甘い
「ちょっくら夜風に当たってくるわ」
「おー」「いてら」
まこっちゃんとげんじぃに一言掛けてから、白玉に充てがわれた部屋を出る。長い廊下ってか、もはや縁側をぷらぷら歩いて適当に座れそうな場所を探す。
途中で飯を食った部屋を覗くと、並木と橋倉と古河の三人が茶をしばいている。
「あれ?岸君お出かけ?」
「夜風に当たりたくて、ぶらぶらとな」
「ふーん、気をつけてね」
一番最初に目が合った並木と適当に会話を済ませ、三人に軽く手を振りながら散歩再開。
それから程なくして、中々に良さげな場所を見つけた。
「流石に高そうな鯉はいねぇか」
縁側から繋がっていた先に、屋根と椅子がある休憩所っぽい場所に腰を下ろす。目の前にはドでかい池があり、蓮っぽいのも浮いているが……まぁ、その中に魚は居ない。何処かに鹿威しがあるのか、一定の感覚でカコーン!と心地いい音が聞こえてくるぐらいだ。
「今日は助かったわ。ミストスパイダーも適当に休んでくれ」
俺の声に反応して、肩口にもふもふおりしを携えたボディが姿を表し、屋根に糸を伸ばして何処かへ移動していく。
それを見送りながら俺も一息つき、頭の整理を始めよう。
偽装ダンジョンで色々と回収した後、俺達はげんじぃと並木の案内でチェスターに会いに行ったのだが、既にチェスターの姿はなかった。そのかわり、三本の杭と一枚の手紙が置かれていた。
手紙の内容も難しい事はなく、杭の効果と使用法。それと出来れば早々に孤島を去る様にとだけ。
手紙と杭を回収した後は、スリーピングキングとの約束もあったから、まこっちゃんと古河に案内してもらってエリヴィラの方にも行ってみたけど居なかった。
まぁ、白玉が念話に応じてくれるってんだから及第点ではあるだろ。
そこら辺も含めて今回の孤島のダンジョン攻略のスコアは……精々五十点、ランクB程度だろう。
白玉の言った通り、俺達はダンジョンを攻略していない。つかできなかった。んにゃ、そもそも存在すらしていなかった。
だけど、一応偽装ダンジョンを模していたが、罠には引っかかるわ、分断されるわで、本当にダンジョンだったら誰か死んでいたかも知れなかったわけだ。現にまこっちゃんは死にかけたらしいし。
次に情報収集結果だけどなぁ……。
見つけられた物は多いし、有益な情報だったのは間違いないはず。しかし、ココに来るキッカケになった'スキルフォルダ'については何一つ分からんままだ。
げんじぃ曰く、チェスターの話では奥にあると言っていたのにな。
でもさ、これはさぁ、情報が多すぎなのが悪くね?
言い訳と言われたらそれまでだけど、多分'スキルフォルダ'に関する情報は回収していると思うんだわ。俺等が目を通してないだけで。
そこら辺を考慮すると、今回はメインクエストには失敗したけどサブクエは達成して、ボーナス点だけでスコア稼いだ感だ。
「自己採点終わり!最終的な採点はスリーピングキング次第だな!」
現状で何が有益な情報かを判断するのは俺じゃねぇ。集めた情報はスリーピングキングに丸投げして、スリーピングキングがどういう判断をするのか、今後の参考にでもさせてもらうか。
自分の中で整理を終え、ぐぐっと体を伸ばして池を眺めていると、後ろから足音が聞こえてくる。
白玉の家と言っても敵の可能性を少し考えて警戒しながら振り返れば、何処か見覚えがあるような感じだけど、見たことのない男がこっちへ歩いてきていた。
「あ、えっと、岸く、さんですよね?」
「は?あぁ、俺は岸だけど?あんたは?」
けして俺は'きしく'なんて名前ではない。だが、どうやら相手は俺の事を知っているっぽいな。
「え?ぁ……は…」
「は…?」
「は、ハシクです!」
「ハシクね。で?そのハシクは、俺に何か用が?」
「こ、これを。白玉さんが、夜の外は、ひ、冷えるからって…」
「あー…あざっす」
俺はハシクから、湯気が踊る茶と串団子が乗ったお盆を受け取るが……。なんか、調子狂うな。
初対面なのは確かなはずだが、こう、会話をしている感覚が橋倉と重なる。
「えっと、まだ何か?」
お盆を受け取って、目の前にある小さなテーブルに置いたのはいいんだが、何故かハシクは戻ろうとしない。なんかずっと見てくるし、まだ用事でもあんのかな?と声を掛けてみれば、びくっとしておどおどと落ち着きが無くなっていく。
本当に橋倉みてぇだな。
「す、す、少し…一緒に…その」
「別に俺の場所でも無いし、座るならどーぞ」
なんかよく分からんけど、ハシクも座りたいらしい。
俺が少しズレて場所を空けると、隣にハシクがちょこんと座る。
……。
隣に座ったからと言って特に会話もなく。鹿威しと、俺が茶を飲む音だけが響く空間が続く。
本当に何しに来たんだ?
