情報収集
とりあえず、皆は思い思いに武器を振ったり、既に打ち合ってみたりしているのを横目に、目的の三人へと近付いた。
「あ?おー、常峰じゃないか。どうしたのさ」
「三日後にある模擬戦で、安賀多さん達にお願い事があってな」
「お願い事ねぇ…」
「そう嫌な顔をしないでくれ」
お願い事と聞いて、安賀多はあからさまに嫌そうな顔をする。
「って、断れないんだろ?アンタは自分で動こうとしないからねぇ」
「事実すぎてぐうの音も出せないが、どうか頼まれてくれんかね」
「まぁ話してみなよ」
なんだかんだ言っても、安賀多は話を聞いてくれる。
バッチリ金髪に、必要以上に長めのスカートを引きずっていて、イメージでは一昔前のヤンキー系だが…こう…姉御肌イメージなんだよな。
その安賀多の後ろでは、文学少女の中野に、九嶋が一方的に話しかけて俺の話は聞いていない。
まぁ、安賀多さえ説得できれば、余程のことがない限りあの二人が反発する事はないし、九嶋は内容を知れば食いついてくるだろう。
「安賀多さんと…中野さん、九嶋さんのユニークは'音楽隊'だったよな?それを模擬戦で使って欲しい」
「戦場で演奏しろってことかい?」
「簡単に言えば、そういうことだ。要は目立って欲しい」
「えーなになにぃー、とこねっちとゆかちゃん面白そうな話ししてるー」
ほら、食いついてきた。
九嶋が表舞台に立つのが好きなのは知っている。失敗してもエンジョイしてこー!なハイテンションさには、何度かクラスの流れを任せた事がある。
それに、元の世界であれば近々あった学祭で安賀多達とバンドを…。ん?バンド?…使うか。
「楽しい話なんかじゃないよ。アタシ達に戦いの場で演奏しろってさ」
「演奏?いいじゃん別にー。りーちゃんもいいよね?」
九嶋が後ろでぼーっと俺達を見ていた中野に聞くと、中野は首を傾げて何の事か分かっていない様子。
中野、話を聞き流して聞いてなかったな。
「紗耶香、安全な場所での演奏とは違うんだ。そう簡単に」
ここだな。
「安全は保証しよう。その手筈も考えてる。もし、それがダメになったならしなくていい。
そうだな…三人は、スキルをフルに使って演奏をしてくれればいい。何を演奏するかは任せるし、どう演奏するかも任せる。
あんまり深く考えずに、好きなようにただ演奏してくれればいいんだ。こんな事になっちまって、学祭もおじゃんになったんだ…その鬱憤も晴らすぐらいな気持ちでさ」
「おー!聞いた?ゆかちゃん!学祭でやる予定だったのやろうよ!」
「…常峰、お前」
「な、頼むよ安賀多さん」
九嶋に肩を揺らされつつも俺を睨む安賀多に、もう一度お願いをする。
ほら、後ろで中野も ふんふん!とやる気を醸し出してるぞ。
「アタシ、アンタのそういう所嫌いだけど、感心はするよ」
「褒め言葉として貰っておく」
「…ついでに感謝もするよ。丁度スキルってのも使いたかったし、何よりこの子等が楽しそうだからね」
やる気を出す二人を見て、安賀多も顔を綻ばせた。
今回は乗せやすくて助かったわ。安賀多の性格上、この二人が賛成すれば呆れながらも一緒に行動をする。
もっとも、この三人が一緒に事を知ったのは最近だが、個別での性格ぐらいは観察をして分かっていた。
それでもこうスムーズに進んだのは…
「姉御には感謝だな」
「あ?」
「すまん、口が滑った」
「…曲は何でもいいんだろ?別に歌わなくても」
笑顔をピクリと引きつらせながら安賀多は聞いてくる。
悪かったって、間違って口に出ちまったんだって。
「その辺は俺は詳しくないから任せるよ。完全燃焼してくれる勢いで頼むわ」
「よし、紗耶香、理沙、曲目決めるよ。王様が満足するぐらいの演奏を見せてやろうじゃないか」
「おー!」「おー」
「楽しみにしてな。お う さ ま」
「…うーっす」
やっぱり、俺もスキル名ぐらい変えるべきだったかな。
頭を抱えつつも、俺は次の目的の相手へと足を運んだ。次の目的の皆傘 園は、ぽわわ~んとした女子生徒で、イメージ崩さず口癖の様にあらあら、うふふと言っている印象だ。
結構頭に残る生徒だから…と見渡せば、数人の男子が見守る先で、うふふと楽しそうに鞭を振り鳴らしていた。
