偽装ダンジョン
「生物、魔法、科学、マジで色々研究と実験繰り返してんな。実験体リストも、横線ばっかりか」
スリーピングキングに念話を飛ばしまくりながら資料に目を通しては、巻物の中にポイッ。
結果の良し悪しやら、その結果から見つかった次の研究対象。読めば読むほど胸糞悪くなる内容の方が多い資料も……巻物にポイッ。
「ん?これは」
どんどん資料を回収していく中で、ある資料に目が止まった。
'施設構造'
このタイトルだけなら気にならなかったが、その下に描いてある簡単な地図には「ガラガラ」と単語が一つ。こいつぁ、アレのことだろ?新井式廻轉抽籤器。
簡単に読んで見れば、ココがダンジョンじゃねぇのはすぐに分かった。
いや、ま、資料室やら日記やらで大方予想はできてたけどな。
時間を掛けて計算と検証を繰り返して造られた偽装ダンジョン。その為の装置の起動トリガーは、あの新井式廻轉抽籤器に触れる事。
温度変化を感知して、室内温度の変化から俺達の場所を特定。からの落とし穴。
入り口からあの部屋までに魔法を使った場合は、白玉が管理して常時発動している感知魔法で魔力を記憶される仕組みになっている。
記憶された魔力持ちは、微量ながら偽装ダンジョン側に回収されて罠の方に使用されていく。俺が戦った目ん玉も罠の一つってわけだ。
並木が新井式廻轉抽籤器の仕組みに気づかなかったのは、それが「新井式廻轉抽籤器」としての用途を保持したままだったから。
起動トリガー以前に、完成品の一つだ。加えて中身に意味はなく、起動するまではただの抽選機。
んで、橋倉が用意されていた魔法に気づかなかったのは、その規模のせいか。
―魔導帝―
魔法、魔法陣を見ただけで対象についての知識を得る。自身での使用も可能になり、こと魔法に関してはぶっちぎりの理解力と才能を持つ。と、思っていた。
んにゃ事実そうだろう。
魔力の流れも感知にも長けているのは確かだしな。スキルをランク付けするなら、多分この世界において橋倉の魔導帝は最高ランクに匹敵する。
魔法が主体になっているこの世界では、汎用性も俺的に申し分ない。
ただ、俺は勘違いをしていた。
橋倉は別にファンタジーに強いわけじゃない。'魔法'という現象に詳しいわけじゃない。だからこそ気付かなかっただろうし、俺やげんじぃ、まこっちゃんも自分の力じゃないから検証をソコまでしようとも考えなかった。
俺に至っては、その可能性を考えたのは今だ。
目の前で発動されれば橋倉は捉える。
魔法陣があれば、その用途まで把握しきれる。
魔力の流れを辿れば、隠された魔法にも辿り着く可能性を持つ。
現に隠し部屋の存在を見つけたのも橋倉だと言っても過言じゃない。
そんな魔導帝にも欠点……いや、穴がある。その事に、袋津 博は気付いていた。
'魔導帝は魔法の全容を見なければならない'
認識の違いだ。
見れば魔法を会得できる。俺はコレ派だ。
しかし、逆に言えば、見なければ会得できない。それも全容を目にしなきゃならねぇ。
発動されれば分かる。発動されなければ相手の所持する魔法一覧の一端すら知ることはできない……そいつを補うのは経験と知識量。
魔法陣に関しても同じだ。
断片ファイルから全てを知る術は、知識と経験からくる予想。
端的に言うとなると……どれだけ複雑でも魔導帝は理解する。だけど、断片ファイルからは複雑を理解できても、全てを理解しきれない。
だから橋倉は、この周辺一帯に発動している大規模な魔法に気付かず理解できなかった。
ちげぇな……口ぶりから、それっぽい事には気付いていたとしても、橋倉にはそれに対する根拠がなかった。経験不足ってやつだわな。
十五、六年で養われるモノが俺達には欠けている事を、もう少し意識して序盤の行動を進めるべきだった。
もし二回目がある時には、その辺も考慮して動かねぇとなぁ~。
一人でヘラヘラ笑いながら巻物に資料を入れていると、脳内にだれきった声が響く。
《どうかしたか?》
どうやら、やっと飛ばし続けていた念話がやっと繋がったらしい。
スリーピングキングが、何故そんなに疲れているのかは分からんけど今回はスルー。念話が来たってことは、こっちの話を進めても問題ないっしょ。
おさらいがてらに孤島に到着した所からの報告をして、偽装ダンジョンに突入した話。そこで何があったかの説明まで終えて、げんじぃやまこっちゃんがエンカウントした敵の話もしっかり。
《つまり、ここはダンジョンじゃねぇ。橋倉が魔法に気づけなかったのには驚いたけどな》
《なるほど、相当大規模な魔法か》
《何で分かった》
おかしい。俺はココが牢獄兼研究所みたいな役割の事は話したが、どういう仕組みかはまだ話していないはず。
《橋倉がちゃんと見れなかったんだろ?》
《知ってたのか?大規模だと橋倉が分からねぇ事》
《いや、予想していた程度だ。それに大規模ならってわけじゃなくて、橋倉が見れなかったらって考えだな。
