橋倉と岸の場合
女の子の心情の文章化が難しい。もう少し恋愛小説でも読むべきですかね……?
「道具の方は問題なさそうだな。一応、短剣は構えておけよー」
「ぅ、うん!」
ちゃんと聞こえる様に、できるだけ大きな声で私は返事をすると、前をあるき始めた永禮君は手を挙げて応えてくれる。
それが私は嬉しくて、両手で握る短剣に少しだけ力が入ってしまう。
永禮君はいつも笑ってくれて、いつも私の声を聞いてくれる。
それが私はすごくうれしい。
自分の声が小さいのも分かってるし、喋ろうとすると……恥ずかしくて、あまり上手に喋れないのも分かってる。最近は、やっと、さ、桜ちゃんや、あ、朱麗ちゃんとなら少しずつ大丈夫になってきたけど。
でも男の人が相手になると全然ダメで。それでも永禮君は、しっかり私の言葉を聞いてくれる。元の世界の頃からずっと。私が困ってたら、いつも手を貸してくれるんだ。
ひとりぼっちじゃないって思わせてくれる…。
だから私は、そんな永禮君にお礼がしたくて、それで気が付いたら目で追っていて。私は気付いたんだ……永禮君はどんな時でも楽しそうに笑って、それに私も感化されて楽しくなって。
「――倉、橋倉!」
「は、はい!」
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……」
「…?そうか。反応無かったから心配したわ」
「ご、ごめん、なさい」
「ハハハ、気にすんな。こんななってんのも、分断されるのを予想できてなかった俺の問題だしな。不安もあろうよ。
んで、今、先行してるビッグラット共から連絡があったんだが、どうやらこっから少し先まで一本道らしいわ」
「ぅん…わ、わかったよ」
「ただ魔物が見当たらないのが気がかりだ。慎重に行こうと思うから、休憩したかったら言ってくれ。急ぎたい気持ちもあるが、無理をしてヘマする訳にもいかねぇしな」
「あ、ありがと…」
そしてこういう優しさに、私は惹かれ続けて永禮君を好きになった。
だ、だから、不謹慎だけど……本当は、二人だけになれた今が少しだけ嬉しい。ドキドキして、ソワソワして大変だけど、もう少しだけって思っちゃってる。
……。でもそれ以上に私は永禮君の役に立ちたい。桜ちゃんや朱麗ちゃんの事もすごく心配だし、もう少しだけって我儘は今は閉まっておかなきゃ。
ゆっくりと息を吸って、私は自分のスキルに呼びかける。
そうすると、自分の魔力から永禮君の魔力、周りに漂う魔力の流れまでが不思議と分かってくる。
誰かが近くで魔法を使えばすぐに分かるけど、思っていたよりも壁が厚くて遠くの方が分かりにくい……。それに、やっぱり…このダンジョンの魔力の流れは少し変。
と、常峰君の所で試した時と違って、なんか、もっと、魔力が独立して流れてる感覚がして、ずっと魔法の中に居るみたいで落ち着かない。
……でも、なんでだろう。この魔力の流れ……似たような感覚を私は知ってる。どこで感じたんだろう?
「な、永禮君…」
「んー?なんかあったか?」
「えっと、その、ま、魔力がおかしくて…」
念のために永禮君に伝えようとするけど、元々喋るのは苦手な上に、自分でもよく分かっていない感覚に、私はいつも以上に言葉が出なくなる。
「魔力?ダンジョンだからじゃなくてか?」
「うん……あの、お、王様の所とは、ちょっと違うっていうか…その、えっと」
「その感覚が俺は分かんねぇからなぁ。おそらくスリーピングキングのダンジョンも、こっちの常識に当てはめりゃかなり特殊なタイプのダンジョンだろうし……でも、橋倉が違和感覚えてんなら、少し気にするべきなのか。
でも俺にゃ分からねぇから、橋倉頼りになっちまうけど、もしなんか追加で分かったら教えてくれ」
「う、うん!!」
こんな私でも頼りしてくれるって言葉に、私の頬はきっとだらしなくなっちゃってる。
永禮君の期待にもっと応えたい。なんて思う私は、もっとスキルの感覚に意識と思考を割いて集められる情報を集めようとした。
すると、その前に別の新しい感覚を私は拾った。
永禮君の足元を流れるダンジョンの魔力が不思議な動きをしている。
ただ流れるんじゃなくて、永禮君の魔力と少しだけ同調している様な動きで……本当に微量だけど永禮君から少しだけ魔力が漏れ出ている?