すんごい近寄りがたい。
が…近寄らねば話が始まらん。
「あー…皆傘さん」
「?」
すみません。返事の代わりに鞭をスパン!と鳴らすのはやめてください。なんかピリッとするわ。
見ていた男子共も、鞭を鳴らす姿を紅潮した顔で眺めるな。なんかあぶねぇここ。
「実は頼み事がありましてですね」
あまりの空気に、思わず言葉がおかしくなってしまった。
「あらあらぁキングさんが私にですかぁ?いいですよぉ」
「キ!?…んんっ…ありがとう。実は、安賀多さん達の為にステージを作って欲しいんだ。目立つように」
「うふふっ、目立つようにですねぇ。わかりましたぁ」
皆傘は、肯定の意思表示なのか、もう一度スパンッ!と鞭も一緒に鳴らした。
なんかもう…鞭、使い慣れてますね。
もう本当、ピリピリするわ鞭の音。
「じゃあ、後で詳しく打ち合わせしたいから呼ぶわ」
「あらぁ…今じゃないんですねぇ」
「今はほら、うん、武器に慣れないとね」
「うふふ、そうですねぇ」
俺はそそくさとその場から離れ、安藤と合流した。
「なんか疲れてんな」
「スキル名のせいで、どいつもこいつも俺の事をキングだの王様だの…」
「あぁ、市羽が皆にそんな事を言ってたな」
あいつかぁ…。
よく分かんねぇ所で積極的に動きやがって…新手のイジメかこれ。
訓練場内を探せば、東郷先生と一緒に武器を選んでいる市羽が居る。向こうが俺の視線に気付いた様で、鼻で軽く笑って東郷先生との会話に戻りやがった。
《市羽さん、広めましたね?》
《何のことかしら》
《呼び名の事でございます》
《気に入って頂けたみたいで何よりだわ》
念話を繋げて文句の一つでも言おうかと思ったが…こいつ…。
はぁ…なんか珍しく市羽が楽しそうだ。何かしら鬱憤が溜まってたのかもしれんな。
どうせ一時的なものだろうし、これで済むなら今回は放置しておくか…。
市羽や新道、東郷先生にはこれからもちょこちょこ頼み事ができるだろうし、これぐらいは我慢するさ。
「そういや新道」
「ん?どうした?」
「ログストア国は、思ったより不安定かもしれない。
王の暗殺とかやりかねない連中が居る可能性があるから、ちょっと面倒かもしれんが注意しててくれ」
「何かあったのか?」
「あってからじゃ遅いパターンだ。不安要素が抜けるまでは頼むわ」
「そうか分かった。こっちは任せとけ。小難しい事…色々任せっきりで悪いな常峰」
「いや、俺の方もハッキリできなくてすまん。新道が居てくれて助かるよ」
一応これでログストアに残る組は大丈夫だろう。
新道は猪突猛進だが、自分で言ったことはしっかりと守る奴だ。何か問題が起きたとしても、自己対応と連絡はしっかりしてくれる。
手に負えないレベルまでは放置されないだろうから…まだ対応が楽だ。
今後の予定としては、今日はこのまま武器選び…時間があれば、安賀多達とは軽く打ち合わせをしておきたいな。
明日は、模擬戦に向けての最低限の合図の確認と注意事項を決めておいて、俺はその後に調べ物。
今回の模擬戦は勝っても負けてもいい。必要なのは、俺達のユニークスキルを意識させずに終えること。
その為には、誰かを突出させて目立たせればいい。だが前線向きだったり完全戦闘向きではなく、補助系、もしくは目立たせると決めた非戦闘系のスキルが望ましい。
そこで俺が目をつけたのが、安賀多達の'音楽隊'と皆傘の'花の楽園'。
安賀多達にはさっき言ったように、是非楽しんでやってもらいたい。そこが戦場だと思わないほどに…俺達が戦っているとしっかり認識できていない。と誤認させるほどに。
それならば即戦力としては目立っても使いづらいだろう。だから、無理して取り込もうとはしないはず。
将来性を見込んで何か仕込んでくるなら、その段階で対処する。
考えついた可能性は、出来る限り潰して早々に安心して休める環境だけは確保したいものだ。
突発的なものは諦めるとしても…事前対策ができるならしておきたい。じゃないと……
「寝不足だ…」
「そういや、よく起きてるよな」
「寝ても叩き起こされるからな」
そう、二度寝すら許されないんだ…。まだ二日目だが、この状況が続くとか…拷問かよ。俺、死ぬよ?
