王
静かな室内には、二つの寝息が響いていた。
「チーアも寝てしまいましたね」
「そのようだな」
ログストア国王'ハルベリア・ログストア'とその娘'リーファ・ログストア'の視線の先には、自身の娘又は妹である'チーア・ログストア'が可愛らしく幸せそうな笑みを浮かべ眠っている。
そしてそのチーアは、自身達が喚んだ異界の者の膝の上。異界の者もまた、上げていた手は数刻前に落ち、ぐっすり寝ている。
「しかし、話ができませんでしたな」
同じく部屋に居た王国騎士団長のゼス・バッカスが、テーブルに出し置いていた紙束を広げながらハルベリアに言った。
「よい。現在起きている問題と、魔王の件は伝え終わっておる。
後は彼の問いに答えるつもりであった」
「本当にこれでよかったのですか?」
ゼスへの返答に問いかけたのは、異界の者の膝の上に座っていた妹を抱き上げたリーファ。
その言葉にハルベリアは困ったように顔を顰め、先程娘が入ってきた扉へ視線を向け言う。
「それを決めるのは私では無い。
彼が利口であり、頭が回るというのも分かったが…これで良かったのかな?」
「えぇ。後は彼の判断に任せますから」
ハルベリアの問いに答えたのは、室内の誰でもなく、扉を開けて新たに入ってきた人物。異界から来た者の一人で、二人居た勇者の内の一人 市羽 燈花だった。
「部下からの報告も一応は聞いている。鑑定阻害のスキルを持ち合わせ、君達のまとめ役をしているそうじゃないか」
「そうね。ゼス騎士団長の言うとおり、彼は私達のまとめ役よ」
悠々と歩き部屋に入ってきた市羽に対し、鋭い目つきで見るゼスが言うと、市羽はそれに臆する事も無くテーブルへと近付きゼスが持っていた紙束から一枚だけ紙を抜き取り眺め始めた。
そしてある程度流し読み終えた市羽は、持っていた紙をテーブルに置いて、今度は椅子にもたれ眠る異界の者…常峰 夜継へと視線を移す。
「本当…いくら眠くても、こんな場で寝れるものでも無いとは思うのだけれど…」
呆れたような、反面関心しているような複雑な表情で常峰を見ていた市羽は、ハルベリア達へ向き直り言葉を続ける。
「ハルベリア王、これできっと私達勇者は貴方に協力する事になると思うわ。
私の言葉を聞いて、彼に話したのは賢明な判断よ」
「何を言う。聞かなければ協力しないと言ったのは君ではないか。
だが気になる。君達の仲間をまとめるのであれば、勇者である君やもう一人の勇者が適任なのではないかね?もしくは、君達が師と仰ぐあの女性が。
何故、彼なのかね」
市羽の上からの様な言葉を気にする事無く問うハルベリア王に対して市羽は、少しだけ息を吐き答えた。
「別にまとめるだけであれば、貴方の言うもう一人の勇者の新道君でも、師の東郷先生でも良いんでしょうね。
でも、彼の様に相手の発言を汲み取り殺して、少なからず納得に値する自由ある縛りを私達はできないのよ。
いわば、彼は私達の王。私達の法。
新道君や東郷先生の様なまとめ役をまとめるのが彼なの。今後、私達を動かしたいのであれば、彼を説得する事ね。
貴方達が喚んだ人間をまとめるのは、彼以上に適任は居ないと思って欲しいわ。
勇者や他の力ある者が無法状態で動き回って暴れまわるのは、貴方達も本意ではないのでしょう?」
「過大評価だ」
市羽の言葉に被せる様に響いたその声は、今まで寝ていた常峰のものだった。
常峰はまだ眠そうに目をこすりながらも席を立ち、市羽がテーブルに投げ置いた紙に目を通し始める。
「そうかしら?事実だと思うのだけれど。
少なくとも、よくわからない相手に命令されるよりは、貴方に命令される方が私はマシよ」
「おうおうそうかい。なら、こき使ってやりますんで期待してくださいよスーパーガール」
市羽と軽いやり取りをしながら読み終えた紙をテーブルに置いた常峰は、こちらの様子を見ていた三人に向け軽く頭を下げた。
「すみませんでした。話の最中に寝てしまったのと…どうやら、暴走したのが居たようで。
魔王の件と隣国の問題については、少し話し合って今後を決めていこうと思います。
自分のせいでもありますが、時間も遅くなってしまったのでこの辺で…。あぁ…後、模擬戦の事なんですが、できれば二、三日程期間を頂いて打ち合わせと練習をしたいのですが、いいですか?」
「いや、こちらも身内が失礼したな。
模擬戦も三日後にしよう。明日朝には、君達にも訓練場が使えるように手配する。
よいかな?ゼス」
「ハッ!部下にも伝えておきます」
「ありがとうございます。では、自分はこれで失礼します」
「私もこれで…どうぞこれから、よろしくお願いしますね」
あえてなのか…挑発的な態度で言い放つ市羽に呆れた常峰は、もう一度三人に頭を下げて市羽と共に部屋を出ていった。
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そうなれば部屋に残るのは、ハルベリア王、リーファ姫、ゼス騎士団長…とリーファに抱かれ眠っているチーアの四人。
「勇者市羽、勇者新道、聖女東郷、そして様々な異常スキルを所有する者達と、それらの王の常峰ですか…。
ゼス団長は、常峰の事をどう思いましたか?」
「確かにリピアのスキルを阻害されたと報告を聞いた時は、素直に驚きましたが…それだけで判断はしかねます。
今回、こうして同席させて頂いて、しっかりと彼を見る事ができました。
その点を踏まえて率直に言わせてもらいますと…普通の人間です。
