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眠れる王  作者: 慧瑠
見えてくる意思
122/236

餞別

「ふぅ。中々どうして……しぶといですねぇ」


「それはお互い様というものですよ」


少し呼吸が乱れているフェグテノを守るように、近場にある魔物の死体が壁となる。

未だに汚れ一つない白玉の振り袖から飛び出してくるカラフルな紙人形が間に割って入った死体に触れると、色に応じた現象が起こり死体は形を保つことすら無く消えていく。


既に最初のドラゴンですらボロボロの状態で動くことはなく、フェグテノと白玉の戦闘の余波で原型すら怪しい状況。


「少し九白尾と言う存在を見誤っていたようです」


「私は貴方を過大評価していたようですね」


白玉が片手を高らかに上げると、噴水の様に吹き出してくる紙人形の数々。それらは意思を持ったように白玉の周りを一周すると、フェグテノへと直進して襲いかかる。


「そう期待をされてしまっては、応えたくなりますねぇ」


避けても追いかけてくる紙人形の群れを、ある程度誘導した後にフェグテノが軽く指を鳴らす。

すると、今まで動く様子のなかったドラゴンの死骸が大きく口を開け、静かに溜めていたブレスを吐き、紙人形諸共白玉の半身を消し飛ばした。


すぐに収まった瀕死の一撃は確かに白玉の半身を消し飛ばし、森を抜けていく。しかしフェグテノは、すぐに次の死体をかき集め、自分の目の前に壁として配置した。――瞬間、目の前の壁は炎上して崩れ落ちていく。


「まるでアンデットですね」


「それは貴方の分野でしょう?」


崩れ落ちた壁の先でフェグテノが見たものは、ブレスが当たる直前に投げ上げた煙管を、服ごと修復された手で受け止め咥える白玉の姿。


おちゃらけた様に軽口を叩くも、先程から同じ様に回復していく事に大きな溜め息を漏らしたくなっている。

小さな傷は当然。不意をつき、心の臓に一撃を入れても白玉の様子は変わらないのだ。ならばと消滅をさせた今回でも、その半身は戻ってきた。


「貴女……死ぬんですか?」


「安心してください。私は死にますよ――っと、苦戦していますね、菊池」


「申し訳ありません。如何せん、テイマーというのは厄介ですね」


「おじさん強いね―」「でもニカ達の方がつよーい!」


吹き飛ばされてきた菊池を紙人形で受け止めた白玉の視線の先には、小さな傷はあるものの、大きな外傷も無くキャッキャと騒ぐパティ・ニカ……を肩に担ぐ息を荒くするミノタウロスの姿がある。


「大型の魔物は菊池には厳しいかもしれませんね」


そう呟いた白玉が袖を振るうと、黒と緑の二枚の紙人形がミノタウロスへと向かっていく。

当然、ミノタウロスは紙人形を叩き落とそうと持っていた斧を振り下ろすが、先に斧にぺたり。と張り付いた黒い紙人形が斧を黒色に染め上げ、緑の紙人形がミノタウロスへと張り付いた。