みたらしみたいな甘めの団子を口に放り込み、ハシクを横目に見るが喋る様子もなく、もじもじしているばかりだ。
「月が綺麗だな」
「ふぇ!?」
見上げると、本当に綺麗な月が輝いていて、無意識に出た言葉にハシクが驚きの声を上げた。
「あぁ、いや、久々にゆっくり月を見たから思わずな。こっちは空気が澄んでるってか、街灯が少ないからか、一際綺麗に見えるんだわ」
「ぅん…ぁ、はい…」
「……そういや、ハシクってここに住んでんのか?千影と菊池だけかと思っていたんだが」
「ぇ、ぇっと……その……」
「言い辛いなら別にいいわ」
「ご、ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないだろ」
あまりにも申し訳なさそうに謝るもんで、俺は思わず笑ってしまう。対するハシクは、恥ずかしいのか照れてるのか分からんが、もじもじとしてしまった。
団子も茶もまだあるし、適当に話題をとも考えるけど、良い話題が浮かばねぇわ。
「あの…」
「んお?」
「へ、変な事を……聞いても、いい、ですか?」
「どーぞ」
積まれた団子を上から一つ一つ食べていると、相変わらずもじもじしているハシクは意を決した様に質問を口にした。
「き、岸さんは、す、好きな、人とか……います、か?」
マジで変な質問をしてきやがった。
何で俺?え、何?ハシクは恋の悩みを抱えてんの?第三者の意見を聞きたい的な?
そういうのって、普通女子に聞いたほうがいいんじゃねぇの?あー…でも、ハシクは男か。周りには知られたくないし、女子にも聞きづらいってのはあるのかもな。
げんじぃ辺りに聞いたほうが良さそうだけど、今はまこっちゃんと一緒に居るから消去法で俺だったか。
「岸、さん?」
「えーあー、好きな人ね、好きな人。おーん、いねぇなぁ。
友達と一緒になって恋愛ゲームっと、なんて言えばいいか、疑似恋愛娯楽?みたいなので遊んだりすることはあるんだが、リアルでのはあんまり興味がねぇわ。
誰かの色恋見てたほうが楽しいってのも大きいし、俺の性格上彼女が出来るとは思わねぇ。できたとしても、いちいち取り繕って猫被んのがだりぃからなぁ……長続きはしないだろうな」
「か、彼女……いらない、とか…」
「いや、別に積極的になろうとか思わねぇだけで、恋愛事に否定的なわけじゃないぞ?取り繕う必要のねぇ彼女とかできたら、楽しいのかなぁ?とか考えたりはするわ」
まぁ、げんじぃやまこっちゃんとつるんでる方が楽しいだろうから、俺自身にも興味が無いのは事実だわ。二人に彼女ができたら……俺もそれとなく積極的になったりするのかね。
「んで?そんな事を聞いたってことは、ハシクは好きな人が居るのか?」
「はい、います」
「へぇ」
やたらハッキリと答える姿が印象に残る。
それほど好きなんだろうなぁ。ニヤニヤしちまうわ。
ハシクの見た目は、身長と幼さが残る感じから男の娘タイプだな。華奢さも相まって、これ、女装させたら見分けつかなそう。その道大好きな連中からしたら、ヤバそうだ。
「とても優しくて、声を聞いてくれて、だ、大好きなんです…」
「もう、最後の一言だけで色々詰まってんのは十分わかったわ。俺はこうだからアドバイスとかできねぇけど、本人にソレちゃんと伝えて、頑張れよ。
今日会ったばっかで外面しか見てねぇけど、まぁ、カッコいい……じゃないな。可愛い顔してんだし、全然ワンチャンあるだろ」
「は、はい!」
真剣なハシクには悪いけど、団子が甘ぇわ、ニヤつきそうになるわで大変だ。
そういやマッスルナイトの方は、今頃どうなってのかねぇ。あっちもあっちで、進展ペースがマッハだからなぁ。楽しいことになってそうなんだよなぁ。
「あ、ぁの、そろそろ、わた、僕は…」
「時間か?」
「は、はい」
「そうか。白玉に茶と団子、美味しかったと伝えててくれ。後、その好きな人と上手く行くこと祈っとくぜ」
「うん!」
やたら良い返事をしたハシクは、一度頭を下げて戻っていった。
俺もそろそろ戻りたいのだが、ミストスパイダーが……戻ってきたな。
「ん?どうした?」
俺の肩に戻ってきたミストスパイダーは、奥の草陰に足を向けてアピールをしている。
使役をしていないから言っている事は分からないが、伝えたい事はなんとなく分かったわ。
「隠れてないで出てきたらどうだ?」
「マジか。バレるとは思ってなかったわ」「えっへっへっへっ」
「……何してんの?」
草陰から出てきたのは、驚いているまこっちゃんと、変な笑みを浮かべてるげんじぃ。
部屋に居たはずの二人が、なんで草陰に隠れてたんだ?
