見知った顔がある写真
ちょっと短めになったかもしれません。
今回も、岸君が日記を読みます。
げんじぃ達と分かれて降りた螺旋階段は長くなく、一周分ほどで終わっていた。そして降りた先には、これまた今までとは一風違った簡素な扉があった。
その扉を開ければ、上とは違って整理整頓された空間が広がっている。
強大な装置なんてものも無く。あるのはテーブルが一つと、まとめられている書類や本だけ。
「思った通り研究資料ばっかだな」
「こっちもそんな感じかなぁ~」
「後はまた日記か。とりま、まこっちゃんと古河はそのまま目ぼしいモノ探してくれ。俺は、ちょっと日記に目を通してみるわ」
二人の返事を耳に、俺は日記が入っていた棚に目をやる。
また日記っぽいのに変わりは無いんだけども、どうやらさっき俺が読んだのとは違って日付順にズラッと並んでいた。
何冊にも渡って、ご丁寧に巻数まで書いている所を見ると、毎日書いていたモノっぽい。
一番最初の巻を手に取り読んでみると、初日の内容はあまり変わっていない。だが、次のページはその翌日のことであり、本当に一日一日の出来事が記されている。
なるほどね。俺の予想になるけど、あの上にあったやつはダイジェスト版の日記。カモフラージュ用か、なんかの理由でまとめておいた日記って事で、こっちが原本か。
つっても最低で考えて七年分。その後も書き続けていたって考えればもっとあるわけで……。
石壁を掘って作られた様な本棚に並ぶ日記の数を見れば、かかる時間はとんでもねぇだろう。さっきのでも結構すっ飛ばして読んだんだし、当然これを一から読もうとかは考えていない。
「ともなればぁ…」
適当に中間あたりから一冊。
手にとった本をペラペラと目を通して、違えば戻す。それを繰り返して何冊目か……やっとそれっぽい文を見つけた。
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今日は協力者から二回目の使者が来る日だ。つまり、一年間世話になった獣人の娘との別れである。少し部屋の外に出れば、蛆が湧き腐臭も漂うこの施設からやっと出してあげられるのだ。
名を持たぬ彼女が来てからというのも、エリヴィラは同性が居ることで、チェスターはそんなエリヴィラの機嫌がいい事で、随分と明るい日々が点々としていたように記憶している。
戦から戻ってきたエリヴィラとチェスターが笑顔で居られたのも、彼女のおかげである所が大きいだろう。
次に何時、招集を受けるかも分からない二人にとって、私以外にも待ち人がいる事が少しでも生への執着になってくれてる事を願うばかりだ。
そして遅かれ早かれ、私も戦場へと足を運ぶだろう。また私は戦友を得、無くすのだろう。
今更善も偽善も掲げようという考えはない。現に、私は命じられるがままに何人もの方々を使い実験を行っている。
名を持たぬ彼女は協力者に伝えてくれるだろうか。
ここは地獄であり、そこに部下を送り込むべき場所ではないと。
エリヴィラもチェスターも、そして私も同じ気持ちなのだ。
何か小さな失敗で、望まぬ命令で、私達に光を与えてくれた名を持たぬ彼女に刃を向けたくはないと願うのだ。
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先に目を通していた後日の日記でも召喚された三人以外……四人目の存在がチラホラしていた。そしてその四人目が協力者が送り込んだ人物。
この二回目の接触から一年前の日付の日記に目を通せば、予想通り'名を持たぬ彼女'事が書かれていた。
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今日は書くべきことが多くまとめるのが大変な一日であった。
チェスターが戦へ駆り出され、エリヴィラと二人で隠し部屋の制作を進めていたのだが、いつもの食事の時間よりも早く私達の飼い主の使いがココを訪れた。