「な、永禮君……今、強化魔法、使ってる?」
「んにゃ?ってか、使ってたら橋倉なら分かるんじゃねぇの?」
「そ、そうなんだけど…」
永禮君が言う通り、もし本当に使ってたら私には分かる。
どれだけ巧妙に隠されていても、魔法である限り、発動しているなら私には分かってしまうはず……でも、永禮君から今漏れ出ているのは、自然現象じゃない。
「永禮君から、その、ま、魔力が漏れてるから……もしかしたら、って…」
「マジ?使役空間を開いた時ぐらいしか魔力使ってねぇんだけどな。その分か?」
「残留魔力とは、ちょっと違う…かな?」
魔力を何かで使った時、そこに残る魔力も確かにあるけど、たぶん違う。
どちらかと言えば、ずっと発動している様な感じの漏れ出し方。
「っても今んとこ俺に支障はねぇな。橋倉は大丈夫なのか?」
「え?ぅん…えっと、私は、大丈夫…みたい」
永禮君に言われて自分の足元を確認してみるけど、永禮君の様に漏れている事はしていないみたいで不自然な流れはない。
「気付かない内に減っていく魔力か。残量気にしながら休みつつ行かないとあぶねぇな」
「で、でも、少しだけすぎて……あんまり、影響は…ない、かも…」
「いや、事前に知れて良かったわ。攻略不可能な難関ダンジョンだからな。何がきっかけで問題が起きるか分からねぇ。
一応今は俺だけっぽいけど、橋倉も注意はしとけよ」
「うん…」
私が頷いたのを見て、確認の為に止めていた足を動かし、永禮君はまた奥へ進み始めた。私も私で、もう少し注意深く周囲の魔力に気を配りながら永禮君の後ろをついていく。
見た目の変わらない一本道を歩いて数分すると、いきなり永禮君が足を止めた。
「な、「しー…」…」
声を掛けようとしたら、永禮君は口元に指を当てて静かにするように指示をしてくる。私はそれに頷き返して、ゆっくりと永禮君へ近付く。
寄れば寄るほど近くなる永禮君の魔力と匂いにドキドキしていると、永禮君が足を止めた理由を小声で伝えてくれた。
「ビッグラットが先行した情報では、この先に広間があるらしい。通過していったビッグラットが伝えてくるには、特に敵の姿も見当たらない様だが、何があるか分からねぇ。
ビッグラット共も探知に長けているわけじゃないしな。罠の可能性もあるから慎重に行くぞ」
「ぅ…んっ…」
「どうした?なんか苦しそうだが…大丈夫か?」
「えっ?う、うん!へ、平気…」
ごめんなさい。嘘をついてます。
本当はちょっと平気じゃない……。でも、心配そうな永禮君には申し訳ないと思うけど……小声で囁かれて、ドキドキしすぎて上手く返事ができなかった。なんて、恥ずかしすぎていえません…。
「お、おう。平気ならいいんだけどよ……。とりあえず、俺が先に広間に入るから、何かありそうだったら援護頼む」
苦笑い気味の永禮君の言葉に、また変な返事をしないように私は頷いて返した。
頷いた私を見た永禮君は一瞬首を傾げたけど、すぐに納得したように頷いてゆっくりと先行していく。
私の立っている場所からは、永禮君の言う広間は見えていない。……というより、不思議と周囲は確認できるのに先の方が見えないのが正しい…とおもう。
でも永禮君が先を歩くと、進んだ分だけ道が見える様になっている。これは、永禮君の魔力に反応して壁や床が発光しているってスキルを通して分かる。
そういうことなのかな……。
永禮君から漏れ出ている微量の魔力を利用して光源を作り上げるような魔法?ううん、だったら私が分かるはずだから、そういう罠?が作動しているんだよね?
なんで永禮君だけなのか……そう考えると、多分あの光粉がきっかけ…かな。あの時、光粉から永禮君の魔力を記憶した。
そうすると、ダンジョン側は永禮君の位置だけハッキリと分かっている?……!!