「永禮、コレなんだと思う?」
そう言ってげんじぃが取り出したのは、随分とカラフルな色をした液体が入ってる試験管。
なんだと思う?って言われてもな。並木が似たようなの巻物にぶち込んでたっけ?
「あの偽装ダンジョンにあったヤツだろ?」
「半分正解だ。
コレを見つけたのは並木なんだけどな?何でもコレ、一時的に性転換できる薬の原液らしいんだ。原液で一日、薄めてれば時間の調整ができる。
例えばそうだな……ちょっと大きめのコップ一杯に小さじ一杯で三十分程度ぐらいまでなら効果範囲らしいぞ」
「へぇ~」
ニヤニヤとしているげんじぃの言葉で、一瞬ハシクが持ってきたお茶を見てみたけど、入ってても分からねぇわ。体には変化もなさそうだし、俺にイタズラを仕掛けたってわけじゃな…さ……!?
「お、気付いたか?」
「いや、まさか。え、そうなの?まこっちゃん」
俺が何か察した事が分かった様子のまこっちゃんに答え合わせを求めると、言葉は返ってこないがニヤニヤした顔は返ってきた。
隣ではげんじぃが試験管を揺らして、ちゃぷちゃぷを見せつけてくるし。
「分かってて言ってんのかと思ったわ」
「何がだよ」
「'月が綺麗だな'」
「あ」
まこっちゃんの言葉で、さっきのやり取りが再生されていく。
ハシクが驚いた様子だった事が不思議だったけど、仮に、本当に橋倉だった場合……納得できなくは…ない。
「'可愛い顔してんだし、全然ワンチャンあるだろ'」
「げ、げんじぃ…」
今度はげんじぃが俺の台詞を口にする。
やめてくれぇ…無性に恥ずかしい!けど、確認しとかなきゃいけねぇよな。これがタダのイタズラなら何時か仕返ししてやるけど、もし違った場合がなぁ?
じ、自意識過剰とかじゃねーし。もしもの場合を考えての確認だし!
