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眠れる王  作者: 慧瑠
見えてくる意思
119/236

小さな違和感

日が昇り始めた頃、千影は、普段歩く廊下を小走りで移動していた。

目的地はココの家主であり、咎の村の長である白玉が居るであろう部屋。


自室での雑音を好まない白玉を考慮して、足音を立てぬように部屋前まで移動した千影は、白玉が起きているかを襖越しに気配で探る。

もし寝ていた場合に戸を叩く音で起こさぬように。


「千影ですね? 入りなさい」


そんな千影の配慮を察してか、先に白玉から声が投げかけられた。


「起きていられたのですね」


「えぇ。白む空を肴に……というのも、中々に良いものでした」


襖を開け、頭を上げた千影の鼻腔をいつもより濃い紫煙の香りが埋め、視界には窓縁に座る白玉と、足元に並ぶ酒瓶があった。

それだけで白玉が夜通し起きていた事が察せる。


「それで何用ですか?」


「あ、はい。岸様達が起床され、現在は朝食中である事と、菊池がアラクネへの協力要請を終えて、アラクネも準備を夜間に終えたようです」


白玉に催促をされてハッとした千影は、再度頭を下げて要件を伝えた。

それを聞いた白玉は煙管の灰を叩き落とし、そっと立てかけて外を眺め口を開く。


「外が少し騒がしかったので気付いてはいますよ。アラクネの気配は分かりやすいですからね」


「村人には何時頃」


「もうしばらくは伏せておきましょう。岸様達に気付かれては意味がありません」


「では、本当に岸様達がお帰りになった後という事で?」


「菊池にも伝えておいてくださいね」


「昨夜の内に概ねは伝えております」


それは助かります。と答えた白玉はゆっくりと立ち上がり、部屋にある箪笥の一番上から縦長の箱を取り出し、テーブルの上に置いてあった封筒と一緒に千影へ差し出した。


「これは?」


封筒の中身は当然、それなりに長く仕えている千影でさえ初めて見る箱に首を傾げる。


「先んじて岸様達にお渡ししておいてください。常峰 夜継様にお渡しするように言葉を添えて」


「かしこまりました。しかし、白玉様が直接お渡しになってもよろしいのでは? ご朝食の準備も終えていますが……」


「私は少し後に頂くことにします。もう少しだけ、こうしていたいので……」


千影が箱と手紙を受け取ると、白玉は先程の様に窓縁に腰を下ろした。


揺れる九つの尾と長くまとめられた髪を朝の風が撫で、無垢な白さは陽の光を時折柔らかく反射させている様な錯覚を生む。

同じ様に時折響く鈴の音色は、白玉のその姿に見惚れる千影の思考も無垢なものへ染めていく。


「千影?」


「ハッ!し、失礼しました!」


部屋を出ていかない千影が気になり声をかければ、白玉の声で様々な思考が戻ってきた千影は慌てて頭を下げる。

素直に見惚れていたと言えばいいのだが、何故か恥ずかしさがこみ上げてきていた千影は、別の言葉を必死に探した。


「お冷をお持ちいたしましょうか?」


「そうですね、ではお願いします」


「すぐに持ってまいります」


なんとか絞り出せた言葉に、千影はホッと息を漏らしてから部屋を出ていく。

いつもとは少し違う千影の姿を白玉が小さく笑って見送ると、脳に昨日よりフワフワとした声が響いた。


《おはようございます。とこねです》


《おはようございます夜継様。早起きなのですね》


《えぇまぁ、本当ならココから二度寝なんですけどね。白玉さんとの約束を思い出せて、本当に良かったですよ》


《わざわざ私の為にお気を使っていただき、ありがとうございます》


《ハハハ、俺のほうが都合を合わせてもらっている様なものなんですけどね》


話している内、だんだんと鮮明になっていく常峰の声に、白玉は思わず笑みを浮かべる。


そういえば、先代から伝わる話しでは、光貴様は切り替えが早い方だったと聞く。

へらへらとしていると思えば、頭の中では全てを見通していて、事が起きた時には誰よりも早く行動を起こしていたらしい。


