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雪中花  作者: 田鰻
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神隠し - 2

「おぉい、そこの」


姿に驚いて逃げられる前に、先を制して声を発してやる。安心させようなんて目論んじゃいない。蛇が喋るのを見て安心もクソもないもんだ。

固まらせて、その間に畳み掛ける。

オレは遠慮のない視線を、狙い通り立ち竦んだガキにぶつけた。

歳の頃なら、十には満たない。人の歳は大雑把にしか区別できないが、せいぜい八、九かそこらだろう。質素というよりかは、粗末といった方が事実に即した衣服。歩き回ったからかあちこち土に汚れた手足は、そのままこいつの生活事情を物語るようにひょろっちい。子供ってのは、もうちっと丸々としてるもんじゃねえのか。人間は、オレにはちと大き過ぎる獲物だが、仮に食えたとしたって、御世辞にも食欲をそそられるとは言えんぞ、これじゃあ。


「……へびさんが、しゃべってる」


衝撃で口もきけんだろうと思っていたら、ガキの方から話し始めやがった。いい度胸だ。

疑問とも感嘆ともつかない呟きには答えず、オレは極力淡々と話を進める。


「蛇だって喋りたい日もあるさ。で、迷ったのか、お前」

「あ、うん」


目を白黒させながらも、こくりと頷く。

いいぞ。どうして蛇が喋ってるのだの何だのと、余計な事は考える暇を与えないに限る。


「まっ白い、きれいなひとが、遊んであげるからおいでって……。

でも、いなくなっちゃって……」


やっぱりか。

鼻を啜る小娘(そういえば今気付いたが、女だった)を忌々しく睨む。

その真っ白い綺麗な御仁とやらに、オレは心当たりがある。心当たりどころか、きっかり一名しか該当しねぇ。が、こんなガキに詳しく説明したってな。理解できるかが怪しいし、何よりオレが面倒だ。

オレは単刀直入に、用件のみを伝える事にした。


「帰してやる」

「ふえっ?」

「お前の里に帰してやるよ。帰りたかったら、オレの後を離れず付いてこい。

わかったな? わかったなら行くぞ」

「……うん」


ここでぐずられたら本気で見捨てさせてもらうつもりだったが、ガキにとっては幸いに、オレにとってはまことに不幸に、この娘は物分りの良いタチらしかった。継ぎのされた袖で涙を拭うと、ちょっとした微笑みさえ浮かべてみせ、素直にオレの後ろからガサガサ付いて来る。たまに足音が遠くなる事があったが、わざわざ振り返って確認してやる事はしなかった。

誰がしてやるものか。






…………おかしい。


ガキを連れて山を下り始めて、たいして経たないうちに、オレは違和感を覚えた。

ほぼ一緒に、ガキも異変に気付いたらしい。無駄に勘のいい奴だ。


「……ねえ、へびさん。ここ、さっきも通らなかった?」


ご名答。

深い薮の中に、突然開けた小空間。岩棚を伝い落ちる清水の流れ。中央には巨大な樫の木が一本。とどめはその根元に咲く、一輪の山百合。

……ま、勘以前に、こんだけ目立つ特徴が揃ってりゃ、誰だって間違いようがないわな。

オレとガキは、つい暫く前に確かに通過した場所へ、再び戻ってきていた。

迷った。

という訳じゃない。アホな誤解すんな。

人間や無知なケダモノはともかく、霊性を備えた白蛇であるオレが自分の育った山で道に迷うだなんて、普通なら有り得ない事なんだ。


(普通じゃないなら、有り得るがな)


声にはせず、ぼやく。

迷う事はなくとも、オレを超える力の持ち主に、迷わされる事なら。


心底怒鳴り散らしてぇ。

人間で遊ぼうが食おうが知ったこっちゃねえが、興味が失せて捨てたってのなら、イチイチちょっかいかけてくんな。

オレは上体を持ち上げて、きょろきょろ周囲を見渡しているガキに向かい、ぶっきらぼうに告げた。


「ここで休んでいく、朝までな」

「……ここで寝るの?」


疑問に思ったというより、確認するだけといった口振り。

歩いてる間に、すっかり落ち着きを取り戻してやがる。取り乱して騒がれたんじゃ堪らないから有り難いが、それにしたって些か順応性が高すぎねえか、このガキ。樫の傍、山百合の隣に、さっさと寝床を決めて座っちまった。物心つく頃から立派な労働力として扱われている子供ってのは、こんなもんなのかねと思ってみる。


「そうだ。寂しがりな山の神様が、帰っちゃ嫌だとベソかいてるのさ」


ガキからやや離れた位置に身体を丸めたオレは、声に精一杯の嫌味を漲らせて、そう言ってやった。






山の夜は冷える。

冬じゃないだけまだマシだと言うべきだが、それでもガキの小さな身体にゃそこそこ堪えるだろうに、こいつはそんな事をまるで気にした風もなく、樫の根を枕にして昏々と眠りこけていた。おそらく山に誘われてから満足な食い物など口にしていない筈だが、空腹には慣れているのか、腹が減ったと泣く事もなかった。厳しい冬を越す為に、少しでも蓄えを増やしておかなきゃならんのは判るが、冬を迎える前に育たず死んじまったら、元も子もないんじゃねえのか。