その次の瞬間、斧は消え、人形が張り付いた腹部からミノタウロスの体は腐り落ち始める。


「おわわ!」「おとと!」「「華麗に着地!!」」


腐り、崩れるミノタウロスの肩に座っていたパティ・ニカは、慌てながらもちゃんと着地をすると、無邪気な笑みを見せて白玉へ視線を送る。


「まーたペットが減っちゃった」「埋め合わせは必要だよねー」


「確かに拘束の方が楽かもしれませんねぇ」


パティ・ニカの隣に移動したフェグテノと、視線を返すだけの白玉の隣では構え直す菊池。

一触即発の空気の中……チリーン。と鈴の音が響いた。


九つの尾先から響く音は、音の波に色を付け、背後から大量に飛んできた魔法を打ち消す。


「流石は白玉だ。私の優秀な部下が、随分と手こずっている」


「今にも死にそうな小さな魔族だったのに、随分と大層な肩書を持ったようですね……アーコミア」


菊池にフェグテノ達の警戒は任せ振り返ると、大群を背後に引き連れたアーコミアが宙に立っていた。


「昔の事は感謝をしているよ。あの頃の私は実に弱く、同族にも魔物にも人間にすら私は劣っていた。白玉が手を差し伸べなければ、私はあの時に死んでいただろう」


「手を差し伸べたのは私では無いですよ。村の者達が、魔族とあれど小さき命を見捨てられなかっただけです」


「それでも貴女の一声で私は見捨てられていた可能性があった。しかし黙認をした」


「興味もありませんでしたし、恩を仇で返されるとも思っていませんでしたかね」


白玉とアーコミアの会話に菊池のみならず、フェグテノやパティ・ニカも驚いた表情で聞いていた。


二人の言うように昔の事である。

人間に追われ、瀕死にも関わらず海に逃げたアーコミア。死んでもおかしくのない状況であったが、結果としてアーコミアは孤島へと流され、昔の咎の村の者に助けらた。


魔族が立ち入らず、人間、その他の種族ですらココに立ち入る事はほぼ無く、身を隠したいアーコミアにはうってつけの場所。

自身を襲った人間も少なからず居たのだが、アーコミアに危害を加える様な事も無く。むしろ受け入れ、様々な知識をアーコミアに教えてくれた。


「私は別に恩を仇で返したいわけじゃない。私の目的の為に、白玉が守ってきたモノを譲って欲しいだけで」


「そのやり方がコレですか」


「譲ってくれればいいだけですよ?そうすれば、私達はすぐに戻りましょう。白玉にとっても、私に協力したほうがいい。魔族が世界を手に入れた暁には、優遇しよう」


「それが可能だと思っているのですか?」


「当然でしょう?私は世界を変えると誓いましたから……魔族が虐げられない世界を」


紫煙を漂わせ、静かにアーコミアの言葉を聞いていた白玉は、変わらぬ表情のままその視線でアーコミアを射抜く。

そして静かに問う。


「それで他種族を虐げると?」


「私に賛同しないのであれば、それも仕方のない事でしょう。差し伸べた手を払う者を、どうやって救えと?」


「そうですか。君が流れ着いてから百五十年程が経ちましたが、変わりませんね。君も、世界も」


「……交渉決裂か。残念ですよ白玉」


小さな呟きと共に横に振られたアーコミアの腕。その動作で発動した魔法を探知できる者は白玉以外におらず、認識していた白玉の首はゆっくりとズレ、頭は切り離された。


――が、落ちる頭は地に触れる前に紙吹雪へと変わり、元の場所へと戻っていく。


「相変わらず、その魔法は素晴らしい。

代々白玉が引き継ぐ一子相伝の魔法'幽世'……その実態は、時空間固定を擬似的に行う魔法。その現象も回復なんてものではなく、一種の時間逆行でしたっけ」


「良く調べましたね」


「昔に一度だけ目にしたのでね。私もそれを扱いたいと、色々試しました。だが、どうやら本当に白玉以外扱う術がない。

