佐藤と古河の場合
相手は一歩も動いちゃいねぇしさぁ、剣の振りは見えてねぇ。明らかな手加減をされて対峙している今でも、未熟さと言うか経験の無さと言うか……諸々実感しちゃってまぁ、本当、くそだわ。
「できそ~?」
「その二秒で何とかなるんだよな?」
「見たことも無いし、実際の効果がどんなのか分からないからぁ…んー、確実にアタシのスキルを使える様にと考えるとぉ……無理を言っちゃえば五秒は見たいかなぁ」
「そのプラス三秒を俺一人が稼げると思うか?」
「あはは~。妃沙ちゃんの補助が無いからすぐに肉体限界迎えちゃうけど、手足のどこか一本犠牲にすれば何とかなるって思ってるよぉ」
「どっか一本で攻略できて剣だけか……高い代償だぜ」
目先で美人がプラプラさせている剣を睨みつけ、スキルの範囲を広げつつ限定的に効果を発動するように指定。
当然、対象はあの剣……だけどまぁ、やっぱ効果は無さげ。
んにゃちげぇ。正確に言えば、どれだけフラジールの効果を与え続け脆くしても、その限界が来ねぇ。
無機質程度なら俺が最大でフラジールを使えば一瞬で最低レベルまで脆くできるはず。魔力で抵抗があったとしても、こんなに時間は掛からん。永禮やげんじぃ、並木に協力してもらって確認してフラジールの効果は確認してあるから間違えないはずだ。
にも関わらず、剣は当然、あの美人が着てる鎧や美人本人すらも脆さに限界がねぇってどういう事か。触れたら崩れる、最大限に振るえば、腕を振っただけで崩れる程度にまでは脆くできる予定だったんだけどよぉ……悲しいわ。
「それで?どれくらいいけそー?」
「精々三秒だな」
「そっか。それじゃ、明日の筋肉痛は覚悟してねー」
「明日まで俺の筋肉が気丈に振る舞えるか知らねぇけどなぁ」
「死ぬよりマシじゃん?」
「そりゃそうだ」
俺は強化魔法を掛け直し、肉体を強化していく。
「どこがいいー?」
「片足と両手」
「おぉー、やる気ぃ!」
古河に更に強化して欲しい部分を伝えると、随分と面白そうな声を漏らしやがってコノヤロウ。本当は橋倉無しでやりたかねぇよ俺だって。
でも、さっき古河が言った通り死ぬよりゃマシだ。加えて言えば、俺達に撤退の文字はねぇ。
永禮やげんじぃなら先に進むだろうし、そこに合流できないで面白そうなの見つけられたら腹立つし。
何より!!
「燃えるねぇ」
最強データで遊んでいても、時折序盤の苦戦が愛おしくなる。チートを使った所で、飽きちまうタイプの俺にとって、どれだけ強くなっても苦戦を強いられる状況は実に楽しいし燃える。
まだ俺には伸びしろがあるって実感できる。
たまに無双も愉快だけど、強敵は残しておきたい我儘ちゃんだ。
だから最初は追放路線を行こうと、永禮とげんじぃで話していた。敵が雑魚でも、同じぶっ壊れスキル持ちが敵に居る状況も作りやすいとか考えていた。
しかし蓋を開けたらどうだ。
魔王と王様の戦いには目が追いつかなかった。市羽や新道は分かりやすく先を往く。こうして、ダンジョンの中ボス如きにも苦戦する始末。
ぶっ壊れスキル貰った所で、この有様は腹立つわ。悔しいわ。情けないわ。憎たらしいわ。どこぞの主人公共の様に上手く行かねぇもんだわ。甘々ちゃんな考えだったと後頭部をぶん殴られてる気分だ。
しかしまぁ……それはそれで、燃えるねぇ。
攻略しがいのある強敵ってのは、心が愉快に踊り回る。
「でも、結構賭けだけどいいのー?」
「それがダメなら次だ次。激ムズは、自分で攻略法見つけんのが楽しいんだよ。攻略サイトは最後に見りゃ十分だ。
他のやり方、他の着眼点、他の小技を知るのは、自分が出来ること全部やってからでも遅くねぇ。後でソレ実戦して楽しめりゃ二倍だろ?」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からないかな~」
「常に百点もおもしれぇけど、瞬発的な百二十点もアドレナリン出まくるって話だ!いくぞおら!!」
わりぃな古河。まともな回答なんて期待すんじゃねぇぞ。
今の俺は、テンション上がってんだ!!