'見る'って過程を終えるのが、どの程度か模擬戦の時に気にはなっていた。橋倉の視界に全て収まる必要があるんじゃないか?って。
んで安藤と行動していた時、姿を消した魔族に襲われたって聞いて、それを真っ先に見つけたのが並木と言っていたので、橋倉のスキルは'見る'過程がかなり重要なのでは?という考えは強まっていたな。
予想では、魔法陣なら全体を見なければならない。魔法なら発動している辺り、不可視系なら発動する瞬間だな》
マジか。スリーピングキングは、そこまで考えていたのか。てか分かってたならさ。
《それを俺達に教えようとは思わねーの?》
《予測の域を出ていないってのが第一。それ以前に、橋倉が帰る場合を考えたら不要だ。魔導帝は、この世界での適応能力が高すぎる。
見ただけで魔法知識を得られるのは、逆に得てしまうという事だ。元の世界では不要になるであろう知識を……まぁ、どうせ残る道を選びそうではあるが、ハッキリと本人が意思表示をしていないからな。聞いたときは、どっちつかずの反応だったし》
そう言われてしまうと、俺も言葉が出てこない。
スリーピングキングは橋倉が帰らない様な言い方をしてるが、残るとハッキリ言っていないのも確かだわ。
本当、そんな所までよく思考が届くと関心すらしちまう。
んじゃ次は本題だ。俺が真っ先に聞きたかった事で、スリーピングキングがどんな反応をするか楽しみでしゃーない。
《橋倉の事は理解した。じゃあ次だスリーピングキング》
《いいぞ》
《常峰 光貴って名前に聞き覚えは》
《は?なんで今、その名前が出てくるんだ?》
《知ってるって事でいいのか?》
《知ってるも何も……俺の大伯父の名前だ》
本当に驚いたようなスリーピングキングの声に、俺も思わずニヤつく。
決まったな。ココまで来て赤の他人なんてありえねぇ。まこっちゃん達も、チェスターからスリーピングキングの事を聞かれていた様だし、確定していいだろう。
ニヤつきながらも俺は、資料や日記を漁って得た情報をスリーピングキングに話していく。
過去に召喚されたであろうエリヴィラ、チェスター、袋津の事。そして、彼等の協力者として常峰 光貴の名前があった事を漏らす事無く。
《とりあえず以上。後は、片っ端から資料をかき集めて持って帰る予定だ》
《なるほど……》
思ってたより反応が薄いな。もっとテンションを上げてくれると思ったんだけどな……いや、スリーピングキングはそういうタイプじゃねぇーか。
《なんか指示があるか?》
予想してた反応を得られなかった俺は、巻物に資料を入れながらスリーピングキングの言葉を待つ。だが、一向に返事がない。
寝落ちでもしたか?と考えていると、やっとスリーピングキングから念話が返ってくる。
《質問をしたい。答えられなかったらそれでいい》
《おう》
《資料は全て紙媒体か?壁や床、机とかには?》
《いや……そこまでは、まだ調べてない》
《一応調べてみてくれ。知識が欲しくて喚んだにしても環境が環境だ。与えた紙媒体が何に使われているか、俺なら目を通す。
最低でも勇者より後に召喚されたはず。その異界の者の脅威を知らないはずがない。それに戦場に引っ張り出しているなら、少なからず強さと異常性については認めていたはずだ。与えれば与えるだけ自分達の首を締める可能性を見落とすバカでなければ、確実に確認している。
なら、その監視の目を掻い潜った痕跡があってもおかしくはない。環境改善後に整理した可能性もあるから、血眼にはならんでいい。だが少し探してほしい……何か、そうだな……本棚の裏、机の引き出しの底裏。岸がエロ本、主婦がへそくりを隠しそうな単調な場所だけでもいい。探してくれ》
《お、おう?》
なんか理屈は分かるけど、探す場所が随分と具体的だな。
《もう一つ頼み事がある》
《なんなりとお申し付けくだせぇ》
《岸の話しでは、チェスターさん、エリヴィラさんが現存している。どちらかと念話をしたい。無理そうなら、白玉さんに俺と念話できないか交渉をしてくれないか?》
《白玉も無理だったら?》
《無理なら無理でいい。確認方法なら幾らでもある》
《確認?》
《彼等は何時まで戻ろうとしたのか。その結果、どうなったのか。爺が本当に居たとなると……何をしたのかが気になってな》
《戻ろうとして失敗した可能性があるって話さなかったっけか?》
《あぁ、聞いた。だからこそ気になるんだ。七年以上の歳月を重ねて尚、まだ戻ろうとしたのだろうか……。
そして、試した結果失敗に終わった。ならどう失敗したのかが気になる。魔法構築に失敗したのか、魔法自体が発動しなかったのか、発動したにも関わらず失敗だと分かったのか》
そういう事か。スリーピングキングは帰還する時の安全性の確保まで考えている。
確かに見つけられたとして、失敗しない可能性はない。仮に発動して失敗したとなれば、最悪の事態の予想ができるわけだ。
俺達はパズルを完成させる為のピースを集めている最中。そして俺は、ピースを繋ぎ合わせて終わりだと考えていた。