複数の魔法を組み合わせても、同じ現象を扱えない。その結果からの予想なんですが、白玉の血でなければ扱えない魔法なのでは?」


「教えると思うのですか?」


「まぁ、教えませんよね。いいですよ別に。その事も、どこかに記され隠されているでしょうから……白玉を殺してからゆっくりと解析させてもらいましょう」


アーコミアの言葉で、待機していた魔族達の空気が変わる。その視線は、明らかに殺意が含まれ、白玉と菊池を捉えている。


「アーコミアが私を殺すですか……できると?」


一身に受ける殺意などに臆する白玉ではない。表情一つ変わらぬまま、漂う紫煙越しにアーコミアへ殺気を返す。


「幽世は確かに素晴らしい魔法だ。しかし、それ故に維持をする為の消費魔力は、そこらの魔法と一線を画すもの。

わざわざ私が雑談に興じたんですよ?何も考えなしにそんな事をするとでも?老いましたね白玉、既に限界を越えているでしょう。――その証拠に」


言葉に合わせアーコミアが腕を振り上げると、待機していた魔族達が同時に魔法を放つ。

雨の様に降り注ぐ魔法に対し、白玉は菊池を紙人形で包み、大きく尾を揺らした。


チリーン。


響く色付いた音は、先程と同じ様に降り注ぐ魔法を打ち消すが、数が数であるだけに抜けてくる魔法もある。

であればどうするか。


先程までなら白玉は身に受けていただろう。それでも問題はなかった。……だが、白玉はゆらりと揺れ、必要な動作のみで魔法を避けた。

それでも避けきれない分は、響く鈴の音が打ち消していく。

その白玉の様子を見てアーコミアは確信した。


白玉は'幽世'を維持できなくなった。


「フェグテノ、パティ・ニカ、待たせたね。後は好きにしていいよ。殺してもいいし、適当に捕まえて人形にしてもいい。

私は、白玉が保管してきたモノを探しにいく」


「良いんですか?知り合いのようでしたけど?」


「命令に変更はない」


「九白尾は連れ帰る―」「おじさんも連れ帰る―」


フェグテノは面白いものを見た様な愉快な声で聞くと、アーコミアは笑みで返し、パティ・ニカも楽しそうに両手を振り上げた。


アーコミアが連れてきた魔族と、パティ・ニカの言葉に反応して新たに増えた魔物達。更には死霊使いであるフェグテノ。


先程よりも数が増え、殺した所でフェグテノが再利用するだろう。加えて、白玉は幽世を発動する事ができず、菊池と二人。


「死にますね。菊池、逃げてもいいですよ?それぐらいの時間ならば、大した問題にはなりません」


「おやめください白玉様。最期の一瞬までお供すると、お伝えしたはずです」


魔族の群れのみならば、パティ・ニカのみならば、魔物達のみならば、フェグテノのみならば……どれかならば自分が遅れをとる事はない。だが、全てを相手取るともなれば、白玉は己のみならず菊池の死期を悟る。


本来なら自分だけが残るはずだったのだが、隣に立つ菊池を見ていると少しばかり抗おうかと思ってしまう。


「菊池、私の言葉は覚えていますね?」


「当然でございます。死力を尽くし、生き抜きましょう」


矛盾していると言うのに、さも当然のように答えてくる菊池に白玉は笑ってしまった。

これはこれで、中々に愉快だと。


「さぁ、来ますよ」


「ハッ!」


白玉の言う通り、全てが動いた。


魔族から放たれた魔法。同士討ちを顧みぬ魔物達は一斉に飛びかかり、パティ・ニカやフェグテノはワンテンポ遅れて強力な魔法の準備をしている。

魔法を防いだ所で魔物が、魔物の対処をした所でフェグテノとパティ・ニカの魔法が、それを防ぐ用意をするならば、魔族達の魔法への対処が遅れる。


最善策を瞬時に考え、最寄りの魔物を盾にしつつ魔物と魔法を防ぎ、パティ・ニカとフェグテノの魔法は無理やり回避しようか……と思考を走らせた白玉と菊池だったが、二人はそのどれもする事は無かった。否、できなかった。


