白い九つの尾
短めです。
「人間、「待った!!」…?」
永禮は手を前に掲げてアラクネの言葉を遮った。
その様子に、俺等も少し驚き何事かと見守っていると……。
「相談タイムをくれ」
「相談?ふふっ、いいわ。少しだけね」
「はい、集合」
腕を組み、俺達の動きを単色に染まる宝石の様な目で見ているアラクネをよそに、永禮は軽く手を叩きながら俺達を呼ぶと、肩を組み、円陣を作り上げた。
「さて、どうする。げんじぃのレオ君で一掃しちまうか?」
永禮は俺を見て提案をしてきたが、俺は軽く首を横に振って否定の意思を見せる。
「俺も考えたけど、これからこの付近の住人とコンタクトを取らないといけない。もし、ここらへんが重要な場所で、たまたまアラクネが居た場合とかだったら…後で問題になりそうだと俺は考える。
討伐依頼でも受けてたら、それもできたんだけどな」
「だよなぁ……。んじゃどうするよ」
「誰か一人がアラクネの気でも惹いて、その間に残りが突破口を作る準備をするとかで良いんじゃね?
そもそもよ、あのアラクネは敵なのか?わりと、話しできそうな感じしね?」
俺の言葉に頷く永禮の隣で、まこっちゃんの提案が告げられた。
そうなんだよな。こうして相談タイムの許可が出た時点で、実はそれほど危機ではないのでは?と考えてしまうわ。
単純に永禮が何かやっちまって、それを謝れば済む気がする。
「とりあえず突破口は探してみるけど、岸君がなんで追われてたかアラクネから聞いてみたら?」
並木の言葉に合わせて追撃される俺達の視線に、永禮は目を見開き驚きの表情を浮かべて呟いた。
「盲点だわ」
「決定で」
少し食い気味で並木の提案を実行する事に決めた俺の言葉に、永禮以外が頷き少し永禮から距離をとる。そうすることで、永禮が一番アラクネに近い状態が生まれ、やるしかない!と覚悟したのか……永禮の顔がキリッと本気顔になり、そのままアラクネと向かい合った。
そして――
「デュフッ、陽の光も相まってお美しいアラクネ様ですなぁwwwフォカヌポゥwwwコポォwwおごッッ」
「……」
提案ガン無視でくっそ煽りやがったんで、まこっちゃんから中々のコントロールで永禮の後頭部目掛けて石が投げられ、直撃と共に石は砕け散る。
おぉぉっ…と声を漏らす永禮を眺めるアラクネは、きょとんとした表情で首を傾げて俺達の方へと視線を向けてきた。
「もう一度相談タイムください」
「うぅん…それは構わないけれど、次は分かる言葉でお願いするわね?あまり人間の言葉は得意ではなくて、その、ふぉ?こぽぉって言うのは意味が分からないわ。ごめんなさいね」
「アハハ、大丈夫です。知らなくて全然平気です」
アラクネのご機嫌を取りつつ、唸り声を上げている永禮の首根っこを捕まえ引きずりながら、もう一度俺達は円陣を組んだ。
「いてぇよ。まこっちゃん」
「脆くして当たったら砕ける程度にはしたんだから、感謝して欲しいぐらいだわ。コポォはねぇってコポォは」
「バッチリ注意は惹けたと思うんだけどな」
「こっちがドン引きだわ」
橋倉だけがオロオロとしているが、俺等の視線はそれはそれは冷たいモノだ。
「んでどうする?ワンモア俺が行ってみっか?」
「こうしてる間にも、私達囲まれちゃってるからねぇ~」
何故か自信ありげな永禮だが、周りの様子を伺っていた古河の言葉通り、アラクネの他にも大量の蜘蛛が俺達を囲んでいるし、ジワジワ近づいてきている気もする。
ボスのアラクネは笑みを浮かべて俺等を見ているが、それほど時間があるわけでもなさそうだ。
「悩んでても仕方ねぇし、とりあえず永禮がもう一度でいんじゃねーの?コポォは無しで」
「まぁ、次コポォしたら現物そのまま後頭部な」
「たんこぶ凹ましに来るとか怖すぎ」
いつの間にか、まこっちゃんの手に握られている石を見て、永禮は後頭部を擦り気にしながらさっきのポジションへ戻りアラクネと再度向かい合った。
そして大きく息を吸って……。
「そのセーター、良いっすね」
まこっちゃんの二投目――が投げられる前に、アラクネが反応を見せた。
「まぁ!分かる?これ、私の自信作なのよ!子等は皆興味が無いから、そう言われたのは初めてで…うふふ、嬉しいわ」
永禮の言葉で少し興奮気味のアラクネは、どこからか伸びてきている糸を操り永禮を自分と同じ目線の高さまで持ち上げる。
そしてそのまま、この服はーと話しを続け始めてしまった。
いや、まぁ、確かにセーターには一瞬目はいったさ。