至福で安息な睡眠の為に、今は頑張れぇ…おれぇ。
あ、でも首が揺れて…このまま…「やつぐー」…は?
突然名前を呼ばれ、声の方へ身体を向ければ
「ゴフッッッ」
「おはよーやつぐ」
「あ、はい。おはようございます」
元気いっぱいチーアちゃんが、俺の鳩尾へ頭突きをカマシ、倒れた俺からマウントを取ってそのまま胸元に頬擦りへと移行した。
「と、常峰…お前っ!?」
「常峰、幼女誘拐なんてお前…」
「違う新道、安藤、よく見ろ…誘拐されそうなのは俺だ」
「やつぐ!あそぼっ」
頬擦りは満足したのか、チーアが俺から降りると、チーアと一緒に入ってきたメイドさんに手を貸してもらい立ち上がった…のはいいのだが、メイドさんにガッシリ肩を捕まれ離してくれない。
「え、何!可愛い!」「きゃー!ふりふりしてる!」「幼女…」「あれってキングの隠し子?」「彼女だったりしてー」「おいキング!職権乱用だぞ!」「羨ましいわ」「まぁ王様だし多少はね?」...etc.
メイドさんに捕まっている間に誤解が広まっていく。いや、誤解もクソもないだろこれ。
っていうか、なんでここにチーアが…。
「で、誰なんだこの子」
「ちーあです!」
「らしいぞ」
安藤の問いには、チーアが元気よく自己紹介をした。
そのチーアの自己紹介で、またクラスメイトは盛り上がり、チーアはあっという間に囲まれてもみくちゃにされている。
まぁ、チーア本人も楽しんでいるようだし、俺の肩をガッチリ掴んで離さないメイドさんも見守っているし問題はないのだろう。
「あの…なんでチーアちゃんはここに」
「チーア様が常峰様と遊びたいと申しまして、リピアに聞いた所こちらに居ると。ご迷惑とは存じていますが、少しお相手をしては頂けませんか?」
止めなかったのかよ。
いや、止めて泣かれる方が嫌だったのかもな。
「まぁ、俺がしなくても皆がしてくれると思うので」
視線の先では楽しそうにクラスメイトと遊ぶチーア。
こうやって見ると、皆も何かとストレスが溜まっているのだろう。息抜きには丁度いいな。
子供パワー。侮れないものだ。
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それから二時間程、チーアはめいいっぱい遊んだ。
鬼ごっこ、警泥、スキルを使って障害物を生み出して行われた隠れんぼなどなど。
新道も安藤もチーアに回収され、一緒に遊んで適度に疲れたようで。
「なんで、ここで寝るのかね」
「懐いてるわね。安心でもするんじゃないかしら?」
「懐かれる様な事は何一つ無かったはずなんだがな」
当然遊び疲れたチーアは、現在床に座っている俺の膝にすっぽりハマってお休み中。
俺も寝たいのだが、隣に立つ市羽の相手をしていて寝れない。
「可愛らしくていいじゃない」
「子供は苦手なんだ」
「私もよ」
…。
もうね。なんだろうね。皆が楽しそうで何よりです。
「常峰様、チーア様を」
「頼みたいんですが、離れてくれないんですよ」
俺を気遣ってかメイドさんがチーアを受け取ろうとしてくるが、チーアはしっかり俺の服を掴んで離さない。
ちょっと引き離そうとしてみたが、寝ているのに何故か泣き出してしまいそうな顔になり…無理に引き剥がせない。