踏み込んだ地面が抉れ、体が軋む音を耳に美人へ迫る。その間に、頭の中で魔法を構築。詠唱を呟き。
「作戦は決まったか」
「覚悟しろよ美人騎士」
「期待しよう青年」
目で追える程度の速度で振り上げられた剣。それと俺の短剣が交差する前に、俺はポーチから瓶と一つとナイフを二つ頭上へ投げ、振り下ろされた剣を受け止める体勢へと入る。
「当たらんよ」
「狙ってねぇよ」
短剣を握る手を逆の手首で抑えた瞬間、凄まじい重さが短剣と俺の体にのしかかる。それでも俺の短剣は折れず、むしろ少しだけ美人の剣の刃が欠けた。
やっぱり脆くはなっている。だが、それ以上に硬すぎる。それに、ちっと欠けた程度じゃ修復が始まらないか。
「古河!!」
「ばっちこーい!」
「'フレイムボール'」
支えに使っていた手首を捻り、掌を美人へと向け、競り合う前に詠唱を終えていた魔法名を口にする。そうすりゃ、掌には炎の球が現れて美人の顔面へ向けて飛んでいく。
「惜しいな」
一連の流れを見ていた美人がその言葉を口にすると同時に俺は目を閉じる。瞬間、目を閉じていたにも関わらず、視界が白く染まった。
「んッ」
のしかかっていた重さは消えている。
美人から小さく漏れたであろう声を合図に、俺は握っていた短剣を地面に突き立て、足に力を入れた。
古河の魔法を対処した時、アンタは必ず切り捨てていた。何かしらのスキルを付与されていたと分かっていてもだ。
そして俺のスキルも色々と予想を立てていたみたいだが、それでもアンタは俺の魔法も切り捨ててくれると予想していたよ。だから俺の魔法には、古河に光の属性を内包させた。
「閃光弾かっ!考えたな!だが、目が潰れようとも!」
見えていないにも関わらず美人は剣を突き上げる。
確かに俺はアンタの上空だ。正確に狙いを付けて突かれた剣は俺に当たるだろう。だがその前に、アンタの剣は瓶を割る。
「これは…」
「魔力感知。やっぱりできるんだな」
割れた瓶から散るのは、俺の魔力をたっぷり込めた'光粉'。それにより剣が少しだけブレを見せ、無理矢理体を捻れば剣を避けることが出来る。
「ふふっ、しかし気配は消せていないな!」
美人はすぐに切り替えて、気配だけで俺を狙い剣を振ってきた。
残念ながら、まだ俺は気配を絶つ術を身に着けてねぇ。でもその剣先をズラす事はできんだよ!!
「フラジール!」
瓶と一緒に投げた二本のナイフを手に、一本は美人の剣を弾く様に。そしてもう一本は、無理矢理捻った身体の回転を乗せて威力を上げながら美人の足元目掛けて投擲をした。
「なにっ!?」
美人から驚きの声が漏れる。
当然だ。俺が投げたナイフが地面に突き刺さると同時に、自分の軸足を置いている足場が崩れたんだからなぁ。
いくら剣や美人が硬かろうが、地面まではそうじゃねぇよ。
更にココからだ。
ブレた剣の側面に拳を添えて、そのまま地面に向けて振り下ろす。
俺の体重と、落下エネルギーと、勢いと、そして面でダメなら点で局所的にフラジールを最大限に。最後に気合いも打ち込んで――「壊れろ!!」
ブチブチと言いながら腕やら拳やらの筋肉が軋んでいるが無視。更に力を入れて剣を地面に叩きつけると……念願の音が耳に入る。
ピシッ――。
罅の音。
そして、剣の面に入る亀裂。やっと浮かび上がる魔法陣。
最初より強度ましてんじゃねぇかと思うほどに魔力を使ってやっとだ。
「やるな」
「まだまだ」
そう。まだだ。魔法陣発動のトリガーラインが分からねぇが、浮かんでいるなら越えている!だったらココから修復を越えて壊し続けろ俺!
