岸と橋倉の場合
うがああ!!すみません、遅くなりました。
そして、短めにもなってしまいました。
「'覇者の羽衣''風の抱擁''プロテクションバリア''エアリアルウォーク'」
橋倉が俺に強化と補助の魔法を掛けている間に、一通りの作戦を頭の中で自分がやるべき事をまとめていく。
橋倉曰く、あの目ん玉野朗は俺の位置を正確に捉えられるらしい。ココに来る前に言っていた微量に漏れ出してるんだか吸い出してるんだかしてる魔力で特定しているんだと。
それは空中に居ても同じ事で、ダンジョンのフロア全体を使って俺の位置を特定しているんだとか。
そして今は、橋倉の場所まで特定されている。
魔法を侵食された事で、自分の魔力も認識されたとかで後は俺と同じ原理。
だから隠れても無駄だし、こうしている間にも僅かではあるが確実に俺達の魔力は減っている。
ならどうするか。
やる事は至って単純。俺が触れて奴を支配下に置くか、橋倉が奴を倒す。しかし同じ様に俺が近付こうとすると、さっきみたいに攻撃されるのがオチだろうし、橋倉の魔法は発動するまで目ん玉が待つとは思えない。
結果、橋倉が目ん玉野朗を倒せるであろう魔法を用意して、その間は俺が囮をやる。
途中で触れられれば支配下におけるかを試して、無理なら橋倉に合図を出す事になった。
追加で、囮をやる注意点としてあの目ん玉に捉えられてしまうと、俺自身の魔法はもちろん……長時間見られれば、橋倉が掛けてくれているバフまで消されかねないって事だ。だから動き回って撹乱させなきゃならん。
橋倉の予想ではあるが、俺が動けば自分は的にされにくいと考えた。なんでも、今いるフロアに自分の魔力を充満させて魔力での探知をさせないようにする予定なんだとさ。
その辺の詳しい事は分からない。だが俺がやる事は単純だわ。
「お、終わったよ……」
「体がめっちゃ軽いわ」
多分口で言って伝わるより体が軽い。自分で強化した時の数倍は違うレベルだ。
改めて橋倉に目をやると、その目からやる気をしっかり感じる。
いつもより声を張っているなぁとは思ってたが、これは俺も気合を一層入れてやんねぇとな。
「で、でも、危険だから…えっと、む、無理は…」
「任せろって!できれば触れたいが、そこまで無理をする気はねぇ」
「う、うん…それじゃ、その、と、解くね?」
おそらくは今も攻撃を防いでくれている防御魔法の事だろうと思い、俺は頷き小さく深呼吸をしてタイミングを図る。
そして音が止んだ瞬間、俺は前へと駆け出した。
「'アイシクル・クリスタル'そ、そのまま!」
「おうよ!」
不可視とはまではいかないものの、かなり見にくい風の刃は、橋倉が発動した氷の盾で受け止められ、俺は更に前進して目ん玉野郎の足元まで移動する。
すると、当然目ん玉野郎は俺を見ようと瞳を下げながら、周りの蔦っぽいなんかを振り回し始めた。
だが遅い。
バフ付きの俺からすれば、その蔦を避けるなんて余裕だ。
掠りそうになっても'プロテクションバリア'がある。動くにも'覇者の羽衣'で動体視力と肉体強化はされ、'風の抱擁'が俺の速度を上げる。更に'エアリアルウォーク'を付与された今の俺は――。
「おせぇ!」
空を駆ける事もできる!!
まるでソコに足場があるかのように俺は目ん玉野郎の周りを移動していく。
駆け、跳ね、攻撃を弾き、避け。飛んでくる風の刃にも反応ができ始め、プロテクションバリアも削れる回数が減ってき始めた。
目ん玉野郎は必死に俺を視界に収めようと眼球を動かしはするものの、とろすぎて俺を捉えきれていない。
触れることは出来なくとも、囮としてコレぐらいなら行ける!ちょっと、空中をピョンピョンしすぎて三半規管が負けそうになって、ちょっと口の中にレパパの風味が充満しかかってるけど……これも問題はないだろう。
チラッと橋倉の方を見ると、橋倉は橋倉で目ん玉野郎と俺から視線を外さず、高速で口が動き何かを呟き続けているっぽい。
しかし橋倉が詠唱とは珍しい。確か、スキルの関係上詠唱は殆ど必要無かったはずなんだけどな……それだけの大技でもすんのか?
まぁ、その辺は橋倉に任せるしかねぇわ。それよりも俺が今したいことは……。
「何やかんやで隙だけねぇなぁ!おい!」
口から漏れる悪態。だけど漏れちゃうからしょうがない。
避けられはするが攻められない。体の周りに風の刃が待機してるわ、俺を捉えられないからって無差別に蔦を振り回すわで、一向に触れられそうなタイミングが見つかんないがねコレ。
橋倉の予想通り、魔力探知を誤魔化せばターゲットにされないのか……橋倉へ攻撃が向いていないのが救いだ。
「!?」
余裕ぶって回避行動が遅れたっ!