「どうするのかしら」
「…まぁいいさ。市羽さん達は訓練続けてくれ。
俺は、チーアちゃんを送ってくるついでに、明日やるつもりだった調べ物をしてくる。メイドさん、案内を頼んでいいですか?」
「常峰様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「んじゃ、後は頼むわ」
皆、子供パワーに振り回されてダウンしているが、市羽に伝えておけば復活した時にでも市羽から聞くだろう。
とりあえず、この場は市羽に任せて、俺はメイドさんにチーアの部屋まで案内してもらう事にした。
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んで、現在は書物室。
メイドさんに手伝ってもらい、スキル系が載っている本を読み漁っている。
チーアの部屋には案内してもらえたのだが、部屋の外で引き剥がそうとしても剥がせなかった。
流石に部屋の中には入りたくない俺と、チーアを回収したいメイドさんは悩みに悩んだ…。そして、でた結論は、このまま先に俺の調べ物を済ませ、途中で起きたらメイドさんが回収。
起きなくても、調べ物が終わるぐらいには一度起こして風呂などを入れる予定。
「こちらもですね」
「あぁ、すみません。ありがとうございます。
一つ聞きたいのですが、スキルとかは結構他人に教えたりするんですか?」
追加で三冊の本を持ってきたメイドさんに聞きながら、俺はページをめくっていく。
本当に色々なスキルがある。
効果が似ているが、スキル名が違えば違うスキルとして記されているみたいだ。
もちろん、詳しく読めばメリット・デメリットが違うので、使い手からすれば違うスキルなのだろう。
「そうですね…。本人次第ですが、初対面の方や信用に値しなければスキルを公開する事は殆どありません。
手の内を晒し、対策されてからでは遅いですから…。もっとも、有名な方などのスキルは広まって周知であったりもします」
「有名な方?」
「私達の様な一般の方でも耳にするのは…ログストア国であれば、騎士団長のゼス様の'剣の道'とかは有名ですね」
メイドさんは本を捲り、'剣の道'が記されているページを開き見せてくれた。
----------------
剣の道
|説明|
剣術スキルを極め終え尚、その先を求める者。
その先の可能性を見出す。
|取得条件|
剣術スキルを極める
剣闘術を極める
双剣術を極める
該当スキルの取得
・ソニックブレード
・グランドスラッシュ
・ブレードレイン
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お、おう。取得条件とか分かってるんだな。
「ちなみにですが、スキルを極めるのにはかなりの時間と努力が必要になります。
EXスキルを終着点と考え、剣の道はEXスキルです。
先天性のスキルもございますが、長い時間をかけた努力の末、到達するスキルも多く存在しております」
ん?EXスキルが終着点?
「すみません、ユニークスキルはどういう扱いになっているんですかね?」
「ユニークスキル…?異常スキルの事でしょうか?