研究報告の日でもないにも関わらずココを訪れてきたと言うことは、エリヴィラに招集がかかったか。と考えていたのだが、私の予想は外れ、入ってきたのは二週間ぶりのチェスターと飼い主の使い。そして、首輪を嵌められている見知らぬ獣人。
状況に頭が追いつかずにいると、使いの者が獣人の説明を始めた。
なんでも彼女は、飼い主からの支給品だと言う。
魔法の効率化の成果が戦場で見られたらしく、チェスターとエリヴィラのこれまでの活躍も加えての褒美の品。つまるところ、奴隷の奴隷である。
故に彼女は名を持たず、命名権を私達に与えられた。
その現実に私は当然、チェスターもいい顔を見せてはいなかった。褒美という言葉だけを聞けば良いものだが、成果をあげるまでにやってきた事を考えれば良い事である訳がない。
戦へ赴く事に生を見出していたエリヴィラですらも、自国の為でも自身の為でもない命令で得た褒美に対し、無表情のままである。
使いは獣人を届ける事で目的を終えたのか、ゴミを見るような視線を私達に送りながら部屋を出ていき、四人が残された。
誰も口を開かぬ中、一番始めに声を出したのは獣人の彼女であった。
"召喚者の皆様、皆様の協力者よりお便りを預かっております"
私達に告げた彼女は、自ら外した首輪の裏側から折り畳まれた紙を差し出してきた。
首輪を外した事に驚き声も出ないまま手紙を受け取った私達は、混乱したまま目を通していく。
実物を私は見たことがないが、チェスターやエリヴィラの表情を見るに、彼女が簡単に外した首輪は'隷属の首輪'で間違いはないだろう。本来であれば隷属されている者が外せるはずのない代物。
それを簡単に外した彼女は一体?そして、私達の協力者とは?
思考に溺れそうになるのを抑えて読み終えた手紙は、目を疑う様なものであった。
私達の事を知り、どういう状況かも理解している手紙の主は、その改善に手を貸そうというもの。今、名を明かせぬ代わりに私達の身の回りの手伝いをしてくれるのが、この獣人の彼女だと書かれていた。
こうして振り返り、書いている今でも信じられない事である。
明らかに怪しさがあり、何か裏があるのでは?と勘ぐってしまう。
だが信ずる他ないのも事実。私達には協力者が必要なのだ。
追加で手紙にかかれていたのは、彼女の意思を無視しての手出しはしないように。と注意が書かれ、その問題が起きてしまった場合には協力関係を破棄する旨。
名目上、彼女は君達を繋ぐ道具であり、用途として玩具になる為。となっている事に加え、事実は隷属化すらされていないらしい。
他にも数枚の紙を渡され目を通し、三人で相談しあった結果、私達は協力関係を結ぶ事にした。
その事を聞いた獣人の彼女は、嬉しそうに微笑んだのだ。
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この先も興が乗ったのか文は続いている……が、長い。もうとんでもなく長い。
まぁしかし、この時がファーストコンタクトか。
他の日記も読んでいけば、やっぱ一年周期で協力者から交代の使者が送り込まれているみたいだわ。んで、協力者=常峰 光貴って考えでいいよな。
ここから色々進んでいくとして、えーっと、とりあえず最後の日記に目を通してみるか。流石に本人と接触を果たして何か変わっているはずだ。
俺は一番最後であろう日記帳に手を伸ばして、最後の日付までページを飛ばす。
だが最後は簡潔にまとめられていた。
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私の寿命も終わりが近い。
ここまで多くの事があった。
様々な者達と出会った。様々な者達の死を見た。
エリヴィラの死。チェスターの死。協力者の死。多くの者の死を目にし、多くの罪を犯してきた。
