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1.まやかしの子

身体の調子がおかしい。どこかが痛むわけでも苦しいわけでもないが、その……つまり、周期が。

まもなく春という時分、私はしばらく内で転がしていた悩みを外へと放った。

もたつくようにそれを告げた時、涼香は勢いよく部屋を出ていったのだった。

何も言わずに飛び出していったが、向かった先はどうやら女官の元らしい。

すぐに駆け付けた女官は神妙な顔付きで聞き取りを開始する。一通り確認終えると、安静にしているよう言い置いて、部屋を辞した。

そうしてその日のうちに薬師が派遣されてきたのだった。


昨日からずっと、皆が私の身体に気を遣ってくれている。

食事は精の付くものや栄養価の高いものの割合が増え、それは茶菓子にまで及んだ。いつも以上に休息するよう勧められることが増え、少しでも物を持ち上げようものならばすぐに押しとどめられる。

少しの間でも気疲れしそうなほどに、私の生活は様変わりしてしまった。すぐに鬱陶しくなりそうではあったが、物々しさの理由を考えれば堪えることはできるだろう。

これからも続いて日常になっていくのだ。そのうち慣れるといいと、そう思った。


子についてはまだ、朱璃姫と鈴杏様には伝えていない。外部への情報流出を考えるならば安定してからの方が良いように思う。

もしかすると側仕えの者たちの動きで露見してしまうかもしれないが。

だが銀砂には昨夜の内に告げてあった。子ができたかもしれないから安静にしたい、夜に会うのはしばらく止そうと伝える必要があったためだ。



鴇耶様の胸に凭れて、昨日からの一連の流れ――もちろん銀砂の下りを除いて――を報告する。

真面目な話をするにはだらけた体勢である。最初は卓を間に挟み、互いに向き合って話していたはずが、なぜか途中で鴇耶様に抱き上げられて寝台へと運ばれたのだった。

鴇耶様の体温は、衣服越しであってもとても落ち着くものだ。それは馴染んでいるということだろうと、私はひっそりと満たされた思いで笑んだ。

未だに話下手な私がようやっと話し終えると、鴇耶様は口を開いた。


「だがな、まだそうとは決まっていないだろう?」


自覚には早すぎるのではないかと、少し困ったような声音で窘めるのは、もしも違っていたらという危惧からだろう。

諫める一方で相槌は鈍く、浮ついたような様子だった。第一子ができたかもしれないとなれば落ち着かないものなのかもしれない。


「責めているわけではないのだ」


反応しない私に気付き、鴇耶様はそう付け足した。


「後ろに家がある以上、わたしが焦る必要はないとは言っても難しいのかもしれぬ。だが、子とは待つものだ。周りの浮ついた気に惑わされず、落ち着くことが肝要だろう」

「そう、ですね。自覚いたしました……以降、気を付けたく思います」


ぎこちなくはあったが、私は鴇耶様に同意することにする。そんなつもりは欠片と手なかったが、頑固で思い込みが激しいと思われることは嫌だった。

本当はこれを思い込みではないと言い切れる。私の身体のことは、私が一番よく知っているのだから。

逆に言えば他人、それも男である鴇耶様がその差異を知ることはできないだろう。

そう考えれば少し沈みそうだった心も軽くなるのだった。


そこでふたりの間にあった言葉が途切れる。話の終わりと取ったのだろう、先程より幾分か落ち着いた声で、鴇耶様が私の名を呼ぶ。


「なあ、翠雨。そろそろ触れさせてほしいのだが――」

「きゃ!?」


その言葉とともに、着物の内をまさぐられる。

瞬時に身体が強張るのを感じた。なぜ、という思いが胸に去来する。

周囲が手厚く世話を焼いてくれたせいか、鴇耶様の行動はあまりにも酷いように思えた。

これが普通なのだ。いつも通りで、今更驚くのはおかしいこと。むしろ鴇耶様は子ができていなかったときのことを考えてくれているに違いない。ほら、手指は変わらず優しいままだ。

私は心の内で何度も何度も繰り返しては、そう言い聞かせる。

針で突かれたような痛みはしばらくすれば落ち着いて、いつの間にか与えられる熱でかき消されるのだった。

あとはただ、瞼を落とすだけ。

いつもより早急に感じられるのは、きっと私が混乱しているからなのだろう。



***



ふわりと意識が浮上する。

目覚めたときがまだ明けていない時分なら、残念な気持ちになる。それは上手く眠れなかったということだから。

半分も持ち上がらない目は暗闇を捉えていた。まだ暗い。まだ、夜だ。

けれどそのまま眠りの中に戻っていかないのは、昼間休んでばかりいたせいだろう。

下手をすれば覚醒してしまいそうだ。そうなれば日中が辛くなるだろうから避けたいな、とぼんやりした頭で考える。

唐突に、今夜が鴇耶様の訪いのあった晩であることを思い出した。次いで、隣が空っぽだということに気付く。


陽が昇った後まで妃の部屋に滞在しているようでは、王位に相応しいとは言えない。色にかまけた者では王という立場は務まらないものなのだ。

真面目な鴇耶様はもちろんそれを堅く守っている。寝坊をしたことすらなく、そのため朝日と鴇耶様を一緒に見たことは、今までに一度だってないのだった。

だが、これほどまでに暗い内から出て行っているとは思わなかった。


そうこうしている内、願い虚しく頭は動き出したようだった。そうなれば遠ざかっていく眠気を見送るより他はない。

しばらく待っても空は白むことはなかった。

堪えられなくなるまで目を閉じて、時たま開ける。繰り返していれば、いつの間にか眠りに落ちていったようだ。

三度目に瞼を伏せた辺りで、私の記憶は途切れた。



***



それに気付いたのは、用を足した時だった。

廁へは階下へ行かねばならないため、いつもはひとりだけを伴っているのだが、数日前からは事情が異なる。物々しく従えたふたりを置いて、扉を閉ざした後のこと。


「っ、え……?」


目にした状況に思わず、声が漏れた。

つまり――。

それはつまり、ただ定期的に訪れるものが不順であったというだけで、子ができたというわけではないということ。それをまざまざと突き付けられる。



廁を出たその場で、私は付き添いたちに身体の変化を告げた。

呆然とした声は、自分のものとは思えないほど遠くで響く。

けれど口にすることで事実がゆっくりと頭の中に浸透していったのかもしれない。

握り締めた手の震えが見えた。縫い付けられたように、私は俯いた顔を上げられないでいる。


「そのままではいけませんわ!早くお召替えを……」

「ぇえ、部屋まで戻りましょう」


いつの間にか沈みかけた身体を引き上げるように、側仕えの内の誰かが私を支えた。

吸気一つもままならない。私は浅い呼吸に喘ぎながら、そのまま身を任せるしかなかった。

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