極稀にですが、EXスキルが派生したと言う記録がありますね。後は、常峰様達の様に古に異界から来た勇者様のスキルが、異常スキル'勇者'をお持ちだったと…。
少々お待ち下さい。確か、お伽噺として語り継がれているので、その本を探してまいります」
そう言ってメイドさんは、無数にある本棚の森の中へと消えてしまった。
さて、今ので分かったことは、ユニークスキルは所持しているだけで異常だということ。後は、有名なスキルなら取得条件が分かっている可能性が高いこと。
それと、やっぱり過去に勇者が存在したということ。
まるでゲームだ。
俺の率直な感想。初めから感じていたことだが、取得条件なんかが明確にされていると攻略本を読んでいる感じだ。
まぁ、そんな簡単にEXまでは到達できないもんなんだろうな。
じゃなければ有名どころのスキルなんかで噂にはならんだろう。
「お待たせしました。
こちらが'勇者の伝説'で、こちらが現在までに確認されている異常スキル一覧です」
「ありがとうございます」
一冊の子供向けの様な本と、それよりも薄く、背表紙もない紙束をメイドさんは持ってきた。
ひとまず俺は紙束から目を通す。
それは、メイドさんの言った通り'異常スキル'とだけ表に書かれ、後はスキル名っぽいのが'勇者'を筆頭に箇条書きに並んでいる。
俺はそのスキル名を頭に叩き込み、俺達のスキルと照らし合わせていく。
同名のスキルは、五つ。勇者 聖女 魔導帝 刀神 神鎗。
それ以外は、同名ではないが名前から近いものを予想できるものも幾つかあった。スキル名しか書かれておらず、詳細が書かれていないから正確な事は言えないが…過去に'眠王'っぽいスキルは存在していない。
「ちなみに、メイドさんの持っているスキルを聞いても?」
「私ですか?私は、裁縫と料理を嗜んでおります。後は、少々水魔法を扱えるぐらいでしょうか…」
「家庭的ですね。いい嫁さんになりそうだ」
「ふふっ、ありがとうございます。戦闘系スキルをあまり覚えていないので、そういう事態ではお役には立てないですけどね」
「表に出て戦うだけが戦いでもないでしょう。
不味い飯より、美味い飯食ったほうが戦う気力も湧くもんかと。素肌に鎧も着たくないですしね」
「お気遣い、ありがとうございます」
「個人的見解ですけど、事実ですよ」
子供向けの様な本…というか、子供向けの本を読みながらメイドさんから情報収集をする。
この世界にも戦闘系スキルという概念があるのは良かった。
使えるスキルと使えないスキルを区別されている。それは、非戦闘スキルを戦う場で使う概念は薄い。
'音楽隊'と'花の楽園'は、一見非戦闘スキルだ。印象は植え付けられるだろう。
要は使い方だ。料理のスキルだって、毒殺に使える。裁縫のスキルだって衣類に何かを仕込むのに使えるはずだ。
それを利用しているのも居るだろうが、一般的な意見では非戦闘スキル。それは重要な認識。
一般的を知るのは大事だ。自分の認識がズレているのも確認できるし、それに合わせる為にも自分の意見を主張するにも必要な要素。
一般的、世間的、多数の意見。要は学校での勉強や生活の中で得られるこの情報は、矛盾点を指すにも相手を納得させるにも、利用価値が高く知っていて損のない情報。
何気ない会話が、そういう情報を得るのには一番手っ取り早い。
「あ、もう一ついいですか?」
「一つと言わず、何なりとお聞きください」
「ハハ…えっと、この世界の教育ってどんな感じなんですかね?子供が集まって学ぶ場所とかあるんですか?」
「教育ですか?基本的には親がするものかと…。
あっ、ログストア国にはございませんが、噂ではギナビア国には教育機関なるものが存在すると聞いたことがあります。
個人の適性に合った武具の扱いや魔法の基礎を学ぶ機関だとか」
なるほど。スキルを使わない洗脳。時間をかける刷り込み教育。座学までやっているか分からないが、ギナビア国は常識を植え付ける方法を分かっているくさいな。
「メイドさん、掛け算とか分かります?」
「算術ですね」
「どこで習いました?」
「算術をですか?生活の中で…それこそ、母や父が教えてくれました。
商業ギルドの方達は、複雑な計算式を用いたりするそうですが、そちらの方は学ぶ機会がありませんでした」
「学ぶ方法があると」
「ふふっ、常峰様は商業に関心がおありなのですね。
