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雪中花  作者: 田鰻
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向こう側 - 2

たまに起きては山を見、心動かされる事もなく、また眠る。

積極的に働きかける事はしない。そういうのは、とっくに置いてきちまったんだ、オレは。

年がら年中ウトウトしているオレの横で、いつの間にやらひとつ、またひとつと季節が過ぎ、ふと気付いた時には年まで明けていた。オレも大概無関心にも程があるってもんだが、だから何だ、蛇が春夏秋冬の巡りなんぞ気にしたって、得する事もねぇんだしよ。

オレが気にしていようといまいと、春は過ぎる、夏は来る。

性懲りもなく、その日も山に入ってきた気配に、オレは知らない振りをした。こんな態度を、ずっと貫いている。いや貫いてるなんて大層な決意を必要とするもんじゃなく、単純に、わざわざどうこうする気も起きないだけだったんだが。僅かに持ち上がった尾の先は、すぐに落ちる。やる事やって、気が済んだんならとっとと帰ってくれ。

相変わらずあのガキは、あれ以来オレが一度も寄り付かずにいる祠もどきに、供え物と掃除でもしてるんだろう。ご苦労なこった。それを甲斐甲斐しいと感じる心を、オレは持ち合わせちゃいない。とどめに、祀られているのが山神様と勘違いされたオレだと思うと、その徒労っぷりが哀れになる。


一回救われたのを恩に感じているってのか、こんだけ経っても、いまだに。


くだらねえ。オレは感謝されるような事をしちゃいない。

姉が目を付けて、遊んで飽きて捨てた玩具。

たまたまその後始末をしてみただけで、あんなもんは恩義とは言わん。

この山で崇め奉られるべき存在がいるとすりゃあ、そいつは山の主たる白蛇天狗のみだ。間違っても、その争いから脱落したオレなんかじゃない。


……もっとも御本尊がアレでは、足元に転がってるそれらしい形した石でも拝んでた方が有益だがな。

いっそ祠が壊れりゃガキも諦めただろうに、姉が面白がって、そしてオレへの嫌がらせで守護してやがるせいで、雨が降ろうが風が吹こうが槍が落ちようが、板切れを張り合わせただけのガラクタがビクともしねえときてる。オレが壊してやろうかと思った事もあったが、こっちから関わりに行くのもアホらしいし、何より、姉の張った結界にオレが勝てる訳がないのでやめた。

たとえ現状遊び半分、いや九割戯れだろうと、オレがいざ本気で壊しに行ったとなれば、そこに面白さを見出して本気で守りにくるだろう。


そういう奴だからな、あのロクデナシのくそったれは。






「冷たいのお、我が弟は。顔くらいは見せてやれば良かろうに。それで童女は喜び、良き神子として信心もつく」

「要らん。喜びも神子も要らん。神子ってのは神につくものであって、オレは神じゃない、神はあんただ。あんたが欲しいんなら好きにすりゃいい。けどオレを巻き込むんじゃねえ」


オレは、声のする方を見ようともせずに一息で答えた。

どうやら傍観にも飽きてきたらしい姉が、久々に姿を見せた。なら、ここで無視したって、付き纏われる時間が無駄に伸びるだけって事だ。こっちの仏心に訴えかけるような真似をしてきたのは、早々にオレが根負けして音を上げると思ってた読みが、裏切られたのを意味している。そう思うと、少しだけ気分が良かった。

だが姉の態度は、痺れを切らしたというには余裕があった。

こいつが余裕じゃない時なんて無いんだが、オレはその口ぶりに嫌な予感がした。同腹の卵から孵った二匹の白蛇。血肉っていうこの世で最も厄介な繋がりのせいか、オレの勘はだいたい当たる。これは、こいつがまだ裏に弾を隠し持っている時の感じだ。何が来ようと応じるつもりはねぇぞ、オレは。


「己を慕い敬う者を忌避するのが、私にはわからぬ。おお、可哀想に」

「で、慕ってくるんだからそれをどう扱うも勝手だって付け足すんだろ、あんたは」


オレはうんざりして言った。

こいつは、自分を無邪気に慕う者を笑って谷底へ突き落としかねない。


「ほっとけば、そのうち諦めるだろうよ」

「そう言い続けて、どれだけ経ったやら」

「………」


わかっている。あのガキの根気強さは、構われない、報われない程度で挫けるものじゃなかったらしい。程度、というが、一切の反応なしでただ捧げ続けるだけってのが、どんだけキツいかって想像はオレにもつく。


けど、やっぱりだからどうだっていうんだ?

飽きて通わなくなってくれるのが一番早いが、飽きないなら飽きないで別に構いやしない。報われない行為を、いつまででも勝手にやってりゃいい。一年でも、二年でも、三年でも。オレは顔を出す気はないし、御利益があると約束もしてない。

……そんな力も、そもそも無いが。

で、向こうは向こうで強制された訳でもなく、好きで通ってるんだから、誰にも責任なんざ発生しない。今のところ姉は飽きていないっつっても、それもいつどうなるか怪しいもんだ。

姉が、良くある流れとして飽きた。

それだけで、あのガキは終わる。そうでなくても、放っておくだけでいつかは終わる。つまりは、やっぱりオレから何かする必要はないって事だ。毎日黙って寝ていれば、それで済むんだからな。


「――何故、あの童女がこうも執拗に山を求めるのか。

お主にはわからんか。わかるまい。

あれ以来、すっかりヒトに目を向けるのを止めてしまったお主ではのう」

「…………」

「いい加減、機嫌を直せ我が弟よ。

殻に籠るをやめ、己を誇り、あるがままの生を全うせよ。

らしくないぞ? かつては村を守る為に、その身命を投げ出したお主が」


言うな。

それは、オレにとって忘れたい最低の過去だ。

怒りと恥辱に鱗が軋む。何を、さもオレが立派な奴ですみたいに言ってやがるんだこいつは。ヒトを、人間を見ろだと? 今更、見たから一体どうなるってんだよ。その偉そうな言い方からすると、あんたは見てるんだろうが、それで何かがどうかなったりしてやしないじゃねえか。

見るだけで何もしないなら、そいつは見てないのと変わらん。だからあんたにオレを促す理由はない。お主にはわからんか? ああ、あんたには分かってるんだな。なら分かってるあんたが対処しろよ。ヤマガミサマ。


「たまには、閉じた眼を開いてみよ。どうせやる事もないのじゃろう?」


蛇は眼を閉じられねえよ。

余計なお世話だ、あんただって、まっとうに努めを果たしちゃいないくせに。

オレがそう答えようとした時には、姉の気配はそこになかった。とうとう、一度も姿を見ないままだった。


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