だが、スリーピングキングはちゃっかりコーティングして、枠にはめ込み飾るまでを含めて完成だと考えていると。
《スリーピングキング、お前には何が見えている》
《あん?今は、空を見てるわ》
《ハハハ!そうかそうか!》
《どうしたいきなり》
《んにゃ別に。俺等の自由の為に、早々な帰還方法の確立を期待してるぜ。スリーピングキング》
《期待……ね。
するのは得意でも、されるのは苦手なんだ。だがまぁ、引くに引けない状況なのは確かだからな。やれるだけはやるさ》
スリーピングキングが俺達に期待をしているのは全員が知っている。こっちに来て、スリーピングキングの真価が発揮されているのは、全員が理解させられている。だからこそ、皆が自分達に期待を向けている事を知った。
元の世界なら知ることは無かっただろうな。俺もその一人。
初めから知っていたのなんて、安藤ぐらいだろ。
本当、スリーピングキングとは敵対をしたくないものだ。
《んじゃ、一通り用事終わったら戻るわ。念話の件もやってみる》
《頼んだ》
念話が切れた感覚がして、俺は溜め息を漏らす。そしてある程度の資料を回収した俺は、スリーピングキングから言われた通りに部屋を少し探索する事にした。
壁や床には……なにもないな。ホコリっぽいだけで、文字列やら目ぼしい印は見つかんねぇ。机にも特になにもないし、引き出しは最初から無い。
主婦がへそくりを隠す場所と言われてもなぁ…。
「嫁は次元が違うし、へそくり隠しそうな場所なんて検討付かねぇぞ」
俺が知る中ではタンスの何処かぐらいだが、タンスなんてもんはそもそも存在しない。
後は俺が隠すなら…か。
元の世界の自分の部屋を思い出し、俺のお宝が隠されている天井裏を浮かべて見上げた。すると、一箇所だけ色が違う場所がある。
俺は机を移動させて、そこの部分を押してみると――。
「うぉ!?ビックリした!」
反対側の天井から箱が一つ落ちてきた。
落下した音は鈍く、手に持ってみても結構重量がある。しかし中を確認するには、四桁のダイヤルロックが蓋に付いている。当然ロックされていて開かない。
「回収だけして、戻るのを優先するかな」
この程度なら、開けるのは簡単だ。
0000から始めて一つずつ試せば、一万通りしかない。その内、開けられるが……それは戻ってからでもできる。
「まこっちゃん達も待たせてるし急がねぇと」
巻物が複数あるとも限らないし、橋倉が再現できるとしても複雑とか言ってたから今日はキツいだろう。上で持って帰りたい物がまだあるかもしんねぇしな。
中に目を通す事もせずに、俺は次々と巻物にぶち込んで皆の元へと戻る事にした。
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上へ戻ると、部屋はある程度片付けられ、一部机の上に荷物が山積みになっている。
「おか。キングと連絡は取れたのか?」
「一応な。後は、スリーピングキングから床や壁に変な所はないか調べたら戻りだ。んで?げんじぃ、その山積みは持って帰る分か?」
「おうよ」
俺が戻ってきた事に気付いたげんじぃは、片手に持っていたなんかの資料を山積みの一番上に置く。
まこっちゃんは……古河と並木の指示で変なビーカーを移動中か。橋倉は疲れて寝てるのか?
机に伏している橋倉を一瞥した俺はげんじぃの元へ移動して、巻物の中に資料を入れていく事にする。
「写真見たけど、俺達が会ったのはチェスターで間違いねぇと思うわ」
「やっぱか。まこっちゃんの方も、エリヴィラに会っていた。本物かは知らねぇけどな」
「まこっちゃんから聞いた。そんで、キングはなんつってた?報告はしたんだろ?」
「チェスターかエリヴィラと念話がしてぇってよ」
「それだけか?」
「後は、床やら壁やらに環境改善される以前の痕跡が無いか探せってだな」
「?」
首を傾げたまこっちゃんに、俺はスリーピングキングとの会話をかいつまんで話していく。ソレを聞いて納得した様子のまこっちゃんは、大きな溜め息をして苦笑いを浮かべ呟いた。
「元の世界では、寝てるイメージばっかりで時折思ってた事だが……最近になってキングの事を知る機会が増えて尚更思うんだけどよ、マッスルナイトはよくキングを友達やれてたな」
「言いてぇ事は分かる」
観察力と言えばいいのか、情報処理の能力と言えばいいのか、僅かな行動で全部見透かされそうな気はするよな。
別にミスしても咎めたりはしねぇんだろうけど……それでもこえぇ。
「でもま、こんな状況にならなきゃ知る事もできなかっただろ。ボロを出すっつーか、ココまでスリーピングキングが動く所を見る事もなかったろ」
「だろうな。心強いかぎりだ」
しかし本気のスリーピングキングは、何処まで考えて、何を見ているんだろうな。
ギリギリ間に合いました。
最近、ちょっと短くなりがちな気がします。すみません。
ブクマありがとうございます!誤字報告も助かります。
これからも、お付き合いいただけるように頑張ります!