恵みのような日々 - 1
日増しに山が肥えていく。
三歩歩けば実りに当たる土地を見ていると、この後に控える厳冬への反動じゃないかと思えてくる。だったら素直に喜んでもいられねえな。甘さの裏には毒があるってのは常道だからよ、尚更オレとしては、激だか喝だかを飛ばす必要があるってもんだね。
しかしなぁ、初めはこりゃ今年の実りは悪そうだと感じたってのに、蓋を開けてみればこうなんだから、つくづく何がどう転ぶか分からねぇもんだよ。ま、先が読めないのは、山の事に限った話じゃねえけどな。
「そっちのは拾ったか?」
「はい、実にぬかりなく」
「お前、山中の秋は初めてだよな。そのでかい目ン玉見開いて、ようっく上から下まで観察しろよ。まさかこんな所にと見過ごしがちな石の下だとか、腐った木の下だとかに、モノは隠れてたりするもんだからな。そういうのもきっちり見付けて、集めとくんだ」
「うん。穴を掘ってー、穴に埋めてー、そのまま忘れてー、春になったら芽が出るー」
「……間抜けなリスか、お前は」
こんな風になるだなんて、欠片も予想しちゃいなかったんだから。
行動範囲を広げた訳は、冬の間の蓄えの為だった。山に生きる獣達の例に漏れず、ガキとオレも秋の深まった山中をせっせと歩き回り、保存のききそうな物を集め、または保存が効くように加工していた。
と、加工しているのはオレじゃないが。
一度やっている所を見せてもらった事もあったが、ありゃさっぱり分からん。だからまあ、オレに何かできるとすれば確保の段階だけだ。
といっても実際には、冬の蓄えなどと真面目ぶって口にするほど深刻じゃなかった。何もガキに一人きりで冬越ししろと強いるでもなし、並の蛇じゃないオレと姉が起きていられる以上は、いざとなれば眠る獣を狩って肉を頂戴する事も、厚い氷の下でまとまって静かに春を待つ魚を獲る事だってできる。
……少々、ずるい気もしなくもねぇがな。
そんな訳で、ガキが飢える心配はしなくていい。かといって何もせずオレ達に頼るのはあんまりだというのと、あとは念の為。何が念の為なのかは知らんが、とにかく念の為なんだと、働くのを選んだのはガキ自身だった。御苦労なこったが、切羽詰まってない収穫作業は、実にのんびりした調子でもある。
「へびさん達のぶんも貯めないとね」
「オレらのは要らねえんだよ。そこらの蛇とは違うって何度言やぁ学ぶ」
「お供えです、主への供物です」
「……短期間で口ばっかり無駄に達者になりやがって。なんだ、また粟団子でも持ってくる気かよ」
口に出しちまってから、余計すぎる事を言ったと思った。
何もあれに関して、からかうような真似をする必要はなかったんだ。
「すまん。別に馬鹿にした訳じゃねえ」
「知ってるよ」
「……いやな、初めに団子供えてもらったり、その後で供えてもらった時もな、こいつ馬鹿だとは思っても、馬鹿にした事は一度もなかった。信じられねえだろうし、信じろとも思わんが」
「それも、知ってる」
「こいつめ、嘘つけ。
団子持ってきたお前に、オレがどんな乱暴な扱いしたか覚えてるんだろうが」
「うん、覚えてる。荒々しいけど暖かかったよ、へびさん。
そうじゃなければ、あんな風な言いかたしない、とおもうのです」
やたらと静かに否定されて、それだけに、たかがガキの言葉に重みを感じて、オレは反応に困った。あたたかかったって何だよ。もしかすると、無駄だから自分で食えと言った事か?
こっちを見るガキの瞳がきらっきらとしている。……どうやら、それで間違いないようだ。無駄だ、だけで止めときゃ良かったのに、さっきの事といい、オレもつくづく余分な一言を付け足すのが好きだな。関わりを避けたくて粗暴な言葉で飾っても、どっかしらで本当に伝えたい事は漏れている。そして上辺だけじゃなく真剣に耳を傾けている奴は、ちゃんとそれを聞き取っていると痛感させられた。
だが、その痛みは決して不快じゃない。
「かなわんよ、お前には」
「へへ、参った?」
「ああ、参った参った、降参だ」
オレは白旗を掲げる。
皮肉でもなく、真の降参だ。ガキってのは強い。あらゆる意味で。
「ここの木の実と種と、茸はこのくらいにしとこ。
他のひとたちの取るぶんを残しておかなくちゃ」
「ひとたちって、獣どもか……?
気にする事でもねぇんだがな、奴らに心があるでもなし、取り分が無いなら無いで奪い合うだけだ。実りの乏しい年には、珍しくもない。いよいよ行き詰まれば、里まで降りていくさ」
「いけないよ、人里に悪さするように追いつめたら。
御山の事は御山で済むようにしてあげるのも、大切な役目だよ」
「へえへえ、たいした神職っぷりで」
ああいけない、どうしてもオレはこういう言い方になる癖が抜け切らないな。表情が作れたなら、唇を歪めたさぞかし嫌味ったらしい笑い方をしてるんだろう。考えるとたまに嫌になる。
ま、お前がそれでいいってのなら、そうすりゃいいさ。がっついて生き延びる為の蓄えじゃないんだ、収穫の多さより、気の済むようにやるのが一番だ。
それでもだいぶ採ったと思っていたら、手製の編み籠の中身を、収まりがいいようにガキが並べ直している。几帳面な奴だよ。終わってみればそれなりにカサが減っているのが、また揶揄のしどころが無い。
「今日はこれで終わりか?」
「もう少し、魚を獲っておきたいな。
強くケムリで燻せば、固くなるけど腐らないんだよ」
「よし、行くか」
言わなくていい事を何度も言っちまった手前、オレは山葡萄の蔓を首に引っ掛けた。そのまま頭と首をぐいと垂直に高く持ち上げると、ちょうど首飾りのような具合になって、うまい事運べそうだ。ガキが微かに目を丸くしている。手足が無くたってオレは案外器用なんだよ、ざまあみろ。
「へびさん、籠に入れたほうがいいよ」
「かさばるだろこれ。いいから、お前はそっちをしっかり持っとけ」
「潰さないでね?」
「そんなヘマするかよ」
頭と、山葡萄付きの首を高々と持ち上げたまま、オレはガサガサと草を掻き分けて進み始めた。歩き辛いっちゃ辛いが、柔らかい実を潰しちまう程じゃない。ガキが後に続いてくる。頭を高くしてるから、自然と見上げる形になった木々の葉は、染めたように鮮やかな赤や黄色に様変わりしていた。見上げる事がなければ、この色に気が付くのも、ずっと遅くなってたかもしれねえな。
太い枝の間からは、親子らしき二頭の猿が、不思議そうな顔をしてこちらを見下ろしていた。