先代も、自身の前の代から聞いた話し故、全てが真実だとは思っていなかった白玉だが、どことなく常峰から感じる空気が変わっていくのを感じていた。


《さて、挨拶もそこそこに話を進めましょう。俺からは幾つかの質問があるので、白玉さんから先に話があればどうぞ》


《ではお言葉に甘えて……。私からは二つ程お聞きしたい事があります》


《どうぞ、遠慮なく聞いてください》


《では遠慮をせずお聞きしますね。

夜継様、貴方は本当に光貴様すら成し遂げられなかった事を、成し遂げられるとお思いですか?》


白玉の問いに、夜継からの返答はすぐには無かった。

数秒の沈黙が流れ、その間に千影がお冷を持ってくる。


「白玉様、お冷をお持ちしました」


「ありがとう千影。……少し、寄りなさい」


「はい」


お冷を持ってきた千影は、白玉の手招きに従って近付いていく。そして持ってきたお冷を差し出すと、白玉は手を伸ばし、お冷を越えて、細い指は千影の頭を優しく撫でた。


「へ?」


「いつも迷惑を掛けますね」


「え、あの」


「ふふっ、下がっていいですよ」


するりと髪の間を抜け、優しく頬を流れる指に千影の思考はまたしても染められていく。その隙間を縫うように告げられた言葉に、日頃染み付いた反応だけが応え、千影は言葉もなく頭を下げて部屋を出ていく。


そして見計らったかのように常峰の声が頭の中に響いてきた。


《白玉さんのその問いには、やれるだけの事はやるつもりだ。としか答えられないですね。やるかやらないかであって、思う思わないじゃないんですよ。

それでも気持ちの有無を求めるなら、成し遂げられる。と今思いました》


《それは何故ですか?》


《まぁ、憎たらしい事に爺は俺の事を良く知っているので、俺に残したモノがあるなら俺にプラスになる事でしょう。同じ目的か、その過程かは分かりませんが、爺が成し遂げようとした事を俺は成し遂げる結果になるだけですよ。

それに、その爺が残したモノを大事に繋いできてくれた白玉さん達に応える為にも、俺はソレを成し遂げましょう。絶対的な根拠はないですが、そういう確固たる意思ぐらいは口にできます》


常峰の答えを聞きつつ白玉は煙管を手に取り、新たに詰めた葉に火を着け紫煙を揺らぎ泳がせる。


その常峰の言葉が白玉の納得がいくモノだったのかは、本人しか知らず、その紫煙と共に音も立てずに消えていく。


《では次の質問です。昨夜に夜継様がお話された'恩義に報いる'事ですが、私の頼みはどれ程であれば叶うのでしょうか》


《んー、それに答えるのも難しいですね。頼まれなければ分からないので、こっからココまでって目安を立てるのも……。強いて言えば、別に一つだけではなく、二、三あるなら応える気ではありますね》


《そうですか。それは嬉しい事ですね》


《あぁでも、カッコつけて言っておいてなんですけど、無理なもんは無理です》


《ふふっ、それは承知していますよ》


本当に上機嫌なのだろう。

白玉の尾はゆらゆらと陽気に揺れ、鈴の音を響かせる。紫煙もそれに釣られる様にふわふわと空気に溶けていく。


《私からはもう充分なので、次は私が夜継様の質問にお答えしましょう》


《そういうことなら、後で聞きたい事があれば聞いてください。

えーっと、幾つかあるんですけど初めに聞きたいのは、確認になります》


《なんでしょう?》


《白玉さんは、爺――常峰 光貴が何をしようとしたか、どこまで知っていますか?》


その問いに含まれている内容を白玉は察した。いや、昨夜の内で予想できていた。

日が上がるまで、酔いもできない酒を口にしながら考えていた内の一つの問い。そこから常峰が求めているであろう、自分の口から出てきて欲しい答えも白玉には分かっている。


しかしどうしたものだろうか。白玉は不思議な気持ちに浸っていた。


答える気はある。先代から受け継いできた知識の中に、それに関する事も多々存在している。……のだが、白玉は少しだけ沈黙を続け、漏れ出してきた感情の心地よさに身を委ねてしまう。