慌ててショートソードで受け止めたが、反動で体が反れ、二発目への対処が地味に間に合わねぇ……。
ダメージ覚悟で、まだ内部治療中の腕で受け止めようとした瞬間、体が右側に大きく引っ張られて運良く回避する事ができた。
「橋倉……か?」
目ん玉野郎の攻撃に警戒をしつつ視線を橋倉へ向けたが、かなり集中しているって事ぐらいしかわかんね。事実確認は後にまわして、今はやっぱどうにかして触れてぇ。
プロテクションバリアの余裕もまだある。ここは、ちょっとチャレンジしてみるほうが後々良いんじゃなかろうか。橋倉の準備が整った時に、即行動するって考えりゃ、そっちのほうがいいよな?
モノは試しと目ん玉野郎の周りを高速で移動し続け、一旦止まる。そうすりゃ、俺の狙い通りに蔦と風の刃は集中してくる訳で。
「そら!タッチだ!」
初速を全力で踏み込み加速。裏に回ってガリガリと音が鳴る中、無視して無理矢理腕を伸ばして触れた。
あ?んだこれ。
発動しているスキルを通して支配下に置けないのは分かった。だが、その結果が'不完全だから'ってのはどういうことだ?
一瞬だけ触れて距離を取り、また回避行動に集中しはじめた俺は考える。
不完全ってことは、完全であれば支配下に置けんだろ?
俺のスキルは基本的に生物であれば触れるだけで十分だ。つまるところ……生物として不完全ってことでいいのか?
確か橋倉は目ん玉野郎自体が魔法っぽいとか言ってたし。魔法生物って類で、俺はそれを支配下に置けない。
今んとこ、これが憶測としては妥当じゃね?
「橋倉ぁ!支配下に置けねぇから、準備できたら頼むわ!」
「ぅ、ぅん!も、もう少し…掛かるから、えっと、ほ、補強しとくね?'プロテクションバリア'」
「あざ!」
礼の言葉と共に俺は風の刃を躱し、そのまま目ん玉野郎を斬りつけようとしてみたが、まぁですよね。
体の周りに纏っている風の刃に弾かれて届かない事ぐらい分かってましたよ。
「しゃーねぇ。立派に囮をしてやろうじゃございませんか」
眼球がこっちを向こうとしているのを確認して、ポーチから投擲用のナイフを取り出し、目ん玉野郎の眼球に投げつけ気を引き、そのまま視界の外へ。
そうやって気を引き続け数分。目ん玉野郎に変化が訪れた。
「…!な、永禮君!」
「クソ、予想浅すぎかよ俺!!」
少し考えりゃ分かったはずだ。
こうして不完全なままでも活動できている。完全になる方法が、一定の魔力量を吸収し終える事の可能性。そして――。
「意外と美形じゃねぇかクソッタレ」
目が二つになることぐらいよ!!
球体が花咲く様に中から現れた女の上半身。巻き付く蔦は口元まで隠しているが、しっかりと二つの目で俺を捉えやがってる。
「くっ…」
急激に体が重く…いや、なんかのバフが解除されて素に戻っただけか。でもこれじゃ、俺じゃ避けきれねぇ。
恐らく'風の抱擁'が消されて動きが遅くなった俺は、自分に迫る風の刃が見えて避けたにも関わらず避けきれない事を悟った。
その時、避けた方向にまた勢いよく引っ張られ避ける事ができた。
「助かった橋倉!」
「'風の抱擁'……ぇ?えっと、私は、何も……ッ!'エリアル・エッジ'」
橋倉が俺に新しくバフを掛けた瞬間、元目ん玉野郎はグギッと首を反らして橋倉へ風の刃を放った。それに対して即反応した橋倉も風の刃を生み出して相殺する。
「てめぇの相手はッ!くっそまじか!」
意識を惹こうと声を発したと同時に無数の風の刃が俺へ目掛けて放たれ、反らしていた首が戻り俺を捉えて動きまでも鈍くさせる。
元目ん玉野郎の反応が速い。いや、それよりも。
「音でも反応するようになりやがったか!ちくしょうが!!」
叫びながら元目ん玉野郎の意識を向かせ続け、プロテクションバリアに頼りながら防ぎ避けようとすると、また俺は引っ張られて、少し掠る程度で済んだ。
魔法を使ったのなら橋倉の方に反応するはずの元目ん玉野郎は、橋倉の方を見ていない。
動きを止めずに、まだ避けられる蔦を避けて混乱しはじめた頭で考えていると、俺の頬が柔らかい何かにペチペチと叩かれた。
それでやっとこ理解する。見えんから気づかんかった。
「さっきからわりぃな」
俺の言葉に、姿を見せたミストスパイダーが呆れた様な態度で俺の肩に鎮座している。
「もうちょい手伝ってくれ」
その言葉にも、やれやれとした動きと共に頷きを見せてから、近くの壁に糸を伸ばして俺を引っ張り風の刃を回避した。
