので。もし詳しく知りたいのなら、後でコニュア皇女にでも聞けば教えてくれると思いますよ》
そりゃ東郷先生にはイマイチ分からん内容だろう。俺だって、さっきガレオさんから聞いて初めて知った内容だ。
コニュア皇女がわざわざ話す様な内容だとも思えないし、本題の延命に関してからは逸れているのも事実。そう仕向けたのも俺で、この状況にしたのも俺なのは違いないが。
まぁ、それはいい。ガレオさんは知ってしまって、コニュア皇女も隠す気もないようだし。二人の蟠りが上手く解決すれば、今後ガレオさんとは繋がりやすくなる。
これは経過を見つつとして、本題の延命に関してなのだが……これは少し東郷先生に話しておいた方がいいだろう。
《とりあえず今は二人に任せるとして、念話を繋いだのには東郷先生に聞きたい事があったからです》
《聞きたい事ですか?》
《はい。東郷先生は、シューヌさん――森の怪物と面識はありますか?》
《いいえ、私はありません。佐々木くん達からお話を聞いた程度ですね》
俺もその話は聞いている。行方不明になった子供を保護してくれていて、意外と話せる相手だった。そして、そこでガレオさん達と戦闘になった事も知っている。
他に何か知っていてくれれば……と思ったんだが、情報的には俺が持っている分とさして変わらないか。
俺の考えを東郷先生には話しておこうとは思うのは確かなんだけど、ちょっとシューヌさんについての情報が少なすぎて言っていいものか悩むな。
ガレオさんが居る手前、今のタイミングでコニュア皇女にシューヌさんの話しを詳しく聞くわけにもいかんし……いや、やっぱり一応東郷先生には伝えておこう。
《今から言うのは俺の予想でしか無いです。それを確認する方法も、今はないので、コニュア皇女には内緒にしてもらえますか?》
《大丈夫ですけど……何か分かったんですか?》
《おそらくですが、コニュア皇女に使われている延命魔法の解除方法をシューヌさんは知っています》
《え?》
一瞬驚いた表情で俺を見た東郷先生は、少しあわあわしながら何事も無かったかのように紅茶を口にする。
《えっと、それは、本当ですか?》
《あくまで可能性です。俺の持っている情報と照らし合わせて出てきた可能性の一つです》
断定する事はできないが、その可能性はある。
爺の手紙には、チーアとコニュア皇女が生きていたら、気にかけてやってくれ。と書かれていた。そう……たらればの話しなんだ。つまり、コニュア皇女が死んでいる可能性もあった。
そしてガレオさんが持っていた爺の手紙には、詳細は書いていなかったが、コニュア皇女の延命に一枚噛んでいるという書き方。
これは、シューヌさんが生きている場合はコニュア皇女が生きているという意味合いにも取れる。
コニュア皇女の存命=シューヌさんの存命にはならないが、シューヌさんの存命=コニュア皇女の存命にはなる可能性が高い。
爺の書き方からそう取れるだけと言われればそれまでだけど、爺だからこそその意味合いを含んでいてもおかしくない。
《まだ確定ではないのでコニュア皇女には内密に。俺は、シューヌさんとコンタクトが取れないか動いてみます》
《そ、そうですよね。あまり期待させてはいけませんよね……それに、もしそれが本当なら》
《はい。シューヌさんの意思でコニュア皇女が生かされていた可能性も出てきます。今、話を聞いた感じでは、その場合コニュア皇女は知らないでしょう》
《ですね……》
もし見当違いならば、それはそれでいい。また別の可能性を考えるだけだ。
とりあえず今は、解決の糸口が見えた事で、少しだけ上機嫌になった東郷先生を見れたことが何よりの収穫だ。
「私はヤツを許すことはできません。しかし、コニュア様を恨む様な事もできません」
「そうですか……強制をする気はありません。ガレオがそれで納得がいくのであれば、それで構わないでしょう。
ただし忘れないでください、シューヌばかりがトーセン様を殺したのではないと」
「ハッ!」
思ったより早く話が終わったな。
ガレオさんの物分りが良いというか、芯のブレなさが凄い。まさか、追加でなんの問いかけも無く話を終わらせるとは……。