「永禮君!!!ダメ!!」
自分でも驚く程に大きな声が出た。
でも良かったと思う。おかげで永禮君も驚いて足を止めてくれた。
私はそれだけで安心をして頭の中で魔法陣を描き構築していく。
今から使う魔法に対して詠唱は必要ないとスキルが教えてくれる……。私の思考と意思を汲み取り、スキルが補助して描き出していく魔法陣に私は魔力を込めるイメージをして、魔法名を口にする。
「'寵愛の鳥籠'」
魔法名を言うのに戸惑う事はない。スキルが後押しをしてくれるように言葉が流れ出る。
ログストア国で本を読ませてもらった時に、魔法陣を見た時から私はその魔法を使える。これもその一つ。この魔法を使うのは初めてだけど、それがどういう魔法かを私は知ってる。
私が指定した通りの場所の地面が突き上がって、檻の様な形を象る。そして、その上から薄い膜のベールが覆いかぶさっていく。
外からも内からも攻撃を通さない拘束魔法――'寵愛の鳥籠'を私は永禮君の数歩先に発動した。
「橋倉?」
「な、何か…くるから、え?」
「!?」
魔力の流れが変わって、すごい速度で永禮君の数歩先に溜まり始めたから、私は永禮君を呼び止めて魔法を使った。その事を説明しようとするより早く、感じていた魔力が私の魔法と同調し始めて、私が発動した魔法を飲み込んで敵が姿を現す。
干渉されていくのに必死に抵抗しても、ゆっくりと私の魔法が侵食されていく。
薄いベールが靡き、檻の柱からは蔦が生え、天井に届くぐらいの高さまで伸びた蔦は大きな球体になった。
「橋倉……これ、なんだ?」
「わ、わからなぃ…。で、でも……」
「あぁそうだな。多分こりゃ、敵だ」
魔法の様な気がしてるんだけど、把握しきれない。でもコレが敵だという事は私でも分かる。鳥籠の上に鎮座する球体から、ヒシヒシと伝わる感覚は……前に常峰君とメニアルさんから感じた怖い感じと同じ……殺気だ。
「ちなみにだが、俺が触れてどうなると思う?」
「ま、魔法だけど…魔法じゃ、ない……感じがあるから、わからない」
「試してみる価値ぐらいはあるか…」
「み、道は、私が、作るから!」
「ん?おう!期待してるぜ!」
私の大好きな笑顔を見せてくれた永禮君は、袖を捲りあげてショートソードを握って呼吸を整え始めた。その横で、私も次の魔法を選んで意識していく。
多分だけど、さっきの感じ……魔法に侵食するのにも時間が掛かるんだと思う。だったら継続しない単発の魔法か、さっきよりも多くの魔力を使った魔法で侵食するのにも時間を掛けるのが良い……と思う。
「うし、背中任せた」
「うん!」
肉体強化を自分に掛けた永禮君は、すごい速度で敵との距離を詰めていく。と同時に、球体に動きがあった。
まぶたを開ける様に動いた球体の中から、真っ赤な瞳が現れて永禮君を捉える。すると、永禮君から大量の魔力が地面に流れ込み始めるを感じた。
「あん?」
「そ、そのまま!'グロウ・ベール'」
私は瞳の視線を遮るように魔法を唱え、淡く発光するベールを被せた。続けて永禮君の肉体強化に補助を施す様に魔法を唱える。
「'覇者の羽衣'」
「サンキュ橋倉!」
判断は間違ってなかったみたいで、あの瞳に見られて一瞬遅くなったけど、永禮君はさっきよりも速いスピードで球体との距離を詰めて高く飛び上がった。
直後、ベールに込めた魔力の侵食を終えた瞳が永禮君を見ようと動き出す。
もちろん、私はそれを許さない。永禮君の邪魔はさせない。
「'パラライズ・ランス'」
私の頭上から射出された槍が、その瞳に突き刺さり溶け込む様に消えていく。そして魔法の効果が現れる。
動かしていた瞳はピタッと止まり、痙攣するように震え始めた。麻痺を誘発する魔法……だけど、やっぱり数秒もしない内に動き出そうとし始める。でも先に永禮君の手が触れる!