よくよく見れば、俺の体にも乱雑に糸が巻かれている。
なるほど、そうやって引っ張ってたのか。
変に納得をしつつ俺も避ける事に意識を持っていく。
本当はもう一度触れたいが、今の状況じゃ厳しい。
「おらコッチだ!」
こうやって声でも意識を惹かないと、橋倉の方に向いてしまう。
疼く気持ちを抑えながらミストスパイダーと共に避け続け、橋倉のバフも速攻で剥がされる様になった頃、ついに橋倉が準備を終える。
「い、いつでも!」
「すぐでいい!」
「はいっ」
元目ん玉野郎が橋倉の方を向く。同じタイミングで俺が離れ、橋倉が魔法名を口にした。
「'魔力の崩壊'」
途端に体が重くなった。
いや、これはあの元目ん玉野郎の時と同じ……バフが消された。違いがあるとすれば、どれか一つじゃなくて、俺自身が使った強化魔法以外の全て。
「な、永禮君……その、えっと、触れたん…だよね?」
「ん?あぁ、無理だった」
「そ、そっか……な、なら、倒しちゃうね?」
そういう橋倉が握っていた短剣を地面に落とした。その次の瞬間、カランという音と共に空気が揺れ動き、凄まじい衝撃波となって元目ん玉野郎を襲う。
結果……俺達が喋っている間にも攻撃をしようとしていた元目ん玉野郎は、静かに、音もなく塵と化した。
あまりにも呆気ない。
なんて考えていると、移動してきた橋倉が、そのまま俺にもたれ掛かるように倒れ込んだ。
「おっと、どうした」
「ぁ、あぁ、えっと、ま、ま、魔力の使いすぎ、で、その……力が、ぬけ、ちゃって…」
流石にそれを避ける訳にもいかず受け止めたら、なんかすっごい勢いでオロオロとし始め、どんどん声も小さくなっていく。
「かなり魔力使ってたもんな。あーっと、とりあえずこの先は迷路になってるっぽいから休んでも平気だ。ルートはビッグラット共が攻略済みだから」
「ぅ、ぅん。ごめん、ね」
かなり小さい声で呟いた橋倉は、そのままスーっと目を閉じて寝息を立て始めた。
……。いや、この状態で寝られても。俺はどうしたら良いんだ?
「'コウモリ共、橋倉の護衛をしてくれ'」
迷った末、俺は橋倉を壁に寝かせて、適当に俺の上着を被せてからコウモリ共に護衛をさせる事にした。そして俺は、その休憩の間に一つ気になったことを済ませに行く。
橋倉を寝かせて向かった先は、あの元目ん玉野郎の残骸た積もっている場所。
元々目ん玉野郎が居た場所に塵になった残骸が積り、その中央には小さな赤い欠片が落ちている。
俺はスキルを使いながらソレに触れた。
「やっぱ無理か」
ワンチャン支配下に置けるんじゃねぇかなぁって希望で試してみたが、結果はさっきと同じで不完全故無理。
こうなったから無理なのか、あの上半身が生まれた状態でも無理だったのかは分からないけど、不完全って言葉は嫌に引っかかる。
魔力の吸収と不完全。
その二つで脳裏をよぎるのは、スリーピングキングが言っていた'魔王ショトル'の存在だ。
並木が話していたショトルの残骸は、本体から切り離されて不完全でありながらも一個体として存在を確立していたわけだし……。
でもなんでそんなのがダンジョンにいるのか、橋倉が言うにはダンジョン側が俺の魔力を吸収していたとも言う。つまり、これはダンジョンから生まれた可能性が高い。
「ハハ、もしそうなら最高すぎんだろ……」
口では強がっていても、浮かぶ最悪の予想に顔は引き攣る。
もしココに魔王ショトルが居た場合、今の俺達では……。
「だけど、仮に本当に居たとして、ログストア国が放置してる理由も分かんねぇし、白玉が俺達を通した理由も分かんねぇ。
内緒で隠してる臭いセリフはあったけども、俺達にバレりゃ外にバレる可能性だってあんのに。いや、攻略不可能ってそういう意味合いなのか?」
いくら頭を捻っても納得のいく答えが出てこない俺は、自分で答えを導き出したい気持ちを捨ててスリーピングキングに念話を繋ぐ事にした。
更新遅れてすみません。間に合いませんでした。
そして、今年の更新はコレが最後になると思います。
今年の頭に書き始め、はや一年。ブクマや評価、感想とありがとうございました。
中々成長が見られず、変わらずスローペースな展開気味ですが、来年もお付き合いいただければ嬉しく思います。
更に、完結までお付き合い頂ければ…と願うばかりです。
では皆様、良いお年をお迎えください。