亀裂が入り、欠けた所を目掛けて短剣を突き立てて剣を貫く。そうすりゃ魔法陣が更に輝きを増し、これが効果的だと俺に教えてくれる。同時に、修復速度が加速もし始めた。
この間一秒。後、最大で四秒。最低でも二秒。このままだと修復速度が上回るだろうが……俺のフラジールは止まらねぇ。止まらねぇけども。
「私が何もしない理由は無いが?」
「そりゃそうだ」
体勢を崩した美人は、剣を引こうとするが、俺も貫いた短剣を地面に突き立てる事で阻止をする。そして、その短剣の柄を足で踏み、更に深く突き立て、美人の手甲に向けてスキルを使い握り砕こうと試す。
しかし砕けない。
「いい反応をする」
余裕の口ぶりに答え返すには、ちょっと俺に余裕が足りね。視界の端から迫る拳に反応するのがいっぱいで、その拳すらも弾き飛ばしきれない。受け止めた腕が軋み、骨から鈍い痛みは走ってる様な感覚すらある。
後、何秒だ。
剣の修復速度が徐々にフラジールを上回り始め、美人の力も少しずつ調整するように上がっていく。俺はそれに抵抗するのがやっとになり、インファイトするにゃもう限界が――。
「'反転'」
「おや?」
古河の声と美人の声が聞こえると、修復をしていた剣は急速に崩壊していく。そして剣は俺のフラジールと合わさり、数秒も掛からず塵になる。
それを確認した俺は、ポーチから煙玉を美人の顔面に向けてぶん投げて、それに反応して力が弱まった所を狙い抜けて古河の隣まで引いた。
「何秒だった」
「四秒ぐらいかなぁ」
「やるじゃねぇの」
「佐藤君もね」
片腕に罅、追加で足も震えてるけども、まぁ及第点だろ。まずは剣一本。
「あの鎧とかはどうよ」
「魔法陣が同じなら、次はすぐに合わせられると思うよー」
「いいね」
んで次からは古河のスキルがすぐに通用するとなりゃ、まだいけるな。なんて考えてると、煙玉の煙で見えない美人の笑う声が聞こえてきた。
「アッハッハハ!まさか、あいつの剣が折れるとは!不滅の剣と謳っていたのに、残念だったな!」
上機嫌に笑う美人の声とは裏腹に、空気が変わっていく。ピリピリとした空気が、より一層研がれ、肌を刺激してくる。
「では、次は私の剣を使おうか」
不思議と指を鳴らす音が響き、次の瞬間――天井を裂いて七本の剣が顔を見せ、地面に刺さる風圧で煙が晴れた。
隣で古河の息を飲む音も聞こえる。そりゃそうだ……晴れた煙の中から現れたのは、さっきまでの甲冑とは違い、黒い鎧に身を包み、今度はちゃっかり頭もフルフェイスで装備済み。
何より、美人の周りに突き刺さっている七本の剣から溢れ出る魔力と圧が尋常じゃねぇ。
探知に長けているわけでもないのに、素人でもそれが異常なモノだと脳が理解している。
「まずは一本から始めよう」
手近にあった剣を一本だけ抜いただけなのに、俺も古河も一歩下がってしまった。
きっと間違いじゃねぇ。手の振るえが大きくなってる。武者震いと信じたい所だけども、流石にそんな余裕がでてこねぇや。
「あぁ、次は当てるが、久々に振るう故に手加減ができないかもしれない。後の処理も考えれば……死んではくれないで欲しい」
何を言っているのか分からなかった。でも、一回の瞬きの後に理解する。
さっき俺達が居た場所の足元、そして俺達の背後の壁に線が伸び、割れた。いや、斬られた。まるで現象が追いついていない様に。
いつ振った?いつ斬った?斬られた事に現象が追いつかないってマジか。
俺の頭の中は処理落ちして、やっと絞り出せた言葉は悲しくも――
「かっこヨ」
相手を称賛するモノだった。
こりゃ無理がある。何をどうしたらそうなるかもわっかんねー。いや、剣であるならココからフラジールで破壊できるか?仮にさっきと同じ類の魔法が掛かってたとしても古河はどうだ。
「ご、ごめんねー。ちょっと腰が」
へたりと座り込み、ビビって腰が抜けてしまっている。
手加減が出来ない可能性があって、あの攻撃で、古河を守りながらフラジール使って、ワンチャン古河と俺のスキルで全ての剣を破壊……あれ、詰んでね?
さっきでも接近戦はいっぱいいっぱいだったんだ。あれ以上は、今の俺じゃ無理に等しい。レベル上げしてから来ないと、あの第二形態の攻略が浮かばねぇんだけど。
「構えよ青年」
ゆらりと動き始めた腕。俺は言われた通りにポーチの中に入れていた最後の投擲用のナイフと構えて身体に力を入れる。
どのタイミングで攻撃が来るか分からないからこそ、一瞬たりとも気が抜けない。最初から最後まで全力で。見えなくとも防ぐために。
美人の動作を一種も見逃さないように瞬きすらせずに見ていると、その時は来た。
空気が静まり返り、そっと肌を風が撫で、ナイフにそっと何かが触れた事が分かった瞬間……ナイフも、そして肩口から脇腹に掛けて俺の身体にも線が見え、スロー再生の様に線をなぞる様に切り口が開いていく。
どないせいっちゅうねん。
「さ、佐藤君!!」
古河の声も聞こえるが、ゆっくりと吹き出す自分の血の音の方がうるさい。不幸中の幸いか……足の震える感覚はまだある。どうやら、両断はされなかったらしい。
だけど、次を防げるかと言えば……無理っす。
「やはり、本領発揮とまではいかないか。何より、所詮偽物の器ではこの程度で限界の様だ。
すまなかったな青年よ。上手く手加減も出来なければ、断ってあげることもできなかったようだ」
倒れていく中、聞こえてきた声に反応して動かせた視界の先では、剣を握っていた美人の腕が崩れ落ちていく様子が映った。
っかしーな。フラジール……そんな侵食してたっけか……。
俺はその思考を最後に、意識がプツリと切れた。
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「佐藤君!