皆の意思を果たせぬまま朽ちる私を皆は迎えてくれるだろうか。
死を弄ぶ様な事をした私を、神は皆の元まで導いてくれるだろうか。
不安は残る。
協力者の言う者が現れる確率など、計算を重ねた所で小数点を越えられることなど無い。
しかしその確率に託す事をしかできない私を許してほしい。
私は疲れてしまったのだ。
管理は白玉の家系に引き継ぎを終えてある。外部の者も協力をしてくれるであろう。
残りの生は、エリヴィラとチェスターと共に語り明かしながら終えよう。あぁ、チェスターにも、もう少し知識を与えるのも良いかもしれない。
最後に、我が友チェスター、エリヴィラを残しそちらへ向かうのを許してくれ
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これで日記は終わっている。にしても不可解だ。
書き間違いでなければエリヴィラもチェスターも死んでいる。でも、げんじぃ達はチェスターAIと会っているし、消去法で考えてげんじぃ達が戦ったっていう女がエリヴィラの可能性が高い。
どういうことだ?なぜ、エリヴィラは死んでいない。いや、AIの可能性もある。んーでも、そうだとしたら残すなんて言葉使うか?だめだ、わかんね。
いくら悩んでも答えが出てこず、なんとなく捲った最後のページ。そこから一枚の紙が机に落ちた。その紙をよく見れば、写真だって事にはすぐに気づく。同時にもう一つ……写真に写っている人物に口が開いた。
「ますます意味不。まこっちゃん、古河、ちょっとコレ見てくんね?」
俺の記憶がガバってる可能性もあるし、一人はなんか見覚えがって程度だ。だから、まこっちゃんと古河にも確認してもらおう。
「俺も丁度永禮に見せたいのがあったわ。ホレ」
「ん~どれどれ~」
俺は写真をまこっちゃんへ、まこっちゃんからはなんかの紙束を受け取って三人で写真を見る。
「あ、佐藤君、この人」
「俺達が戦ったヤツじゃねぇか」
二人は、強気な雰囲気の女に見覚えがあるっぽい。戦った相手って事は、多分これがエリヴィラか。
やっぱりそうか。と思いながら、俺は写真に写っている他の三人を指差す。
「なんか、この三人に見覚えねぇ?」
「……あん?なんでウィニさんが写ってんだ?ってか、こっちはリュシオンの皇女か?もう一人も見覚えがあるような気がする」
「んー…もう一人の子供って、チーアちゃんにそっくりじゃない?ほら、ログストア姉妹の妹ちゃんの方」
「「あぁ~!!」」
通りで見たことあると思った。
そうか、スリーピングキングに懐いてたあの子供か。言われて思い出したわ。
「そっくりさんだと思うか?」
「この写真って何時の~?」
「数千年前ぐらい」
「はぇ~!よく残ってるねぇ!でも、だったらそっくりさん何じゃないかなぁ」
「俺は当人の可能性を押すね。永禮、それ見てみろよ」
何故か自信アリげなまこっちゃんに言われて、受け取っていた紙束を見てみた。
すると、そこには――
'魂の拘束による延命魔法の構築'
そう書かれていた。
内容は、魂という器に記憶から何から全て保存し、別個体の肉体へ移行しながら延命するというもの。
要は肉体の乗っ取りじゃねーか。
いや、でもそれは失敗してんのか?だって、俺等が知っている風貌そのまま何だから……。似たり寄ったりのそっくりさんばっか捕まえるって考えても、そんな都合よく見つかるとも思えない。
三人が三人ともそのままっておかしいだろ。
「んで、げんじぃと並木が会ったっつーチェスターなる人物AIもそのままの見た目だったとして、その肉体は腐らずに今も現役可動中。
二人の話では、チェスターは所謂アンドロイドらしいじゃんね?
俺は、外側まで作れたって考えるけど……どうよ永禮」
「ありえない……こともない。簡単に言えば、ゴーレム作ってコアの代わりに魂ぶっこむってことだろ?