そういった事を学ぶのであれば、商業ギルドなどから在籍している方の付き人として始めれば、必然的に覚えていけるのではないかと思います。
一応、参考書などもございますよ?独学で覚える方も居ますので」
「なるほど」
複雑な計算式がどの辺りからを指すのかは分からんが、俺達で言う義務教育は親が教えたりするもんなのか。
まぁ、その辺の常識差があまり無いのは嬉しいな。
生活基準も、城の中を見る限りでは向こうと大差ない。後は通貨関連の情報も集めておくか。
「ぅん…」
「おっ?」
「おはようございます、チーア様」
「おはお」
どうやらチーアが起きたようだ。
メイドさんからの情報収集は、今日はここまでだな。
「チーア様、そろそろお食事などいかがですか?」
「んー」
まだ寝ぼけているようだが、しっかりと握られていた俺の服は開放されている。
俺は軽く抱き上げ、メイドさんにチーアをパス。
「では参りましょう。常峰様、ありがとうございました」
「こちらこそ色々と助かりました」
「やつぐ、ごはんは?」
「あぁ、俺はもう少し本を読んでからだ。
チーアちゃんは食べてくるといい」
「はーい。やつぐ、またあそぼ」
「う、うん。またな」
チーアを抱きかかえたメイドさんは一礼をして、チーアは俺に手を振りながら書物室から出ていく。
俺も、チーアに手を振り返しながら思う。
できれば、俺以外に懐いてくれ。
「あ、そうだ。メイドさん!できれば、あいつらが風呂に入れるようにお願いしてもいいですか?」
「かしこまりました。その様に手配しておきます」
訓練してたら汗もかくだろうし、全員服が制服のままな所を見ると、こっちに来てから風呂に入ってないだろう。
忘れているのか、言い出しづらいのかは分からんが、用意されりゃ入りたいやつは入るはず。
「さてと…」
扉が完全に閉まるまで手を振り終え、大きく息を吐いて本に目を落とした。
-勇者の伝説-
メイドさんと話しながら読んでいたが…その名の通り、子供向けにまとめられた勇者の話だった。
異界より呼び出された勇者が仲間と冒険し、苦難の道を経て魔王を倒す。そんなお話。
だが、このお話の終わりは俺の求めるものではなかった。
勇者は魔王を倒した後、仲間達と幸せに暮らしました。と締めくくられいる。そう、この過去の勇者は帰らなかった。
もしくは、帰ろうとしたが帰れなかったか。どうであれ、物語は綺麗にまとめられるように改変されていて当然だろう。
「だとしても、この話がいつ頃のかとしてもだ。
俺達は二度目以降で、異常スキル一覧を見る限りでは、この物語の勇者と俺等以外にも喚んだと考えていいだろう。
だったら帰ろうとしたやつも居るはずだ」
確認されている異常スキルの数は少ない。少ないが、約五十ちょっとの異常スキルは多すぎる。
EXスキルが終着点と考える世の中で、EXまで辿り着いたらどうするか。腐らせないようにそれを磨きつつ、他のスキルに手を出すだろう。
EXですら到達するまでにかなりの時間がかかる様な言い方だったんだ。偶然、なんかしらの要因でユニークに派生する以外で、極めたと言われたスキルを尚も極め、尚且つユニークまで鍛え上げる時間は…分かったもんじゃないな。
そう考えれば、こうやって記され申告なり鑑定なりで分かる環境にユニークスキルを持っている者が現れたということだ。
一番簡単にユニークスキルを持ち、それが確認できる環境。…俺達が使われた召喚だ。
知られること無く生涯を遂げた者が居たとしても、現在この世界にはユニーク持ちは居ない。
「さぁ…知れば知るほど、どんどん俺達の異常性が高まっていくわけなんだが…。
どうしたもんかね」
俺の安眠の為には、絶対的な力で屈服させるのも手だが…俺達には経験が足りない。
だが、その経験を積めば、帰った時にどんな支障が出てくるかも分からない。
後もう一つ。
勇者の伝説を読んで思ったことがある。
この勇者の伝説は一体の魔王を倒した所で物語が終わっている。'魔神'という単語が一つも出てこなかった。
俺達がハルベリア王から求められているのは、五体の魔王と魔神の討伐。
どうも全容が見えてこないな。
強くてニューゲームなのに、いきなり初めての裏ステージにぶち込まれた気分だ。
色々と問題は山積みだが、今はできる事から消化しよう。
チーアが居なくなって、湯たんぽが無くなった後の様な肌寒さを覚えながら、俺は本の読み漁りを再開した。
確認って大事ですよね。
ブクマありがとうございます。