神隠し - 1
……くすん…………くすん……
丈のでかい樹木のおかげで昼日中でも薄暗い森に、明らかに森に棲む者とは異質な、啜り泣きが響く。
ああ、またか。
オレは心中で舌打ちした。
残念ながらオレには、舌打ちという行為の意味と、思わずそれをしたくなる心境は理解できても、実際の肉体の動きとして行う事はできない。蛇の身体は、そういう風に作られちゃいないんでね。
さて、どうする。
柄にもなく、オレは少し迷った。
放っておけ、と内に囁く声がある。この山じゃ珍しくもない、ありふれた出来事だ。バカで不注意なガキがまんまと誑かされて誘い込まれ、すぐに飽きてあっさりと捨てられただけ。放っておけばいい。
もう一度、今度は自分に向けてはっきり言う。
じきに嗅ぎ付けた山犬どもに殺されるか、襲われなくても、何の力も無いただのガキだ、数日で力尽きるだろう。骸は獣に鴉、虫が片付けてくれる。腐りかけた柔らかい子供の肉は、滅多にありつけない御馳走に違いないさ。
食い出には、少々欠けそうだがな。
…………っく、うえっ……
ああ煩い。ガキの泣き声ってやつは、いつ聞いても苛々する。
だから放っとけって。逆方向に退散しちまえば、それでこの騒音ともおさらばできる。里じゃ神隠しだ何だと騒ぎになるかもしれないが、それだって一時的だ。ガキ一匹の失踪なんざ、今日び何処でだって起こり得る(まあオレはこの山から出た事がないから、想像に過ぎんが)
ましてや天狗がいると噂される山に踏み入ってまで探そうとする、豪気な村人もいないだろう。
貧しい村では、誰もが自分の生活を守るのに必死だ。せいぜい、親が世の儚さをちょいと嘆いて終わり。ガキなんざ、後から幾らでも産まれてくる。人間は、殖やす事でしか命を繋げないからな。
そう、だから、放っておきゃあいい――
ふえっ……ええ……ええん…………
「くそったれが」
オレは短く毒づくと、止まない声と気配のする方へ、草を掻き分け這っていった。