岸達の口から常峰の名前が出てきた時からだろうか……。

幼少からより抑え、気がつけばそれが普通になっていたはずの感情が、閉じ込めていた袋に穴ができたように漏れ、穴は広がり溢れてくるのだ。


初めてのようで懐かしい感覚に、酒で酔ってしまったのかと勘違いしてしまう程に新鮮で、不思議と心地良い。


《全てではないでしょうが、少しであれば知っています。例えば、帰還方法を模索していた……とか》


だが、いつまでも沈黙を続ける訳にもいかず、その時間が存在しない事を理解している白玉は、ほんの少しだけ焦らす様に答えた。


《随分とピンポイントな例えばを出してくれますね》


《ふふふ、実は光貴様が夜継様に残したお言葉がありまして、そうではないかと思っただけです》


《ほぉ、そのお言葉を聞いても?》


《'よくぞ俺まで辿り着いた。だがやー坊、本当にお前は元の世界に帰りたいのか?'と言う事でした》


《その場に居れば、白玉さんに「ぬかせ糞爺」って伝えて欲しい所ですが……まぁ、そんな言葉を残したんですね》


《機会があれば伝えておきましょう》


《そりゃ助かります》


他愛のないやり取りではあるが、白玉にとってそれが楽しくて仕方がない。できる事ならば、ちょっとした雑談を交え、こんなやり取りを続けたいとすら思い始めている。

だが、時間がソレを許さない。


当然白玉も理解している。


《夜継様もお忙しいでしょうから、次の質問へ移りましょうか》


《おぉ、そうですね。では次の質問ですが――》


いつも通り、これまで通りに……とはいかないまでも、感情を抑えて常峰からの質問に答えていく。

それから数十分程すれば、ある程度常峰も聞きたい事を聞き終えた様で、質問と言うよりは雑談に変わっていた。


《へー、ログストア国の管轄小国ですか》


《はい。他の小国の様に領地を与えられた貴族の方々が管理するのではなく、ログストア国が国として認めてはいるのですが、扱いとしてはログストア大国になる時もあり、その管理はログストア王に委ねられているのです》


《でも白玉さんが管理してるようなモノですよね?》


《私が……と言うよりは、白玉の家系が'咎の村'を管理しています。形としてはギルドマスターとしてですがね。

元がギナビアやリュシオンの罪人処刑場と変わらない場所でしたので、今の状況にするのも色々と大変だったようですよ》


《爺がちょっかい出したせいで、技術の宝庫にもなりかけてたっぽいですしね》


《今回でそれは無くなりましたが》


ふふっ、と笑っていると、襖越しの向こうに気配が一つ止まった。

その気配は菊池のモノであり、自分の所に向かってきている事が分かっていた白玉は、襖が叩かれる前に菊池に声を掛ける。


「菊池ですね?」


「白玉様、そろそろ動いたほうがよろしいかと」


名前を呼ばれた菊池は、静かに襖を開けて申し訳なさそうに時間が迫っている事を伝えた。


「そうですか……そういえば、アラクネの件で動いていた様ですが、頼んでいた物は見つかりましたか?」


「昨夜には見つけ、動作なども問題なく使える事の確認を終えております。ただ、フィルムの替えがないので、二回が限度かと」


説明をしながら菊池は四角い箱を取り出した。

それは、この世界ではその一つしか存在していない物であり、何よりも元はこの世界の物ではない。


「後で千影も連れて来てもらえますか?せっかくなので、三人で撮りましょう」


そう。ポラロイドカメラである。


これは白玉の先祖が常峰 光貴より頂いた物で、白玉の箪笥の中にもコレを使って撮られた写真が数枚保管されている。


《夜継様、そろそろ私も用事がありますので、この辺で》


《おぉ、結構話してましたね。色々とありがとうございました。爺達が残した物も、結構根こそぎ持って帰ってしまったようで……》


《いえいえ、夜継様にお渡しする予定でしたので問題はありません。……ただ、そうですね、最後にもう一つお聞きしてもいいですか?》


《ん?どうぞ?》


自分が動き始めるのを待っている菊池。そして、先程の可愛らしい反応を見せた千影の姿を思い出し、問うつもりの無かった事を白玉は聞いてしまった。


《白玉の役目は終えました。これから私はどうしたら良いと思いますか?》


《それは俺が決める事じゃない。頼まれれば力を貸すし、何かあればこうして話を聞いたりしますが、頼むのも話しを持ちかけるのも白玉さんが決める事かと。

何かをしたいけど、それが浮かばない……とかなら話は聞きます。今は、好きにやってみて良いんじゃないんですか?