ここまでの判断は悪くなかったと思う。いつも迷っちゃう私にしては、判断できていたと思う。そしてここから先も考えて次の準備を始めていた。
永禮君が触れて、成功したらそれで良いと思うし、失敗しても私が魔法で引き寄せて安全を確保するつもりだった……だから、私は敵が纏う魔力の動きに反応が遅れてしまう。
「タッチ!」「だ、ダメ!!」
永禮君と私の声が響くのと同時に、永禮君が伸ばしていた腕は風の刃に切り刻まれ、永禮君自身も吹き飛ばされた。
「'水杯の揺り籠'」
ダメだった時用の魔法を使うと、永禮君の体は水で満たされた杯の中に落ちて、杯を満たしていた水が永禮君を包み私の元まで運んできてくれる。
……本当に永禮君が触れる瞬間まで気付かなかった。その前兆すら無かった。ううん、これは言い訳。
私がもっと注意して魔力の流れを見ていたら…きっと……。
「な、永禮君!永禮君!」
「ッ……あぁ、くそ。助かったわ橋倉」
永禮君は痛いのを我慢して笑顔を浮かべようとするけど、永禮君を運んできた水は赤色を帯びて、永禮君の腕も切り刻まれている。腕だけじゃない……お腹の辺りにも横に大きく傷が出来てる…。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
頭の中から必死に回復できる魔法を引っ張りだしながら、傷口を手で抑えて、えっと、次は、次は……。
「いつつ。そんな謝んな。別に橋倉のせいじゃねぇよ」
「でも、血が、な、永禮君が、怪我して」
「俺も不注意すぎただけだ。橋倉は十分に対応してくれてた。吹き飛ばされても、こうやってすぐに治療できてるのが何よりの事実だって」
「す、すぐに、治すから!」
「頼むわ」
永禮君は、自分のポーチの中から止血用の軟膏を取り出して、腕の小さな傷から軟膏を塗り込んでいく。その間に、私は引き出した魔法をイメージして唱える。
「'治癒の糸'」
先生よりは劣るけど、私はできるだけ魔力を込めて、多重で魔法を発動して永禮君の傷口を大量の治癒の糸で塞ぐ。もっと回復の速い魔法も使えるけど、永禮君の動きを阻害しないようにするなら多分これがいい。
これが、私が覚えている魔法で一番速い。
「橋倉!」
「'堅牢なる繭'」
永禮君の治療をしながら、私は魔力の異常な集まりを感じて魔法を発動すると、地面が糸の様に解けて私達を包んだ。同時に外から何かがぶつかり、すごい音がする。
分かっていても、私は驚き身を震わせながらも永禮君を治療する手を止めない。
「ハハ、流石だな」
「そ、そんな事ない……」
「いやいや、攻撃防ぎながらも、俺の傷の治療終えてんじゃん」
「な、中まではまだ…先生みたいに、その、回復は早くない…」
「それでも傷口は塞がってるし、今も中で治療中だろ?先に動きやすい様にしてくれただけでも十分」
「う、うん…」
大量の治療の糸で傷口を覆って全部の止血を終えた私は、永禮君が言ったように内側の治療をしている。永禮君も永禮君で、小さな傷は止血用の軟膏を塗ってくれているから、すぐに内側の治療に移れただけで、私だけの力じゃない。
「なぁ橋倉。俺を攻撃したのは魔法か?」
「ぅ、ぅん……。すごく、その、発動の速い…魔法。そ、それに、多分、まだ発動してる……」
「なるほどな。読み取れはしてるっぽいな。ちな、なんとかできそうか?」
「……む、難しい…」
「できねぇわけじゃねぇんだな」
ニヤッとかっこいい笑みを見せた永禮君は、まだ痛むはずの手を動かして感覚を確かめると立ち上がった。
それだけで永禮君がまだやる気なのが伝わってくる。
「あ、危ない…かも…」
「ダンジョン攻略してんだ。多少の危険は付き物だろ?俺は俺を信じてるし、橋倉の事も信じてる。さっさとアイツ倒して、次に行こうぜ」
「……うん!」
「いい返事だ!んじゃ、橋倉が考えてる事を教えてくれ、この防御がある今の内に作戦会議だ」
「わ、分かった!」
私は自分に自信があるわけじゃない。それでも、永禮君が信じてくれるなら、きっと私は頑張れる。
覚悟を決めた私は、堅牢なる繭と治療の糸を維持しながら永禮君に突破できそうな案を伝えることにした。
年末、地味に忙しくて遅れ気味ですみません。
ブクマありがとうございます!
忙しさに負けず、頑張ります!!