でも、そんなんがまかり通ったら、この世界の寿命って概念はぶっ壊れてねぇか?」
「んーまぁ、そこだよな。
この魔法が世界にはびこってたら、くっそ昔から生きている人間で溢れてそうなもんだしな。それこそ大国の王様とか、初代がずっと王様やっててもおかしくはねぇわ。
じゃあ、やっぱ他人の空似か」
「えー、でも名前も一緒っぽいよ~」
ほら。と古河が写真を裏返して見せてきた。そこには、写真に写っている人物達の名前が小さくではあるがしっかりと書かれている。
中でも目に付くのは――
常峰 光貴
チーア
ウィニ・チャーチル
コニュア・L・福神
エリヴィラ・ザヴェリューハ
チェスター・アルバーン
袋津 博
白玉
他にも、数名の名前が書かれている。何故か苗字が変わっているコニュア皇女と同じ苗字の'福神 幸子'やら、'シューヌ'という人物やらと多い。
合計すれば十五人。
「他にそれっぽい研究のヤツ無かったか?」
「それが存外多くてな。それも今さっき見つけたんだ」
「じゃ~もう少し探したら戻ろっか~」
「そうだな。もうちょい探して、目ぼしい資料は全部持って帰る方針でいこうか」
結構日記も読んだし、そろそろ一度戻っておいた方がいい。
念のために上の部屋にはコウモリを一体置いているけど、ちょっとげんじぃ達にも写真を見てもらったりしたほうが良いだろう。
それにスリーピングキングとも一度連絡を取っておきたい。
少し休憩がてら上がって連絡取って、スリーピングキングから追加があれば探索継続。無ければ、目ぼしい資料なり何なりを持てるだけ持って帰る。
ログストア国とリュシオン国が関わってるっぽい以上、俺達だけの判断で済ませるのは危ない。
スリーピングキングの元には情報が集まってきているはず。仮に集まっていなくても、現地のメンバーと連絡が取れるから早い段階で集められるはずだ。
「ねぇねぇ、気になったんだけどこの常峰って人…もしかしてさぁ~」
「多分スリーピングキングに関係してる人物だな」
「あ~やっぱり?なーんか面影っぽいのあるよねぇ」
古河はそう言うが、俺にはピンと来ないな。まこっちゃんも首を傾げてるし。
「何ていうか、すっごくずる賢そうだもん。王様の上位互換みたいな?」
「「あぁ~…」」
そう言われて俺もまこっちゃんも納得してしまった。
確かになんか、こう……あるわ。そういう感じ。頭の中では、ある程度の構想が終わってそうな顔してるわ。
「まぁ、その辺の答え合わせもするために、さっさと資料集めて一旦戻ろうぜ」
「そうだな」
「はーい」
こうして俺達は、とりあえずそれらしい資料をかき集め、両手いっぱいに抱えながらげんじぃ達の待つ上の階へと戻る事にした。
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「さ、桜ちゃん、流石に……とりすぎ…じゃない?」
「うーん。ダメだったらチェスターさんが何か言ってくるだろうし、後で聞いてみようか。持って帰っても構わないよーって言われて、もう一度戻ってくるのは嫌だから」
「いい、のかなぁ…」
三人で階段を登り戻ると、上の部屋では何やらアワアワしている橋倉と、巻物にボンボンと物をぶち込んでいく並木、その後ろでは椅子に座って俺が読んでた日記を読んでいるげんじぃの姿があった。
「ん?おかえり。なんかあったか?」
「あ、お、おかえり、な、なさ、い」
「おかー」
俺達が戻ってきた事に気付いた三人だが、並木の手は止まっていない。……いや、待て、おかしいぞ?
巻物に物をぶち込むっておかしいよな?あんなもん、白玉が用意した物の中には無かったはず。
「ちょっと気になんのはあったんだが……並木、何してんだ?」
「妃沙が見つけたんだけどね?なんかこの巻物、物を収納でいるみたいなんだよね。
魔法で空間を一つ作って固定してるんだっけ?」
「う、うん。メ、メニアルさんの、とはちょっと違って、えっと……い、幾つかの魔法で、か、仮の空間を用意してて……そ、それを固定して、えっとね、一つ、しか、出入り口が作れ、ない…」
「巻物型のバッグって訳か。容量はどんなもん?」
「こ、の部屋、ひとつ分?くらい?で、でも、この魔方陣より、大きいのは……入れられ、ない…」
「なるほど……」
パッと魔法陣を見て、手に持っている資料の束を見て……これ、いけんじゃね?
魔法陣の上に置いてみると、スッと紙束は消えていく。
「橋倉、並木、ちょっとコレ借りていい?下の資料ぶち込んで来たい」
「んー……まぁ、私はいいよ。妃沙は?」
「え?ぁ、うん。いいよ?」
「よし!まこっちゃんと古河は、三人に写真みせて確認しててくれ。俺はちょっと下に戻るわ」
「ういー」
「はーい」
俺は古河とまこっちゃんが持っていた紙束も巻物の中へぶち込むと、スリーピングキングに念話コールを連打しなが螺旋階段を降りていく。
節分でしたが……最近は、可愛い鬼も多いんですね。
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どうぞこれからもよろしくおねがいします。