適当に会話の流れに乗せてシューヌさんの事を聞こうと思っていたが、流石にこれじゃ無理そうだな。
東郷先生や聖女が絡まなければ、コニュア皇女はかなり察しと物分りが良い。俺が下手にアレコレとシューヌさんの事を問いかければ、俺の考えている可能性に気付きかねん。
できればそれは回避したい。
コニュア皇女の様子を見るに、シューヌさんとはそれなりの関係であり、多少なりの信頼はしている様子だ。その相手を俺が疑っていると思ってほしくはない。
何より、過去にコニュア皇女が俺の予想へ辿り着いた事があった場合、それを誤魔化したのは間違いなくシューヌさんになる。
後にシューヌさんとコンタクトを取ると考えた場合、シューヌさんにマイナスになる事をしておく必要は無い。
「これでよろしかったですか?常峰様」
「ハハハ、お気遣い感謝します」
マジで何処まで察してるのかね。ハルベリア王やレゴリア王の方が、グイグイ来る感じがある分、まだやりやすいな。
「眠王、コニュア様、聖女様、此度はありがとうございます。私も少し前に進むことができそうです」
「いえいえ、私は何も」
深々と頭を下げるガレオさんに対して、東郷先生が慌てながら言葉を返している。
その様子を見ながら、今回手に入った情報を軽く整理していると、ダンジョン機能を通して脳内に声が響いた。
《我が王よ、お話の最中に申し訳ありません》
《セバリアスか。どうした》
《お客様方が王城に集まっていると、監視に就かせた者から報告が入っております》
《聖騎士団が? 理由は分かるか?》
コニュア皇女が居ないのがバレたか、それとも王城に集まっているって事は俺に用事かねぇ。
《詳しい事は分かりません。現在はリピアが対応をしている様子ですが、我が王はどちらに?から話が進んでいないようです》
《ガレオさんの事は俺に任せていいから、リピアさんの手伝いをしてくれ。少ししたら王城へ向かう》
《かしこまりました》
ダンジョンの機能を使って確認をしてみれば、確かに王城に聖騎士団の反応が集まっている。数人の使用人達が隠れ、対応はリピアさんだけか。
そこに高速で移動したセバリアスが合流した様だな。
映像で確認してもいいが、流石にガレオさんやコニュア皇女の前で色々なダンジョン機能を見せる気も無い。
セバリアスとリピアさんにもう少しの間は任せよう。
「さてコニュア皇女、もう少し話を聞きたい所もあったのですが、今日はコレまでのようです」
「何か問題が起きましたか?」
「どうやらコニュア皇女が居なくなっていたのがバレたようで、王城の方に聖騎士団の皆様が集まって探しているようで」
「おや、もう気付いたのですね」
言うほどコニュア皇女が驚いていない。まぁ、それなりに時間は経っているし、誰かが気付いてもおかしくない。
「えっと、じゃあ心配させてもいけませんし、戻りますか?」
「部下達には私から言っておきましょう」
東郷先生とガレオさんの言葉で、俺達は部屋を後にして王城へと向かう。
食器は後で片付ければいいし、ひとまずはコニュア皇女を連れて行く方が優先だろう。
行き道、ガレオさんを含めてギクシャクした感じは無く、コニュア皇女からトーセンさんの事を聞いていたりしていた。
これから少しずつコニュア皇女とガレオさんの関係が進んでくれれば嬉しい。
今後の理想的な流れをイメージして王城へ向かい、城の扉を開けると、中ではセバリアスとリピアさんが扉の横で待機し、フロアの中央に聖騎士団が全員並んで立っていた。
「おぉ、ご無事でしたか聖女様。それにガレオ隊長も」
「心配掛けてすまない。コニュア様が眠王と急ぎ話があるとの事で、私が護衛に就いていた」
「さようでしたか」
そう言いながらコニュア皇女と共に聖騎士団の元へ移動するガレオさんを見ながら、最初の言葉に感じた引っかかりを探る。
何がご無事だったんだ?それに、何故コニュア皇女の名前を出さなかった。
心配の対象がガレオさんと東郷先生? それに、どこか聖騎士団のコニュア皇女を見る目に違和感があるんだが、俺は何を感じている?