突然大地が揺れ、飛び出してきた七本の剣が魔法も魔物も切り裂き踊る。更に、地面の中から鉛の雨が空に降り注ぐ。


「生きてるかい?白玉の子」「いやー、危ない所だったね」


「エ、エリヴィラ様とチェスター様…どうしてこちらに…」


揺れで崩落した穴から現れたのは、そこから出てくる事はないはずの二人。

黒き甲冑を纏うエリヴィラ・ザヴェリューハと重火器に囲まれた椅子に座るチェスター・アルバーン。


その二人の登場に、場は静まり返り、白玉ですら目を丸くする。


それもそのはずだ。二人は本来偽装ダンジョンから出てくる事はない。

それ以前に、二人はダンジョン内で吸収した魔力がなければ活動できるはずがない事を白玉は知ってる。


「なに、わざわざ私を解放しに来た旧友縁者の頼みを少し叶えてやろうと思ってな」


「それにエリヴィラは君にも生きて欲しいと思っているんだよ。当然僕もね」


「それは一体…」


「話は終わりだ。今後は、好きに生きると良い……私が言うのもなんだが、世界は広く、面白いものだ」


「お迎えだよ」


なんの事を言っているか分からない白玉が再度聞こうとすると、それよりも早く答えが分かった。


「撤退準備しとけ橋倉ぁー!!」


「ぅ、ぅん!」


声のする方向へ白玉と菊池が振り向くと、魔物の羽を生やした岸が低空を高速で飛行して向かってきている。

その後ろでは、あわあわとしながら地面に降りた橋倉が、足元に魔法陣を展開し始めた。


「エリヴィラ様、チェスター様」


「今まで世話をかけた」


「Good bye 白玉」


やはり白玉が問う事はできなかった。

名を呼べば、二人は小さく笑みを見せ、別れの言葉と共に二本の剣が白玉と菊池を引っ掛けて、こちらへ向かってきている岸の方へと飛ばされてしまう。


「連れて行け青年!」「頼んだよー」


置いてけぼりに進んでいく展開だったが、白玉と菊池が逃げようとしている事に気付いた魔物が追いかける――が、浮遊する剣と音速を超える鉛玉がそれを許さない。


「っと…あざーっす!!」


飛んできた菊池と白玉をキャッチした岸が礼を言うと、エリヴィラとチェスターは軽く手を上げて応える。

ただそれだけで、色々と察している岸は頭を下げ、待機している橋倉の元へと即座に移動していく。


「逃がすのは気に食わないな」


だが、一連の流れを見ていたアーコミアが動いた。

移動していく岸に手を向けると、無数の魔法陣が展開され、そこから速度の速い魔法が連続で放たれる。


――チリン。


小さな音。しかし、確かに響いた音。

その音は明るい色で空気を揺らし、魔法を打ち消し、更には魔法陣を破壊した。


「「……」」


交差するアーコミアと白玉の視線。それで何を感じ取ったのかは、本人達にしか分からない。


-


「はぁ……増えたり減ったり、ゴブリンか何かですか?」


追撃虚しく転移魔法の光に飲み込まれた白玉達を見て、溜め息を漏らしたアーコミアの視線は残る二人へと向けられた。


「活きの良いルーキーだな」


「そりゃ、貴方達から見れば全員ルーキーになるでしょう。エリヴィラ・ザヴェリューハ」


「僕達は過去の人間だからね。確かに、君達は皆ルーキーだ」


「だったら遺物は遺物らしく引き籠ってて欲しいものですよ……チェスター・アルバーン」


異様な空気を纏い威圧する二人に魔族達は動けず、パティ・ニカは怯え、フェグテノは面白そうに観察をしながらアーコミアとの会話を聞いている。


「そういう訳にもいかない。せっかく私は解放され、あの子を解放できるのだ」


「新時代へ向かおうとしているんだ。餞別もしたくなるんだよ」


「そうですか。では、さようなら」


エリヴィラとチェスターに冷たく言い放ったアーコミアの頭上には、一帯を覆う程に巨大な魔法陣が展開されていた。


---

--


巨大な魔法陣から放たれた光を、七つの剣が切り裂いていく。そして剣が作った隙間を、輝く鉛玉が抜けて魔法陣を貫き壊す。

それが盛大な合図となって、魔物も魔族もたった二人へ襲いかかり、名を残す事を許されなかった英雄は、それと対峙する。


その様子を、小高い山の上から見ている者が居た。


「派手にやりおる」


「加勢に行かなくて良いのかしら?」


「我が眠王から頼まれたのは、異界の者と九白尾だけじゃ」


「それなら、どうして彼等を解放したの?アナタなら、別に彼等の力を借りる必要など無かったんじゃないのかしら――魔王メニアル」


名を呼ばれたメニアルは、ゆっくりと目を閉じる。隣では、問いを投げかけたアラクネが返答を待っていた。

そして暫し沈黙をしたメニアルは口を開く。


「たまたま別の約束を思い出し、事の序でにそれを果たしただけの事。大した意味などありはせん」


「まぁ、私の子等を保護してくれたし、アナタが何をしようがとやかく言う事は私にはできないんだけどね。……でも、よく解除できたわね、あの魔法。

隣で見ていたけどサッパリだったわ」


「たまたまじゃ。我も驚いておるよ……この様な形で絡む運命もあるとはのぉ」


メニアルの視線の先では、多数を相手に一切の引けを見せない二人の姿。しかし当時とは肉体に違いもあり、確実に追い詰められていく二人。


英雄の最期を目に焼き付けたメニアルは、もう満足したのだろうか……目の前の空間を裂き、その中へを足を運んでいく。


「そういえばアラクネよ。我はレパパとやらを持って帰らねばならんのだが、場所が分かるか?」


「知ってはいるけど、もういいの?」


メニアルは小さく頷き、アラクネが入れる様に裂いた空間を広げて呟く。


「よい。その勇姿は、しかと見た」


「…そう」


これ以上は無駄だろうと悟ったアラクネは、メニアルの裂いた空間へと入っていく。そして完全にアラクネが入ると、空間はピタリと閉じた。

遅れてすみません。

何処で区切ろうか、どういう展開にしようかと色々考えながら、他の用事も適当に済ませていたら、あっという間に時間が過ぎてしまっていて……と言い訳をさせてください。次は遅れないように気をつけます。



ブクマありがとうございます!

おそらく多々あり、お恥ずかしい限りですが、誤字脱字報告も助かります。

どうぞ、これからもお付き合いください。

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