本人に脅威を感じる事もありませんでした。他の異界の者達も、戦闘面に関しても現状では一般的な国民並か国民以下か。
ですが、注意はしておくべきかと思います。スキルが不明なのも確かですが…それ以上に異界の者達をまとめきるのは確かなのでしょう。
味方にしておけば心強いものではあります。成長した彼等をまとめるとなれば…それだけでも心強い反面、脅威になるかと」
「ならばゼス、君は彼を処分する方が良いと思うか?」
「いえ。幸運にも常峰は協力的ですし、勇者の方もそれでいいと提示をしてきた。それは、それさえ守れば我々の味方でいる事を保証していると考えます。
むしろ友好関係を深めるべきかと。下手に刺激をして、彼等の反感を買うべきでは無いでしょう」
「ふむ…」
ハルベリア達も常峰達を喚んで悩んでいた。
本来であれば、一人から多くても精々五人を喚ぶとされていたログストア国の極秘魔法。それが三十一人という大人数を喚び、鑑定を持っている者を使って調べた所、個々が強力なスキルを持っていた。
過去の記述から分かるスキルもあったが、詳細不明のスキルも多く、先程市羽が言ったように自由に行動され、暴走・暴動が起こる事を懸念していたのだ。
その為、最初の安藤が出席した話し合いで、釘を刺し、問題が起きないように起こさないようにと言っていたが…彼等はその問題を軽視しているような態度が目立った。
故に、話し合いが終わった後に対策を練ろうとした所で…市羽が突然戻ってきて提案をしてきた。
-私達の協力が欲しいのなら、常峰君の協力を得る事ね。そうすれば、貴方達が懸念していた暴走の確率も減るわよ。もし常峰君が拒否をした場合…少なくとも私は協力しないわ-
脅しとも取れる言葉に、ハルベリア達が言葉を失っていると、市羽はわざと悩み始める時間を与えた上で告げた。
-今日の夜にでも話をする場を設けると良いわ。そうすれば、常峰君と話す機会は訪れ…そこで、貴方達は常峰君に持っている情報を洗いざらい提示すれば…まぁ、後は彼に任せましょう。
どういう結果になるかは…貴方達がどれだけ上手に常峰君のご機嫌を取って、常峰君と友好な関係を築けるか次第でしょうけどね-
言い終えた市羽は、ハルベリア達の返事を聞くことも無く部屋を後にする。
その結果、ハルベリア王は常峰だけと対話する事を選択した。
「大臣共にも伝えておけ。異界の者に関しては行動を観察、無理に取り込もうとするなと。
まだ、裏でコソコソとしている者の炙り出しが済んでいない現状の今、友好関係を築くのに問題があるとすれば…その反逆者が無理をして異界の者を手中に収めようとする事だ」
「ぁ~…おとーさま、やつぐはいいひとだよ?」
対話の結果、今後の異界の者への対応を伝えていると、リーファに抱えられ眠っていたチーアが眠たげに目をこすり起きてしまった。
「あぁ。彼はいい人だ」
「んー!ちーあ、やつぐのおひざのうえすきー」
にこにこと話すチーアの頭を撫でながらも、ハルベリアはゼスへ目配せをして、先程告げた事を伝える様に指示をだした。
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「つまり、市羽さんに面倒事をぶん投げられたんだな」
「立場の確立と、動きやすい環境は整ったと思うのだけれど…どうかしら?」
「脅しみたいな真似で得ても長続きしないんだが…。まぁ、その辺は皆に抑制として働いてもらうさ」
「私達に脅せと?」
「市羽さんじゃないんだから。聞く分では、俺達は居るだけで十分に役目を果たしている。今後を考えてやってもらいたい事と言えば、スキルを扱える様になってもらいたいぐらいかな。
そういう事情で話が進んでるなら、脅威であってもらうほうが幾分か安全だろうし…スキルを使えるようになれば保身にもなる。
ただそうなれば…非戦闘系のスキルを持っている奴等には、それなりに戦闘スキルを覚えて貰わないといけないな。いや…スキルの種類がどれだけあるか分からない今、それを強要するのはあんまりだな…。
…あー面倒だな。俺等が持つ全てのスキルは俺等にとって有用性があると認識させた方が早いか」
用意された自分の部屋へ戻る途中、市羽から事の顛末を聞いた。
どうやら、安藤や東郷先生、新道も合意の元で行われた押し付けらしい。やってくれたもんだ…。
だが、やり方は変わったものの王との顔合わせは済んで、立場もある程度固められた。模擬戦の日程も決められたのはでかいな。
明日皆を集めて模擬戦で目立たせるスキルを決めて…模擬戦の終わらせ方までプロットを決めるか…。
相手の構成が分からないが、そこは臨機応変に対応してくとして…明後日にある程度の流れと予行練習を済ませ、俺はその間に他のスキルの事をもう少し調べる。ユニークではなく、EXスキルなどを…。
まずは'鑑定'から取っ掛かりとして調べるか。
「まぁ…さっきも言った通り、判断は任せるわよ。王様」
「さっきから思ってたんだが、別に俺は王とか言う器じゃ…」
珍しく無邪気な笑みしている市羽が見せびらかす様に手に持っているのは…あぁ、スキル表。
言った通り、俺等の組のスキルはバッチリしっかり書いているな。いい仕事だ。あぁ、いい仕事だわ安藤達よ。
本当…今更ながら、俺のスキルも少し誤魔化す様に言っとけば良かった。
ちょっと、はしょりながら展開早めようかなと思ってます。
それか、もう冒頭ではないような気がしてならないので、冒頭って章名を変更してしまおうか…。
ブクマありがとうございます。