美貌もさることながら、胸もすんげぇもん。なんでセーター?って思いましたもの。いや、まぁ、それはいいや。
結果はどうであれ、アラクネの意識は永禮に向いているわけだし、その間に俺等は突破口を。
「このまま話してもいいけど、とりあえず移動しながら話そうかしら。ひとまずは人間が居る所まで送るわ」
アラクネからのまさかの提案に、俺達は揃いも揃ってアホ面を晒した。
それから。
アラクネの下半身。蜘蛛の部分に載せられ、揺られ揺られて移動中。
「なるほど、そういう工夫もありね。その、しーするーっていうのは、どうしたらできるの?」「んー、すけすけにすれば良いんだけど~…桜ちゃん」「え?私?えー、化学繊維とかじゃないのアレって。妃沙、分かる?」「ぁ、えっと……や、柔らかい糸でも…できるって、まぇ……テレビで…」
「私の糸じゃ厳しいかしら?」
アラクネは並木達とファッションについて話に花が咲き、俺等はそれを耳に揺られている。実に揺られ始めて一時間ちょっとの現在だ。
その間で知れたこともある。
どうやら俺達は、ここら一帯はアラクネの住処らしく、永禮からレパパを取っていったミストスパイダーはアラクネの子らしい。ってか、この付近の蜘蛛型の魔物は全てアラクネの子らしい。
子沢山っすね。と言ったら、これでも減ってしまったほうなのだと。
「にしてもよ、正規ルート外れて島に来たら、島のボスと会うとか……イベント足りてねぇって、なぁまこっちゃん」
「ギルドでもアラクネの情報は聞かなかったしなぁ、げんじぃ知ってた?」
「んにゃ。知ってたら、あそこまで焦らねぇわ。まぁ、永禮は追い回されてたけど、元々協力関係らしいからギルド側も言わなかったんじゃね。
船で移動すると思ってただろうしな」
「「確かに」」
今での会話で分かるように、結果から言ってアラクネは敵ではなかった。
アラクネは、この孤島のボスの様な存在で、ギルド公認の魔物らしい。今、向かっている場所はログストア国が認めている小国であり、'咎の村'と呼ばれている場所らしく、そことアラクネは共存関係を結んでいるのだとか。
この共存関係ってのが、永禮が追われていた理由で、あのレパパって果物はこの島でしか取れず、更にはアラクネが管理する場所でしか取れないものらしい。
本来であれば、咎の村側から何か贈り物があり、森に入る許可をアラクネが出してから採取する。それを勝手に食していた俺達に気付いたミストスパイダー君は、とりあえず手近にあった永禮の皿を回収したものの、永禮が追っかけたわけで。
ミストスパイダー君の危機に他の蜘蛛達が応援に駆けつけ、何やら子供達が騒がしくてアラクネまで出てきた始末。
「規約違反だ!とかで敵対しなかっただけでも救いだ」
「孤島の情報をもう少し集めてから来るべきだったな」
永禮とまこっちゃんの呟きに頷き、理解力のあるアラクネに感謝を三人でした。
初めはアラクネも咎の村の者が規約を違反し、自分達に攻撃を仕掛けてきた。と思っていたようだが、俺達の様子と見慣れない服装から海の外より来た者だと考えたようで。
だから対話をしてみようと試みたらしい。
ちなみに、もしミストスパイダー一匹でも殺していたら、俺達とは敵対関係になっていたのだとか。んで最初に永禮に追い回されていたミストスパイダー君は……。
「お前、本当にモコモコしてんな」
ちゃんと目視できる形で永禮の肩に乗り、レパパを貪っている。
もちろん永禮はミストスパイダー君にスキルを使ってはいないし、他の蜘蛛達は既にどこかに消えていった。下手にスキルを使用してアラクネにバレて、関係がこじれてとかされても問題だからソレはしなかったんだが……。
ミストスパイダー君は永禮に懐いた。
アラクネ曰く。
追い回されたが敵ではなかった。つまり、遊んでくれていた。
そう理解したんだとか。
「ちょ、くすぐったい」
レパパを貪りながらも、モコモコの尻を永禮に擦りつけている様子からも、まぁ気に入られたんだろうな。
そんなこんなで、緊急事態だと思っていたにも関わらず、のほほんとした時間に早変わりしたせいで気が抜けた俺達は、アラクネの厚意に甘えて咎の村へ向かっている訳で。
「もう少し話しを聞きたい所だけど、お迎えが来たようだよ」
言葉と共に、俺等を糸で包んでから地上に降ろしたアラクネの視線は、生い茂っている木々の先に向いている。俺等もそっちに視線を向けるが、別にそれらしい姿はない。
「九白尾の獣人?えっ?両性?」