ふぅー……落ち着けアタシ。出血多量になる前に、まずは止血用の軟膏だよねぇ」
ドサリと音を立てて倒れた佐藤。隣に居た古河はその様子に驚きつつも状況を整理し、腰が抜けて立ち上がれないなりに這い寄り、佐藤の服を無理矢理破くと、自分と佐藤のポーチから止血用軟膏を取り出して傷口にありったけ塗っていく。
「妃沙ちゃんばかりに頼らないで、アタシも回復魔法覚えた方が良いかもなぁ…。
'雷よ ―雷球―'」
一人呟きながら傷口に軟膏をたっぷりと塗り終えた古河は、本来攻撃用の魔法を発動して改造を施して始める。
攻撃性を無くし、微量の電気による活性と申し訳程度の回復効果の付与。効果範囲の拡大などを組み越え追えると、そのまま魔法を佐藤に押し当てた。
実際、今の古河では攻撃用の魔法を完全に回復魔法に書き換える事はできない。攻撃性を無くしたと言えど、微量の帯電はしている。今回はその出力を最小限にまで下げて、回復効果を付与しているだけだ。
その回復効果も、本当の回復魔法を比べれば数段劣るもの。発動したものが回復魔法であれば、その効果を増やすだけで問題は無いのだが、書き換えともなれば古河自身の魔力消費が大きくなり、今回に至っては既に戦闘での消費量が負担となっている。何よりも、古河が全ての魔力を使わない理由……それは。
「殺しきれなかったのは申し訳ないと思っているよ」
相手はまだ生きている。
佐藤が倒れると同じくして、相手の腕も崩れ落ちた事を古河は確認した。しかし、それでももう片方の腕が残っているのが現実であり、武器に関しては七本と最初より増えている。
それらをどう使うのかは古河には理解できない。だが、攻撃手段が残っているのは事実なのだ。
「そう警戒しなくてもいい。不滅の剣を壊した時点で君達は合格だ。
久々に生者と戦った事で気持ちが高ぶり続けようと思ったのだが、両方殺してはね」
「それを信じてって言うのは、厳しいかなぁ~」
相手は残っている手を挙げているが、古河は警戒を解こうとはしない。
自分が勝てる相手だとも思わない。腰も抜けて動けそうにない。それでも、まだ生きている佐藤を見捨てる気も無い。その覚悟はしっかりと瞳に反映され、相手をしっかりと映している。
「確かに。敵の言葉を簡単に信じるのもおかしな話だ。だがまぁ、私にはもう戦う気は無い。青年が起きるまではココに居ると良い。
傷の方も、数分もすれば塞がろう」
そう言われ、指し示されて古河は気付く。
佐藤の身体に深々と突き刺さる、蒼く波打つ刃を持つ剣の存在に。
「いつの間に…」
視線を動かせば、確かに七本の剣は相手の周りにある。つまりこれは八本目。それを確認した古河は、ハッとしながら佐藤から剣を抜こうとした。
「それは治癒の剣。本来私用の剣だ」
が、その言葉で古河の手は止まり、よくよく傷口を確認すると、確かに佐藤の傷口は急速に塞がっていっている。その事に驚き、何故?と視線を相手へ向ければ、相手は黒いヘルムを外して最初の様にその容姿を晒しながら口を開く。
「元より殺すつもりは無かった。と言うのも本当だが、やりすぎてしまった御詫びとでも思ってくれ。本来、進む者にも戻る者にも必要以上に手を貸したりはしないのだが、流石に今回は私の暴走が原因だ」
「もし、まだ腕が残っていたらぁ…」
「君にも相手をしてもらっていた」
「そう、です、かぁ~…」
自分の顔が引き攣り始めているのを理解すると同時に、先程までの刺す様な空気が消えている事に気づいた古河は、ふぅー。と一息吐いてから佐藤の傷口周りに血を拭き取りながら思った。
腕がもげてくれて良かった。と。
「そういえば、君達のスキルはいまいち理解し難いモノだったな。どうかな?青年が起きるまで、私と話をしよう」
「は、ハハ。できる範囲で、おねがいしまーす」
そして、佐藤よ早く起きろ。と。
さっそく周りでインフルが発生しました。
私も罹らない様に気をつけなければ。
ブクマありがとうございます!
どうぞこれからもよろしくおねがいします!