「では――」
「セバリアス!コニュア皇女を確保しろ!全員、危害は加えるな!!」
先程から話していた聖騎士団の一人の動向を見ていた俺は、腰に下げている剣を掛けた瞬間に命令を下した。
その声に反応したセバリアスはコニュア皇女を抱えて俺の隣へ戻り、監視をしていた数名も動きに反応して飛びかかろうとしたものの、俺の言葉で動きが止まる。
「なっ!? 貴様!これはどいうことだ!何をしようとしたか、分かっているのか!!」
声を荒げて剣を引き抜こうとした者に問うガレオさん。
その様子を見るに、ガレオさんはこの事を知らなかったようだな。もしかしたら……と思ったが、杞憂だったか。
「ガレオ隊長、本国より連絡がありました。コニュア・L・エンピアを国家転覆及び内乱罪として捕える様にと」
「何を貴様は言っている……? コニュア様が国家転覆?内乱だと!? 本国がその判断を下したというのか」
なるほど。そうきたか、ポルセレル皇帝。
「連絡蝶で確かに。ガレオ隊長にも目を通して頂きたい。
反逆者コニュアはエルフと協力し、外部と内部から国崩しをしようと画策していたようです」
「その根拠は」
「ガレオ隊長もご存知でしょう? 我が国には、旧派と新派などという派閥があります。反逆者コニュアは、敵対派閥が邪魔となったのでしょう」
「貴様はそんな戯言を証拠だと言い張るのか!!」
「本国は十分だと判断しました」
判断するだろうな。それが一番楽な理由になる。
トチ狂ったアホらしい理由の方が、狂信者として仕立て上げやすい。普通ならば笑い飛ばす様な理由を、真面目に上の人間が発するからこっちは笑えなくなる。
加えてコレは事前に決められていた流れだな。
チラッとセバリアスに視線を送れば、セバリアスは小さく首を横に振った。
騎士団の口から出た'連絡蝶'なるものは、この国内に入っていない。あの罪状を記した紙は元々あの騎士団が持っていたモノ。
セバリアスが気付かず、監視の目を掻い潜れる連絡手段があるとすれば、それこそ念話とかになる。形ある連絡手段をセバリアス達が見逃すとも思えない。
「と、常峰君!」
「落ち着いてください。何かの間違いでしょう」
いきなりの展開に東郷先生が面白い動きをしている。そりゃ、いきなりコニュア皇女を逮捕するなんてなったら驚きもするだろう。
「眠王殿、申し訳ありませんが間違いではありません。反逆者コニュアをこちらに渡していただけますか?」
「リュシオン国の判断であれば、コニュア皇女は犯罪者になるんですね?」
「はい。なのでこちらで確保し、明日には本国へ連行させていただきたい」
さてポルセレル皇帝の思惑が読めないな。コニュア皇女を犯罪者に仕立て上げ、国内でそれを広めたとして、そこから得られるのはなんだろうか。
そもそも、エルフと共謀した証拠を何処から拾ってくる気だ?
見えてこないな。敵対派閥を処理するにしては、少し手順が雑すぎる。もっと内々を根回しとして、引き込んでから処理したほうがいいだろう。
コニュア皇女を犯罪者に仕立て上げるにしてはそれらしいと思うが、ポルセレル皇帝が動く理由としては弱く感じるのは、俺が慎重すぎるからなのだろうか。
「眠王殿」
「そうですねぇ…」
引き渡せば間違いなくコニュア皇女は犯罪者になる。俺としては避けたいが、避けられる理由が用意できないな。
これ以上引き伸ばせば、俺等まで共犯だと言いがかりを付けられかねない。
「国内で犯罪が起きた場合は、国外者問わず一度こちらで身柄を引き受けたい所なのですが」
「これはリュシオン国の一大事ですので、できれば早急にこちらへ身柄を」
流石にコレじゃ退かないか。俺とポルセレル皇帝は全く関わりもなければ、国同士としても関わりはあれど仲がいいわけでもない。
この国は、国として他国への権力が低いのも確かだ。相応の理由、現場判断が鈍る様な理由を用意しなければならんな。
不安そうな東郷先生と、騒ぎを聞いてバレない様に上から様子を見ている安賀多達の視線。
分かっている。ここでコニュア皇女を渡すのは、お前達のリュシオン国での立場が変わる可能性も高くなるからな、俺だってそうしたくはない。
上手く、当たり障りのない理由を探していた俺の脳内に、一つの信号が響いた。それはレッドランプで、相当な緊急事態のみに俺へ送るダンジョン機能の信号。