「一応確認なんだけどさ……橋倉だったりする?なんかの罰ゲームだったりとか?」
「永禮……認めようぜ。ありゃ本気だ」
「まこっちゃん。
げんじぃ、マジなの?春なの俺?」
「プレゼント選ぶ時は言えよ!俺の知識をフル活用してやる!」
ぽんっと俺の肩を叩くまこっちゃん。ビシッとサムズアップと決めるげんじぃ。
マジかぁ~。春かぁ~。何時からだ?全然気付かなかったんだけど。うぉ~マジかぁ~。
なんかソワソワしてきた気持ちを落ち着かせる為に、残っていた最後の団子を口へ運ぶ。
「ちなみに、その団子も橋倉が作ったやつだから」
あめぇ。
---
-
岸が甘い団子を堪能している頃、自室の窓枠に腰を掛けて紫煙を漂わせる白玉は、月夜を眺め、手のひらで岸から預かった念話用のイヤリングを転がしていた。
「永き時、先祖より代々託されてきた使命。水面の月を掬う様な話だと思い、私も後任に継ぐものだとばかり考えていましたが……奇跡。とでも言えばそれらしく語れるでしょうか」
イヤリングを指先まで転がし、月明かりに照らす。
同時に優しい夜風が白玉の肌を抜け、尾先に結ばれている鈴がチリンと音を鳴らす。
実は、白玉は既に常峰との念話を終えていた。
話を終えたと言うよりは、岸達が戻ってきた時には既に夜を迎え、食事や湯浴みなどを済ませてしまっていると時間が遅くなってしまったのだ。
常峰は話をしても良かったのだが、時間が時間であり、最悪自分が寝てしまう可能性もあった為に翌朝にもう一度と言うことで話はまとまった。
「先祖を救った常峰 光貴様も、あの様な方だったのですか?」
問いかけに答える者は居ない。白玉も、それを分かっていて口にしている。
先程の少ない常峰とのやり取りを思い出し、先代白玉との会話を思い出し、緩む頬と共に漏れる言葉を抑える様な事をしたくないだけ。
「当たり前だと思って生きてきたにも関わらず、労いの言葉がこれ程に嬉しいとは……。当代である私だけが直接聞けて、悪い気がしてしまいます」
白玉の言葉に、そんな事はない。と言わんばかりに尾先の鈴が、夜風に撫でられ音を響かせる。白玉にとっては心地よいその音は、先程の常峰の言葉を何度でも蘇らせた。
―永きに渡り爺が迷惑をかけた。そして、英霊達の願いを守り続けてくれてありがとう。計り知れない恩義に報いる方法を俺は持たない。だから、困った時には是非頼ってほしい。全てに応える事はできないかもしれないが、応える事に全力を尽くす―
代々より背負わされた使命。その役目を知った時、白玉は心の中で鼻で笑っていた。
砂漠で一粒の砂を見つける様な、雲をつかむような、御伽話にもなれはしない夢物語だと。
訪れるかも分からない人間の為に、先祖達は一生を費やし、過去の遺物をコレ大事にと守ってきた事。一言で言うならば'無駄'である。時間も命も何もかも。
そう白玉は考えていた。
しかし逃げる事はしなかった。いや、できなかった。
そうする他に、自分が自分である理由を見出だせず、先祖が守ってきたモノを自分が投げる訳にはいかなかったからだ。
「ですが、望んでいた方に労われてしまいました。先祖が継いで来た意思は報われ、叶ってしまいました。
これから私はどうするべきでしょうか?民を見守り、その後はどうするべきでしょうか」
今度は返答欲しさに呟くが、当然返答は無い。代わりに扉が数回小さく叩かれる。
「千影です。白玉様に至急ご報告したい事がございます」
「入りなさい。何かありましたか?」
「はい。実は――」
白玉は、煙管に新しく葉を詰め火を着け、部屋に入ってきた千影からの報告を黙って聞く。
「菊池も確認しています」
「そうですか」
全ての報告を聞き終えた白玉は、ゆっくりと紫煙を吐き、カンッと灰を叩き落とす。
「いかがなさいますか?」
「予想では何時頃に?」
「夕刻前には」
「わかりました。アラクネに連絡を。事情を話し、動ける様に伝えておいていただけますか?
アラクネの準備が整い次第、民にも伝えましょう。
異界の方々がおかえりになるのに、見苦しい所はお見せできませんので」
「かしこまりました」
部屋を出ていく千影の背と、揺らぎ漂う紫煙を見ながら、不思議と穏やかな心境に白玉は笑みが溢れる。
本来ならば一大事。身を締め、この地を守らなければいけないはずなのだが、千影からの報告を聞いても穏やかで、落ち着いたままの心。
「いえ、違いますね。落ち着いていると言うより、私は安心をしてしまったのですね」
その言葉を肯定するように、白玉の尾は揺れ悲しそうな音を鳴らす。
白玉は自分の気持ちを理解した。
もうこの地を守る必要はない事に。
もう'白玉'という家系の役目は終えた事に。
そして、自身の役目がまだ残っていたことに。
安心してしまったのだ。
「後の事は、せっかくなのでお言葉に甘えて、夜継様にお頼みしましょう」
手に持っていたイヤリングを袖に入れ、ふと見上げた月は先程よりも美しく、先程よりも近くにあるように見えた。
バレンタインが近いので、なんかそれっぽい感じにしようかな?と書いてみましたが……あれですね、多分私にラブコメは書けませんね。
薄々感じていましたが、よりそう感じました。
お読みいただきありがとうございます!
今後もお付き合いいただけると、嬉しいです。