白玉のご先祖さんも、爺の頼みを聞きたいから聞いたんでしょうし……まぁ、その役目云々を生んだのは爺のせいなんでしょうけど。もう大丈夫なら、好きにしていいのでしょう》


白玉は、別に答えが貰えなくてもそれでよかった。

だが常峰は申し訳なさそうにしっかりと答えてくれた。


そのおかげか、はたまたそのせいか。完全に塞ぐことのできなくなった感情に身を委ねても、静かな水面の様な穏やかさを保つことができている。

何より、改めてハッキリと自分のやりたい事を認識できた。


《夜継様、ありがとうございました。またいつかお会いした時には、色々とお話をお聞かせください》


《こちらこそありがとうございました。中々に有益な情報を得られました》


最後に、また。と互いに言葉を残すと、念話は切れた。


少しばかりの余韻に浸った白玉は、崩れていた服を正して菊池と共に部屋を出ていく。


---

--


「いいんすか?」


「もちろんです。むしろ、この様な物しか持たせる事ができず、申し訳ありません」


「いやいや、海の上だと魚介類ばかりなんで助かりやす」


常峰から早く帰るように。と白玉から伝えられた岸達は、手早く荷物をまとめて村の入り口まで来ている。

菊池と千影、白玉は見送りに、そして入り口にはアラクネが待っていて、今は白玉から帰宅途中でもつまめる様にと大量の団子を受け取っていた。


「ほら、私も暇ではないの。そろそろ行くわよ」


「あ、うっす」


先に背に乗せられていた並木達と同じ様にアラクネの背に岸も持ち上げられ、別れの間を惜しむ間も無く村を離れていく。


常峰が戻るようにと言ったからとはいえ、何か追い出す様な展開の速さに岸達も唖然とするしかなかった。


「なんか、俺等悪いことしたか?」


「永禮が考えてる様な事はねぇと思うけど、ちょっと違和感あるよな」


「あぁ、やっぱまこっちゃんと永禮も感じた?」


上手く言葉にできないが、岸達は何かを感じ、並木達も白玉だけではなくアラクネの様子のおかしさに気付いている。


「あれ?アラクネさん、最初の時と方向が違う様な気がするんだけど?」


「桜達が来た方面は、今日は潮の流れが早いのよ。少し遠回りにはなるけど、安全な所に送るわ」


「なるほど。それなら納得だわ」


と口では言うものの、並木は納得などしていない。

視線を古河と橋倉に送れば、二人も同じ気持ちのようだ。


アラクネと白玉達は何かを隠している。だが、隠している以上は聞いても教えてはくれないだろう。

それに加えて常峰から戻るようにも言われているのだ。並木達も、違和感を感じながらそれ以上口を開く事はなかった。


最初の頃よりも速い速度で移動するアラクネは、すぐに森を抜けて海岸に辿り着く。


「人間達は自力で海を渡ったのよね?ココでも大丈夫かしら?」


「どうなのげんじぃ」


「おー、行けるかな」


「らしいっす」


岸の問いかけに答えたげんじぃの言葉を聞いたアラクネは、一度軽く頷いて岸達を背から降ろす。最後に岸を背から降ろす際に、自分の正面へ移動させて優しい視線を岸に向けた。


「えっと、何か?」


「随分と気に入ったのね。岸、その子を頼むわね」


アラクネは囁く様に呟くと、姿を消していたミストスパイダーを数回撫でてから降ろす。


「お前、ついてくるのか」


まだ自分の肩に乗っているミストスパイダーに驚いた岸が聞くと、ミストスパイダーは当然だろ?と言わんばかりにモフモフの尻を岸に擦り付ける。


「それじゃあ、気をつけておかえり」


岸とミストスパイダーのやり取りを見て、ほっと安心した様子のアラクネは全員に向けてそう言うと、返事も聞かずに森の奥へと戻っていく。


残された岸達は、胸に残る不完全燃焼感を抱えたまま、渋々げんじぃが喚び出した魚の背に乗ったのだった。

すみません。ギリッギリになりました。

ちょっと時間が無くて、書き始めるのが送れてしまいました……。



お読みいただきありがとうございます!

こんな感じですが、今後もお付き合いいただけると嬉しいです。

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