人間には人間の事情があるんだろうし、どうでもいいがな。


さてと。

ガキが深く寝入ったのを確認したオレは、のそりと鎌首をもたげた。


「いるんだろ、ヤマガミサマ。コソコソ覗き見てないで、出てこいよ」


実の姉を山神様などと呼んだのは、無論この厄介事に巻き込んでくれた当て付けを込めてだ。山の主には敬意を払うもんだから、当て付け関係なく普段からそう呼ばなきゃならんのだが、知るかそんなの。あいつが畏まって接する価値のある奴かどうかなんて、弟であるオレが一番良く判っている。

山神、主様、白蛇天狗。どれだけ御大層な名が増えようと、オレに言わせれば、あれはただのロクデナシだ。


「ほほ」


首を回し、笑い声を追い、見上げた先。

樹木の枝葉が幾重にも絡まって作られた濃い闇の中に、純白の身体と燃える眼を持つ、でかい蛇が立っていた。なるほど、ガキの言った通りに真っ白だ。白いといえばオレだって白蛇なんだから白いが、こいつの白さは、その身に宿す莫大な力が、内から光となって発しているもの。一段上の存在の証、魂の輝きみたいなもんだ。ただ鱗が白いだけのオレとは、格ってやつが違う。

ちょいと前まではオレと互角だったんだがな。出世したもんだ。


その「ちょいと前」に、オレと姉とは、この山の主の座を巡って戦った。

んで結論を言うと、オレは負けた。

力の差はそのせいだ。御山の力を宿し白蛇天狗となった姉に、一介の白蛇であるオレは及びもつかない。声がするまで全く場所を特定できなかったのが、実力差だから仕方ないとはいえ悔しい。無駄に気配消しやがって。


「オレを惑わしてたのは、あんただな」

「いかにも、いかにも。聞かれる前にこちらも答えてやろう、そこの童女を連れ込んだのも私じゃ」

「知ってるよ」

「あまり無邪気に慕われるのも、却ってつまらんものよ。すぐに飽きた」

「天邪鬼も大概にしろってんだ。飽きたならせめて食え、そこらにポイポイ捨てるんじゃねえ。捨てたなら捨てたでいいから構ってくんな。もう飽きたんだろ?」

「童女には飽きたが、童女を導く優しい弟の姿には飽きておらん」

「一言一句が嫌がらせでしかねえぞ。あとな、毎度そうだが弟扱いするなよ。卵から出てくるのがちぃとばかり早かっただけで」

「……おお、嘆かわしや。我が名を懸命に考えてくれ、私の与えた名を眼を輝かせて受けた、あの可愛らしい弟は最早どこにもいないのか――」


太い枝に巻きつけた尾を支えにして、まるで人間のように身体を直立させたまま、軽く見積もってオレの五、六倍はある胴から生えた翼を曲げ、蛇じゃあ出もしない涙を拭う真似をしてみせる姉。どうやったら、ああいう姿勢と動作ができるんだろうかね。神通力はもっと有意義に使えよ。


……名前の件は、あれだ、若き日の過ちってやつだ。

同腹の卵から、共に白い鱗を持って生まれたオレと姉。

他の卵は孵らなかった。今思えば、オレ達が吸っちまったのかもしれないな、色々と。

そんな訳で生まれながらに高い霊力を持っていたオレ達は、じきに知恵がつき始めると、名前が欲しくなった。とはいえオレ達の親は、そこらの蛇だ。名前なんて概念は理解できないし、そもそも誰が親なのかも知らない。

ああ、こっからは思い出したくもねえ。

それでも、どうしても名前の欲しかったオレ達は、互いに名前を考え合う事にしたんだ。で、まだ純粋にアレを姉として慕っていた昔のオレは、三日三晩の間そりゃもう真剣に考えて考えて考え抜いた、渾身の名を姉に伝え、姉がくれた名を大喜びで受け取った。言われた通りに眼ェきらっきらさせながらな。美しい姉上に恥じぬ名を考えましたとか何とか。今すぐ死んでいいかオレ。


オレにとっては恥だが、性悪の姉にとっては格好の肴だ。

たまに顔を合わせると、いつもいつもこの類の昔話を持ち出される。

だから嫌だったんだよ。姉の関わった存在にオレが関われば、必ずといっていいほど姉とも関わる羽目になるから。


「……もう黙ってくれ、ガキが起きる。そうなったらまたオレの面倒が増えるだろ。かわいい弟だって言うなら、これ以上疲れさせてくれんな頼むから」

「術は解いてあるよ。愉しい見世物であった」


愉悦に満ちた短い笑いと共に、ぼたぼたと何かがオレの横に落ちてきた。

首を曲げて覗けば、アケビの実が三つ。


「なんだこりゃ」

「起きたら食わせてやるが良い。面白いものを見せてもらった礼じゃ」


その言葉を最後に、姉の白い姿は、ごうと吹いた夜風に掻き消えるようにして見えなくなった。後には取り残されたオレと、突然の風にやや身動ぎをしたガキと、ほどよく熟した紫色の果実が三つ、虫の声。


「……本当に、気紛れで適当な奴だよ」


姉がいなくなった途端どっと湧いた疲労感に、オレは首をぱたりと地面に落としてうめいた。暫く、動く気にもならない。結局のとこ、どうあろうとオレが疲れて終わるのに変わりはないってのか、畜生。


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