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雪中花  作者: 田鰻
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歩み寄るもの - 1

初動でオレは機嫌が悪くなった。

ただ出てくるだけで、気分を谷底のどん底まで落とせる技能の持ち主ってのも貴重だ。貴重即ち有り難いとはならないのが虚しいところだよ。つまり帰れ、失せろ。

変化しない蛇の貌にも、明らかにニヤニヤと笑っているのが分かる。こう、雰囲気で。溜息をつくとするなら、それこそ臓腑から吐き出すようなのを一発深々とかましていただろう。それ自体がロクデナシを喜ばせかねないので、間違ってもしないが。


「近頃は楽しそうじゃと思うての」

「……これが楽しそうに見えるか?」


嫌味をたっぷり込めて、じろりと樹上の姉を睨め上げる。

この、姉に木の上から見下ろされるのを、オレはどうにも苦手としていた。何遍やられても慣れない。

姉はそれには答えずに、また違う事を聞いてきた。


「ひとりかえ?」

「聞くまでもないだろ?」

「聞くまでもあると思うがのう?」

「ああはいはい、ガキの事だな。いねえよ、来てない。今日は一緒じゃない」

「そうそう、そうして素直に嫌がりつつ認めれば良いのよ」

「嫌がればいいのか認めればいいのか、どっちなんだよ」

「さて? 嫌がる弟を見るのは愉しいが」


呵呵、と真っ赤な口を開いて嗤う。火に見立てたら焼き尽くされそうに赤い。

鱗の純白と対になるその色には、いつも不吉なものを感じる。同じ色をしているオレに、言えた義理じゃないだろうが。


「なかなかに、うまくやっておるようではないか」

「何をだよ」

「我が弟は惚けるのに向かぬ。

嘘をつくには正直すぎ、隠し通すには優しすぎ、魔であるにはあまりに人がましすぎる」

「……あのなあ」


と言ったものの、続く適当な言葉が浮かんでこない。これじゃ反論ってよりも、頷く為の間繋ぎとして噛み付いたようなもんだった。

開きかけた口を、牙を畳んで閉じる。さてオレの口は、姉からはどう見えてるのか。赤に焼かれそうだと感じるのか、自分と同じ色だなと思うのか。いずれにしろ、オレが知りたいと思った事をこいつが話す事は無いだろう。


「……そうだな、この頃は落ち着いてるよ。

姉上殿の仰るように、そこそこうまくやってるってのになるんだろ」

「ほうほう。ようやっと認めよったか」

「認めるとかじゃなくてな……。

まァ、たまの話し相手ができるってのは、慣れちまえばそこまで悪くもないもんだな」

「そうじゃろうとも、そうじゃろうとも。

しかし話し相手というならば、私がいつでも買って出てやるというのに」

「いびりと嫌がらせに終始されるのは話し相手とは言わねえよ、ロクデナシの山神様」


会話が都合の悪い方向に進んでいく苦し紛れに、オレは姉を見ずに吐き捨てた。

近付かれる事が、前ほど苦にはならない。会話も然程億劫ではない。

言うまでもなく、あのガキの事だ。

はじめから苦だったかさえ疑わしいものじゃと言う姉に、オレは苦虫を噛み潰したような心地になる。


「オレに関わるなとは思っていたさ、そいつは間違いない」

「関わるべきではないと思うが故に遠ざけるのと、嫌だ、疎ましいと思うのとはまるで別じゃぞ?」


結局、勝てない。


「私に感謝せいよ」

「うるさい」

「緩慢なる生にも張りが出たであろう」

「そこまで大袈裟なもんかよ。寝る時間がちょい減って、話す時間と動く時間がちょい増えただけだ」

「それを張りが出たという、ほほ。

しかしまあ、そうして素直に心を表す弟が見られようとはの。

まるで昔に戻ったようではないか、のう?」


オレは、また急速に不機嫌になっていった。

ああつくづく、本当にオレに嫌がらせをするのがうまい。さすがは生きがいだと言い切った事があるだけはある。魔物らしいっちゃらしいんだろうがな、姉のこういう性質は。被るオレが、ひたすら迷惑な件を考慮しなければ。

戻した視線の先では、姉が巨大な翼を折り曲げている。

鳥のような、真っ白な羽毛に覆われた翼。

実際こうして翼で体を包んだ姿を見ると、細身の鳥にも見えなくはない。まあ世のどんな鳥でも、あそこまで白くも美しくも忌まわしくもないだろうが。


「――それで、その”ガキ”はどこにおるのじゃ?」

「さあな。オレも四六時中一緒にいる訳でもなし、むしろいない時の方が多いし、知らねえよ」

「そうさな、それも暫くこのような事は無かった程に、長い」

「………………」


痛い所を突かれた。

オレはガキのいる場所を把握していないというか出来ないが、姉はしている。いつになくガキがオレの前に姿を見せていない事など、とっくにお見通しだったんだろう。

元々、一日と置かず会いに来ていたって訳でもない。あれはあれで毎日色々やっていて、あれなりに忙しい。が、その会いに来ない間隔が妙に開いていた。まあそんな事もあるだろう程度に思っていたが、そもそもわざわざ思っている事自体が、以前のオレからしたら異常だというのを言い当てられた。

思うという事それ自体が、気にしているという事。

オレが間違いなく変わった証拠だとでも笑いたいんだな、ああ、だったらそうかもな。

……で、来てないから何だってんだ。肝心なのはそこだ。今度はオレから、暫く会えてなくて寂しいですという言葉でも引き出して辱めたいのかよ。

生憎だが、そこまでは思っちゃいないのでそんな言葉は出ちゃこない。

ただ確かに、あいつはどうしたのかと、ふと顔を上げる回数は増えている訳であって、怒鳴ったり叫んだりの力一杯の反論に踏み切れない理由もそこにある。

ああめんどくせぇ、自分が。


「どこへ行ったのじゃろうなあ?

山中にて道を見失い、ひとり不安で泣いているのか。沢にはまり、寒さに震えておるのか」

「ガキはあんたの管理下にあるんだ、そんな事にはならないだろ」

「はて、私が童女を管理しているなどと、いつ思うた?」

「いやあんたのモノだろあれは! 使い道のない技まで教えて……」

「あるいは絶好の獲物を見付けた熊の母子に、今まさに食い殺されんとする時やもしれん!

おお、おお、あんなにも震えておる。かわいそうに――」


この野郎。

オレが黙っていると、哀れに思って情けをかけるどころか、更に調子付くのが姉の特性であるので、まあそいつに忠実に、声音がねちねちと厭らしさを帯びていく。ご丁寧に全身を震わせるのが、見事なまでに腹立たしい。だから神通力を無駄に使うな、蛇のやる仕草じゃねえ。

が、姉はいきなり話を本題に戻した。どうやら今日は、軽く表面を甚振るだけで満足するつもりらしい。

しっかし温情と感じる基準がおかしいだろう、オレ。


「探してきたらどうじゃ?」

「……そうするか」


残念ながら気になる事は気になり、姉のいるこの場に長居したくもなかったので、オレは勧められるままに動く事にした。

姉の真紅の眼に別れを告げ、オレは昼間の寝床にしている平たい石の上から、するすると降りる。狙い通り、思惑通りに行動するのには強い不満があったが、どうせもう何をしたって無駄だと分かってたからな。


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