木々が邪魔で中々見えずに目を細めていた並木が驚きの声を上げて数秒、複数の鈴が鳴る音が聞こえ始めた。
木に反響しているのか、周囲から聞こえるような錯覚に陥っていると、その姿が見えてくる。
きっと他所を向いていても、俺等はそっちを見たと思う。そう思える程に、そこだけ別世界が存在していた。
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岸達の視線の先には、木々が行く先を邪魔しないように避けていると錯覚を生み、その中央を悠然と歩く者が居た。
背丈は人と変わらないが、九つの穢れなき白き尾の先には、鈴か一つ一つ揺れている。
その者が一歩踏み出す毎に鈴は鳴り、岸達の意識を絡め取る。
前に垂れ下げられた白き髪の根本を辿れば、同じ白き毛を持つ耳が揺れ、それらを見つめる者達を黄金の瞳が捉えて離さない。
「アラクネが巣を越え向かってきていると報告を受けましたが……私の客人をお連れしてくれたのですね」
落ち着きのある声で問われたが、岸達は返答する言葉が出てこず、その問いに返したのはアラクネ。
「あなた達が約束を破ったのかと誤解しかけた。案内の者ぐらい寄越してあげれば良かったものの」
「そう言わないでおくれ。私も今、彼等が私の客人だと知った所なのです」
「知らずに貴女が巣から出てきたの?珍しい事もあるものね」
「アラクネの貴女が襲いに来たとなれば、対処をするなら私の方が良いでしょう。村には優秀な者達を残していますしね」
「そうね。その首を刎ねる必要が出てこない事を祈るわ」
旧友と話す様に軽く交わされる会話を終えると、その者はさて…と視線を再度岸達に向けた。そして一人一人じっくりと観察をし終え、一歩ずつ近づいていく。
「ご紹介が遅れました。私、咎の村を治めている'白玉'と申します。受け継ぐ名故、姓を持ちませんが、しらたまと書いて白玉です。
貴方方には、これで伝わりますよね?」
白玉と名乗った獣人の言葉に、岸達は驚き、更に確信をする。
白玉は知っている。自分たちの文字を、そしておそらく自分たちの目的も。
「アラクネ、ここから村までは少し距離があります。もう少し客人達をお願いしてよろしいですか?」
「構わないよ。あなたも乗っていく?」
「いえ、たまには森の中の散歩も悪くありませんので」
岸達を置き去りに話は進み、なんとか言葉を探している岸達は、アラクネの背中に乗せられてしまった。
アラクネが移動を始め、ゆっくり歩いているはずの白玉も鈴を鳴らしながらその速度に着いていく。そんな中、岸達は、揺れでやっと落ち着き、少しだけ落ち着きを取り戻し始めた。
「っべー。アラクネでもテンション上がってたのに、九尾とか見て思考吹き飛んだわ」
「正直思考止まったわな。言葉出てこなかったもん」
「つかさ、あの言い方だと当たり引いてんじゃね?俺等」
岸に続き、佐藤と長野も会話を始め、並木達もやっと口を開けるぐらいには落ち着きを取り戻す。
「ちょっと綺麗過ぎて言葉失っちゃった」
「アタシも見惚れちゃってた~」
「なんか……遠い人、です…」
「もう少し時間もできたし、話の続きをしない?」
並木達が喋り始めた事に気付いたアラクネも会話に混ざり始め、柔らかい鈴の音を響かせる白玉は、その様子を優しい目で見て歩いていた。
それから三十分程すると、石造りの門が見えて始め、アラクネに少し止まる様に合図を出した白玉が先に門へと近づいて行く。警備をしていた門兵と二、三言葉を交わすと、白玉は手招きをして見せる。
それを確認したアラクネは、岸達を自分の背から降ろしてから少し屈み、できるだけ視線を下げ口を開いた。
「ここから先に私は行けない。その子はまだ貴方と共に居るらしいから、よろしく頼むわ」
岸に告げた後、いい子にするのよ。とミストスパイダーに小声で言い、前足の先で優しく撫でた後に森へと戻っていく。
並木を始め、古河と橋倉はお礼を言って見送り、岸達も軽く頭を下げると、後ろからチリンと鈴の音が聞こえ振り向いた。すると、白玉はもう一度だけ軽く手招きをしてから、門の奥へを足を進め始める。
「うっし、んじゃま行きますか」
気合を入れ直した岸の言葉に皆は頷き返し白玉の後を追って、全員は咎の村へと足を踏み入れた。
すみません。時間が無く短めにまりました。
早くダンジョンまでいかなければ……。
ブクマありがとうございます!
これからも、頑張らせていただきます!よろしくおねがいします!!