発信者は……シェイド!? ダンジョン内ギリギリの所に居るじゃないか。
「すみません。ちょっと緊急の連絡が」《シェイドか。どうした》
一応聖騎士団の皆さんに断りを入れてからシェイドに繋げる。
《我が王、申し訳ありません、失敗しました》
《失敗?何があった》
《俺の失態は後で報告をさせて頂きます。先にご報告したいことが》
《そっちからでいいぞ》
《ありがとうございます。我が王からのご命令通り入れ墨の調査をしていたのですが、その過程でエルフの里へと赴きました。
そこで魔族と人間に襲撃を受け、一人ではどうしようもできずに逃げ帰ってまいりました》
報告をするシェイドの声は、酷く申し訳なさそうだ。
だが、別にそれを責める気はない。むしろ、そこまで良く調査をしてくれたと褒めたいぐらいだ。更に言えば、その報告はベストタイミングだ。
《シェイド、今から扉を繋げるから、ここで全員にもう一度報告をしてほしい》
《かしこまりました》
「申し訳ない。一人ここに呼びますね」
返事が帰ってくる前に、俺は扉を繋げてシェイドを城に呼ぶと、ボロボロのシェイドが扉を抜けて俺の前に跪き頭を垂れる。
「リピアさん、セバリアス、シェイドの治療を。シェイド、そんな状態ですまないが、もう一度報告を頼めるか?」
まさかソコまでボロボロになっていると思っていなかった俺は、冷静を装いつつも内心焦り始めを感じながらシェイドに頼むと、シェイドは姿勢を正して聖騎士団の方へ体を向けて報告を始める。
リピアさんとセバリアスが治療をしながら、俺にした時と同じ様な報告をすると、全員の顔が少しだけ顰めっ面へと変わった。
「おそらく我が国が反逆者コニュアの思惑に気付きエルフの里を――」
「不可侵条約を結んでいるエルフに対して、なんの宣告もなしに魔族と協力してですか?」
「そ、それは…」
交渉は苦手みたいだな。
しっかりとシェイドの報告は聞くべきだ。リュシオン国が魔族と協力していたとは言えないだろうに、エルフの里を襲撃していますは無理がある。
言うのであれば、魔族側にも触れて敵対の意思を見せるべきだが、俺の言葉に詰まった。そして、シェイドは人間としか言っていないのに、リュシオン国が襲っていると言ったのも間違いだ。
「シェイドが襲われた件をリュシオン国に問いたい所ですが、今は別の事を進めていくとしましょう。
コニュア皇女をお渡しする事はできません」
「なっ!? 眠王殿は反逆者の肩を持つというのですか!」
「いいえ。拘束と管理はこちらでさせて頂きます。ですが、貴方の言葉に信憑性を感じなくなりました。
仮にコニュア皇女が本当に反逆者であれば、俺も喜んでリュシオン国へとお返ししますが、もし冤罪だった場合にコニュア皇女を反逆者へと引き渡したのは俺だと責められても困ります」
「眠王殿は私が反逆者だと言うのですか」
「もしもの話しですよ。実際、俺の所にポルセレル皇帝からの連絡は来ていません。貴方の狂言である可能性も拭えていない今、事実確認をしてからでも遅くはないでしょう」
まくし立てる様に言葉を食い気味で告げていく。
そうすると、どんどん聖騎士団の人の言葉は弱く、小さくなって、反論の言葉を探す時間の方が長くなる。
自分が反逆者になる可能性を出されて思考が上手くまとまらないのだろう。どういう打ち合わせをしてきたのかは知らんが、ミスれば自分も捨て駒の一つである事は脳裏を過っているはずだ。
「少々予定は変わりますが、事実確認を終えるまではコニュア皇女はコチラで拘束させて頂きます。確認ができ次第、リュシオン国へコニュア皇女は私達が送りましょう。
ご心配でしたら聖騎士団の皆様を滞在頂いて結構ですよ」
「先程から言っている事実確認とは、どのようにする気ですか?」
聖騎士団の人の言葉に、俺は少しだけ笑みを見せて答える。
すまんなポルセレル皇帝、流石に今のタイミングでそれをやられるのは俺は困ってしまう。だから、思い通りにはさせられない。
「俺が直接エルフの里に行きます」
その言葉に、聖騎士団の人達以上に東郷先生や安賀多、セバリアス達が驚きに満ちた表情を見せた。
すみません、急いで書いたのですが……やっぱり少し遅れていしまいました。
ブクマ、ありがとうございます。
どうぞこれからも、よろしくおねがいします!!